ヒマク
レイン姫のおはなしです。
彼女に双子の姫はいません。
王国の姫であるレインは、まだ幼い頃、父の書斎に忍び込んだことがある。
一国の王の本棚に知的なコーキシンが働いて、つい魔が差したのだ。
それが幸か不幸か、世界を疑うような事実を知ってしまったという……
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「レイン姫。パルル殿をお呼びしやした」
レインの部屋に、騎士団長のニコルソンがやって来た。
彼は傍らに錬金術師の少女を連れ、ヘコヘコ頭を下げる。
「ご苦労ね、ニコルソン。下がりなさい」
「へい」
子分のような仕草の騎士団長を下がらせ、レインは客人を見る。
その怜悧な眼線は、容易に人を受け入れない彼女の用心を表していた。
「本日は私の身勝手なお招きにお付き合いくださり、心よりお礼を申し上げます」
そんな目つきの鋭さと裏腹に、彼女は礼儀正しく頭を下げる。
上品な挨拶に相応しい、うるわしい挨拶を知らないパルルは、お嬢様っぽい口調に努めた。
「えーと、パルルでございますよ……あ、これ、お姫様にする挨拶じゃないよ」
「まあ、お気になさらないで。挨拶など些末な事でございますわ」
「あ、そうなんだ……そうでございますよ?でよ」
「さあ、どうぞ。是非お寛ぎになって」
姫はお客をテーブルに着かせ、召使いに「お茶をお入れして」と命じる。
淑女の気品と堂々とした立ち振る舞いを演じつつ、さっそく本題に移った。
「パルル様は“ヒマク”について、なにかご存知でいらっしゃいませんこと?」
パルルは首を傾げる。
「ヒマク?知らないよ」
「……そうですか」
“ヒマク”についての情報は、彼女が最も渇望しているものだった。
父の書斎にてその存在を知り、それ以降ずっと、“ヒマク”に憑りつかれて生きてきたのである。
高名な冒険者であるパルルであれば、なにか知っているかと期待した。しかし、実際にはカラブリのようだ。
一方のパルルは、“ヒマク”についてなにも知らない。
姫に負けず劣らず、コーキシンに溢れる彼女は、すぐに質問を返した。
「レイン様。ヒマクってなにか気になるよ」
「ええ、お話し致します。一方的な質問にお答えして頂くのでは失礼ですもの」
レインは彫刻のような微笑を浮かべると、小さく頷いて話を始める。
「“ヒマク”とは、私が幼い頃に読んだ書物に記されていた……『アナザーワールド』と呼ばれる領域と現世の中間に存在する、世界の果てを覆う壁の名称です」
「――アナザーワールド……」
「書物によれば、ヒマクは現世とアナザーワールドを遮断しているのですわ。ヒマクを壊すことは、内側からでは不可能といいます」
「へー」
「ですが、もしも破壊し、アナザーワールドへ踏み込んだなら――人はどんな願いも、好きなだけ叶えられるそうです」
そこまで説明して、レインは鋭い視線をパルルへ向ける。
姫に睨まれた少女は、少しだけ身を引いて、思わず構えた。
レインは物々しげに口を開く。
「パルル様。ヒマクを破壊するために、どうか私にご助力をお願いいたしますわ」
本題はこれだった。
彼女はヒマクを自らの手で破壊し、アナザーワールドへ突入しようと考えていたのだ。
まるでデキの悪い妄想のような話を聞いて、パルルはにこっと笑う。
「そんなの、根拠もなく信じられないよ。きっとどこかの噂話だよ」
しかし、レインは不満げな表情だ。
「……そうでございましょうか」
作り話と一蹴されるのは、あまり快くないことだった。
ヒマクの存在に焦がれ、幼い頃から夢に見て、それに辿り着こうと今まで苦心してきたために。
とはいえ、実際にあの本を見ていない人からすれば、こんなのはオトギバナシに過ぎないのだろう。彼女もそれは分かっている。
だが今回、自室にパルルを呼んだ目的を果たすため、彼女は目力を強くして言った。
「どうかお信じくださいませ。私は一国の姫として、醜い嘘なんて吐きませんことよ」
「姫様が嘘を言っているなんて、パルルは思ってないよ」
「ではパルル様は、私が妄想趣味の無知な小娘だとおっしゃりたいのですか」
「ううん。でも、噂好きのお姫様なんだなぁと思ってるよ」
姫君の言葉を、パルルはなかなか信じない。
錬金術師の彼女は、物事に判然としたセイゴウセイを求める。それゆえ、噂話には興も乗らない。
レインは冷静に、パルルの納得のいくまで、興の乗らないであろう話を続けた。
「ヒマクは存在しますわ。それをここで、今すぐ証明することはできませんが……もし私にご協力してくださるなら、必ず証明してみせます」
「姫様……申し訳ないけど、パルルはあまり気が乗らないよ」
「ええ。けれど、パルル様のおチカラが必要不可欠なのですわ。もしご承諾くださるなら、私はどんなことでもいたします。『死ね』とおっしゃるなら死にま――」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなこと言うワケないよ!?」
いくら姫の覚悟が強かろうが、一国の姫に『死ね』と言ったなどと噂になれば、パルルが殺されてもおかしくない。
レインは献身を約束するふうに見せかけ、実はパルルをキョウハクしていた。
「いい?死んだらダメだよ」
「はい。パルル様がご承諾くださるなら、ですわ……」
「分かったよ……とにかく、自分を大切にしてよ」
パルルは根負けして、仕方なく姫に協力することになった。
どうせ、上流階級特有の壮大な暇つぶしだ。
そう考えている錬金術師の少女は、おてんばな姫のお守りをするつもりでいる。
対して、レインの眼におてんばらしい煌めきはない。
「感謝いたしますわ、パルル様」
その瞳に移るのは、秘められた野望のフレイムランプだけであった。
漢字ばっかり使うのはやめ〼。ガンバルゾ!
また、BUSUUがなガ~くなるdeath.




