続・収容 精霊
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
現れた出口は階段になっていて、それを降りた末にたどり着いた場所は、元の路地裏であった。
「ここ、扉のあった場所…だよな」
ウォッチは首を傾げて、不思議そうに言う。
入り口の扉があった位置に、帰りは階段で出てくるのだから、訳が分からないのも当然である。
そもそも、最初に入った扉が消えているのだって変なのだ。
それはともかく、攻略メンバーの数名は満身創痍であった。
気絶したまま動かないワイズ、身体もロクに動かせないウィンドに、全身に潰された跡を残すヒガン。
ウォッチ・フェリ・メルチと比べ、彼らは格段に傷を負っている。しかし現在、シェヴィやガジルなどの回復担当が不在であるため、治しようがない。
「他の連中、無事だと良いんだが…」
メルチの背中で、傷だらけのウィンドが呟く。
結局、ダンジョンを攻略しきっても仲間とは合流できなかった。
アバトライトやアーサー達を思い浮かべ、彼は苦々しい顔をした。
後ろを振り返って、降りてきた階段を確認する。
すると、なぜか階段が無い。
「嘘…だろ…?」
いつの間にか見失ったそれを探して、彼はあらゆる場所に眼を移す。
が、どこを探しても見当たらない。出口は完全に消えている。
「そんな、馬鹿な…」
眼を見開いて、ウィンドは絶望した。
出口が無い以上、もう仲間の帰りを期待することは厳しい。
置いてきた者達はこのまま一生、ダンジョンに閉じ込められたまま――
「バカね。あっち見なさいよ」
「は?」
悲しみに満ちた彼の肩を、フェリが軽く叩く。
ウィンドが世界の終わりみたいな顔を上げると、そこには仲間が転がっていた。
文字通り、石ころのように転がっていた。
「なん…だと…?」
「ま、全員助かったんでしょ」
顛末は分からないものの、事実フェリの言う通りである。
彼らは各々、軽くはない傷を作ってはいるが、死者は居ないようだ。
「どうやらダンジョンの消滅と共に、ダンジョン内に居た者は全員吐き出されたらしいね」
生還者の一人であるアバトライトも、自分たちに起こったことを分析した。
とはいえ、ダンジョンの意思は人が操れる類のものではない。故に、生還は奇跡と言っていい。
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再開した者達は、互いの生存を喜び合った。
「ごめんねアーサーくん…アバトライトさん、無事で良かったです!ごめんね、ごめんねぇアーサーくん…!!ごめんねぇぇぇ」
「も、もう分かったって。レイアも俺も、生きて帰れて本当に良かったよ」
「助けてくれてありがとごめんねぇぇぇ、うあーーん!」
「あはは…レイアは忙しいな」
ひたすら頭を下げ続けるレイア。
女の子に謝りながら泣かれては、逆にアーサーの方が謝りたくなる。
ともかく、元気なパーティメンバーの姿を見れて、彼もひとまず安心していた。
シェヴィとガジルは、治療術師としてパーティを回復して周る。
傷を負った者は多い。だが、ダンジョン攻略後の皆の表情は明るく、治療術師が忙しい現場にはとても見えない。
暗く重々しい雰囲気など、方々から聞こえる和気藹々とした会話が消し飛ばすのだ。
「俺も手伝おう、ガジル」
「ゼブラ。ありがとう」
駆け回る相方を見て、世話焼きなゼブラはすぐに手伝いに行く。
そんな2人の様子は、なにやらカップルのようだ。
並ぶ彼らを遠目から見ていたヒガンが、自らの異変に気付いてしまう。
(な、なんだろう…この胸の高鳴り)
男が仲良く並んでいるだけで、なぜこれほど鼓動が早くなるのか。
胸に手を当てた彼女には、新たな感情が芽生えかけていた。
禁断の匂いを漂わせる心の扉は、どことなくダンジョンの入り口に似ていた。
ダンジョンと言えばメルチだ。
メルチさんになら失礼な事しても良いかな…とか思っているヒガンは、彼女に話しかけてみる。
「あの、メ、メルチさん」
「どうしたの?」
「私の心の中のダンジョン」
を、攻略してください。そこまで言って完全な文章である。
決して、映画のタイトルみたいなことが言いたかったのではない。
「羨ましい。心の中にダンジョンがあるなんて…」
「え?」
「私には無いもの」
だが、メルチはタイトルだけで話を続けた。
どのみち意味不明である。
なんのことやら分からない彼女らは置いといて、次はウィンドに視点を移そう。
彼はシェヴィに治療を受けながら、彼女へ感謝を述べていた。
「シェヴィ、あんたには何度も助けてもらってる。ありがとな」
「………」
「声がデカくなる魔道具が見つかったら、すぐにプレゼントする」
ウィンドのジョークに、少女は慎ましい笑みを返す。
そうして、彼女もジョークを返すのだ。
「………」
「わりと本気でプレゼントするよ」
一度で通じない冗談ほど出来の悪いものは無い。
顔を覆い隠して、シェヴィは頬を真っ赤に染めた。
そういえば、シェヴィの真っ赤な頬は、ちょうどニック少年の炎に似ている。
今、ニックはアバトライトに怒られているところだ。
隣には友人のウェドも居て、仲良く正座中。
「君達には既に一度、別件で厳重注意を行っていたはずだ」
「「おう」」
「そこで、次やったら冒険者ランクを下げると言ったね」
「「そうだっけなぁ」」
「とぼけるならライセンスを取り上げる」
「「すいませんでした」」
返事・とぼけ方・言い逃れの出来なさ、三拍子揃ってシンクロしている。
さながら双子のようだが、そうではない。単純に、思考回路が似ているだけなのだ。
結局、両者ともランクダウンは免れ得ないらしい。
他の者たちが楽し気に過ごす中、フェリは少し暗い顔をしていた。
それに気付けたのは、隣に居たウォッチだけだ。
「どうした?フェリ」
「………思い出せないの」
「え?」
彼女はしきりに頭を悩ませていたが、答えは見えないでいた。
魔道具がダンジョンに反応したことや、『大切な人』の像が曖昧過ぎたこと――それらは、どこか違和感のある事実だ。
それなのに、最後まで攻略しきった今でも、まだなにも見えてこない。
なにを大事にしていたのか、思い出したいと願う。
しかし、考えれば考える程、余計に分からなくなってしまう。
謎ばかりが増えるため、彼女に明るい顔は出来なかったのである。
――そんな時、彼女の持つ水晶が強く光る。
すると、光は一直線に彼女へ降り注ぎ、その身体を光で包んでしまった。
「フェリ!?」
ウォッチはフェリを助けようと、すぐに手を伸ばす。
しかし、アーマーのような光に手を弾かれてしまう。
引き剥がすために、彼は剣を取り出した。
だが、それを振り上げた瞬間に光は弾け飛び、フェリは無事に解放された。
いや、無事とは言えないかもしれない。身体の大きさが普段と違うために。
「え、ちっさ…」
なんと少女は、手のひらサイズにまで小さくなってしまったではないか。
これにはさすがのウォッチもビックリである。というか、本人もビックリである。
「はぁ?なにこれ…あたし、なんでこんな身体になってんの?」
よく観察すると、彼女の背中には羽が生えていた。
意識的ではないが、それをパタパタと動かして浮いているのだ。
その姿は、さながら精霊のようである。
他にも異変が無いかと、フェリはキョロキョロと辺りを見回した。
すると、今まではそこに居なかったはずの、ある男に眼が止まる。
「………フェリ」
今にも息絶えそうな男は、どうしてかフェリの名を呼んだ。
瞬間、呼ばれた少女の眼から、とめどなく涙が溢れた。




