続・収容 歪み
「藍色の風景」「収容」「続・収容」シリーズの続きです。
フェリから水晶を預かったウィンドは、魅入られたようにそれを撫でまわしていた。
使い方が分からないため、色々と使用法を試している最中である。
「早くしろよ!最強の魔物出せよ!」
「うるせぇな。話かけんなよ」
苛立つ彼は、急かすニックに辛辣な返事をする。
しかも、自分の口が悪くなっていることには気付いてない。
例の如く、周りが見えていないようであった。
「うおおおおおっ、メルチでもウェドでもゼブラでもアバト…?でもいいから勝負しろ!!」
しかし、それくらいのことなら、ニックは気にしないのである。
気にするのはいつでも、自分の戦闘欲の満たし方だけなのだ。
勝負さえできれば、彼にとって他の事情はどうでもいい。
とにかく、魔道具は反応しなかった。
足りないもの=フェリの水晶だと信じていたウィンドだが、式は空振ったらしい。
では、他になにが必要なのか――やはり解けない謎。
「くそ、あともう少しだってのに…!!」
「ウィンド氏」
「分かってるよ、冷静じゃないことは!だけど…今こうしている間にも、俺の記憶はどんどん消えていく…!」
宥めるワイズにも、彼は八つ当たり気味の態度を示す。
尖った焦燥が抑えきれないのは、記憶を大事に思いすぎるゆえだった。
忘れたくない過去の、夢のように曖昧な輪郭。それはまだ、かろうじて届く場所にある。
触れることさえ出来なくなれば、彼は彼を喪失する気がしていた。
「俺には…言えなかったことがある」
眉間に皺を寄せ、彼は一言だけ呟いた。
――すると、それに呼応するように、水晶が眩く光り始めた。
「こ、これは…!?」
その場に居る者達は皆、輝きに眼を丸くする。
14人の勇敢な冒険者達に対して、水晶は惜しみない光を浴びせた。
「…綺麗。ショルテに教えたら、今度こそダンジョンに行ってくれるかも………」
ささやかなメルチの声でさえ、光の中に紛れた。
そうして、真っ白な暗闇は彼女らに前後不覚を齎す。
視覚の眠った世界で、ウィンドは人知れず夢を見た。
顔の無い少女が笑っている。
口を開いて、なにかを言いかけて、不明の奥へ消えた。
――全員が眼を覚まして、最初に視認した光景は同じだった。
ダンジョンの景色は色を失って、空間は暴力的にねじ曲がっている。
なにかが起こったことは明白だった。
「なにが起こったの!?!?」
なにが起こったかは不明だったが。
レイアの素直な戸惑いは、全員の共感を得た。
が、しかし、暢気に驚愕している場合では無い。
「レイア、気持ちは凄く分かる!!だけど、今はそれどころじゃない!!」
「いやいや、なに言ってるのアーサーくんっ!!これ以上のそれどころってあり得ないよ!?」
「アーサーの言う通りだよ、レイア。ほら…周りに魔物が、こんなにたくさん」
ウォッチに促されて、慌てふためく彼女は周囲に眼を配った。
すると友人の言う通り、夥しい数の魔物が視界を満たす。
状況をちゃんと理解して、彼女はさらに取り乱しかけたものの、一周回ると冷静になれた。
「これは…マズいね、フェリちゃん」
「バカなの?見たら分かるでしょ」
レイアに話かけられたフェリは、意外にも冷静である。
彼女はパーティの中で、唯一クラスを持たない人物であったが、胆力については本職の人間と遜色ない。
冒険者ライセンスなど持っていなくても、少女は立派な冒険者であった。
「いくら弱い魔物とはいえ、この数では非戦闘クラスにも被害が出る!まずは狭い通路を確保するんだ!」
アバトライトは状況を把握すると、即座に指示を出す。
それに対して、ワイズは声を上げて応える。
「アバトライト氏!!歪んだ空間の先に、なにやらダンジョンの奥地があるようだぞ!!」
「ワイズさん!本当ですか!」
「ああ、幸い道も一本続きだ!!」
「時間が無い…!ワイズさん、その先に行って下さい!全員、ワイズさんに続くんだ!!」
突如として現れた通路に希望を託して、アバトライトは再び指示を出した。
彼の意志に従って、その歪んだ空間の先へと、次々に飛び込んでいくパーティメンバー。
しかし約1名、指示を完璧に無視していた。
「ようやく出てきたぜ、バトルフィールド!!うおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオ」
戦闘に飢えていたニックは、手当たり次第に魔物をブチ殺す。
生々しい返り血を浴びて喜ぶ彼は、さながら冥府の悪魔のようである。
血沸き肉躍る狂乱だとか、そういう類の絵画のモチーフに相応しい凄惨さだ。
「ニック…!君は無茶をし過ぎだ!」
「え、あ、ガジル…?も、も、もしかして…??あっち行く感じ、すか???」
「ごめんよ、ヒガン…ニックは大事な後輩なんだ」
心優しい治療術師・ガジルは、すかさずニックを助けに行く。
既に道の先へと飛び込んでいたのに、彼は考えもせず戻って行った。
同行していた友達に置いて行かれ、ポカンと口を開けるヒガン。
「ポカン」
口に出してしまうくらい、唖然としていた。
「全員が先に行くには、誰かが魔物を食い止めなければならないね」
「アバトライトさん…!あなたは先に行かないんですか!?」
「ニックがあれほど頑張っているのに、見捨てていくことは出来ないさ。ガジルだって、私と同じ気持ちじゃないのか?」
足止めの任を引き受けて、アバトライトがガジルと肩を並べる。
彼は始めからこうするつもりで、ワイズ達を先へ行かせたのだ。
ガジルはいつも通り、弱気な笑みを見せる。
しかし、その眼には希望が灯っていた。
「アバトライトさん。このダンジョンから、無事に脱出しましょうね」
「ああ。ニックも一緒にね…!」
彼らはお互いに拳を突き合わせて、そう約束をする。
その後、アバトライトは素早く剣を抜き、一体目の魔物を切り伏せた。
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「アバトライトさんが居ないよぉ!!」
「まあまあ…落ち着こう、レイア。きっと、少し遅れてるだけだよ」
「アーサーくん…私、心臓が破裂しそうだよぉ…!」
パーティの精神的支柱であるアバトライトが抜けたことで、レイアはめちゃくちゃ不安になっていた。
彼女を心配するアーサーは、後ろを振り返ってみる。しかし、アバトライトの姿は見えない。
「も、もしかして、魔物にやられちゃったんじゃ…?」
「まさか。アバトライトさんに限って、そんなことあるわけないだろ?」
「でもぉ~…!」
気休めの言葉では、彼女の不安は収まらない。
しかし、とにかく騒いでいたって、それでアバトライトが現れるわけでもない。
間もなくして、彼女はフェリにおでこを弾かれた。
「い、いたいっ!」
「あんた、うるさいんだけど。あとウザいし」
「フェリちゃん…!」
「ふやけた顔はやめて、自分に出来ることをしなさい」
ビシッと言われて、レイアは己の不甲斐なさを顧みる。
そして、おでこの痛みを感じながら、こくりと頷いた。
少女達は覚悟を決めて、とにかく先へ進むことにしたのだ。
(あの光、私の水晶から出たのよね。なら、この先にあるのは、私に関係することなの…?)
フェリは心の中で、奥地に待つなにかについて考える。
その答えを知るためにも、彼女は勇気を振り絞るしかなかった。




