続・収容 虹を喰う闇
続・収容って書いてある通り、収容っていう話から読まないと流れが分からないと思います。
ウィンド・アバトライト・ワイズの3人は、名も無きダンジョンを探索していた。
注意深く歩を進め、ウィンドの記憶の手掛かりを探す。
失っていく記憶に辿り着こうと、忘却者は藻掻く。
名も知らぬ、場所も分からぬ目的地に、どうやって辿り着けばいいのか――彼の行動は、理想との矛盾を常に内包している。
そうやって、胸の内に透き通らぬものを感じていても、彼は行動を止めなかった。
思えば、昨日の自分もこうしていたのかもしれない。
記憶を預かってくれた仲間と一緒に、忘却する世界を必死に生きていたんだ。
そう考えると、かけがえのない今日を放棄することはできなかった。
「ふーむ、どうやら他のダンジョンとそれほど違いは無いようだな」
「そうですね。ただ――入ってからずっと、妙な気配はしています」
ウィンドの隣では、同行するアバトライトとワイズが話し合っている。
彼らの言う通り、このダンジョンの特徴に関して、他のダンジョンと特別な差異は無い。
アバトライトの感じている気配以外に、記憶の手掛かりらしいものは無かった。
「ワイズさん、どうしますか?このまま進んでダンジョンの様子を探るか、周辺の地形を調べるか…」
「名目はダンジョンの調査だが、実際の優先事項はウィンド氏の記憶の回復だ。仮にこのダンジョンになにかあると言うなら、さっさと奥まで行ってしまうのが良いでしょう」
ワイズは当然のように言うが、記憶の回復が最優先だと考えているのは彼だけである。
「「え?」」
聞いた2人は同時に疑問符を浮かべて、顔を見合わせた。
しかし、アバトライトはすぐに顔を引き締め、ウィンドと向き合ったまま凛々しい表情を作る。
「いいかい、ウィンド…君の忘却は呪術師の呪いによるものだ。そして、このダンジョンが君の記憶に関連しているとすれば、呪術師に関連している可能性も非常に高い」
「ああ…なるほど」
「ということは、ここに呪術師の罠が仕掛けられていたり、なんらかの謀略が潜んでいることだって考えられる。国の治安維持を請け負う僕らギルド側としては、それを暴くことの方が重要なんだ」
「要するに、仕事が優先だってことだろ。俺とワイズさんは気にしなくていいから、あんたは勤めに集中してくれよ」
「な、ワイズさん?」と付け加え、ウィンドはワイズを見る。視線を受け取って、彼も頷いた。
2人の気遣いに頭を下げて、アバトライトは早速、ダンジョンの地質や空気中のエーテル量を調べ始める。
「私はウィンド氏の意向に従おう。なぜなら、私の役目はサポートだからね」
「あざす、ワイズさん。じゃ、アバトさんの調査が終わるまで暇しますか」
待機する彼らは異界の地面に座り込み、弛み過ぎない程度に親睦を深めることにした。
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「記憶を失うなんて辛いだろう。つまり、君は昨日のことを覚えていないんだな」
「ああ。でも、ギリギリ覚えてることだってある…例えば、幼馴染の顔とか」
「ほう、幼馴染が居るのか!…いや、しかし、本来なら共有できる記憶も抜け落ちているのか…悔しいな」
「別に過去なんて重要じゃない。俺が覚えてなくてもアイツが覚えててくれるし…俺は俺で、今を生きてるから」
不思議と曇りのない表情を浮かべて、ウィンドは爽やかに笑った。
ワイズは思わず感心して、大きく頷く。
「君は素晴らしい男だ。苦難に置かれても前を向いて行くのは、冒険者にとって大切なことだ」
ソロの冒険者として、ワイズ自身も様々な苦境に立たされてきた。
恐ろしい魔物と対峙し、生死を賭けた選択を潜り抜け、今もこうして生きている。
そうして人生を繋いでこられたのは、今を必死に生きるという、誇り高き志のおかげでもあるのだ。
ウィンドはワイズと同じ輝きを放っていた。
その形は僅かに違えど、2人は志を同じくする同士なのである。
「ところで、その幼馴染氏はどんな人物だね?」
それはともかく、幼馴染の人物像が気になったワイズは、そう質問した。
ウィンドは少し逡巡すると、なぜか照れながら答える。
「うーん、そうだな…なんか気の抜けたヤツだよ」
「ふむふむ」
「いつもヘラヘラしてる。けど、意外と頭は良かったりすんだ。あ、ちなみに魔導師なんだが」
「ふむ!」
「根は良いやつなんだけど、どっか喰えねぇとこがあったり…でもま、俺と居る時はなんだかんだ図々しいな」
「…ほほう」
「そういえば、普段はあんまり意識しないんだが、性別は女なんだよ。幼馴染って不思議なもんで、俺には記憶も無いってのに、隣に居ると懐かしく感じる時があるっつーか――」
彼の語りはだんだんと調子が上がって、いつの間にやらワイズの相槌を必要としなくなった。
夢中になっているとも気付かず、幼馴染について楽しそうに語る彼を、ワイズは黙って見守る。
そうしている内に、アバトライトの調査が終了した。
調査資料をアイテムボックスへ保管した彼は、待機中の2人に声を掛ける。
「お待たせしました。調査は一通り完了したので、探索を再開しましょう」
「うむ!?アバトライト氏、悪いがもう少し待っててくれないか?」
「待つ?なぜです」
「なかなか彼の話が終わらないからなぁ。いや、話を振ったのは確かに私なんだが…」
ワイズの言葉を聞き、視線を向けると、そこには生き生きとしたウィンドが居た。
すると、聖騎士は微笑ましそうに頬を緩める。
ウィンドの楽しそうな顔が、とても懐かしかったのだ。
「ワイズさん。ウィンドは昔――シャルロットと話すとき、あんな顔をしていたんです」
「シャルロット?」
「彼の幼馴染の名前ですよ。呪いに苛まれる前、彼はいつも彼女の隣に居た」
回想に浸る眼差しを、ウィンドへ向ける。
そういうアバトライトの様子は、ワイズに仮想の追体験をさせた。
彼の瞳に、ウィンドから預かった過去が映されているのだと。
「シャルロットは俺の前じゃ強がる癖がある。そういうところもらしいよ…俺だって、人のことは言えないかもしれねぇけど」
ウィンドの記憶の中で、最も強く光る存在。
薄れても、また鮮明に蘇る色は、彼自身さえも色づける。
闇に塗りつぶされない虹色の記憶を、これまで彼は何度も確かめてきた。
だが、闇は今、その聖域へ忍び寄ろうとしていた。
「そういえば、シャルロットはあの日――」
ふと記憶が揺れて、自然と口に出そうとしたエピソード。
「――ッ!!」
しかし、それが声になろうとした瞬間、彼の頭にはおぞましい声が響いた。
『ぶひひぃ…君の記憶は呪っておいたよぉおぉ……』
豚の呻きが、記憶を砕いた。
それっきり、彼の言葉は途切れて、紡がれない。
ワイズとアバトライトも、彼の異変に気付いてすぐに立ち上がる。
「どうした!?大丈夫か、ウィンド!!」
「ウィンド氏、しっかりするんだ!もしや、私特製のポーションが必要か!?」
ワイズは自前のアイテムボックスから、急いでポーションを取り出す。
ガラスビンの蓋を親指で押し上げ、開いた飲み口をウィンドの口内へ傾けた。
しかし、いくら効果を待っても反応しない。
「ワイズさん!彼の容態も分からないうちからポーションを使用しないで頂きたい!」
「私の場合、どんな深刻な異常もポーションを呷れば治るのだっ!」
2人は様々に応急処置を試みたが、症状は改善しない。
仕方なく、アバトライトは患者を背中に担いで、ワイズに言った。
「私がウィンドを守るので、ワイズさんは出現した魔物の対処をお願いします!」
「よし、任せなさい!私が悪鬼共を一網打尽にしてみせる!」
命令を受けたワイズは、すぐに臨戦態勢に入ると、注意深く魔物の気配を探る。
ソロである彼は、索敵の技能も人より優れており、網羅している範囲も並ではない。
その気になれば、3km遠くの物音でさえ、鮮明に拾う事ができた。
間もなく、それらしい物音を拾うと、彼は声を大にして告げる。
「何者かが接近している!構えるんだ、アバトライト氏よ!」
「了解です!」
よく眼を凝らし、敵影を探る。
すると、だんだんと近付いてくる数名の人影が現れた。
即座に人型の魔物だと判定し、パーティ状態を考慮した戦術を組み立てる。
やがて目前に迫った人型は、ついにワイズ達へと――
「俺は絶対、お前らとなんざ協力しねぇ!!シェヴィが来ねえってんなら、一人で探索してやらぁーっ!」
「いい加減にしろよ!ウェドだけで行くなんて正気じゃないぞ!」
「いい加減にしろだと!?アーサーてめぇッ、どの口が言ってんだオラァァーーー!!」
襲い掛かることはなかった。
やって来たのはどうやら、仲の悪い4人組のパーティらしい。
「「敵じゃないんかーい!」」
予想とは違ったコミカルな出会いに、ワイズもアバトライトも思わずズッコケる。
4人組パーティの一員らしき少女は、急に転倒した2人を見て驚いた。
「………」
「あれ?どしたの、シェヴィちゃん」
驚くシェヴィの視線を追って、隣に居たもう一人の少女がアバトライトを見る。
「…も、もしかして、アバトライトさん!?」
すると、彼女も驚愕を示した。
それもそのはず、彼女はアバトライトの後輩であり、彼を良く知っていたのだ。
後輩の声に反応した聖騎士は、すぐに起き上がって状況を確認する。
すると、並ぶ顔ぶれが知人ばかりであることを知り、溜め息を吐いた。
「ウィンドより前に、こんなに…ペナルティは覚悟してもらうよ」
厳格な彼の言葉を聞いて、4人の少年少女はちょっぴり震えた。
主要キャラが52人くらいいるので、そろそろ最初から読まないと分からないかもしれません。
キャラ紹介を第1部として差し込もうと考えてますが、まだやってません。




