藍色の風景
誰かを探して放浪する少女・フェリ。
彼女は冒険者ではないが、ある魔道具を所有していた。
彼女自身、どのような経緯で入手したのか分からない、不思議な水晶である。
鈍い藍色の光沢を訝し気に眺めながら、少女は呟く。
「なんで、どこにも居ないの…?一番反応が強いのは、間違いなくこの路地なのに…」
街の外れにある、薄明かりの路地。
建物に挟まれたその空間に差し掛かると、魔道具は淡い光を放った。
だが、それ以上の効果はなにも示さなかった。
もともと彼女も、気が付けばこの路地へ立っていたという。
水晶の輝きになぜだか焦がれて、今まで彷徨ってきたのだ。
しかし結局のところ、最初に立っていた場所から、なんの進展も得られなかった。
「どうしてなの…」
呟く彼女は、理由も分からずに悲しくなっていた。
なにか大切なものを、知らない間に失っていた。
心に穴が空いたようで、どうしていいやら分からなかった。
途方に暮れて座り込み、人探しに疲れた足を休める。
すると、そんな時…彼女の後ろから、誰かが遠慮しがちに声を掛けてきた。
「…おーい、フェリ。フェリだよな?」
「え。ああ、あんた」
「『あんた』って…俺の名前はウォッチだよ」
声の主は、戦士の少年・ウォッチ。
彼は、気難しいフェリとなんとなく仲良くしている。
本人同士ではそう思っていないが、友達のような関係だ。
二人は別に待ち合わせていたわけではなく、会ったのは偶然である。
ただ、ウォッチが噴水広場への近道で路地を通ったところ、彼女を見かけたのだ。
「なにしてるんだ?」
「あんたには関係ないでしょ」
「またそれか!」
ツンツンしているフェリは、質問にはあまり素直に答えてくれない。
相変わらずの反応に、ウォッチは困った笑みを浮かべた。
仕方なく、彼女の手に置かれた物から推測をする。
「その水晶…なんか発光してるな」
「なによ、発光してたら文句あるわけ?」
「無いって!なんでかなーって思っただけだよ」
仕組みを知りた気なウォッチを見て、フェリは溜め息を吐く。
そして、やれやれといった様子で説明をした。
「これは、あたしにもよく分かんないけど…多分、なにかに反応してるのよ」
『なにかに反応している』と聞き、ウォッチは少し好奇心を刺激された。
宝探しは冒険者の嗜みといっても過言ではない。
冒険心をくすぐられ、彼はついワクワクしてしまったのである。
「なぁ。その宝探し、俺も手伝っていい?」
「はぁ?なによ急に…」
彼の申し出に、フェリはあまり気が乗らなかった。
しかし、別に邪険にする理由も無いため、「好きにすれば」と言った。
許可をもらったウォッチは、嬉しそうに探索を開始した。
この時、なぜだかフェリは懐かしい感じがした。
ぼんやりと思い出せる風景は、かなり曖昧だったが、彼女をくすぐるように揺らいだ。
遠くて掴めない、どうやら記憶らしきものを、少女はただ眺めていた。
――すると、不意にウォッチの声がする。
「――リ!フェリ!」
自分を呼んでいることに気付いて、フェリはハッとした。
「な、なによ」
「なにぼんやりしてんだよ!ほら、これ見ろよ!」
「はぁ、うるさい…わ、ね?」
煩わし気に、ウォッチの指差す方へ顔を向けて、彼女は目を見開いた。
さっきまで壁しか無かったはずの、そこにあったのは――物々しい門扉であった。
「なに、これ…」
「俺が見つけたんだぜ、フェリ!驚いただろ?多分これ、ダンジョンの入り口だと」
「ウザい…バカじゃないの」
「なっ、お前!それは酷いだろ!?」
はしゃぐ少年へトゲトゲしい言葉を返しつつも、少女は驚きを隠せない。
どうやったら、こんな場所にダンジョンの入り口を隠せるのか。
そもそも、誰がここに隠したのか。
自然発生だとしても、街の中にダンジョンが出来るなんて聞いたことがない。
信じられない光景に、彼女は唖然として立ち尽くした。
その横で、ウォッチは門扉を珍し気に眺めつつ、冒険心を沸々と湧き上がらせた。
そんな二人の前に、ある女性が現れて言った。
「これ、ダンジョンでしょう?入らないの?」
不意を突かれた二人は、お互い連動するように慌てて振り返った。
見事なシンクロを見て、謎の女性は微笑んだ。
「驚かせてしまったかしら。ごめんなさい」
「誰ですか?」「誰よ」
質問すら同じにして、ウォッチとフェリは警戒心を強くする。
女性は特に気にした様子もなく、表情に微笑みを携えたまま言った。
「私はメルチ。冒険者よ」
どこか謎めいた雰囲気を醸しつつ、メルチは右手を差し出す。
握手を持ち掛けられても、フェリは返事を躊躇い、手を出そうとしない。
彼女の代わりに、ウォッチが警戒しつつ応じた。
「どうも…あと、クラスと所属パーティを聞いてもいいですか?」
「剣士。『エンドレスパルム』というパーティに所属しているわ」
「剣士、ですか」
背中を見ると、彼女の背にはちゃんと鞘が背負われている。
素性を聞いた限りは、特に怪しい人物では無い。
だが、ウォッチはどうしても、彼女に対する警戒心を捨てられなかった。
なにか危ういオーラを、その眼から感じていたから。
少年が次の言葉を探していると、その横からフェリが言う。
「あんた、怪しいのよ。普通、初対面の人間にいきなり話しかけないでしょ」
正論であった。
メルチの首の突っ込み方は、初対面の人間に対しては相応しくない。
ウォッチからすれば、その事が違和感の原因ではないが…納得はできる。
(初対面っていうなら、フェリの態度も微妙なような…)
と、彼は考えた。
しかし、余計なことは言わないことにした。
「ごめんなさい。私、正しさは苦手なの」
「はぁ?正しさ?」
「ええ。『こうするのが正しい』とか、よく分からなくて」
どこか高踏的にも見える狐じみた笑みで、メルチはそう応える。
フェリは渋面を作って、小さな声で「なにコイツ」と呟いた。
ちょっと虫の居所が悪くなった少女に構わず、女剣士は話を戻した。
「入らないの?ダンジョン」
「い、いや…なにがあるか分からないし、準備も無く入れないですよ」
「ねぇ、敬語なんてやめましょう。面倒だもの」
「面倒って…えっと、ま、まずはギルドに報告するのが良いんじゃない…かな」
「見つけたのは二人でしょう?それに――ほら、貴女の水晶。光ってる」
彼女は、フェリの手中にある藍色の水晶を、無駄の無い動きで手に取る。
いつのまにか持ち物を取られて、少女は「あっ…」と声を洩らした。
反応が遅れたウォッチも、咄嗟に臨戦態勢を取った。
他人の様子などは尻目に、メルチは手にした魔道具をじっくり眺める。
「返せ!それはフェリの魔道具だ!」
相手の実力が確かなものだと分かっていても、ウォッチは怒ってみせた。
フェリのために取り返そうと、覚悟を決めてのことである。
しかし、メルチはすぐに魔道具を返してきた。
「はい、返すわ。自分のものにするつもりなんて無いもの」
「えっ…いや、でも、勝手に取るのは!」
「勝手?…拒絶されなかったから、手に取って良いのかと思ったの。ごめんなさい」
どうやら、彼女としては借りただけのことらしい。
あまりにも自然で、意識の隙間を突くような動作だったために、ウォッチの方が誤解したのである。
「……そっか」
とはいえ、紛らわしい行為であったことは否めず、少年には不服が残った。
無意識に場を圧倒しながら、メルチは微笑を濃くした。
「私もこのダンジョンが気になるわ。きっと、その魔道具となにか関係があるでしょう?」
「そうかもしれないけど、俺とメルチさんだけじゃ…」
「女の子も含めて、3人よ」
勝手に数に入れられて、フェリは少し焦った。
しかし、それ以上にウォッチが焦って止めた。
「待ってくれよ!この娘は冒険者じゃない!」
「ええ。でも、魔道具の持ち主だわ。一緒に来たいはずよ」
腹案を忍ばせているような笑みを向けられ、フェリは逡巡する。
「いいわ。あたしも行く」
そうして、覚悟を固めた後にそう答えた。
満足そうにうなずいたメルチは、すぐに門扉へ手を掛ける。
「それじゃあ、二人とも…」
「あたしはフェリよ」
「え?あ、お、俺はウォッチ!」
「ウォッチ。フェリ。短い間だけど、よろしくね」
その会話の後で、彼女は入り口を開いた。
どこでもドアではない




