過保護
お姉ちゃんにまっかせなさい!
新進気鋭のルーキーパーティ・アクアガーデン。
結成から半年で、難易度が高いとされるダンジョンを多く踏破してきた。
その一助となっているのが、パーティリーダー・ネアの優秀な指揮能力である。
「はぁ…」
そんな彼女は、パーティメンバーと寛ぐカフェにて、テーブルに肘を突き憂い気な溜め息を吐く。
同じパーティメンバーとして対面席に座るウォッチは、少し遠慮しがちに声を掛けた。
「…あのさ、どうかした?ネア」
「ん?別に…なんでもないよ」
「あ、そっか…」
意味ありげに憂鬱気な表情を持て余して、ネアは再び溜め息を吐いた。
会話を跳ね返されたウォッチが引き下がると、今度は隣に座る少年――同じくパーティメンバーのマックスが言った。
「ネアさん、言いたい事があるならはっきり言ってくれよ。俺たち、言われたら直すぜ?」
「…さっきからどうしたの。二人とも、肩肘張り過ぎだよ」
「いや、だってさ!なんかネアさん、上の空って感じだから」
そう言われて、ネアは自分の姿勢を見直すと、おもむろに座り直す。
その後、出来るだけ空を見ないようにした。
合わせるべき地点の無い視線は、適当に左へ流した。
なんの気ない彼女の動作はしかし、少年たちにとって取っつきにくいものである。
なんとも言えない微妙な雰囲気と、会話をする気が無さそうなリーダーに痺れを切らし、マックスはテーブルに勢いよく手を叩きつけた。
「なに考えてるんだよっ!」
「わっ」「マックス!?」
ネアは小さく声を漏らし、ウォッチは友人の唐突な行動に驚く。
二人の驚きを見ても、彼は勢いを衰えさせない。
強くネアを見て、じっと質問の答えを待った。
「べ、別に…大したことじゃないけど」
「いいから言ってくれ!ネアさん見てると、なんか、こう…モヤモヤするんだって!」
少年の言葉に、ネアは首を傾げた。
なんか、こう、モヤモヤする――それがなにを指し示すのか、さっぱり分からないのである。
自分はただ、ちょっとボーっとしいてただけなのに、なぜこうも彼を昂奮させてしまったのか。
疑問を浮かべつつも、彼女はパーティリーダーとして、メンバーを諫める。
「マックス、とりあえず落ち着いて。座ろう?」
「話してくれるんだよな!?」
「だから、まず座ってね」
「もちろん!」
リーダーの言う事に嘘は無い。
マックスは彼女の態度を信用し、無駄に激しく着席した。
「いてぇっ!?」
「あ、すまん…」
その時、腕を組んで横に出張った肘が、ウォッチの頭を直撃。
呻く友人に咄嗟に頭を下げると、マックスは少し冷静になった。
「さっきテリのこと考えてたの」
目の前で肘直撃を見ていたにも関わらず、ネアはなにも眼に入っていないかのように語り出した。
その唐突さに思わず面食らいながらも、ウォッチは気を取り直して言葉を返す。
「うぐぐ…あぁ、ネアの妹だよな…」
「妹がどうかしたのか?」
「あの子もいつか冒険者になるのかなって」
ネアにはテリという妹が居る。
テリはまだ保護が必要な年齢であり、普段は彼女が面倒を見ているのだが、冒険者という職業は休みが取り辛い。
そのため、手が空いていない日は、知り合いのおばさんの家へ預けていた。
しかしすっかり安心とはいかず、時々はダンジョン攻略の最中にも妹を思い出すことがある。
寂しい思いをしながらも、健気に自分を待っている姿を想うと、ネアは妹が不憫でならなかった。
そのため、いつか妹が冒険者になれば良いと彼女は考えていた。
だが、それと同時に、彼女は妹に危険な職業を選ばせることを望まない。
もしテリが危ないクエストで死んじゃったら…そんなことを考えると、気が気ではないのである。
現状から不安視だけして、その度に憂鬱になることは意味のないことだ。
そんなことくらい、聡明な彼女に分からないわけではなかった。
それでも、冒険者になって最初に根付いたこの悩みは、どうしても頭から離れないのだった。
「ずっとテリに寂しい思いをさせるなんて嫌だけど…でも、私たちのパーティに入らせるなんて、もっと嫌だ」
「ああ…まぁ、テリは強くないしな」
「違う、そんなことじゃない!私はあの子に平和に暮らしてほしいの!」
「そ、そうか。すまん」
ネアの心に潜む矛盾が分からず、ウォッチは困惑した。
彼が新たなパーティメンバーに望むのは、一定水準の戦闘力とパーティとの親和力である。
パーティを組む上でそれ以外に必要なものはないし、そうであればどんな問題も受け入れるつもりだった。
そのため、ネアがテリをパーティに引き入れるにしても、その規則は例外なく適用する。
むしろ、一時の情でパーティを組むのは、パーティの破綻と死を招く最も愚かな行為…彼はそう考えていた。
「じゃあさ、俺らとは別のパーティを組ませようぜ!そしたら寂しくないし――」
「ダメよ。私の目の届かない所へ置きたくないもの」
「えぇ…」
マックスもウォッチと同じ考えで、道理に則った提案をした。
しかし、気難しいネアはそれを即却下する。
「テリが冒険者になるなら、絶対にアクアガーデンに加入させる。でも、そうすると危険な目に会って…」
どうやれば妹を完璧に保護できるのか…その方策を、ネアは常に探していた。
しかし、一つも嫌な目に合わない道は、容易には見つからない。
その結果、彼女は大いに焦っていた。
「頼れる人のところに預けるとか…例えば、キョウガさん?ダメだわ…あの子がこれ以上キョウガさんに懐くと、嫉妬しちゃいそうだし」
「ネア!なんて顔してるんだよ!」
いつの間にか、彼女は眉間に大きく筋を通して、血眼になってブツブツ呟いていた。
普段の冷静なリーダーからは想像もつかない形相に、ウォッチは困惑する。
呼びかけた彼の声は、血眼のリーダーの耳には届いていないらしかった。
「マックス、これはかなり重症だよな…」
「前からこうだぜ。妹のことになると」
「な、なんでそんなに冷静なんだよ」
ウォッチとマックスはひそひそと声を発して、ネアの内情の深刻さについて意見を交わす。
その間にも、ネアの途方もない心配は積もるばかりで、緩む兆しすらない。
「テリが大きくなったら、もう今みたいに私に甘えたりしなくなるのかな…ああ…」
保護のための懊悩だったはずが、センチメンタルの苦しみへと挿げ替えられている。
それはともかく、全ての苦しみが一貫してテリを起点にしていた。
「しょうがないな…よっと」
見兼ねたマックスは、自分の席から身を乗り出して、閉じぬ彼女の口へパフェを運んだ。
自分で注文した甘味を舌の上に認め、ネアは一転、呟くのを止めた。
「おいしい…マックス?」
「ネアさんは過保護だって」
「うっ…」
痛いところを突かれ、少し自覚のある彼女は思わず目を逸らす。
マックスは改めて椅子に座ると、彼女に構わず言葉を続けた。
「そんなの今から気にしたって仕方ないよ。大体、テリのことはテリが決めればいいだろ?」
「それじゃ…マックスはテリが死んでもいいって言うの」
「そんなこと言ってない!ネガティブになり過ぎだって!」
「う、うぅっ…」
再び痛いところを突かれ、逸らす目線さえ無くなったネアはウォッチを見た。
いきなり視線を投げかけられ、彼は多少困惑したが、とにかく笑って見せた。
「ま、まあさ…そんなに気負わなくて良いと思うよ」
「ウォッチ…マックス…私って過保護?」
「おう」「そう…だな」
満場一致の意見を聞き、ネアは認めざるを得ないと思った。
とはいえ、彼女が持ち前の過保護に決着を付ける日は遠い。
なぜなら、その過保護の起源は愛情であるからだ。




