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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
164/171

リア充

獣の類。

 『ネームフラワー』に所属する、2人の冒険者。


 片や、戦士の少年アーサー。片や、魔導師の少女リザ。


 両者は恋仲にある。




 最初に告白したのはリザで、間接的にOKしたのがアーサーである。


 始めこそもどかしい関係を続けていたものの、最近は徐々に恋人としての距離を深め、今や――手を繋げるほどにまで発展していた。


 これは革命であった。なぜって、2人はなんでもない会話さえも、お互いに照れてしまって行えなかったのだから。




 かくして進展目覚ましい2人は、今日もデートを敢行していた。


 苦しみと喜びの末に選び出した、休日ファッションに身を包んで、相手のことを考える。


 自分はこれでも楽しいが……どうすれば相手は楽しくなるのか、とにかく頭を悩ませた。




「…………」


「…………」




 ちなみに、手を繋いでいる間、2人はあんまり喋れない。


 緊張しているからである。唇が震えているのである。


 喉から声が出かかるのはお互い様だが、どちらもうまく表現できないでいた。




 街を歩く2人は、景色を見渡して黙ったままだ。


 笑顔は自然と出る。とはいえ、緊張の入り混じった表情は固く、不安も含まれている。


 それでも両者は、手だけは離すまいと奮起していた。




「楽しいね、アーサー」


「そうだな、リザ。それと……」


「な、なに?」




 リザが小さく首を傾げた。


 アーサーは確かめることを少し躊躇ったものの、意を決して言う。




「嫌じゃない? 俺と手を繋ぐの」




 その後で、自分の情けなさに心の中で幻滅した。


 だが問われたリザは、繋いだ手をブンブン振って、すこぶる楽し気におどけてみせる。




「い、嫌じゃない! ずっとこのままで……あっ、そんなことできないのは分かってるけど! というか、今のなし!」


「あはは、良かった」




 どうやら気にしていないようなので、少年はホッと安心した。


 そんな他愛ない掛け合いをしながら、手を繋ぐ2人は幸せそうに笑う。


 するとアーサーは、前方の景色になにかを見つけた。




「……あれ?」


「どうしたの、アーサー?」


「なんだろう、あの人たち」




 彼が指差す方を見て、リザも異変に気付く。


 そこに往来する人たちは、なにかを驚いた顔で見ていた。


 人々の視線の中心に居たのは、ある一人の男性であった。




 彼は地面に倒れ込んで、苦しそうな顔をして呻く。




「うぅ、ぐ…………!!」




 頭を抱えて悶えるその男性は、尋常でない様子だ。


 隣に立つ女性が、彼に必死で声を掛けて、なんとかしようとしている。




「ウィンド!! しっかりして…………!!」


「シャルロット……すまねぇ…………っ」


「ダメ…………!!」




 状況は判然としないものの、なにか重大な事件が起こっているらしい。


 そう判断して、アーサーはすぐに行動を開始する。




 彼はリザの手を離し、おもむろに走り出す。


 「あっ……」と声を洩らしたリザだが、恋人の耳には届いていないようだった。




 すぐに駆け付けたアーサーは、男性にシャルロットと呼ばれた女性へ話しかける。




「大丈夫ですか!?」


「あ……っ? すみません、彼を助けてください!」


「もちろんです!」




 シャルロットから悲痛なSOSを受け取って、彼は快く頷き、倒れ込む男性を担ぐ。


 戦士として鍛えた筋肉は、男一人を持ち上げるくらいなら造作もない。


 そのまま颯爽と背中に背負って、どこか治療できる場所へ走り出した。




「アーサー!」




 彼がどこかへ行ってしまう前に、慌てて声を掛けるリザ。


 それに対し少年は、爽やかだが余談を許さない様子で笑いかける。




「リザ、デートは後で! ごめん!」


「……もうっ」




 優しい彼の姿を見て、リザは少しだけ頬を膨らませた。


 けれど、そうでなくてはアーサーらしくないとも思う。


 そういうところも好きなのだから、強く責める気にはならない。


~~~~~~~~~~


 アーサーは男性を背負って、街の治療院へと向かった。


 まずは男性を休ませてあげるべきだと考えたのだ。




 院の先生からベッドを貸してもらい、そこへ男性を寝かせる。




「ありがと……あなたがいなかったら、あーし……マジでヤバかった」




 シャルロットはペコリと深く頭を下げて、アーサーへ感謝を示す。


 が、アーサーは謙虚な姿勢を返した。




「困ってる人が居たら助けるのが」


「当然です……って言うのよね、アーサーは」


「そう! ……って、リザ?」




 セリフを途中で奪われ、彼はリザを見る。


 すると、彼女が少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。


 何かあったのかと、少年は慌てた。




「ど、どうしたんだよ! 俺がなにかした?」


「ううん、なんにも。強いて言うなら、デートを中断したくらいかな」


「あっ、それは……わ、悪かったよ」




 小さく怒る少女へ謝ると、彼女は急に「くすっ」と笑う。


 笑った理由が分からなくて、アーサーはポカンとした。




 リザは嬉しそうに微笑みながら、真っ直ぐアーサーを見た。




「好きよ、アーサー」


「……へぁっ!? 急になんで……!?」


「急じゃないし。ずっと思ってたことだもん」




 顔を真っ赤にして恥じらいつつ、リザは満足そうな顔をする。


 気持ちを潔く言葉にして、スッキリしたのだ。


 不意打ちを喰らったアーサーからすれば、余裕でK.Oレベルの破壊力だが。




 それを見ていたシャルロットが、少しだけ呆れを含んで笑った。




「あのー、お2人さん……あーしらのこと見えてます?」


「「あっ」」


「うへー、思い出してんなよー」




 誰も触れない2人だけの国を作り上げるのは、夢の中だけにして頂きたい。


 そんな気持ちを暗に表情に搦めて、彼女は軽く肩を竦めた。


 気を取り直して、改めて礼を言う。




「とにかくっすけど、ほんと、ありがとーございます。おかげでマジたすかリング的な」


「マジテスカリングテキナ?」


「たすかリングっす~。んで、ちょっとお願いがあるんすけどぉ」


「あ、なんですか?」




 青年の容態は落ち着いていたが、またいつ苦しみが再発するか分からない。


 治療院の先生では原因が分からなかったため、より精細な究明ができる人物が必要だった。


 そのため、シャルロットはアーサーへ頭を下げる。




「冒険者ギルドまで、ウィンドを連れてってくれませんか?」


「え? 冒険者ギルド?」




 ギルドには該当する人物がいた。


 冒険者パーティ『リワインド』のリーダーであり、治療術師でもある少女キョウガ。




「そこにキョウガって子がいるんす。で、ウチらのパーティリーダーなんすよねぇ、その子」


「はぁ……」


「あの子に見せれば、大抵のことはなんとかなるんで。よろです」




 シャルロットの頼みに、アーサーはやはり快く頷いた。




「任せてくださ――」


「デートは延期ね」


「…………ごめん」


「いいよ?」




 『いいよ』と言うが、リザはちょっと不満そうな顔をするのだった。


 今回のデートは失敗に終わったと、肩を落とすアーサー。




「んー、なんか……さーせん」




 脱力した笑みを浮かべながら、ひょこひょこ頭を下げるシャルロットであった。


 心の中では“爆発しろ”と毒づいていた。

腕から千切れろ

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