リア充
獣の類。
『ネームフラワー』に所属する、2人の冒険者。
片や、戦士の少年アーサー。片や、魔導師の少女リザ。
両者は恋仲にある。
最初に告白したのはリザで、間接的にOKしたのがアーサーである。
始めこそもどかしい関係を続けていたものの、最近は徐々に恋人としての距離を深め、今や――手を繋げるほどにまで発展していた。
これは革命であった。なぜって、2人はなんでもない会話さえも、お互いに照れてしまって行えなかったのだから。
かくして進展目覚ましい2人は、今日もデートを敢行していた。
苦しみと喜びの末に選び出した、休日ファッションに身を包んで、相手のことを考える。
自分はこれでも楽しいが……どうすれば相手は楽しくなるのか、とにかく頭を悩ませた。
「…………」
「…………」
ちなみに、手を繋いでいる間、2人はあんまり喋れない。
緊張しているからである。唇が震えているのである。
喉から声が出かかるのはお互い様だが、どちらもうまく表現できないでいた。
街を歩く2人は、景色を見渡して黙ったままだ。
笑顔は自然と出る。とはいえ、緊張の入り混じった表情は固く、不安も含まれている。
それでも両者は、手だけは離すまいと奮起していた。
「楽しいね、アーサー」
「そうだな、リザ。それと……」
「な、なに?」
リザが小さく首を傾げた。
アーサーは確かめることを少し躊躇ったものの、意を決して言う。
「嫌じゃない? 俺と手を繋ぐの」
その後で、自分の情けなさに心の中で幻滅した。
だが問われたリザは、繋いだ手をブンブン振って、すこぶる楽し気におどけてみせる。
「い、嫌じゃない! ずっとこのままで……あっ、そんなことできないのは分かってるけど! というか、今のなし!」
「あはは、良かった」
どうやら気にしていないようなので、少年はホッと安心した。
そんな他愛ない掛け合いをしながら、手を繋ぐ2人は幸せそうに笑う。
するとアーサーは、前方の景色になにかを見つけた。
「……あれ?」
「どうしたの、アーサー?」
「なんだろう、あの人たち」
彼が指差す方を見て、リザも異変に気付く。
そこに往来する人たちは、なにかを驚いた顔で見ていた。
人々の視線の中心に居たのは、ある一人の男性であった。
彼は地面に倒れ込んで、苦しそうな顔をして呻く。
「うぅ、ぐ…………!!」
頭を抱えて悶えるその男性は、尋常でない様子だ。
隣に立つ女性が、彼に必死で声を掛けて、なんとかしようとしている。
「ウィンド!! しっかりして…………!!」
「シャルロット……すまねぇ…………っ」
「ダメ…………!!」
状況は判然としないものの、なにか重大な事件が起こっているらしい。
そう判断して、アーサーはすぐに行動を開始する。
彼はリザの手を離し、おもむろに走り出す。
「あっ……」と声を洩らしたリザだが、恋人の耳には届いていないようだった。
すぐに駆け付けたアーサーは、男性にシャルロットと呼ばれた女性へ話しかける。
「大丈夫ですか!?」
「あ……っ? すみません、彼を助けてください!」
「もちろんです!」
シャルロットから悲痛なSOSを受け取って、彼は快く頷き、倒れ込む男性を担ぐ。
戦士として鍛えた筋肉は、男一人を持ち上げるくらいなら造作もない。
そのまま颯爽と背中に背負って、どこか治療できる場所へ走り出した。
「アーサー!」
彼がどこかへ行ってしまう前に、慌てて声を掛けるリザ。
それに対し少年は、爽やかだが余談を許さない様子で笑いかける。
「リザ、デートは後で! ごめん!」
「……もうっ」
優しい彼の姿を見て、リザは少しだけ頬を膨らませた。
けれど、そうでなくてはアーサーらしくないとも思う。
そういうところも好きなのだから、強く責める気にはならない。
~~~~~~~~~~
アーサーは男性を背負って、街の治療院へと向かった。
まずは男性を休ませてあげるべきだと考えたのだ。
院の先生からベッドを貸してもらい、そこへ男性を寝かせる。
「ありがと……あなたがいなかったら、あーし……マジでヤバかった」
シャルロットはペコリと深く頭を下げて、アーサーへ感謝を示す。
が、アーサーは謙虚な姿勢を返した。
「困ってる人が居たら助けるのが」
「当然です……って言うのよね、アーサーは」
「そう! ……って、リザ?」
セリフを途中で奪われ、彼はリザを見る。
すると、彼女が少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。
何かあったのかと、少年は慌てた。
「ど、どうしたんだよ! 俺がなにかした?」
「ううん、なんにも。強いて言うなら、デートを中断したくらいかな」
「あっ、それは……わ、悪かったよ」
小さく怒る少女へ謝ると、彼女は急に「くすっ」と笑う。
笑った理由が分からなくて、アーサーはポカンとした。
リザは嬉しそうに微笑みながら、真っ直ぐアーサーを見た。
「好きよ、アーサー」
「……へぁっ!? 急になんで……!?」
「急じゃないし。ずっと思ってたことだもん」
顔を真っ赤にして恥じらいつつ、リザは満足そうな顔をする。
気持ちを潔く言葉にして、スッキリしたのだ。
不意打ちを喰らったアーサーからすれば、余裕でK.Oレベルの破壊力だが。
それを見ていたシャルロットが、少しだけ呆れを含んで笑った。
「あのー、お2人さん……あーしらのこと見えてます?」
「「あっ」」
「うへー、思い出してんなよー」
誰も触れない2人だけの国を作り上げるのは、夢の中だけにして頂きたい。
そんな気持ちを暗に表情に搦めて、彼女は軽く肩を竦めた。
気を取り直して、改めて礼を言う。
「とにかくっすけど、ほんと、ありがとーございます。おかげでマジたすかリング的な」
「マジテスカリングテキナ?」
「たすかリングっす~。んで、ちょっとお願いがあるんすけどぉ」
「あ、なんですか?」
青年の容態は落ち着いていたが、またいつ苦しみが再発するか分からない。
治療院の先生では原因が分からなかったため、より精細な究明ができる人物が必要だった。
そのため、シャルロットはアーサーへ頭を下げる。
「冒険者ギルドまで、ウィンドを連れてってくれませんか?」
「え? 冒険者ギルド?」
ギルドには該当する人物がいた。
冒険者パーティ『リワインド』のリーダーであり、治療術師でもある少女キョウガ。
「そこにキョウガって子がいるんす。で、ウチらのパーティリーダーなんすよねぇ、その子」
「はぁ……」
「あの子に見せれば、大抵のことはなんとかなるんで。よろです」
シャルロットの頼みに、アーサーはやはり快く頷いた。
「任せてくださ――」
「デートは延期ね」
「…………ごめん」
「いいよ?」
『いいよ』と言うが、リザはちょっと不満そうな顔をするのだった。
今回のデートは失敗に終わったと、肩を落とすアーサー。
「んー、なんか……さーせん」
脱力した笑みを浮かべながら、ひょこひょこ頭を下げるシャルロットであった。
心の中では“爆発しろ”と毒づいていた。
腕から千切れろ




