料理
美少女が作る料理はマズい。
呪術師の少女・アリエルは、料理が得意ではない。
彼女が心を込めて作った料理は、なぜかモヤモヤした味になる。
口の中に煙が泳いでいるみたいな食感なのだ。
ということで、料理を上手く作れるようになるべく、彼女は修行を始めた。
1人で頑張っても効果がない気がしたため、稽古をつけてくれる師匠を選んできた。
かくして召喚した人物は、彼女の所属するパーティ『ライフリライフ』のリーダーで、パラディンのゼブラである。
「リーダーは料理上手だから」
「ああ」
2人は冒険者ギルドの簡易厨房を借りて、さっそく料理を開始した。
作るのはサンドイッチだ。
サンドイッチ作りに、わざわざ教えるべき工程はない。
ゼブラは腕を組んで、まずは傍観することにした。
「まずはなにをするの?」
傍観していたら、弟子の方から質問が飛んできた。
「とりあえず、バターを塗るべきだな」
「分かった」
師匠の教えを受けて、せっせとバターを塗るアリエル。
すると――ボンッ!!
「!?」
パンは爆発してしまった。料理は失敗である。
サンドイッチにしては斬新な音に、思わず警戒を示すゼブラ。
が、なにが起こったのかを理解すると、彼は臨戦態勢を解いて冷静になった。
「料理が……下手なんだな、アリエル」
「い、言わないで。分かってるから」
「ああ……」
最初から『得意ではない』という前提を伝えられているのだから、爆発したくらい、なんだというのか。
料理を始めたばかりの頃は、自分もよくパンを焦がしたはずだ。
焦がすのと爆発では、いうほど大差はない。
「気にするな。失敗は誰にでもある」
「うん」
「とりあえず、バターを塗るべきだな」
「分かった」
師匠の教えを受けて、せっせとバターを塗るアリエル。
すると――ボンッ!! ボンボンッ!!!!
「!?」
パンはさらに爆発してしまった。またも料理は失敗である。
料理中に聞いたらマズいであろう音に、ゼブラはやはり臨戦態勢を取った。
が、なにが起こったのかを理解すると、彼は緊張を解いて冷静になった。
「平気か、アリエル」
「大丈夫」
「すごいな」
手に持ったパンが爆発したのに、アリエルが無傷なのはなぜか。
まあでも、パンを焦がした時だって、自分がケガをすることはない。
それと同じく、なにが同じなのか意味が分からない、でもなにか共通点があるはずで、その実、絶対におかしいとも思いつつ、そもそもパンは爆発しないのでは? パンってなんだっけ? パンは小麦から作られる食物で、小麦は粉状になるため、粉塵爆発という現象をご存知だろうか。とどのつまり、アリエルは怪我をしない。
「とりあえず、バターを塗るべきだな」
「分かった」
師匠の教えを受けて、せっせとバターを塗るアリエル。
どうせ爆発に行きつく徒労を、ゼブラは興味深く眺めた。
すると――ボンッ!! ボンボンッ!!!! ボンボンボンボンボンボンッ!!!!!!
「ぐっ」
爆発が連鎖して、黒い煙が簡易厨房を覆った。
咄嗟に防御態勢に入ったゼブラは、なんとか怪我をしないで済んだ。
しかし、彼は無事であっても、直撃のアリエルが無事でいられるはずもなく…………
煙が晴れた場所には、少女の無惨な姿があった。
「ゴホゴホッ……あーあ、また爆発しちゃった……」
髪の毛がもじゃもじゃアフロになったアリエルは、黒い咳をしながら肩を落とす。
その様子を見て、ゼブラはとても悩んだ。
(なにをどう教えれば、彼女の料理は爆発しないようになる?)
爆発の原因は一切不明であるため、なにを教えればいいのか分からない。
だが、彼女が困っているのだから、頼られた以上はなんとかしてあげたい。
そもそも、こんな特殊能力が直らないままでは、周りにいる人々が危険である。
ゼブラは覚悟を決めて、爆発に付き合うことにした。
逞しきパラディンは不敵に笑みを浮かべる。
苦しい時ほど、彼は笑うのだ。
「アリエル、バターを塗るのはやめよう」
「え? いいの?」
「ああ。他のことをしよう。例えば、ベーコンを挟んでみるとかな」
「分かった」
師匠の教えを受けて、せっせとベーコンを挟むアリエル。
ボンッ!! ボンボンッ!!!! ボンボンボンボンボンボンッ!!!!!!
やっぱり爆発した。
その爆発において、ゼブラは発見した。
第一の発見。アリエルはやはり傷付かないが、なにかリアリティのない、特殊なダメージを喰らっている。
第二の発見。爆発はどうやら、アリエルがパンに触れた数秒後に起こっている。
第三の発見。爆発自体の威力がどれだけ高くても、建物は壊れない。だが、周りの人間には衝撃が飛んでくる。
以上の気付きを基に、彼はたった一つの判断を下した。
「アリエル、お前は料理をしない方がいい」
「――リーダー……!!」
ゼブラにだって、面倒を見切れないことはある。
忠告されはしたが、アリエルは料理が上手くなりたいのだ。
ゼブラの眼を盗んで、せっせとバターを塗る。
ボンッ!! ボンボンッ!!!! ボンボンボンボンボンボンッ!!!!!!
やっぱり爆発した。
「アリエル! やめろ!」
「私だって、サンドイッチくらい作れる……」
「お前が作れるのは爆発だけだ!」
師匠の教えを無視して、せっせとバターを塗るアリエル。
ボンッ!!
爆発を無視して、せっせとバターを塗るアリエル。
ボンッ!! ボンッ!!
なにも見えない、なにも聞こえない。せっせとバターを塗るアリエル――
「人には誰しも、出来ないことがあるっ!!」
――夢中になっていた彼女は、ゼブラの言葉で我に返った。
そう。始めから分かっていたのである……自分に料理は向いていないこと。
けれど、それを認めたくなくて、何度も爆発してしまったのだ。
爆発。これは、精一杯やった結果。
事実に向き合って、彼女はふと笑みを浮かべる。
そして、ゼブラに向けて言うのだった。
「料理って……難しいね」
サンドイッチさえ作れない少女の、報われない努力。
すべてが爆発に収束する理不尽。
それに抗えない無力さ。
簡易厨房に舞う煙の中、師匠たるゼブラの眼には、寂し気な笑みが儚く映った。
この日から少女は、料理をすることをやめた。
かわいそう。




