月と棺
ちゃんとGLタグを付けるべきでしょうか。
少女ベリーは、女剣士メルチと手を繋ぎ、その隣を離れなくなった。
少女は剣士に懐いていた。助けられたから……もしくはキスされたから。
まあ、傍目には定かではない。
「おねーさんー、かっこいいー」
「……ねぇ、ショルテ。どうすればいいのかしら」
「こっちむいてー、にこってしてー」
演技的な笑みの下に、メルチは困惑を隠していた。
子供に懐かれた経験がないので、どうしていいか分からない。
とりあえず、望まれるままに少女の方を向いて、顔に笑みを張り付けてみる。
「ゼッセーノビジョー!」
「ショルテ。この女の子、預かってくれないかしら」
メルチの下手なスマイルを見て、大はしゃぎのベリー。
彼女は美人大歓迎である。女性はやはり顔である。
それと同時に、胸も重要である。尻もである。髪質もである。匂いもである。その他にもいっぱいあるのである。
個人の些細な趣向をすべて羅列するのは、まったくもって時間の無駄である。
困った様子のメルチに何度も話しかけられたショルテ。
だが、彼はわざと反応してやらなかった。
メルチと話すことで、自分の感情がまた波立つのを知っていたのだ。
心中、彼は思う。
(あいつら、妙にしっくりくるコンビだな)
彼の眼に映った2人は、どこか似ている。
一緒に歩いているとなおさら、最初からこのコンビだったみたいな納得感があった。
ショルテの隣を歩くファニー&テリは、未だにメルチを警戒していた。
とはいえ、それも先ほどまでよりは緩和している。ベリーが心を許しているために。
しかしそれでも、剣士の纏う雰囲気はどことなく怪しい。油断すると刺されそうである。
「ベリー……だいじょうぶかな」
テリは心配そうに呟く。
いきなり棺の中に放り込まれて、マジックショーの如く千本刺しにされる想像をしていた。
不安げな少女の言葉を、ファニーは元気に笑いながら慰めた。
「へいきへいき! くろいのでるから!」
彼女の言う『くろいの』とは、ベリーが持つ闇属性の魔力のことである。
少し前に噴出し、メルチに抑えられ霧散したそれは、まだまだ少女の体内に眠っていた。
魔力量が膨大過ぎて、本人にすら扱えないものの、強い力であることは間違いない。
危なくなったらそれが出るから平気……と、彼女の理屈はそういう寸法だ。
テリはもっと不安な顔になった。
「なんのほしょうもない」
ほしょうがないと安心できない彼女。
けれど、仕方なくファニー理論に頼ることにした。
ダンジョンの上空には、月のような球体が回っていた。
白い廊下はずっと続いていく。
棺は等間隔で並び、無機質な通路を鬱々と飾った。
現れる魔物はどれも動物の死体である。棺のフタを開けて飛び出す姿は、まるで死体の展示会だ。
入手できるアイテムは、毒消し草や霊界杖(故人の記録を与えると、その人物の声を聞くことができる杖)など。
霊界杖を手に入れたショルテは、しばらくそれをボーッと眺めていた。
メルチには、その理由がなんとなく分かった。
分かっても、安易に口にすると怒られる。そのため、大人しく黙っていた。
――かくして5人のダンジョン・ウォーカーは、無事に入り口まで戻って来る。
何事もなく、無事にダンジョンから帰ることができた。めでたし。
「……あれ??」
ファニーは首を傾げた。
確か自分たちは、先に進んでいるんじゃなかったっけ? と。
実のところ、ショルテは何も言わずにUターンを実行し、少女らを騙しつつ帰ってきたのである。
景色が同じであるため、いつの間にか来た道を通っていても、誰も気付かない。
出口の穴を見て、テリは青年を睨みつける。
しかし青年は素知らぬ顔で、悪びれもせず見返してきた。
「ンだよ、テリ子」
「ひきょう」
「畢竟、ダンジョンは帰るモンだ」
卑怯だと糾弾したのに、なんだか難しい言葉を返され、それによりウヤムヤにされた。
ヒッキョウってなに? 彼女の頭の中に、新たな語彙が反響する。
ショルテ的には、もう帰っても問題なかった。
わりとレア物である霊界杖を手に入れたため、これを質屋に入れれば、しばらくは金にも困らない。
魔物から取れる素材も、(腐肉ばかりでしょっぱいものの)まあまあ手に入った。
今回の探索は、1から10までの評価に分けたり分けなかったりすると、ばっちり100点満点である。
そこからメルチに遭遇した不幸を引くと、だいたい60点くらい。
「チッ」
そう。メルチにさえ会わなければ、もう少し気分が良かった。
自分に懐かなかったベリーが彼女に懐いたことも、さりげなく微妙な気分だ。
この女とダンジョンに潜るのは、これっきりだ――彼は強く念じた。
一方でメルチは、久しぶりのショルテとの探索が楽しかったらしい。
張り付けた笑みに、ちょっとだけ本物っぽいヒクつきが現れている。
ただ、もしかすると……
「メルチおねーさんー、かわいー」
「まあ」
ベリーの存在も、喜色の要因かもしれない。
少女が褒めてくれるため、褒められ慣れてないメルチは動揺している。
密かに嬉しくはあるけど、だからといって、うまくは笑えないのだった。
ファニーは首を傾げていたが、不意になにかを閃いたような顔をした。
そして、ショルテに対してある注文をする。
「おっちゃん! まっしろスクロールちょうだい!」
「は? 持ってねぇよ」
「えっ!? なんで!?」
「ンなもんダンジョンに持ってくんのは、速描できる錬金術師だけだ」
速描とは、魔方陣をその場で作成し、すぐさま発動すること。
普通、魔方陣を描くのには相応の時間が掛かる。状況が刻一刻と変わる戦闘において、一から作っていては間に合わない。
だが、速描を会得した錬金術師ならば可能だ。一応、図形の少ない基礎魔法くらいなら発動できるだろう。
もちろん、パーティに魔導師がいる場合、毛ほども活躍しない技術である。
とにもかくにも、スクロールというのは基本的に、人々の日常生活で扱われるものだ。
冒険者がダンジョンに持って行っても、大抵の場合は不必要な荷物になってしまう。
生活魔法などまず役に立たないし、強力な魔法を扱うスクロールは手が出せないほど値が高い。
そもそも持っている方が稀なのである。
そんな細かい事情など、ファニーの知ったことではない。
思ったことはすぐにやりたい性分なため、彼女は駄々をこねた。
「やぁだ~! スクロールほ~し~いぃ~!」
「うっせぇわ」
「ダンジョンかきたいぃぃぃ~~~~~っ!!」
「……落書きに使うつもりかよ。下らねぇ」
ショルテは呆れて、溜め息を吐く。
そして皮肉気な笑いを浮かべると、さっさと出口へと向かった。
彼の後に続き、メルチも出て行く。
「着いてくんじゃねぇ、クソ女が」
「酷いわ」
恒例の問答をやりながら、彼らは地上へと戻っていった。
置いて行かれた3人の少女は、ダンジョンを出ようとはしなかった。
テリとベリーの共通認識として、「一応うちらのリーダーってファニーさんだよね」というものがある。
よって、ショルテたちに着いて行くよりも、リーダーの意向を優先したのだ。
さて、満を持して、リーダーのファニーは言った。
「ようし! ダンジョンをかくために、スクロールさがそっ?!」
「らくがきでしょ」
「どういうことー」
「らくがきじゃないよ! まほーじん!」
リーダーの言う事はイマイチ分からない。
ダンジョンを描くことが、なぜ魔法陣を描くことになるのだろうか。
メンバーの2人は首を傾げて、お互いに顔を見合わせる。
理解されないのをもどかしく感じながら、ファニーは続けて話す。
「このダンジョン、まほーじんになってるの! ほら、ひつぎのもようっ!」
棺を指差されて、訝し気な眼をそこに集中させるテリとベリー。
ファニーの言う通り、そのフタには確かに模様が存在しているようだった。
単純な十字架のマークだ。
「これと、あと――つき! これってたぶん、まほーじんなんですけど?」
次に少女が指差したのは、上空を緩やかに巡る球体。
リーダー的には、これが魔法陣らしい――何を言っているかさっぱりである。
さっぱりではあるが、なにかしら情熱を抱いているようなので、2人は手伝うことにした。
「えっとねー……スクロールって、どこでもらえるのー?」
「わかんない! いっつもおとーさんのつかってるし!」
(キョウガおねえちゃんなら、なにかしってるかも)
――困ったら冒険者ギルドに行けば良い。
テリの提案によって、少女たちはダンジョンから一時撤退した。
まっしろスクロールを求めて、3人はまた歩き出すのだった。
畢竟って言葉は、元は仏教用語らしいです。
「結局」「ようするに」「つまるところ」みたいな意味です。




