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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
143/171

月と棺

ちゃんとGLタグを付けるべきでしょうか。

 少女ベリーは、女剣士メルチと手を繋ぎ、その隣を離れなくなった。


 少女は剣士に懐いていた。助けられたから……もしくはキスされたから。


 まあ、傍目には定かではない。




「おねーさんー、かっこいいー」


「……ねぇ、ショルテ。どうすればいいのかしら」


「こっちむいてー、にこってしてー」




 演技的な笑みの下に、メルチは困惑を隠していた。


 子供に懐かれた経験がないので、どうしていいか分からない。


 とりあえず、望まれるままに少女の方を向いて、顔に笑みを張り付けてみる。




「ゼッセーノビジョー!」


「ショルテ。この女の子、預かってくれないかしら」




 メルチの下手なスマイルを見て、大はしゃぎのベリー。


 彼女は美人大歓迎である。女性はやはり顔である。


 それと同時に、胸も重要である。尻もである。髪質もである。匂いもである。その他にもいっぱいあるのである。


 個人の些細な趣向をすべて羅列するのは、まったくもって時間の無駄である。




 困った様子のメルチに何度も話しかけられたショルテ。


 だが、彼はわざと反応してやらなかった。


 メルチと話すことで、自分の感情がまた波立つのを知っていたのだ。




 心中、彼は思う。




(あいつら、妙にしっくりくるコンビだな)




 彼の眼に映った2人は、どこか似ている。


 一緒に歩いているとなおさら、最初からこのコンビだったみたいな納得感があった。

 



 ショルテの隣を歩くファニー&テリは、未だにメルチを警戒していた。


 とはいえ、それも先ほどまでよりは緩和している。ベリーが心を許しているために。


 しかしそれでも、剣士の纏う雰囲気はどことなく怪しい。油断すると刺されそうである。




「ベリー……だいじょうぶかな」




 テリは心配そうに呟く。


 いきなり棺の中に放り込まれて、マジックショーの如く千本刺しにされる想像をしていた。


 不安げな少女の言葉を、ファニーは元気に笑いながら慰めた。




「へいきへいき! くろいのでるから!」




 彼女の言う『くろいの』とは、ベリーが持つ闇属性の魔力のことである。


 少し前に噴出し、メルチに抑えられ霧散したそれは、まだまだ少女の体内に眠っていた。


 魔力量が膨大過ぎて、本人にすら扱えないものの、強い力であることは間違いない。


 危なくなったらそれが出るから平気……と、彼女の理屈はそういう寸法だ。




 テリはもっと不安な顔になった。




「なんのほしょうもない」




 ほしょうがないと安心できない彼女。


 けれど、仕方なくファニー理論に頼ることにした。




 ダンジョンの上空には、月のような球体が回っていた。


 白い廊下はずっと続いていく。


 棺は等間隔で並び、無機質な通路を鬱々と飾った。


 現れる魔物はどれも動物の死体である。棺のフタを開けて飛び出す姿は、まるで死体の展示会だ。




 入手できるアイテムは、毒消し草(デトックス)霊界杖アンデット・コネクター(故人の記録を与えると、その人物の声を聞くことができる杖)など。


 霊界杖を手に入れたショルテは、しばらくそれをボーッと眺めていた。 


 メルチには、その理由がなんとなく分かった。


 分かっても、安易に口にすると怒られる。そのため、大人しく黙っていた。




 ――かくして5人のダンジョン・ウォーカーは、無事に入り口まで戻って来る。


 何事もなく、無事にダンジョンから帰ることができた。めでたし。




「……あれ??」




 ファニーは首を傾げた。


 確か自分たちは、先に進んでいるんじゃなかったっけ? と。




 実のところ、ショルテは何も言わずにUターンを実行し、少女らを騙しつつ帰ってきたのである。


 景色が同じであるため、いつの間にか来た道を通っていても、誰も気付かない。




 出口の穴を見て、テリは青年を睨みつける。


 しかし青年は素知らぬ顔で、悪びれもせず見返してきた。




「ンだよ、テリ子」


「ひきょう」


「畢竟、ダンジョンは帰るモンだ」




 卑怯だと糾弾したのに、なんだか難しい言葉を返され、それによりウヤムヤにされた。


 ヒッキョウってなに? 彼女の頭の中に、新たな語彙が反響する。




 ショルテ的には、もう帰っても問題なかった。


 わりとレア物である霊界杖を手に入れたため、これを質屋に入れれば、しばらくは金にも困らない。


 魔物から取れる素材も、(腐肉ばかりでしょっぱいものの)まあまあ手に入った。


 今回の探索は、1から10までの評価に分けたり分けなかったりすると、ばっちり100点満点である。


 そこからメルチに遭遇した不幸を引くと、だいたい60点くらい。




「チッ」




 そう。メルチにさえ会わなければ、もう少し気分が良かった。


 自分に懐かなかったベリーが彼女に懐いたことも、さりげなく微妙な気分だ。


 この女とダンジョンに潜るのは、これっきりだ――彼は強く念じた。




 一方でメルチは、久しぶりのショルテとの探索が楽しかったらしい。


 張り付けた笑みに、ちょっとだけ本物っぽいヒクつきが現れている。


 ただ、もしかすると……




「メルチおねーさんー、かわいー」


「まあ」




 ベリーの存在も、喜色の要因かもしれない。


 少女が褒めてくれるため、褒められ慣れてないメルチは動揺している。


 密かに嬉しくはあるけど、だからといって、うまくは笑えないのだった。




 ファニーは首を傾げていたが、不意になにかを閃いたような顔をした。


 そして、ショルテに対してある注文をする。




「おっちゃん! まっしろスクロールちょうだい!」


「は? 持ってねぇよ」


「えっ!? なんで!?」


「ンなもんダンジョンに持ってくんのは、速描クイック・ドローンできる錬金術師だけだ」




 速描とは、魔方陣をその場で作成し、すぐさま発動すること。


 普通、魔方陣を描くのには相応の時間が掛かる。状況が刻一刻と変わる戦闘において、一から作っていては間に合わない。


 だが、速描を会得した錬金術師ならば可能だ。一応、図形の少ない基礎魔法くらいなら発動できるだろう。


 もちろん、パーティに魔導師がいる場合、毛ほども活躍しない技術である。




 とにもかくにも、スクロールというのは基本的に、人々の日常生活で扱われるものだ。


 冒険者がダンジョンに持って行っても、大抵の場合は不必要な荷物になってしまう。


 生活魔法などまず役に立たないし、強力な魔法を扱うスクロールは手が出せないほど値が高い。


 そもそも持っている方が稀なのである。




 そんな細かい事情など、ファニーの知ったことではない。


 思ったことはすぐにやりたい性分なため、彼女は駄々をこねた。




「やぁだ~! スクロールほ~し~いぃ~!」


「うっせぇわ」


「ダンジョンかきたいぃぃぃ~~~~~っ!!」


「……落書きに使うつもりかよ。下らねぇ」




 ショルテは呆れて、溜め息を吐く。


 そして皮肉気な笑いを浮かべると、さっさと出口へと向かった。


 彼の後に続き、メルチも出て行く。




「着いてくんじゃねぇ、クソ女が」


「酷いわ」




 恒例の問答をやりながら、彼らは地上へと戻っていった。




 置いて行かれた3人の少女は、ダンジョンを出ようとはしなかった。


 テリとベリーの共通認識として、「一応うちらのリーダーってファニーさんだよね」というものがある。


 よって、ショルテたちに着いて行くよりも、リーダーの意向を優先したのだ。




 さて、満を持して、リーダーのファニーは言った。




「ようし! ダンジョンをかくために、スクロールさがそっ?!」


「らくがきでしょ」


「どういうことー」


「らくがきじゃないよ! まほーじん!」




 リーダーの言う事はイマイチ分からない。


 ダンジョンを描くことが、なぜ魔法陣を描くことになるのだろうか。


 メンバーの2人は首を傾げて、お互いに顔を見合わせる。




 理解されないのをもどかしく感じながら、ファニーは続けて話す。




「このダンジョン、まほーじんになってるの! ほら、ひつぎのもようっ!」




 棺を指差されて、訝し気な眼をそこに集中させるテリとベリー。


 ファニーの言う通り、そのフタには確かに模様が存在しているようだった。


 単純な十字架のマークだ。




「これと、あと――つき! これってたぶん、まほーじんなんですけど?」




 次に少女が指差したのは、上空を緩やかに巡る球体。


 リーダー的には、これが魔法陣らしい――何を言っているかさっぱりである。




 さっぱりではあるが、なにかしら情熱を抱いているようなので、2人は手伝うことにした。




「えっとねー……スクロールって、どこでもらえるのー?」


「わかんない! いっつもおとーさんのつかってるし!」


(キョウガおねえちゃんなら、なにかしってるかも)




 ――困ったら冒険者ギルドに行けば良い。


 テリの提案によって、少女たちはダンジョンから一時撤退した。


 まっしろスクロールを求めて、3人はまた歩き出すのだった。

畢竟って言葉は、元は仏教用語らしいです。

「結局」「ようするに」「つまるところ」みたいな意味です。

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