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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
142/171

『ありがとう』

メルチ=メル子?

いいえ。「子」は子供にしか使いません。

 メルチはショルテたちと合流し、一緒に探索を行うことにした。


 しかし、彼女自身の意向でそうなったとはいえ、誰にも望まれていない参加である。




 なにか警戒しているのか、メルチと距離を取って歩く少女たち。


 彼女らは3人でピッタリ固まって、神妙な顔で身を寄せ合っていた。




 じーっ……と、眼差しの群れに見つめられる女剣士。


 彼女はショルテへ質問する。




「あの子たち、なぜ私を見つめているのかしら」




 言葉を掛けられた青年は、凄絶な眼光を彼女へ差し向け、吐き捨てるように言った。




「テメェが人間じゃねぇからだ」




 青年の眉間に刻まれた筋からも、まだ怒気が読み取れる。


 いい加減、感情を静めてほしいメルチであった。




 ところで、あんなに遠くから観察されていては、パーティとして機能しない。


 メルチは懸念を抱いて、ダンジョンの安全な攻略法を思案していた。


 無論、彼女の思う『安全』は幸福な死を度外視してしているが。


 ダンジョンに殺されるのなら本望でも、それ以外の――例えば、ショルテに殺されたりするのは避けたいのだ。




 ゆえに彼女は、ちょっと笑みを作ってショルテに提案した。




「ねえ、ショルテ。私には構わなくていいから、あの子たちの傍にいてくれないかしら」


「……ああ?」


「その方が安全よ。あなたのことだから、死人は出したくないんでしょう?」


「…………」




 もともと1人で探索していたのだから、魔物への対処にしても、自分だけ居れば十分に可能である。


 それに加えて、今のショルテとまともな連携を取れるとは思えない。それならば、おそらく機嫌が悪くなる原因の自分とは離れた方が良い。


 久しぶりに一緒に探索しているため、仲間として少し寂しくはあるものの、最善の選択を優先するべきだ。


 彼女はそう考えた。




 しかし、ショルテは静かに首を振ると、皮肉気な笑みを浮かべる。




「死人を出したくねぇ、だと? バカ言ってんじゃねぇぞ……」




 彼の意味深な否定に、メルチは首を傾げた。


 すると、彼女の前にいきなり顔を詰め寄らせて、青年は刺々しい殺意を放つ。




「――テメェだけは、いつ死んでも構わねぇよ……ッ!」




 そうして、いつも通りの酷いセリフを口にした。


 努めて笑みを絶やさないようにしているメルチであっても、さすがに仲間から罵られて良い気持ちはしない。


 一応、彼女なりに我慢はしているが、少し怒りたくなる部分もあるのだ。




「まあ、なぜそんな風に言うの。酷いわ」




 とはいえ、彼女には怒りをあまり強く感じない性質があった。


 正確に言えば、嫌な気持ちになったところで、それが単純に怒りへと転化しないのである。


 それには今までの経験が起因していた。




 人はいつでも、彼女の感情を不当に扱う。


 少し考え方が変わっているのだという自覚はあった。が、それにしても、感情の発露を蔑ろにされることが多かったのだ。


 そもそも怒ったところで、自分の気持ちは受け取ってもらえない。それならば、感情を発する必要性など無いのである。




 今でも経験は覆されず、ショルテの態度には頻繁に表れている。




「クソが」




 いまさら正当な扱いなど望まないが、それでも理不尽であることに変わりはない。


 そのためか、彼女はいつからか感情への興味を失った。自身の心も、他者の心も、心と名の付くものに価値を見出せない。


 その代替としてなのか、徐々にあまねく神秘への関心を獲得した。




 ただ、そんな彼女にも、1度だけ心を開きかけた経験がある。


 過去のショルテを思い出すことが、記憶の名残と言えた。




『メルチ……俺はな、お前の貪欲さに憧れてるんだぜ』


『ドンヨクサ?』


『ああ。お前ほどダンジョンに真摯なヤツはいねぇ。断言してやるよ』


『まあ……? ふふ、なんだか、えぇと……』




 この時、彼女は照れながら言ったのだ。『どうもありがとう』と。


 自分が純粋に褒められた気がしたのは、その時が初めてだった気さえした。


 他人の笑顔に対して興味を抱いたのは、後にも先にも、これっきりである。




「……ふふ、怖い」




 遥かに遠い記憶を見て、寂しい笑みと小さな呟きをこぼす。


 不機嫌なショルテに無視されることは分かっている。


 ただ、もし気付いてもらえたなら――といって、どうということはないけれど。


~~~~~~~~~~


 メルチとショルテの後方に着いて、まあまあの距離を取ったまま歩く少女たち。


 3人はおしくらまんじゅうの要領でくっついて、身動きが取り辛いであろう横並びを維持した。




「おっちゃん、さされるかも……」


「ダンジョンってこわい……」


「ぶひひー……」




 それぞれ想い想いに呟き、不安を吐き出す。


 と思いきや、ファニーとテリに挟まれたベリーだけは、なにやら蕩けた眼をしていた。




(これ、なんかー……へんなきもちー……)




 少女に囲まれることで、少女は興奮しているのである。


 本当に不思議なのだが、なぜだかイケないことをしているような、背徳的な感覚に夢中になっていた。


 女の子同士、それも女児のスキンシップならば、そこまでありえない状況でも無さそうだが……




 とはいえ、彼女の場合は仕方ないのである。


 なぜなら、彼女は変態になってしまったからだ。




 ベリーは以前、フレイズという呪術師に憑りつかれたことがあった。


 しばらくは身体を自由に弄ばれていたのだが、ジャックに会ってからは一転攻勢。


 強い感情の発露により、自分の身体に入ってきた呪術師を抑え込んで、逆に自分の精神に取り込んでしまったのである。


 そしてその時に、彼女はフレイズの要素を一部、引き継いでしまったのだ。




「ぶひー、こわがるファニーちゃん、かわいー」




 この『ぶひー』然り、変態っぽい一面然り、まさに引継ぎの結果である。


 さらに付け加えると、絶大なる闇の魔力を引継いでいるのだが――それに関しては未だに発現していない。


 そう、未だに。今後は可能性がある……いや、なんなら今回でお披露目かもしれぬ。




「うん! ファニーはかわいー! トウゼンかもねっ!」


「くひひ、かわいーよぉー」


「……ベリー、よだれでてるよ?」


「ほぇー? ほぇ~、じゅるる……だら~」


「またでてる」




 美幼女に囲まれて、気分は最高潮。


 湧き上がる得体の知れない感情は、どんどん少女を高揚させる。




(これ、なんか、ダメかもー……?)




 そんな気持ちも多少は抱いたが、それで抵抗できるほど易しい波ではない。


 けれども、まだ誰かが止めれば、ギリギリ帰ってこれる範囲内だ。


 そんな時、テリがなにかを手に持って、ベリーの口に当てた。




「もう、ベリーったら」




 彼女はあろうことか、ハンカチによってよだれをフキフキしてあげたのである。


 やり過ぎなくらいのトドメだ。変態メーターは見事なまでに超過した。


 眼に見えなかったのが、一気に可視化されるほどに。




 ――刹那、ベリーの身体から黒い魔力が大量に噴き出す。


 隣にくっついていた2人を突如として襲い、それは白い廊下を真っ黒に染めた。




「うきゃあー!!」


「うわぁ……っ!?」




 2人の少女が大きな悲鳴を上げる。


 すると、それはショルテとメルチの耳にも届いた。


 彼らが咄嗟に振り向くと、背後には巨大な魔力が渦巻いていた。




「あ、ありゃあ……なんだ……?」


「魔力ね。多分、呪術に使われる性質の」




 そう言うや否や、メルチは既に動き出していた。




 このまま魔力を放置すれば、ダンジョンに悪影響が出るかもしれない。


 呪術には自然法則を書き換えるだけの力が備わっている。


 どんな効果を発揮する場合であっても、周りにまったく影響を与えない保証はないのだ。




 それがたとえ、術として放出されない純粋な魔力だったとしても、大規模であれば影響する可能性は高い。


 ダンジョンを愛する彼女にとって、無法の異物を介入させることは許せない。


 彼女にとってダンジョンとは、生成されたままの構造こそが最も美しい神秘なのだ。




 魔力の氾濫を止めるため、まずは原因を探る。


 それはすぐに見つかった――さきほど、少し歪な笑い方をしていた少女だ。


 どうやら彼女を鎮圧すれば、問題は解決するらしい。




 一番最初に、殺そうかと考えた。しかしやめた。


 本気でショルテに恨まれてしまうのは、望むところではない。


 次に候補に上がったのは、魔導経絡を断つこと。体内の経絡は細く、繊細に切除するには相当の技術が必要になる。


 これも現実的ではない。となれば、魔力の流れを止めるのは諦めた方が良いだろう。


 では、どうにかして魔力を吸い出すのは……否、魔道具などが無ければ不可能。




 妥当な手段が浮かばないままで、彼女はベリーのところへたどり着いてしまった。


 奇妙な笑みを浮かべる少女を見て、彼女はさらに逡巡する。


 そうこうしている間に、魔力は凄まじい勢いで襲い掛かってきた。




「――賭けてみましょう」




 そう呟いて、女剣士は魔力の奔流を避けると、ベリーに急接近した。




「あー、おねーさ――んむっ?」




 そして、相手がなにか言う前に、強引にキスをする。


 さすがのベリーも、突然された行為に驚いて、しばし思考を停止させた。


 その瞬間、魔力は混乱したように分散し、すべて霧散した。




 メルチが選択したのは、至ってシンプルな解決方法である。


 暴走理由を突き止めて、その元栓をきちんと締めたに過ぎない。




 ベリーの笑みを見た時、彼女は確信した。


 少女は感情に操られていると。




 得体の知れない感情に必死で抵抗している時、人は不安を直視しないように、混乱や恐怖を笑顔で和らげる。


 少女もそうだった。だから、和らげる手伝いをしてあげたのだ。


 別のことへ夢中になれば、自然と無駄な感情は消えていく。


 今回においては、少し長めのキスに夢中になってもらった。




「……お、おねーさんー……そのねー……」




 暴走から解き放たれて、もじもじと手を合わせる少女。


 なにか言いたげだったので、メルチはその言葉を待ってあげる。


 すると、その辛抱に報いる言葉は、意外なものだった。




「――ありがとうー! おねーさん……すっごくじょうずー!」




 面と向かってお礼を言われたのは、何年ぶりだろう。


 嘘の微笑みを浮かべるのも忘れて、彼女は思わず呆然とする。




「くふふ……またやろーねぇ!」




 少女はまた、ちょっと風変わりな笑顔を浮かべた。


 だが、その表情に卑屈さは見えず、どこか垢抜けた印象をメルチへ与えた。

なんとかトリック。

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