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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
140/171

ドンマイ

 ショルテ青年は冷たい朝に苛立つ。


 活動の時間だとでも強制するように、寒さが肌を切った。


 出血の無い痛みは、何度も彼を苛んだ。




 一方で、少女ファニーは元気なようである。


 大きく足を開いて、陽気にズンズカ進んで行く。


 彼女に見える空は晴れやかで、始まったばかりの一日を期待させた。


 朝の清々しい匂いを、鼻が凍るくらい大きく吸い込んだ。




 少女ベリーは爽快な景色をぼんやり見つめながら、小さなくしゃみをした。


 今日の朝はなんだか、昨日と違うような気がして仕方がない。


 彼女は自分のほっぺを触って、鏡に映らなければ分からない存在を確かめる。


 今日の体温を知った上で、サーカス小屋の歌を遠く耳にした。




 眉間に皺を寄せるショルテを、興味深く見つめる女の子はテリ。


 そのモゴモゴ動く口の中で、服のポッケから見つけた飴玉を転がす。


 溶けていく球体の味は、辛気臭いおじさんの顔に似ていた。


 決して好きな味ではないものの、なんとも奇妙で、同時にミステリアスな食感である。


~~~~~~~~~~


 そんなこんなで、4人はダンジョンにたどり着く。


 人目を掻い潜って街を出た先、広大な森に隠された洞穴。


 世界が目覚めきる前に、少女+青年はここへやって来た。




「なんだったかな、このダンジョンは。確か棺が並んでたような……」




 ショルテの探り当てた記憶は、それなりに正確である。


 このダンジョン、ウサギでも隠れていそうな入り口の見た目とは裏腹に、中身は吸血鬼ヴァンパイアの住処のようである。


 かといって、吸血鬼の住処でもない。棺の連想からそれを思い浮かべるものの、それ以外に想像を裏付けるような物はないのだ。


 本当に、ただ均一に棺が並んだ廊下。無機質で白い床が、異様なまでに一直線を貫いているのみ。


 もちろん、棺から多少のアイテムは見つかるものの、はっきり言ってしまえば――やたら途方に暮れるだけのダンジョンだった。




 よりにもよって、なぜココを選ぶのか。


 不愉快そうな顔した青年は、ニコニコなファニーへと尋ねる。




「おいファニ子。なんでここへ行く?」


「ファニコってのは、おれのことか!?」


「テメー以外に誰がいる」


「ファーコとかのがいいっ! ファニコってなんか、ヤキトリみたいじゃん!?」


「どこがだよ」


「それじゃあいこっか、ベリーちゃんにテリちゃん!」




 尋ねてみたものの、その答えは至極ウヤムヤにされた。


 ショルテは少女を引き留めようかと考えたが、彼女との問答に使うエネルギーを惜しんで、なにもしなかった。




「ちゃんときかなくていいの?」




 すると、彼のそんなモノグサは露知らず、テリが横から質問してくる。


 マトモな回答を得るまで粘った方が良いと、彼女は思っているのだろう。


 だが、青年にそんな気力は無かった。




「あのガキと話すのは面倒だ」


「……そうなんだ」




 眉を顰めながらそう言うショルテを見ると、テリは小さく頷いた。


 彼の気持ちに、少女もある程度は共感したのである。




 ――かくして、ファニー率いる名も無きパーティはダンジョンに突入。


 白い廊下に立った少女たちは、まず異界の景色を一望した。




「ひろーいっ!」


「ひろいー」


「ひろい」




 みんな同じ感想である。


 お互いの一言を聞いて、3人はポカンと顔を見合わせると、可笑しくなって笑う。


 初めて見る光景に、彼女らは興奮した。




 なにが面白いのかと言わんばかりに、ショルテは眉を顰める。




「なにが面白いんだよ」




 言わんばかりに、というか、言ってしまった。


 すると、その言葉に反応するように、彼の目の前の棺が疼き出す。


 魔物が現れる合図である。




「おいガキども、ダンジョンってのは広いだけじゃねぇんだぜ」




 ショルテは少女たちに声をかけて、臨戦態勢に入った。


 そして、首を傾げる3人には構わず、棺から距離を取る。




「なにやってんの、おっちゃん? あ! もしかしてトイレ?」


「ファニー、ダンジョンにトイレなんてない」


「おっちゃんはねー、あれがこわいんだよー」




 緊張感のない会話の中で、ベリーが指差したのは棺。


 正解である。ただ、本当に怖いのは棺そのものではなく……そこから飛び出してくる魔物だ。


 瞬間、棺は勢いよく開き、少女たちを驚かせた。




「ほえっ!?」




 ファニーが声を上げると、棺桶からおぞましい魔物が現れた。


 それはまるで人間の死体のような姿をしている。


 腐臭をまき散らしながら歩き回り、魔物は不気味に呻く。




「うううううううう」




 うううううううう。鳴き声。


 見た目は人間なのに、どこにも知性の見当たらない声である。


 それが妙に可笑しくて、ファニーはプッと吹き出した。




「あははっ! おなかいたいのがまんしてるっ!」




 実際はしてないが、彼女はそう信じた。


 お腹でも痛くない限り、あんな声は出ない。




 のんきに笑うばかりで、脅威を脅威と知らないファニー。


 魔物は隙だらけの少女を発見し、すぐに襲い掛かった。




「うううおおお」


「きゃー、おこったー!」




 楽しそうに襲われるファニーだが、噛まれたら普通に死ぬ可能性だってある。


 テリも、ベリーも、さすがにファニーよりは魔物の危険性を察知していた。


 そのため、彼女を助けるべく行動しようと思った――思ったものの、なにもできない。




「ファニー!」「ファニーちゃんー」




 咄嗟に彼女の名を呼ぶこと以外には、できることは無かった。


 そのまま、ファニーに襲い掛かる魔物の爪牙。




 窮地の中、少女が傷を負わずに済んだのは、ショルテの狙撃のお陰だった。


 彼は離れた位置からボウガンを引き、魔物の弱点を見事に撃ち抜いたのである。


 鋭いやじりに脳天を貫かれ、魔物は大きく呻いた。




「うううおおおうおうおう」


「あははっ、おうおうってなにー!? あははははっ!」




 倒れ込む脅威を気にもせず、ファニーは笑い転げていた。


 自分が助かったことにさえ気付いていない様子である。


 望まぬながら、保護者の役目を終えたショルテ。彼はおもむろに、少女の頭を叩いた。


 ゴツン! と、結構な音をさせて。




「い、いたぁいっ!?!?」


「アホ。死んでも知らねぇぞ、クソガキ」


「ファ、ファニーはしなないんですけど、いたい! いたいんですけどっ!」




 頭のてっぺんがジンジンするため、彼女は痛む箇所を必死に抑える。


 が、ショルテは別に悪びれもせず、シニカルに笑うだけ。


 そんな彼の態度を見て、ベリーが反抗心を抱いた。




「おっちゃんー、てきー!」




 少女は足蹴りを繰り出し、ショルテの脛をばっちり攻撃。


 手痛い1発を受けて、青年は「ぐゥッ!?」と呻き、すぐにうずくまる。




「な、なにすんだテメェ……」


「あのねー! ファニーちゃんをいじめたらー、ダメなんだよー?」


「な……なんで俺が蹴られんだよ、クソが……」




 ベリーの友愛は確かなものであるが、状況判断は間違っていた。




 魔物から少女を助けたのに、なぜか悪者にされてしまったショルテ。


 彼は眉間に皺を寄せつつも、うずくまった状態で動けなくなってしまう。




「おにいさん、ドンマイ」


「テリ子……ちゃんと見てたなら、この連中に説明してやれよ」


「いや。このこたち、はなしきかないもん」




 そんな彼の無様さを、テリは冷静に慰めた。


 だがしかし、彼の名誉に関しては、とくに救済することもない。


 気ままな少女たちと触れ合って、青年は思う。




(これだから小娘は嫌いなんだよ!)




 言う事を聞かず、行動も読めない。


 ショルテにとって、彼女らは魔物よりも厄介な存在だ。

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