ドンマイ
ショルテ青年は冷たい朝に苛立つ。
活動の時間だとでも強制するように、寒さが肌を切った。
出血の無い痛みは、何度も彼を苛んだ。
一方で、少女ファニーは元気なようである。
大きく足を開いて、陽気にズンズカ進んで行く。
彼女に見える空は晴れやかで、始まったばかりの一日を期待させた。
朝の清々しい匂いを、鼻が凍るくらい大きく吸い込んだ。
少女ベリーは爽快な景色をぼんやり見つめながら、小さなくしゃみをした。
今日の朝はなんだか、昨日と違うような気がして仕方がない。
彼女は自分のほっぺを触って、鏡に映らなければ分からない存在を確かめる。
今日の体温を知った上で、サーカス小屋の歌を遠く耳にした。
眉間に皺を寄せるショルテを、興味深く見つめる女の子はテリ。
そのモゴモゴ動く口の中で、服のポッケから見つけた飴玉を転がす。
溶けていく球体の味は、辛気臭いおじさんの顔に似ていた。
決して好きな味ではないものの、なんとも奇妙で、同時にミステリアスな食感である。
~~~~~~~~~~
そんなこんなで、4人はダンジョンにたどり着く。
人目を掻い潜って街を出た先、広大な森に隠された洞穴。
世界が目覚めきる前に、少女+青年はここへやって来た。
「なんだったかな、このダンジョンは。確か棺が並んでたような……」
ショルテの探り当てた記憶は、それなりに正確である。
このダンジョン、ウサギでも隠れていそうな入り口の見た目とは裏腹に、中身は吸血鬼の住処のようである。
かといって、吸血鬼の住処でもない。棺の連想からそれを思い浮かべるものの、それ以外に想像を裏付けるような物はないのだ。
本当に、ただ均一に棺が並んだ廊下。無機質で白い床が、異様なまでに一直線を貫いているのみ。
もちろん、棺から多少のアイテムは見つかるものの、はっきり言ってしまえば――やたら途方に暮れるだけのダンジョンだった。
よりにもよって、なぜココを選ぶのか。
不愉快そうな顔した青年は、ニコニコなファニーへと尋ねる。
「おいファニ子。なんでここへ行く?」
「ファニコってのは、おれのことか!?」
「テメー以外に誰がいる」
「ファーコとかのがいいっ! ファニコってなんか、ヤキトリみたいじゃん!?」
「どこがだよ」
「それじゃあいこっか、ベリーちゃんにテリちゃん!」
尋ねてみたものの、その答えは至極ウヤムヤにされた。
ショルテは少女を引き留めようかと考えたが、彼女との問答に使うエネルギーを惜しんで、なにもしなかった。
「ちゃんときかなくていいの?」
すると、彼のそんなモノグサは露知らず、テリが横から質問してくる。
マトモな回答を得るまで粘った方が良いと、彼女は思っているのだろう。
だが、青年にそんな気力は無かった。
「あのガキと話すのは面倒だ」
「……そうなんだ」
眉を顰めながらそう言うショルテを見ると、テリは小さく頷いた。
彼の気持ちに、少女もある程度は共感したのである。
――かくして、ファニー率いる名も無きパーティはダンジョンに突入。
白い廊下に立った少女たちは、まず異界の景色を一望した。
「ひろーいっ!」
「ひろいー」
「ひろい」
みんな同じ感想である。
お互いの一言を聞いて、3人はポカンと顔を見合わせると、可笑しくなって笑う。
初めて見る光景に、彼女らは興奮した。
なにが面白いのかと言わんばかりに、ショルテは眉を顰める。
「なにが面白いんだよ」
言わんばかりに、というか、言ってしまった。
すると、その言葉に反応するように、彼の目の前の棺が疼き出す。
魔物が現れる合図である。
「おいガキども、ダンジョンってのは広いだけじゃねぇんだぜ」
ショルテは少女たちに声をかけて、臨戦態勢に入った。
そして、首を傾げる3人には構わず、棺から距離を取る。
「なにやってんの、おっちゃん? あ! もしかしてトイレ?」
「ファニー、ダンジョンにトイレなんてない」
「おっちゃんはねー、あれがこわいんだよー」
緊張感のない会話の中で、ベリーが指差したのは棺。
正解である。ただ、本当に怖いのは棺そのものではなく……そこから飛び出してくる魔物だ。
瞬間、棺は勢いよく開き、少女たちを驚かせた。
「ほえっ!?」
ファニーが声を上げると、棺桶からおぞましい魔物が現れた。
それはまるで人間の死体のような姿をしている。
腐臭をまき散らしながら歩き回り、魔物は不気味に呻く。
「うううううううう」
うううううううう。鳴き声。
見た目は人間なのに、どこにも知性の見当たらない声である。
それが妙に可笑しくて、ファニーはプッと吹き出した。
「あははっ! おなかいたいのがまんしてるっ!」
実際はしてないが、彼女はそう信じた。
お腹でも痛くない限り、あんな声は出ない。
のんきに笑うばかりで、脅威を脅威と知らないファニー。
魔物は隙だらけの少女を発見し、すぐに襲い掛かった。
「うううおおお」
「きゃー、おこったー!」
楽しそうに襲われるファニーだが、噛まれたら普通に死ぬ可能性だってある。
テリも、ベリーも、さすがにファニーよりは魔物の危険性を察知していた。
そのため、彼女を助けるべく行動しようと思った――思ったものの、なにもできない。
「ファニー!」「ファニーちゃんー」
咄嗟に彼女の名を呼ぶこと以外には、できることは無かった。
そのまま、ファニーに襲い掛かる魔物の爪牙。
窮地の中、少女が傷を負わずに済んだのは、ショルテの狙撃のお陰だった。
彼は離れた位置からボウガンを引き、魔物の弱点を見事に撃ち抜いたのである。
鋭い鏃に脳天を貫かれ、魔物は大きく呻いた。
「うううおおおうおうおう」
「あははっ、おうおうってなにー!? あははははっ!」
倒れ込む脅威を気にもせず、ファニーは笑い転げていた。
自分が助かったことにさえ気付いていない様子である。
望まぬながら、保護者の役目を終えたショルテ。彼はおもむろに、少女の頭を叩いた。
ゴツン! と、結構な音をさせて。
「い、いたぁいっ!?!?」
「アホ。死んでも知らねぇぞ、クソガキ」
「ファ、ファニーはしなないんですけど、いたい! いたいんですけどっ!」
頭のてっぺんがジンジンするため、彼女は痛む箇所を必死に抑える。
が、ショルテは別に悪びれもせず、シニカルに笑うだけ。
そんな彼の態度を見て、ベリーが反抗心を抱いた。
「おっちゃんー、てきー!」
少女は足蹴りを繰り出し、ショルテの脛をばっちり攻撃。
手痛い1発を受けて、青年は「ぐゥッ!?」と呻き、すぐにうずくまる。
「な、なにすんだテメェ……」
「あのねー! ファニーちゃんをいじめたらー、ダメなんだよー?」
「な……なんで俺が蹴られんだよ、クソが……」
ベリーの友愛は確かなものであるが、状況判断は間違っていた。
魔物から少女を助けたのに、なぜか悪者にされてしまったショルテ。
彼は眉間に皺を寄せつつも、うずくまった状態で動けなくなってしまう。
「おにいさん、ドンマイ」
「テリ子……ちゃんと見てたなら、この連中に説明してやれよ」
「いや。このこたち、はなしきかないもん」
そんな彼の無様さを、テリは冷静に慰めた。
だがしかし、彼の名誉に関しては、とくに救済することもない。
気ままな少女たちと触れ合って、青年は思う。
(これだから小娘は嫌いなんだよ!)
言う事を聞かず、行動も読めない。
ショルテにとって、彼女らは魔物よりも厄介な存在だ。




