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日常系ファンタジー  作者: 青井渦巻
運命の章
121/171

どうでもいい会話

どうでもいいです。

 人間の極端な二面性について、看守は考える。


 新しく牢に入った囚人には見向きもせず、思索に没頭していた。




 新しい囚人は女である。噂では大人しく自首したとかで、密人みそかびとにしては立派な人格だ。


 今も彼女は、檻から眼を離していたって、牢の中で大人しくしていた。


 そのため、看守としても特に気にする必要がないし、奇行にも走らないので興味も持てない。


 面白味も面倒もない囚人を、彼は徹底的に放任した。




 城の地下に存在する牢屋は、薄暗く無機質である。


 朝になれば囚人が掃除するため、見た目は意外と汚くないが、ジメジメした場所であることに変わりはない。


 比較的、軽い罪を犯した者を捕えているため、常識外れの騒がしさもなかった。


 こういう場所で暇な看守がすることは、せいぜい気を紛らわす妄想とか、囚人との会話くらいだ。




 二面性の考察は、展開していた論が行き詰まり、最初の疑問に戻ってしまった。


 考えることに疲れた彼は、思考をいったん切り上げて、囚人に話しかけてみる。




「おい、密人。名前は?」


「…………」


「おいっ? 聞こえないのかよ」


「あ、はい……?」


「お前に話しかけてんだ」


「そうだったんですか」




 急に会話を吹っ掛けたので、密人は鈍い反応を示した。


 牢の外にいる看守が暇なのだから、閉じ込められている囚人は、それ以上に退屈だろう。


 あまりにも退屈で、囚人の女は半分寝ていたのだ。




「で、名前は」


「ケイです」


「ふん。なかなか若いな」


「はぁ」




 適当に様子を見た後、看守は彼女と会話を始めた。




「なんでも、自分から捕まりに来たらしいじゃねぇか。そんなことせずに、逃げ回ってればいいのによ」


「でも、自分の犯した罪ですから。できる限り、償いたいんです」


「そうかい。まぁしかし、大半が軽犯罪だろう、お前のは」


「でも、犯罪ですから」


「ハッ、真面目なこったなぁ……お前みたいのが、なんで密人になった?」


「それは……」


「あー、言わないでいい。当ててやるよ、俺ァそういうの得意だから」


「当ててくれるんですか」


「当ててやるよ」


「ありがとうございます……」


「そうだな。まぁ典型としちゃあ、誰かに騙されたってとこだろうが――」


「当たりです……」


「おい、面白くねぇな。もっと変なり方しろよ」


「へ、変なヤリカタって! なんですか、それ?」


「誰かを恨んで殺人に及んだとか、ドラマチックなのも悪くねぇな。普通の犯行じゃ、話のタネにもならねーだろが」


「殺人……」


「?」


「あ、いえ……私は普通ですかねぇ」


「おうとも、お前ほど普通で真面目な密人はいねぇよ。どこを探してもな」


「そんなにですか?」


「そんなにだろうな」


「ありがとうございます……」


「おい? さっきからお前、なにを有り難がってんだ」


「私、自分のことを最低の人間だって思ってたんです。いえ、今でもちょっと、思わなくもないですけど」


「は?」


「あ、ですから……普通だって言われると、ちょっと安心しちゃうんですよ」


「そういうもんかね。しかしまあ、災難だったな。真面目も仇になっちまって」


「ふふ、不幸なことばかりじゃないです。むしろ私は幸運でしたよ」


「……うん? なんだなんだ、面白そうな話をしそうな顔してんな!」


「密人になってからも、私の周りには優しい人がたくさん居たんです。それこそ、もう消えてしまおうと思い詰めた時、その人たちは必死になって、私を救おうとしてくれました」


「ほうほう」


「その人たちは、私に教えてくれました。罪から逃げずに、罪と向き合う方法を……」


「方法? どんな」


「生きていくこと。周りの人たちの笑顔を守ることこそ、罪を犯した私にできる、最大限の償いです。だから、私がこの世界から消えていい理由なんてありません。私を好きでいてくれる大切な人たちのために、生きていかないといけないって」


「……お前がったの、本当に軽犯罪だけか? どう考えても大げさ過ぎんだろ」


「ヒミツです」


「アレだなお前。ミステリアスな囚人として、この地下牢での地位を確立しようとしてんな」


「し、してません!」


「いやいや、女の囚人は人数が少ねぇからな。かなり受けると思うぜ」


「あのぉ、受けるってなんですか? 私、よく分からなくて」


「いや、そういう鈍感属性はいらねぇ。蛇足だ」


「属性? 魔法の話ですか?」


「ったく、いらねぇってんだろーが。いいか、お前は女ってだけで一定の価値が担保されてんだ。男ばっかの地下牢で、こんな囚人らしくねぇ紅一点が現れてみな? そらもう、信じられねぇような厚待遇を期待できるぜ」


「女の人が居ないんですか? なんだか、ちょっと不安だな……」


「居ねぇってこたぁねーがな、まあ生物的にそうなだけで、実際は性別の区別なんざ付かん下品な連中ばかりだよ。お前はそういうのとは一線を画す存在だ」


「や、やっていけるかなぁ……」


「心配すんな、なにかありゃあ俺が助けてやんよ。俺がお前の安全を管理してやる」


「へ? どういうことですか?」


「この地下牢にはな、看守と囚人の間に絶対的なヒエラルキーが存在してんだよ。囚人は絶対に看守にゃ逆らえない……ということは、お前は俺の庇護下に置かれることで、間接的に他の囚人よりも上の地位になれる」


「えーと、そうなんですか??」


「おい。話、分かってるか?」


「すみません、眠いです」


「要するに興味ないんだろ」


「ちょっと難しいお話ですよね」


「『難しい』と『分からない』は別だろうが」


「はい」


「マジで興味無いなお前」


「そうなのかもしれないです」


「ったく。まぁいいや、お前はせいぜい属性付けに精を出すんだな」


「属性。やっぱり魔法の話ですよね」


「違ェよ。ところで、ケイは面会の予定とかねぇのか?」


「センやフェリちゃんは、会いに来るからって言ってくれました」


「ほー。友達か」


「はい!」


「んだよ、急に元気になりやがって」


「……すみません」


「あー、いちいち落ち込むな。気にするな」


「はい!」


「忙しいヤローだな」


「センもフェリちゃんも、私の大切な友達なんです! センは剣士の男の子で、よく冒険の話を聞かせてくれて――」


「ねっむ」


「急じゃないですか!? 本当に眠いんですか?」


「クソほども興味ねぇや」


「そんなぁ!」


「顔も知らん奴の身の上話とか、誰が聞きてぇんだ」


「ううっ、そうかもしれないですけど……」


「とりあえず、面会が楽しみだって言いてぇんだろ」


「はい!」


「あー、でも待てよ。男か……」


「はい? センのことですか?」


「そのセンって奴は、ただの友達だな?」


「……? そ、そうです」


「いやいや。お前を売り出そうって時に、面会に来る野郎が居るってのはよろしくねーんだよなぁ」


「あれ……? さっきの属性の話に戻ってるような……」


「恋人とかになる予定は、一切無いってことだな?」


「私とセンが、恋人!? か、からかわないで下さいっ!」


「マンザラでもないらしいな、オイオイオイ」


「私とセンが恋人だなんて、あり得ません!」


「そうかい。じゃあそのまま、あり得ずにいてくれ」


「なんでですか!!」


「その方が都合がいいんだ、ワイロの徴収に」




 話してみると、思ったより喋る小娘である。


 退屈な看守は、そこそこの暇つぶしを手に入れた。


 ワイロという趣味も捗り、彼はある程度の満足を得た。


 が、まだ退屈は埋められそうにもない。

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