情報求む
噴水広場まで辿り着いたレインたちは、噴水の近くで涼みつつ、再びヒマクについて調べていた。
通りすがる人たちに話しかけて、なにか知っていないかと質問する。
「いや、知らないね」
大半の返答はこうで、情報はこれっぽっちも集まらない。
元々、一般人が知るようなものではないのだろう。当然といえば当然だ。
「なにか良い話はありましたか?」
「ダメだよ……空振りだよ」
「こちらもです。やはり、ヒマクの存在は世間に知られていないのでしょう」
徒労を経て、残念そうに俯くレイン。ヒマクをどう調べるべきか、少し悩んでいた。
闇雲に探すのは非効率で、この調子では何年経っても同じ結果だ。
別のやり方を見出す必要があった。
「情報を持っている方を見極めることはできるかしら」
彼女がそう言うと、パルルは「うーん」と唸る。
そして、しばし逡巡した後、ひとつの案を出した。
「じゃ、普通じゃなさそうな人に話しかけようよ。きっと変なこと知ってるよ」
「まあ。それは名案ですね」
「どこかですか……」
アバトライトのツッコミはもっともであろう。
普通じゃない人間が、普通じゃない情報を持っているとは限らない。
ただ変なだけの人間は、世の中にごまんと存在する。
だが、とりあえずきっかけが欲しいレインは、試してみる価値があると考えた。
「情報を持っているか否かなんて、見た目で判断するのは難しいわ。なんでも試してみましょう」
「はあ。姫がそうおっしゃるなら、私は止めませんが……」
「いい子ね。それでは、あなたに話を聞いてくる任を与えるわ」
「私が行くんですか」
か弱い女が聞いてくるより、自己防衛の手段を持っている聖騎士の方が良い。
その考えのもと、尋ねてくる役をアバトライトに任せた。
姫に任命された以上、騎士たる彼は逆らえない。
その辺にいる変な人へ話しかけにいく。
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか」
「なんだチミは?」
「私は――」
「なんだチミはってか!?え!?なんだチミはってか!そうです、私が変なおじさんです」
「…………あ、あの……」
「俺はお前が俺を見たのを見たぞ」
予想以上に変な人だったので、彼は会話を断念した。
世の中には関わらない方がいい人種もいる。
気を取り直して、次の人へ尋ねてみた。
「すみません、お聞きしたいことがあるんですが」
「うょしでんな、いは」
「えっ?」
「どけすまげあてえ答もでんなはクボ、らなのいたき聞かにな?たしましうど、のあ?え」
「その……どうもありがとうございました。おかげで助かりました」
「ねよすでいなてっ言もになだま、クボ」
これまた、なにを言っているのか分からない。
変な人というか、変な喋り方をする人というか、いずれにせよスムーズな会話は不可能そうである。
ということで、早々に問題が解決したテイを装って、会話を断念した。
まず会話が成立する確率が低いらしい。
それでも、アバトライトは僅かな期待を込めて、次の人物に突撃した。
「すみません、お聞きしたいことが……」
「msmmfrづpい」
「ああ、本当にありがとうございました!」
「r_おyyそmsmmmpjsmsどfsyysmmfrぢls」
もはや何語か理解できないレベルだ。解読不能。
聞き込みは結局、ただよく分からない疲労を抱えただけで終わってしまう。
不甲斐ないとも思いつつ、彼はレインに結果を報告した。
「あら、分かったわ。2人目の方は逆さまに喋っていらっしゃるのよ」
「うーん、3人目の人は難しいよ。でも『エム・エス・エム・エム』の並びなんかは、なにかしらの法則性を見出せるよ」
「いや、パルル……私は問題を出しているわけではないんだが……」
「おそらくだけどこの暗号は、なにかの表を基準にしてるんだよ。問題はそれがなにか――」
考えることが好きな2人は、なぜか解読に精を出している。
がっかりされるよりは良いかもしれないが、アバトライトは腑に落ちなかった。
仮に必死になって解読したところで、どうせ大したことは言っていないのだ。なにも質問できなかったのだから。
一人で途方に暮れ、彼はひとまず休憩することにした。
そうして広場のベンチに眼をやると、そこに見知った顔がある。
果実の入った袋を膝に抱えた、メイド服を着た女性。
「おや、オディール?」
先客の彼女は、名をオディールという。
アバトライトの所属するパーティ『ウォールスター』。そのリーダー・ケビンに仕えるメイドである。
ケビンの屋敷はウォールスターの拠点でもある。そのため、アバトライトはメイドの彼女を知っていた。
「やあオディール。これから屋敷に帰るのかい?」
「まあ、アバトライトさんではありませんか。ええ、お買い物も済んだことですし」
彼はオディールに話しかけると、さきほどの質問を彼女にしてみようと思い立った。
もしかしたら、彼女が変な人を……というか、情報通を知っているかもしれない。
「オディール。君はヒマクというものについて、なにか知らないかい?」
「ヒマク?一体なんのお話でしょうか……?」
「今それについて調べているんだ。けれど、極端に情報が少なくてね……」
悩まし気な聖騎士を見ると、オディールはポンと手を叩く。
そして、提案するように言った。
「そういうことなら、タルコスさんが知っているかもしれませんわ」
「タルコス?ああ、拠点で働く執事の男性だね?」
タルコスはオディールの同僚で、共に屋敷で働く従者である。
「ええ。あの方は変わったところがおありですし、なにか情報を持ってらっしゃるかと」
「うーん、あの執事が……?」
アバトライトは半信半疑で首を傾げる。
彼もタルコスと何度か会ったことはあるが、紳士的な従者ということ以外には、あまり印象がない。
正直、ただの執事にヒマクのことが分かるとも思えないのだ。
それなのに、オディールはさも名案を出したような表情をしている。
なぜそんなに自信があるのか、不思議に思えるほどに。
その自信を信じて、彼はイチかバチか、執事のもとを尋ねることに決めた。
「ありがとう。それじゃ彼に聞いてみるよ」
「是非。きっとなにか分かりますわ」
「そうだといいな……」
こうして、手掛かりを求めるレイン一行は、タルコスのところへ向かうのだった。
「そっか!『エム・エス・エム・エム』が“なん”だとすると、『エフ・アール』は“で”だよ……!だから『ヅ・ピー』は“しょ”、最後の『イ』は“う”になるってことだよ!!」
「まあ、なんて素晴らしい解法ですこと……!あなたは天才ですわ、パルル!」
レインとパルルは、未だに暗号を解いている。
あともうちょっとで解けそうだ。
キーボードとにらめっこすれば解けます。




