もう一回、監禁解除
監禁されてしまったのは、なにもレインだけではない。
騎士団長に迷惑かけた罪で逮捕された2名もだ。
「看守さん、教えてくれよ。どうして俺たち、こんなところに入れられちゃったわけ?」
苦々し気な表情を浮かべて、錬金術師・エルドラ少年はそう質問する。
オリの向こうで哀しそうにする彼に、見張りの看守は答えた。
「騎士団長の任務を邪魔したからだ」
端的な回答が、エルドラ少年の肩を落とさせる。
彼は決して、仕事の邪魔をしたつもりはなかった。ただ、騎士団長と幼馴染がヒミツの相談をしていたから、つい口を挟んでしまっただけだ。
それのなにが罪といえよう。
「出してくれ、看守さん!俺は悪い人間じゃないぜ!」
「囚人をヒイキするワケにはいかんな。ワイロを寄越せ」
「えーマジ?ワイロってそんな感じで受け取んの?」
「ザラだ」
ワイロで解放してもらえるらしいので、彼は持ち金をすべて放り出す。
占めて100ブロンズである。
100ブロンズあれば、旅の必需品である薬草が5個くらい買える。
「足りねぇよ」
「んなバカな!」
「バカはテメーだ」
取り立てて金持ちではないエルドラには、100ブロンズは結構な額であった。
例えに薬草を持ち出したからといって、本当に薬草を買う必要はないのである。好きなものを買えばいい。
だが、看守は好きなものさえ買えないハシタ金と見なしたのだろう。まったく取り合ってくれない。
再び肩を落とすエルドラ少年の隣で、ドールマスターの少女・ロゼアは虚ろに笑んだ。
「エルドラが馬鹿ですって……?オマエ、始末してあげる」
彼女はオリの隙間に手を通し、それを看守の首へと向かわせる。
すかさず危険を察知した看守は、その物騒な指が肌に触れる前に逃れた。
「チッ」と舌打ちして、ロゼアは鉄格子を揺らす。
「早く……!!早く、早く早く早く……!!ここから出しなさいよぉぉッ!!」
凄まじい怒気を笑いながら放出する、悪鬼さながらのドールマスター。
まるで知能を失ったような、狂った魔物に似た様子。これには看守もおっかなびっくりである。
「な、なんだこの女……」
「ロゼアだぜ!俺のビジネスパートナーだ!」
「……こんな化け物とバカにビジネスができるのか?世も末だ」
汚く薄暗いが、最下層よりはマシな地下牢。
そこで働く看守は、本当に正気を失った人間を見たことはない。
大抵の輩は演技か、少し頭が悪いかだ。今までの経験だと、頼りなくも理性はちゃんとあった。
で、眼の前の少女にはそれが見当たらないのだ。怖いのは当然だった。
「看守さん、人のこと化け物とか言っちゃダメだろ」
自分はともかくとして、友人への悪口は愉快ではない。
エルドラが注意すると、看守はロゼアを指差した。
「ならお前、これが人間に見えるか?」
改めて見つめてみると、少女は死ぬほど瞳孔を開いて笑っている。
彼自身、ビジネスパートナーとは言ったものの、ショージキちょっと怖い。
いつものロゼアは可愛い笑みを絶やさない少女だ。少なくとも、エルドラの前では。
とはいえ、これが彼女の一面性であることもなんとなく分かる。
確かになんか怖いが、そういうものだと思えば平気だ。
人間をあるがまま受け入れるのは、エルドラにとって難しいことではない。
「看守さん。人間は人間、化け物は化け物ってね」
そう言ってから、彼は少女の肩に腕を回す。
すると、どうだろう。少女の形相はみるみるうちに緩み、あっという間に乙女の恥じらいを獲得したではないか。
「あ、ぁの…………エぇ、エルドラ……?ちち、近すぎるよぉ……!」
「え?いやぁ、そんな近くないだろ」
「だ、ダメぇ……」
『始末』とか言ってた人物とは、少女はもはや別の存在となっていた。
看守は目の前の光景が信じられず、眼を擦ってみる。
しかし、いくら視界をリセットしても、化け物が戻ってくる気配はない。
「マジかよ……すげぇ」
彼は感嘆を洩らすとともに、閉ざされたオリを開けてしまう。
感動したために、無意識に賛辞を送りたくなったのだ。
その賛辞は、彼らを解放することで表された。
「えぇ、なんで開けてくれんの?まあいーや、サンキュー!」
「うふふ……エルドラ……ずっといっしょにいよおね」
レインとは違う方法で、城の地下牢から脱出したエルドラたち。
自由の身になって、とりあえず2人はパルルを見つけることにした。
騎士団長による、あのヒミツの耳打ちはなんなのか――それを知るために。
「看守さんがやさしい人で良かったなー!」
「エルドラのかみ……エルドラのて……エルドラのめ……エルドラのくち……エルドラの――」
地下牢を去っていく2名を、看守はその眼に映さなかった。
自分が罪人を逃がしたことさえ、感動の渦中にいる彼は知らない。
「人間と化け物の違いが分からなくなってきた」
最初の印象と、最後の印象の乖離。
それは彼を深く悩ませて、生物の境界を曖昧にした。
彼の迷いは、これからも人知れず続いていくのかもしれない。
一泊が薬草より安い宿屋って、本当にあるんでしょうか。
第1部にキャラ紹介を差し込んだので、ぜひご覧ください。




