最後に一口、ホットケーキを召し上がれ。そしてあなただけはどうか幸せに暮らしてね。
なろうラジオ大賞投稿作品のため、1000字の超短編です。
ホットケーキを焼く。燃え盛る王宮の中で。
リリは傾国の悪女である。リリに誑かされた王は民を虐げ国を荒らした。国中が王とリリへの怨嗟に満ちた。やがて革命の火が灯り国を飲み込んだ。今や王宮は陥落寸前、王はすでに首を刎ねられたとか。
さて、今となっては誰も知らぬこと(ただ一人を除いて)だが、リリはかつて平凡な町娘だった。美しくはあったがそれだけだ。両親と可愛い妹、それに青い瞳の恋人がリリの世界の全てだった。
しかしある日お忍び中の王が彼女を見初めた。王宮から使者が来た。両親は平伏して断った。娘には恋人がいる、どうかお許し頂きたいと。
使者は立ち去り、翌日恋人は投獄された。驚愕するリリ達の前に再び使者が現れた。
「あの男は死刑になる。だが、そこの娘次第では」
明白な脅しだった。リリが行かなければ恋人は殺される。リリは歯を食いしばり王の妾となった。リリが従う限り、恋人にも家族にも一切手出しはしない。その約束で王の褥へ侍った。
絶望の中、それでも笑顔を作り愛想良く振る舞った。でなければ大事な人々に何をされるかわからないから。自分が耐えている限り守れるのだから。
その思いで数年を過ごした後、妹は娼婦として貴族の男と共に舞踏会に現れた。妹は語った。リリが去った後両親は殺された。妹は娼館へ売られた。恋人は牢の中で死んだらしい。
「お姉ちゃんが幸せに暮らしてるなら、恨み言の一つでもいってやろうと思ってたんだけどな」
そう疲れた顔で笑って妹はバルコニーから身を投げた。リリの家族は皆帰らぬ人となった。そしてリリは……鬼になったのだ。
王には護衛がいる。寝所でさえも見張りがいる。刀も毒も持ち込めぬ。
だからリリは王の理想の女を演じた。
王がひた隠しにする劣等感には気づいていた。その捻れた感情を聖母のように抱きとめてやった。月日をかけて緩やかに王は溺れていった。全てを許してくれる女の元で傲慢な幼子のようになり、諫言する者達の首を次々と刎ねた。
国は荒れた。怨嗟の声で満ちた。革命軍が起こった。リーダーは青い瞳の美しい男だと噂された。彼らは王宮に攻め込んだ。
炎の中でホットケーキを焼く。別れた時にそうしていたように。
リリは己の罪を知っている。この罪から逃れる気はない。ただ最後に一目だけ。
男が現れる。命懸けで脱獄し剣を取った男が、愛と悔いと共に。
……やっぱりあなただったのね。
リリは笑った。
「遅刻よ。ホットケーキが焦げちゃったわ」




