それでも歩かなければ
「とりあえずここまでしか送れないけど、大丈夫かい?」
「あぁ、とりあえず歩ける。乗せてくれてありがとな」
「礼には及ばねーいよ! 元気でな!」
あれから数時間。俺とピルは山の近くまで送ってもらい馬車から降りた。今は急な山道をひたすら歩いている。
「なぁ、あとどのくらいだ?」
「この先ずーーっと真っ直ぐ歩いた所に滝があって、そこを越えたら妖精が治めている獣人族の村があります」
「距離を聞いたんだけど?」
しかもピルの故郷に行くんじゃなかったか? 何で獣人族の村なの? しかも妖精が、治めてるってどんだけ妖精さん凄いんだよ。
「あ、距離でしたらこのスピードなら明け方には着くと思いますよ」
「ギリギリだな、ていうかそれまで俺は大丈夫なのか?」
正直そんなギリギリまで歩いてて急に倒れたりなんてしたらアウトだ。
そんなことをまったく考えていないのか、俺の問いにピルは真顔で答えた。
「そのときが来るまでは大丈夫ですよ。そのときが来たら一気に悪化しますからすぐ分かりますよ」
真顔で言われるといっそうに不安が増す。自然と足が速くなっちゃうじゃないかよ。
それからピルに心配されまくったり、俺が毒のことを質問したりしながらなんとなく会話していた。だがそれと同時に、自分の置かれている状況がどれほど危険かという事を理解した。自然と気分が悪くなり、絶望感が体に染込んでいく。
そうやって歩くうちに滝の音が聞こえてきた。
それと同時に俺の脚からも悲鳴が上がる。
「悪い、もう限界……」
「へっ!? ちょっ、あと少しですよ! がんばってくださいよ!」
そんなことを言われても俺の脚はすでに感覚がほとんど無い。本当の限界が来たようだ。力が入らないのだ。どんなに踏ん張って歩こうとしても足が上がらず、地面に座り込んでしまった。
「駄目だ。足が言うこと聞かなくなってきたんだ」
「それがホントなら大変ですよ!? そのうちそれが全身に広がってしまって動けなくなってしまいますよ!」
それを聞いて不思議と不安が無くなり、なんだか全てがどーでもよく思えてきた。
異世界に迷い込んでしまい、挙句の果てに蜘蛛の毒で死ぬ。こんな馬鹿な男、死んだところで誰にも迷惑なんてかからない。そう思えてきた。
どの道歩けないのでは明日までに着くどころの問題じゃない。結局俺は死ぬのだ。
「頑張って下さいよ! あともう少しなんですよ!」
「なぁ、なんでそこまで俺を心配してくれるんだ?」
「えっ……?」
なんでこんなこと聞いたのかおれ自身よく分からなかった。ピルにとったら嫌味に聞こえてしまったかもしれない。
「そっ、それは……」
「答えろよ。俺を安心させてくれよ。なぁ……わけわかんねーんだよ。知らない世界に迷い込んで記憶まで無くして、最後は蜘蛛の毒で死ぬなんてさ。何でこんな見ず知らずのさ、違う世界から来たとか言ってる俺を助けてくれるんだよ」
ピルは少し涙目になりながら、俺に向かって叫んだ。
「心配するののどこがそんなに悪いんですか!? 目の前で死にそうになってる者を助けて何が悪いんですか!?」
ピルの言葉で自分がさっきまで何を考えていたのか、一瞬分からなくなってしまった。いかにもなセリフを口にし、完全に嫌な奴になっていた。
ピルは「はっ……!?」っと何かに気づき、俺に謝ってきた。
「すみません何でもありません、単なる私事です……」
「いや、ごめん。ありがとな」
「へ?」
ピルはただ目の前で死にそうな俺を助けてくれようとしていたのに、俺は勝手に全てあきらめて、ピルのただ助けたいという行動に理由を求めたのだ。最低だ。
俺は深呼吸して力の入らない足で無理やり立って歩くことにした。
「うっ、うぅぅぅぅぅぅっ……」
「ちょっ、無理はしないほうが」
最後の力とまではいかないが、全力で立とうと足を手で支えながら腰をゆっくり上げる。
「はぁ、はぁ、どうだ? 立てたぜ」
「は、はい! こっちです! さぁ早く!」
「いや、早くって言われても……」
何とか立ち、再び歩き出す俺だが、その姿はあまりにもかっこ悪いので出来れば誰にも見られたくない。両足をマッサージしながら中腰でノソノソ歩く男を見たら誰でも目を逸らしたくなるだろう。




