40.何かが起きている
「シオン! 優勝したよ!!」
歓声に負けないくらいの声でルリが叫ぶ。その後ろには恨めしそうなみんみんが居た。
ルリの貰った景品はパラライズバタフライ型のトロフィーとパラライズバタフライの姿揚げ10個だったらしい。両方とも既に【空間収納】にしまわれている。
私なら要らないけれど、ルリはとても嬉しそうだ。
「おめでとう。よく全部食べられたね」
パラライズバタフライは名前の通り、痺れ毒を持っている。普通に食べたら麻痺しそうだ。
「美味しかったよ。サクッとしてピリッとした」
「そうなんだ」
多分サクサクしたのはフライでピリッとしたのは麻痺の効果だろう。実際にステータスを見ると、しっかり麻痺していた。
そうまでして食べたかったのか……。
「ところでシオンはどうしてアシ……」
「良かったらこれを飲んで!!」
おっと危ない!
不吉な言葉が聞こえてきそうだ。
私はルリの言葉を遮り、根掘り葉掘り聞かれるのを防ぐ。こうなるとルリは長いのだ。
受け取れとばかりに痺れ取り薬を突き出すと不思議そうに見つめ返される。
その様子から本人は麻痺していることに気づいていないようだ。
「これは痺れ取り薬? なんで?」
「…………それは君が痺れているからですぅ。よくパラライズバタフライなんて完食しましたね」
呆れたように口を挟んできたみんみんが私の手から痺れ取り薬を取り、勝手に口をつける。
それほど食べていなかったみんみんも麻痺していたらしい。
「え! 私って麻痺してるの!?」
驚いたようにみんみんを見てからルリが慌てて自分のステータスを確認する。
そのまま上目遣いで私を見上げるルリに苦笑した。
なんていうか分かりやすいなぁ。
言葉にしなくても痺れ取り薬が欲しいのが分かるよ。
無言のおねだりを受けて【空間収納】から痺れ取り薬を11本取り出す。
アシュラに渡す前だったのでポーションを大量に持っていたのだ。
最近、ポーションを大量に持っていないのはアシュラに渡した直後くらいだ。もうポーション屋が開けそうなほど【調合】をしている気がする。
まぁ、『もうぼっちとは言わせない』のポーション消費量がすごくて需要にすら追いつけてないんだけどね。
『もうぼっちとは言わせない』は人数に対して明らかに【調合】持ちの数が足りていない。ご飯や飲み物も自分たちで賄えているのか甚だ疑問だ。消耗品ほど数が揃っていないギルドになってしまっている。
きっと足りない分は買ってるのだろう。
そんな『もうぼっちとは言わせない』唯一の【調合】持ちはテイスティングをするかのように痺れ取り薬を飲んでいる。ありがたそうに痺れ取り薬を受け取ったルリとは大違いだ。
勝手に飲んでいるのに悪びれる様子が一ミリもない。
「うーん、なんか雑味が強い気がしますぅ。ボクのと何が違うんだろう」
痺れ取り薬の入っているガラス瓶を揺らし、香りを確かめる姿はまるでソムリエのようだ。普段からこうして飲んでいるかのような貫禄がある。
ドゴッ!
なんとなく笑いを誘う光景を眺めていると、急にみんみんが視界から消えた。
舌で確かめるように痺れ取り薬を飲むみんみんのお腹をアシュラが殴ったらしい。
人が殴られたとは思えない音を立ててみんみんが飛んでいく。
「ぐは」
遠くまで飛ばされて地面を転がったみんみんはお腹をおさえてうずくまった。
よく生きているものだ。
生産特化とは思えないほどの硬さに驚いていると、アシュラが私にお金を渡してきた。
みんみんが勝手に飲んだ痺れ取り薬代らしい。
「うちの馬鹿が悪いことをした」
いつかと同じようにアシュラが私の肩をぽんと叩き、お金を送金してくる。
先ほど人を殴ったとは思えないほどスピーディで無駄のない動きだ。飛んでいったみんみんのことを確認すらしていない。
「いや、別に良いけど……」
確かにあの痺れ取り薬はルリに渡そうと思っていたものだ。でも、みんみんにも頼まれたら渡していただろう。
だから不快感は感じていなかった。
なんか律儀な人が多いなぁ。
私も気をつけなきゃ。
自分もおまけにくれると言われたポーション瓶代を強引に支払ったことを忘れ、気を引き締める。
そんな私もまた、飛んで行ったみんみんのことが頭から消えていた。
「えっと、大丈夫ですか?」
みんなが忘れる中、心配そうにみんみんに駆け寄ったのはルリだ。みんみんとは面識がないはずだけれど、目の前で人が飛んでいったから心配になったのだろう。
「さすが団長……。いいパンチですぅ」
うずくまるみんみんのHPは全く削れていない。このゲームはフレンドリーファイヤーがオンになっているものの、まだPKが実装されていない。この状態では痛みだけを感じるらしい。吹き飛んだということは衝撃も与えることができるのかもしれない。
これは命中率の悪い【弓】が嫌われるわけだ。
痛いのが好きな人は少ない。背後から自分を打ってくる可能性のある職なんてパーティにいれなくないだろう。
私は【弓】が嫌われる理由に思い至ってため息をついた。
「うーん、ポーション要る?」
HPが削れていないので、効果があるかは分からない。でももしかしたら痛みが取れるかもしれない。
私が下級ポーションをみんみんの前で振ると、みんみんが悔しそうに手を伸ばした。
「ぐぬぬ、施しを受けるとはなんたる不覚。でもこの恩は忘れません」
「そんなに嫌なら飲まなくても良いんだけど……」
そもそも効くか分からない。ポーションはHPを回復するためのもので、痛み止めではないのだ。
そういえば痛み止めってあるのかな?
あったらタンクの人とかが喜びそう。
どこまで需要があるか分からないけれど、根強い固定客ができそうな気がする。痛みによる硬直が戦闘中に起こると命取りだ。危ない戦い方をする人ほど欲しがるだろう。
私が新たな薬に思いを馳せているうちにみんみんは下級ポーションを飲み終えたらしい。
私に下級ポーションのお金を渡してくる。
「ありがとう?」
最近はある程度懐が潤っているので、下級ポーションや痺れ取り薬を少し渡したところで悩むことはない。かっこよくポーションをばら撒く理想にだんだん近づいていっているのだ。
ただ、しっかり受け取らないとみんみんがアシュラに怒られる気がしたので、とりあえず今回は受け取っておく。
「いやー、ポーションは痛みに効きませんね。ダメダメでしたぁ」
情けなく眉を下げるみんみんをアシュラがつねった。
これもダメとはアシュラは想像以上に礼儀正しいのだろう。
それに対してぽろりが多いみんみんは口は禍の元ということわざを体現しすぎだ。もしかしてわざとやってる?
若干疑いを持ちながら傍観していると、みんみんがギブアップした。
「いででで! 痛いですぅ、だんちょー」
涙目になってアシュラに縋るみんみんをアシュラが睨んだ。人の善意に文句を言っていることに気づいていないのだろう。
「みんみんはシオンに謝る」
じっとみんみんを見るアシュラの目は据わっている。対してみんみんは何が良くなかったのか理解していない。
明らかに何のことか分かっていない表情で私を見た。
「いや、謝らなくていいよ。別に不快に思ってないし」
今の状態で謝られても困る。特に怒りも感じていないのだ。
失言くらい誰にでもあるしね。
みんみんくらいコンボを決めてくるのは珍しいかもしれないけど。
私は気にすることなくアシュラの様子を窺う。アシュラも私が怒ってないか気にするように私を見ていた。
互いに無言で頷き、このまま話が終わると思いきや次に口を開いたのはルリだった。
「あー! 分かった!! シオンのポーションを勝手に飲んでおきながら味に文句まで言ったから怒ったんだね! つねられたのは直後にもらったポーションを批判したからか」
ぽんと手を叩き、したり顔でルリが頷く。
もう色々と台無しだ。
このカオスな状況、どうしたら良いのかな?
アシュラならうまく対応できたり……。
そっとアシュラを見ると、もう好きにやってくれという表情を浮かべていた。
みんみんだけでも大変なのにルリまで面倒を見る気はないのだろう。
「なるほど! そういうことだったんですねぇ。確かに失礼です。すみません、シオン」
「…………大丈夫、怒ってないよ」
幼稚園児の集まりかと疑うような状況に頭が痛くなってくる。アシュラはもうこちらを見もしない。
くっ、ひとりだけ逃げやがって!
アシュラから始めた騒動なのに我関せずとは許せない。
私はどうにかして巻き込めないか頭を働かせた。
けれど、話は予想外の方向へ流れていく。
「思ったんですが、シオンは薬草を沸騰した水で煮詰めて漉してます?」
「えっ? 煮詰めてなんてないよ。水の中で攪拌してから漉してる」
確かに【調合】時に鍋を使うけれど、それは薬草を混ぜる為だ。特に火にかけてはいない。沸騰どころか常温の水を使っている。
まさか、それが雑味になっているのだろうか。
みんみんが言っていた雑味はとても気になっていた。
自分ではちゃんとした下級ポーションだと思っていたのに、出来損ないという評価はショックすぎる。これがゲーム内でもトップクラスの【調合】持ちと一般プレイヤーの差と言われればそうなのかもしれないけれど、近づけるのなら少しでも近づきたい。
私は答えを求めてみんみんに近づいた。
「うーん、うちのギルドに来ます? 毒消し薬の作り方も教えたいですしぃ」
何かを考えるようにそうみんみんが言うと、アシュラもそれが良いと頷く。
既に最前線の攻略組がポイズンスネークを超えたとは言え、戦うたびに毒を貰うのだ。毒消し薬の需要は伸び続けている。
「行きたいけど……」
新しいレシピが増えるチャンスは逃したくない。
ただ、今はルリが一緒に居た。『もうぼっちとは言わせない』の拠点にルリも行くことができるのだろうか。
不安になってルリを見ると、ルリは自分のせいで行けないと気づいてしまったらしい。
傷ついた表情を浮かべた後、勢いよく手を上げる。
「はいはーい! 私はここでお暇するよ。【調合】を持ってないしね」
「…………」
明らかに無理をしているルリに行くのを辞めると言おうとすると、その前にアシュラがルリに近づいた。
「君、職業はテイマー? 生産はやる?」
「えっと、メインは【素手】です。【捕獲】は覚えているだけ。生産は【料理】を少しだけ……」
職質のような雰囲気で質問をするアシュラはどこか怖い。
ステータスを見ればルリのメインが【素手】なことは分かるはずなのにわざわざ聞いているのが気になる。
「今、うちのギルドは新しいメンバーが入れる。君は入ってみたい? エンジョイギルドだけど」
「いいんですか!? 私は【捕獲】持ちですよ!?」
テイマーは【弓】とは違った意味でパーティから嫌われている。6人までしか入れない枠をテイムモンスが消費してしまうのだ。経験値もテイムモンスに流れるから、テイマーが経験値を取り過ぎだと怒る人もいる。
ぶっちゃけ不遇職のひとつだった。
「うちはエンジョイギルドだから。ただ、ログインがリアルタイムで3日以上されなかったら退団させる。人に迷惑をかけるのもNG。守れる?」
嘘は許さないというようなアシュラの鋭い視線がルリに突き刺さる。
けれど、ルリは負けてなかった。
「ログインは毎日してます! 人にも一応迷惑をかけてないつもりです」
「迷惑と言っても寄生とか粘着とかしなければ大丈夫。1回目は警告だからその時点で辞めてくれたら問題ない」
「大人の対応を期待してますぅ」
アシュラに続いてみんみんも忠告する。
なんだかんだみんみんも幹部だから変な人がギルドに加入すると大変なのだろう。
「分かりました気をつけます!」
ルリは最初のキラキラを無くさず、むしろ期待に輝いていく。
「じゃあ、これからよろしく」
怖い顔をしていたアシュラが表情を緩め、目の前でルリの『もうぼっちとは言わせない』への加入が決まった。




