38.もはや罰ゲーム
しばらく【釣り】を続け、何匹かのブラッキングバスとコイを釣り上げる。どちらも一応食べられる魚だ。
岩凪は興味ありませんという雰囲気を醸し出しているけれど、ちらちら視線が魚に向いている。
「うーん、私はあんまり食べたくないなぁ」
ブラックバスもコイも綺麗とは言い難い場所に住んでいるイメージが強い。
だから、どうしても気分的に食欲が失せてしまう。ただここはゲームなので、もしかしたら綺麗で美味しいのかもしれない。
私は釣り上げた魚をじっと眺め、そのまま【空間収納】にしまった。いわゆる活〆だ。生きたままでも【空間収納】に入れられると知ってから、そのまま【空間収納】に入れている。この方が品質を保持できそうな気がするのだ。
まあ、今のところ変化はないけどね。
それでも活〆って書かれてると美味しそうな気がするし。
今は影響が見られなくても今後劣化が激しい素材に出くわすかもしれない。【空間収納】に直入れるだけで高品質を保てるのならやるしかない。
そうして更に【釣り】を続け、そろそろ辞めるかと思った頃にルリが現れた。
「やっほーシオン! 久しぶり」
「久しぶり。ルリも【釣り】?」
ルリはゴマントアザラシの赤ちゃんをテイムしているので魚を手に入れる必要がある。
食欲旺盛な子らしく、私よりも【釣り】をしているらしい。
「前も川辺で会わなかった?」
私の記憶が確かなら前に会った時も川岸だった。
あの時は私は【魔法素養の心得】を使っていたせいで噂を頼りにルリが来ていたはずだ。待ち合わせもせずにここまで遭遇するのは珍しい。
「うん。前も川辺だったね! シオンのおかげで第2の街まで来れたよ。ありがとう」
「それに関しては私も感謝しかないよ。私一人だったら来れなかったし」
「うんうん。無事に来れて良かった。その時のお金も受け取ったよ。ありがとう。でも、レイ様に勝手に会わせたことは恨みしかないからね!! しかもお金までレイ様からだったし」
「……?」
むくれるルリにクエッスチョンマークが浮かぶ。
武器や防具の耐久力が減っていたから紹介したのに余計だったのだろうか。
一瞬ルリが何に怒っているのか分からなかった。
ただ、怒っているのは事実なので顎に手を当てて自分の行動を振り返る。
ああ、第1の街から第2の街に来る途中で倒したモンスターの儲けをレイ経由で渡したのがマズかったのかもしれない。連絡を取って渡しに行くのが面倒で、元から会う予定のあったレイに頼んでしまった。
これは怒られても仕方がない。
私が謝ろうとすると、それより早くルリが口を開く。
「……いや、紹介してくれたのは嬉しいんだけどさ。こころの準備が……」
「心の準備?」
今度は赤面し始めたルリに再び首をひねる。
レイに会うのに必要?
そんなに怖かったっけ?
私はレイが話しかけにくいと思ったことはない。むしろフレンドリーな方だろう。
ひとりで疑問符を飛ばしまくっていると、ようやくルリが現実に戻ってきた。
「はっ! まさかシオンってレイ様の凄さが分かってない!?」
「あ、怖いんじゃなくて推しを見たときみたいな感じか。確かにレイはすごいよね」
怖くて話かけにくい訳じゃないらしい。凄い人だから話しかけにくいと言われるとそうかもしれないという気がしてくる。
元の性格が子供っぽいので、どうも忘れがちだ。
ひとりで納得していると、ルリも納得したように頷いた。
「そういえばシオンって『暇人の集い』だっけ。それは凄いと思ってなくて当たり前だよね」
「いや、凄いギルドメンバーばかりだと思ってるよ。ファンみたいな反応を見たのが初めてで良く分からなかっただけ」
「あー、『暇人の集い』って隠れファンが多いもんね。表立って騒いでる人はあまり見ないかも」
むしろそんなにファンがいるとはに驚きだ。今まで意識をしたことがなかったので新鮮に感じる。
そのうちお前なんて『暇人の集い』にふさわしくない!!とか言われるのだろうか。
ギルドメンバーはあまり言わなそうだから、ギルドに入れなかった人に言われるとか?
想像すると少しおもしろい。笑ってはいけないのだろうけれど笑ってしまいそうだ。
ひとりでくすりと笑っていると、ルリが不思議そうに首をかしげた。
「何か面白かった?」
「ちょっと想像して面白かっただけ」
ルリに教えるには恥ずかしい妄想だ。
ただ、厳しいギルドだったら現実に起こっていた可能性のあることだろう。
そんな私は実は自分の【調合】レベルが悪くないことに気づいていなかった。
比較対象がいつも拠点に引きこもって【調合】ばかりを行っているみんみんだから自分のスキルレベルを低いと思い込んでいるだけで、十分サーバーのトップクラスだ。確かに【調合】以外のことも多く行っているけれど、他のプレイヤーでも【調合】のみを延々と行っている人はほぼいない。それどころかリアルの4倍速で時間の過ぎるゲームではログイン時間の長さがかなりのアドバンテージになっていた。
「まあ、とりあえず【釣り】でもしよう」
自分が大して凄くないと思い込んでいる私は、深く突っ込まれない為にも釣竿を振る。
「えっ! 待って待って!」
慌てて【釣り】の準備をするルリの釣竿にはしっかりとリールがついていた。
そろそろ【釣り】を辞めようかと思っていたタイミングだったけれど、魚はどれだけあってもいい。大食漢ではないものの岩凪もそこそこ魚を食べるのだ。
先ほどまでと違い練り餌をつけて釣り糸を垂らすと、ついに魚ではなく変なものが釣れるようになってしまった。
「…………ザリガニ?」
どこか見覚えのある赤いフォルムに2つの立派なハサミ。どう見てもザリガニだった。
いやいやいや、【釣り】でザリガニ?
確かに小さいときに川で釣ったけど、魚じゃないよ!
目の前のザリガニが信じられず、甲羅をつつく。
ハサミを上げて威嚇をしてくるところといい、どこから見てもザリガニだった。
「おー! ニザリガおめでとう! 良く釣れるよね」
にこにこと笑うルリはニザリガに驚いていない。
本当に良く釣れるのだろう。ルリも1投目はニザリガだった。
「さっきまでコイとブラッキングバスだったのに……」
つい先程まで文句を言っていたけれど、ニザリガよりはその2種類が良い。ニザリガはコイやブラッキングバスより釣りやすいけれど、岩凪が食べてくれるか分からない。
完全に外れだろう。
「コイとブラッキングバスかぁ。やっぱりそれ以外釣れないのかな」
そう言うルリはめげずにニザリガを釣り上げている。
どうやらこの場所はニザリガが良くヒットするようになってしまったようだ。
うーん、ザリガニもどきが釣れることも普通なのか……。
【観察】を使ってみてもニザリガと出る。名前が少し現実と異なっているものと同じものの違いは何なのだろうか。
私は釣り上げたニザリガを【空間収納】にしまい、とりあえず【釣り】を続ける。しかし、何度挑戦してもニザリガばかりだ。
うーん、なんで二ザリガばっかなんだろ?
何かトリガーがありそうだけど。
悩みながら餌を練り餌からルアーに変える。さっきまでとの違いはこれくらいだ。
期待を込めて試してみると、コイやブラッキングが釣れた。
「良かった! 練り餌だとザリガニ……ニザリガなんだね」
目当ての魚が釣れるようになったことにほっとする。ルアーだとなぜかたまに空き缶が釣れるけれど、ニザリガしか釣れない練り餌より良い。
いくら【釣り】が楽しくても、岩凪のご飯を釣り上げたい。もしニザリガが釣りたくなったらその時また【釣り】をしよう。
そんな日が来るかは分からないけど。
ほっとしていると、ルリも練り餌からルアーに替えながら爆弾を落としてくる。
「なんか、場所によっては貝も採れるみたいだよ。カタツムリの料理とかも出てきてるし、多種多様だよね」
「…………カタツムリ」
なぜそれを食べようと思ったのか。
そのチャレンジャー精神に感動する。
ドン引きしながら近くの草むらを見ると、確かにカタツムリが居る。でもこれを食べようとは思わなかった。
カタツムリを食べるくらいならブラックバスを食べるわ!
食べるのに抵抗があるとか言っている場合じゃない。
カタツムリを食べるよりも明らかに健全だ。
「よく考えて!! エスカルゴもカタツムリだから!」
慌てたように言い募るルリはカタツムリに何か思い入れがあるのかもしれない。
まさか、既に食べたのかな。
じっとルリを見つめると、ルリが視線を逸らす。
明らかに態度がおかしかった。
「……おいしかった?」
自分では食べたいと思わないけれど、好きで食べているのなら構わない。私の前で食べないで欲しいし、感想も聞きたくないような気がするけど、好きなら良い。
ひとりでこっそりと楽しんでいてくれ。
くっ、どうして感想なんて聞いてしまったんだ、自分。
これでは話を膨らませようとしているみたいではないか!
後悔しても言葉は戻らない。心の中で涙を流しながらルリを見る。出来れば感想は内に秘めていて欲しい。秘める楽しさもたぶんあるだろう。
そう望んだけれど現実は残酷だった。
ルリのキラキラした笑顔が突き刺さる。
「おいしいよ! シオンも興味があるなら今度一緒に食べよ!」
「私は良いかな…………」
本当にどうして聞いてしまったんだ。
具体的に食レポをされなくて良かった。
ぐにゅっとした食感がとか言われていたら絶望していたに違いない。
食わず嫌いはよくないと言われても、どうしても食べたいと思えなかった。
うーん……。
ルリはゲテモノが好きなのかな。
大学院に昆虫食が好きな教授がいたのを思い出す。
人はなぜ、食糧難でもないのに修羅の道に進もうと思うのか。いや、私が苦手なだけだけど。だべものだと認識できてないだけだけど!
ひとりで悶々としていると、ルリが【釣り】を辞め、キラキラした目で見てくる。
「そうだ! 今日、パラライズバタフライの早食い競争があるんだよ。一緒に出場しよ?」
「パラライズバタフライって鱗粉に当たると痺れるモンスターだよね?」
確かサイズが結構大きかった気がする。アシュラからよく素材としてもらっていたけれど、中々見事に蛾のようだった。
「そうそう! 舌に当たると痺れる感じがしておいしいみたいなんだ。大会のことをすっかり忘れてたよ」
できればそのまま忘れていて欲しかった。
内心半泣きでルリに訴えかけるも、ルリは大会に出たくて仕方がないようだ。私の手を引っ張り、第2の街へ戻ろうとする。
私は慌てて釣具セットを片付け、ラテ達を抱える。その間も腕を引っ張るルリは輝かんばかりの笑顔だ。
気のはやっているルリにドナドナされながら、私は断頭台に向かう気分で必死に予定を作ろうと頭をフル回転させた。




