33.敵にポーションを使ってはいけない
「ちょ、ちょちょちょちょ!!」
目を離した隙に岩凪が毒消し草に噛みつかれている。なぜか岩凪はのほほんとしているけれど、尻尾の方をがっつり咥えられてしまい、自力で抜け出すことが出来なさそうだ。
「やばい、やばいって!」
焦りながら岩凪に噛みついている毒消し草を【採取】する。そのまま下級ポーションを飲ませようとして、あることに気づいた。
HPが削れてない。
なんで?
正確にはごく僅かにHPが削れている。数字にして3程度だ。
これなら下級ポーションを飲ませる必要もない。ただでさえ岩凪は私よりもHPが多いのだ。
もしかしたら表記バグかと思い、岩凪をひっくり返したり持ち上げたりする。それでも削れたHPは3から変わらなかった。
「どういうこと?」
確かに岩凪は硬いけれど、レベルはまだ8だ。毒消し草が13レベなので圧倒的に足りていない。
DEFは高いが、それだけでこれ程攻撃が通らなくなるのだろうか。
私は岩凪を抱えて首をかしげた。
「…………」
「…………」
当の岩凪は私がガン見していても落ち着いている。覗き込んでも岩凪の澄み切った瞳に私の百面相が映るだけだ。
予期せず自分と向かい合うことになって、私も落ち着きを取り戻してきた。
岩凪は壁向きの種族だったのかな。
小さいから毒消し草に噛まれただけで動けなくなってたけど、大きくなれば立派なタンクになるかも。
実は私よりも強いのではないのだろうかと思いながら岩凪のステータスを見る。するとそこにはさっきまでなかったスキルが増えていた。
あれ?
【頑強】なんてあった?
もう一度岩凪のスキルを見直してもやはり増えている。
***
岩凪(???の幼体♂)
レベル:8
【タンク Lv.5】、【水魔法の心得 Lv.3】、【土魔法の心得 Lv.4】、【頑強 Lv.2】
***
他のスキルのレベルが上がっているのは戦ったからだろう。レベルが上がるのが早い気がするけれど、テイムモンスはそもそもレベルアップが早いらしい。
それでも、テイムしたプレイヤー以上のレベルにならないから注意が必要だ。
テイムモンスだけが強くなって俺TUEEE!!!はできなくなってるんだよね。
さすがにそれをするとゲームバランスが崩れるから仕方がないのかもしれないけど、残念。
私はしばらく岩凪のスキル欄を眺め、後で調べることにした。
「うーん、テイムモンスを戦わせたの初めてだもんね。分からないことだらけだ」
「…………」
「……ぷぅ」
岩凪ばかりを構うのが許せなかったのか、ラテが頭をこすりつけてくる。
岩凪と薬草丸が増えてからラテが甘えてくることが増えた気がする。
「急に甘えん坊になったね。可愛いけど」
足に頭をこすりつけているラテを撫でて立ち上がった。
毒消し草に囲まれている場所であまりのんびりする訳にはいかない。ラテや薬草丸が噛まれたら危険だ。一発で致命傷になってしまう。
まあ、私も危険なんだけどね!
HPもDEFも低い私では毒消し草の攻撃をくらうと死に戻りをする危険がある。
ぶっちゃけラテや薬草丸ばかりを気にしていられない。平然と毒消し草の間を歩けるのは岩凪くらいだろう。
その岩凪も体が小さいので、さっきみたいに噛まれて動けなくなったら終わりだ。良く考えれば蛇の頭が攻撃の準備をしていたような気がするけれど、パニックになっていた私は気付いていなかった。
私が毒消し草に挑むのはまだ早かったかもしれない。
少し怖くなって私は毒消し草の生える森から出ることにした。
すでにかなりの毒消し草を【採取】したのだ。これ以上無理をする必要はない。
「よし! 地下3階に行くよ!」
一瞬休憩をはさむか悩んだけれど、まだ空腹度も乾きも大丈夫そうだ。集中力も何とかなるだろう。
長く感じた毒消し草の【採取】も実はそれ程長くなかったらしい。
次はラテと薬草丸を拠点に置いてから来よっと。
自分の身を守れるかも分からないところに戦えない子を連れてくるのは怖いし。
私は肩に岩凪が乗っていることを確認し、腕に抱いたラテを撫でる。薬草丸は毒消し草の森にいる間、頭の上から降りようとしなかった。
地下3階へ向かう階段は地下2階に向かうものと同じだ。
敵も罠も出てこないので、ラテを撫でながら進む。そうすることでラテの機嫌も戻ってきたようだ。
「……ぷぅ」
ゲームが始まってからずっとラテといるけれど、私はラテを戦わせたことはない。
そのせいかラテのスキルは増えていない。相変わらず【威嚇】と【逃げ足】という良く分からないスキルを持っている。
ラテは非戦闘要員なのに【威嚇】して逃げるんだよね。
面白いスキル構成だ。
このスキル構成では戦えたとしても活躍できるか分からない。
ラテは頭が良いから私では想像もつかない戦い方をしてくれるかもしれないけれど、攻撃スキルも防御スキルもないのに戦わせるのは不安だ。もしラテが戦えたとしても戦わせたいと思わなかっただろう。
なんだかんだ非戦闘要員で良かったのかもしれない。
私は腕に抱えたラテの暖かさに頬を緩めた。
そのまま辿り着いた地下3階は降りてすぐの場所に大きな扉がある。ゲームに出てくるイカニモな扉だ。
「すごくボス部屋っぽい。ほんとに私でも倒せるモンスターなんだよね……?」
事前に得た情報によると、それ程強くないらしい。
油断しなければ私でも倒せるとルリにも言われた。でも、この扉を前にすると疑いたくなる。
薬草ダンジョンで出てくるモンスターが刻まれた扉に手を当てて少し考えた後、私は扉を開いた。
「たのもー!!」
「グギャァァァアアア!!!」
私の叫びにボスも叫ぶ。
ボスは大きな紅葉の木だった。綺麗な赤い葉が茂っているのに幹の真ん中にある顔が怖い。まるでハロウィンに出てきそうな感じの顔だ。
「今回は紅葉なんだね。大きいなぁ」
ボスが何の木になるかはランダムらしい。食べられない木になることが多いようだが、全貌は未だに分かっていない。
これも第2の街周辺のダンジョンが不人気なせいだろう。
私はラテを下ろし、手に持っていたパチンコから風の玉を放つ。ゲームとは言えダンジョンという密室空間で火を使う勇気はなかった。
岩凪も私の前に出て戦闘態勢をとる。
「シャアアア!!」
蛇が紅葉に向かって威嚇した。おそらく【タンク】の挑発を使ったのだろう。ボスが岩凪を向く。
同じ【タンク】を持つルリよりもしっかりとタゲを取ってくれているらしい。風の玉は手加減が出来ず、遠慮のない一撃だったのにボスが私を気に掛ける様子がない。
ゆっくりとした足取りでボスが岩凪に向かう。
ボスはトレントなので早く走れないのだ。岩凪も足が遅いので良い戦いをしている。
「……っ!」
その間に私はもう一度【魔法素養の心得】を使って風の玉を作り、ボスに向かって放つ。
2回も攻撃をすると流石にボスが私の方を向いた。それでもすぐに視線を岩凪に戻す。
これ以上撃ったら危ないかな。
走るのは遅くても大きなボスだから攻撃が当たるかも。
他の階と違ってボス部屋はあまり大きくない。
そのせいで端まで行かなければボスの振り回す枝が当たってしまう。岩凪はもう何回か枝の攻撃を受けていた。
「岩凪!!」
ボスの枝の攻撃が綺麗に横から入り、手のひらサイズの岩凪が飛ばされる。壁にぶつかった岩凪はそれでも4分の3ほどHPが残っていた。
逆を言えば4分の1も削られている。ボスはまだそれほどHPが削れていなかった。
このままだと不味い。
タゲが飛んでくるのを覚悟で逃げ撃ちするか……。
少しでも岩凪からタゲを奪わないようにする為、武器を弓に持ち替える。流石にパチンコでは火力が強すぎだ。
私は壁際にへばり付き、死角から矢を放つ。
「ショット!」
ボスのDEFがどれくらいか分からないので、とりあえず技を使う。
少し不安だったけれど、しっかりと岩凪がヘイトを稼いでくれているからかボスは私の方を見もしなかった。その代わり、ボスのHPもほとんど減らない。やはり火力はパチンコの方が桁違いに高いようだ。
【弓】を使って矢を連射しながらどうするか考える。
このままでは岩凪のHPが尽きる方が早いだろう。どこかで岩凪のHPを回復させたい。
いまだに一人でボスのタゲを取り続けている岩凪は常にボスの攻撃にさらされている。この状態ではポーションを飲ませることも難しいだろう。
私はチラリとラテや薬草丸を見た。
私がタゲを取って逃げてる間にどちらかがポーションを届けてくれたら勝ち筋が見えるけど……。
2匹とも攻撃の当たらない部屋の隅に避難している。
ラテは平然としているが、薬草丸は震えていた。
怖がってないし、速さで言ったらラテなのかな。
ただ、ラテは非戦闘要員だからポーションを持って行ってくれるかどうか。
今もなおボスの枝が振るわれている場所に行くのは嫌がりそうだ。戦わなくて良いと言ってテイムしたラテを攻撃される可能性のある場所に行かせるわけにはいかない。
どうしようもないので、震えている薬草丸にポーションを託すことにした。
「この作戦が失敗したら負けるだろうから、これ以外に手がないの。本当にごめん……。でも、無理はしないで」
戦うスキルを持たない薬草丸にこんなことをお願いしたくない。それでも戦況が逼迫していた。
もし、これがダメだったら私が先に死んで死に戻りしよう。スキルレベルが奪われるけど、みんなの懐き度が下がるよりましだ。
どの道死ぬのなら少しでもダメージが少ない方が良い。
街落としや特殊なイベント以外で死ぬとプレイヤーはスキルレベルが下がる。緩和されているとは言え痛みもある。
それでもテイムモンスの懐き度が下がるのに比べればましだ。テイムモンスたちが死ぬリアルな描写も見たくない。
みんなが死ぬ状況なら私も死ぬからスキルレベルも下がるしね。
私は覚悟を決めて風の玉と地の玉を放った。
それでもボスのタゲはなかなか私に向かない。ちらりと私を見るものの、攻撃が私の方に向くことはない。たまにうざったそうに枝を振るけれど、メインターゲットは岩凪だ。
「くっ、岩凪の優秀さが憎い」
【魔法素養の心得】で作る属性の玉の火力はINTに依存する。私のINTは最前線に出られるレベルだから、かなりの火力が出ているはずだ。実際にボスのHPはごりごりと削れている。
これだけ撃ってもまだ私にタゲが移らないなんて。
このままだと薬草丸が攻撃を受けてしまう!
焦りながら【魔法素養の心得】で風の玉と地の玉を作るけれど、そろそろパチンコの耐久力が限界だ。パチンコは【魔法素養の心得】に耐えられないのか、10発も撃つと壊れてしまう。
壊れるまで攻撃をしたとしてもボスを倒し切るのは厳しいだろう。
成果の不安な私に引き換え、薬草丸はゆっくりと岩凪に近づいている。薬草丸も小さいので、ポーションを運ぶのは大変そうだ。
そもそも岩凪はポーションを飲めるのかな?
少しでも飲んでくれたら良いけど……。
どうやって飲ませるかも考えていなかった。はっきり言って行き当たりばったりな作戦だ。
私はようやくそのことに気づいて頭を抱えた。
後悔しても今更過ぎる……!
どうしよう。
薬草丸に戻ってきてもらうにしても遅過ぎる。とりあえず最初に立てた作戦の通り私がタゲを取った方が良い。
ありったけの気合を込めて【魔法素養の心得】で風の玉を作る。土の玉よりも風の玉の方が効いている気がした。
「いけぇぇぇ!!」
ボスを睨みながら風の玉を放つと、パチンコが壊れた。それでもボスのHPは3分の1より少し少ないくらい残っている。
「ギャァァアアア!!」
私の叫びに負けず劣らずの声を上げてボスが私の方を向く。ようやく岩凪以上にヘイトを稼いだようだ。
本当にギリギリだったようで岩凪は瀕死になっている。あと1撃でも食らったら死んでしまうだろう。
ザザッ!
ザシュッ!
ボスが枝を振るいながら私に向かってくる。巨大なボスの枝から逃れるのは中々難しそうだ。
それでも薬草丸や岩凪の方へ行かないように気を付けながら逃げる。HPの低い私ではどれだけこうしていられるかも分からなかった。
それでも私がタゲを取れただけで一歩前進だよね!
あとは薬草丸に頼むしかない。
薬草丸は未だにそろそろと岩凪へ近づいている。
ポーションが大きすぎて早く走ることができないようだ。
じれったい気持ちになりながら紙一重でボスの攻撃を避け続ける。けれどそれも限界が近い。
頬をかすめるボスの枝を感じながら私は必死に逃げた。もう薬草丸の方を気にする余裕もない。
そんな中、薬草丸の悲鳴のような声が聞こえてきた。
まさか上手くいかなかったかと薬草丸の方を確認すると、ボスの枝がポーションを握りしめている。
「…………はっ?」
一瞬何が起きているのか理解できなかった。
ボスの枝は薙ぎ払うだけでツタのような動きをしていなかったはずだ。
唖然としている間にボスは奪ったポーションを自分の顔に注ぐ。
絶望的な光景の中、ボスのHPが回復していった。
どうする?
こうなったら私が攻撃を食らって死に戻りをするべき?
ボスの火力が強いのなら一撃で死ぬだろうし。
幸いにして薬草丸はポーションを置いて逃げたようで、怪我をしていない。今、危険なほどHPが削れているのは岩凪だけだ。
私が覚悟を決めてボスの前に出ようとした時、視界の端から茶色の毛玉がボスに向かって突撃していった。
タイトルを変更しました。
事前予告なく変更して申し訳ありません。




