27.待望の雛
ぱかーん。
黄金に輝く光と共に卵の中から現れたのは手のひらサイズの亀と亀に巻き付く白い蛇だった。
「か、亀と蛇?」
「……ぷぅ?」
ゆっくりと周囲を確認する様はなんだか貫禄がある。生まれたばかりなのにこの世の全てを知っていると言わんばかりの風格だ。
「……何このモンスター」
やたら落ち着いているのは良いとしても、どうして2匹いるのだろう。
まったく違う種類のモンスターが同じ卵から孵ることなんてあるのだろうか。
私は首をかしげながらステータスを確認した。
*****
(???の幼体♂)土と水属性
【タンク Lv.1】、【水魔法の心得 Lv.1】、【土魔法の心得 Lv.1】
*****
やばい。
なんの種族かまったく分からない。
スキルは分かりやすいけれど、種族が伏字なんて初めて見た。ただ、ステータスがひとつということは亀と蛇の2匹合わせて1体のモンスターなのかもしれない。
「ずいぶん変わったモンスターだ。【タンク】のスキルを持ってるけど、この手のひらサイズの亀と蛇が前に出て守ってくれるってこと? いくら何でも不安すぎるサイズなんだけど……」
【タンク】はとても探していたスキルなので【タンク】持ちのモンスターはうれしい。
卵から孵したおかげかテイムする前からテイムされている認定なのもありがたい。
でも、本当に壁になるのか不安なくらい小さいのだ。
敵のモンスターに体当たりでもされたら飛んでいきそうな気がする。
「この子が壁になるくらいなら私が壁をやった方が安心できそう……」
間違いなくこの亀と蛇が合体したモンスターの方が私よりHPもDEFもあるだろう。それは分かっているけれど心理的にとても不安だ。なんだかいじめている気にもなってしまう。
「ぷぅぷぅ」
「…………」
どうしようか頭を抱えている間にもラテと生まれたばかりのモンスターは何らかの会話をしているらしい。2匹で顔を近づけている。
まあ、【水魔法の心得】と【土魔法の心得】も持ってるみたいだし、遠距離として育ててもいいか。
別に【タンク】にこだわる必要はない。今、喉から手が出るほどに欲しいのは壁ができるモンスターだけれど、他に壁ができるモンスターをテイムしても事は足りる。ちょうどログアウトをしている間に第二の街周辺のモンスターも調べたし、何とでもなるだろう。
私はひとつ頷いてから孵ったばかりのモンスターに水をあげた。ご飯は卵の殻をかじっているので要らないらしい。
このまま食べさせていいのか悩ましいけれど、状態異常にはなっていない。満腹ゲージも上がっているので見守ることにした。
「そういえば蛇って生まれてきたらまず自分の卵の殻を食べるんだっけ? この子を蛇と同じに考えて良いのか分からないけど、ご飯をすぐに渡さなくていいのは助かる。それに一体何を食べるんだろう」
亀なら苔や魚だし、蛇ならネズミや昆虫だ。
苔や魚くらいならいいけれど、ネズミや昆虫を毎回あげるのは大変そうだ。特に昆虫は捕まえられる気がしない。
「まさか食事に悩まされるとは」
壁になりそうでご飯のあげやすそうなモンスターをテイムしようと考えていたので、蛇や亀のようなモンスターは調べていなかった。
そもそも亀型のモンスターも蛇型のモンスターも第一の街や第二の街の周辺にいない。調べようにも知りようがなかった。
「とりあえず、ある程度お腹が空いてきたら肉と魚と草系を並べてみるかな。どれにも見向きをしなかったら考える必要があるけど……」
最もテイマー組合に聞いてみるのも良いかもしれない。あそこのNPCは知見も豊富なはずだ。
分からない種族を調べる為にも一度顔を出すべきだろう。
ちょうど時間も空いているし、聞きに行こうかな。
しばらく行ってなかったし。
自分の中で結論が出たので、よく分からない会話を続けている2匹を抱え上げる。
どちらも肩に乗るサイズとはいえ結構重い。何か良い移動手段を考えなければ大変なことになりそうだ。
「……」
「ぷぅぅ」
突然抱え上げられたにも関わらず2匹はご機嫌で会話を続けている。
なんとも平和な様子に顔がほころんだ。
「かわいいねぇ。蛇や亀なんてかわいいと思ったことなかったよ」
そもそも蛇や亀を飼いたいと思ったことがなかった。
そこまで爬虫類が好きな訳でもなかったし、知り合いに飼っている人もいなかった。亀なら探せばいたかもしれないけれど、聞くほど興味もなかった。
飼うなら猫を飼いたいと思ってたしなぁ。
ゲームじゃなきゃ触れ合う機会もなかった子たちだ。でも、現実に存在しない生き物はとてもゲームっぽい。
「これもゲームの醍醐味だよね!」
良く分からない生き物に、理解できない現象。現実では到底不可能な戦闘も魅力的だ。
のんびり遊ぶのも好きだけれど、未知のものにもワクワクする。
私は何かを忘れている気がしながらテイマー組合に向かうことにした。
アシュラとの約束もあるから時間を無駄にしている場合ではない。思い立ったら即行動だ。
忘れている何かのサインが視界の端で光った気がしたけれど、気のせいだろう。きっと日の光がまぶしかっただけに違いない。
「ああ、こら、ラテも亀&蛇も喧嘩しない!」
「ぶぅぅ! ぶぅ!」
「…………」
豚のような鳴き声を上げるラテに対して生まれたての亀と蛇のモンスターは落ち着いている。怒っているのもラテだけのようだ。
さっきまで仲良くしてたのになぜ急に喧嘩を始めたのか……。
亀と蛇のモンスターは威嚇されても無言でスルーをしているように見える。元々こういう種族なのかこの子の個性なのか、なんとも不思議な状況だ。
突然、亀と蛇のモンスターにに攻撃をしはじめたラテを止めて歩いていく。2匹を抱えている為、ラテを止めておくのにも困り始めた頃、ようやくテイマー組合に着いた。
「いらっしゃいませ! こちらはテイマー組合です」
元気の良いNPCの女の子の声に促されて受付へ向かう。今は現実の時間が平日の昼間だからか、とても空いていた。
「はじめまして。この子の種族と食べ物を知りたいんだけど、何か資料はあ「ええ! 何ですかこのモンスターは? どこでテイムしました?」」
最後まで言い切る前に女の子がカウンターに身を乗り出す。この亀と蛇のモンスターは女の子の興味をひいたらしい。
な、なに?
テンションが高くない?
元々元気が良さそうな印象だったけれど、やたらと距離が近い。
なぜだろうと女の子を観察すると、女の子のスカートにペタリとトカゲが張り付いていた。スカートの柄に隠れていて分かりにくかったが、この女の子もテイマーのようだ。
なんだろう、今日は爬虫類のモンスターと縁があるな。
レアなはずなんだけど……。
現状で会える爬虫類のモンスターは第三の街の近くにいる蛇型のモンスターだけだ。
毒を使うため、トッププレイヤーでも非常に苦戦をしていると聞く。その他で爬虫類のモンスターは聞いたことがない。
「卵から孵ったの。人からの貰い物だからどこで手に入れたのかも分からなくて」
卵はゲームが始まってすぐのチュートリアルでリルモから貰ったのだ。どういう経路でリルモが持っていたのかも分からない。
貰った時も敵になるか味方になるか分からないとまで言われた気がする。
「そうなると情報はないですね。第五の街に大きな図書館があるので、そこで調べるのが一番良いかもしれません」
「この組合に情報はないの?」
一度組合に情報が上がればすべての支店で共有されるはずだ。
モンスターの分布図は次々と更新されている。
「ここまで特殊なモンスターだと流石に……。2匹で1匹のモンスターなんて初めて見ました」
「やっぱり、そうなるのか……。ありがとう」
お礼を言って女の子から離れた。次に向かうのは資料室だ。
テイマー組合の資料室には今までに報告されているモンスターの一覧がある。それを見れば手がかりがあるかもしれない。
一縷の望みをかけて資料館の扉を開けた。
私はあたりを見回してからラテと亀と蛇のモンスターを床におろした。
テイマー組合なので、テイムモンスターの持ち込みも可能だ。
「まだ棚がすかすかだね」
この資料室は今後攻略が進むにつれて棚が埋まっていくのだろう。
テイムできるモンスターの情報が多いだけあって、棚にはほとんど本がない。揃っているのはテイムの行い方といった初心者用の本だけだ。
初心者用の本の内容はチュートリアルで習うからなぁ。
一応目を通したけど、特に新しい情報もなかった。本当に基礎だけが学べるようになっている。
技とかの情報は自分の所有しているスキルから確認しろと書かれているだけだし、用途がとても限られる。【テイム】系のスキルをサブスキルとして取った人が参考にする程度だ。
そういう人も第一の街のテイマー組合を利用することが多いので、この資料室を使う人は大体モンスターの情報が目当てだろう。
「誰かがテイムして報告したモンスターしかないけど、それでも重要な情報源だもんね」
テイマーしか知らないコアな情報が載っていたりするから、たまに最前線の攻略組が見ることもあるらしい。意外と役に立っている情報なのだ。
「でも、やっぱり何も情報がないね」
受付の女の子が知らないだけかもしれないと思ったけれど、本当に情報がない。蛇型のモンスターの情報もまだ出ていないようだ。
最前線にテイマーが少ないからなぁ。
第二の街の攻略をしていたなんとかのお茶会みたいな名前のギルドにはテイマーがいたみたいだけど……。
まだそこまで到達していないか、蛇のモンスターをテイムしていないのかもしれない。爬虫類が苦手な人も多いし、既にテイムできる上限までテイムモンスターがいてもおかしくない。
それに最前線のモンスターだとテイムするのも大変そうだ。
「…………シャ」
一通り資料に目を通して最後の一冊を棚に戻そうとした時、蛇が鳴いた。
初めて鳴き声を聞いたので何かあったのかと床にしゃがむ。すると、落ちていた本の肉と魚の文字を亀が両手で指していた。
「えっと、君たちはこれを食べるの?」
確かに何を食べるかは知りたい情報のひとつだ。でもこんなことがあるのだろうか。
少し気になったけれど、ラテも私の言葉が分かっていそうな反応をしていたことを思い出す。最近のAIはとても優秀なのかもしれない。
「……」
「シャー」
無言でこくこくと頷く亀と舌をチロチロ出す蛇。蛇は何を伝えようとしているのか分からなかったが、亀はきっと肯定してくれたのだろう。
となると亀と蛇は魚と肉を食べるのか。
用意しやすそうなもので良かった。
気になっていたことのうちのひとつが解決してほっとする。種族が分からなくてもご飯が分かれば育てることは可能だ。
「教えてくれてありがとう。お魚とお肉を用意するね」
「……」
「シャー!」
今度は亀より蛇の方が分かりやすい。尻尾で床を叩いて嬉しそうにしている。
本物の蛇がそんなことをするのか分からないけれど、蛇の周りに花が咲いているように見えた。
「でも、種族も分からないことが判明したし、そろそろ名前を決めないとか。いつまでも亀と蛇のモンスターじゃかわいそうだし」
長くて呼びにくくもある。
はてさて、どんな名前が良いだろうか。
「茶色の亀と白い蛇だから白茶とか?」
「…………」
ラテと同じように外見から連想される名前をつけようとすると亀も蛇も無言になった。
お茶の名前みたいでかわいいと思ったけど、これはダメか。
そうなるとどんな名前が良いんだろう。
「ひろ、ポン太、亀吉、蛇男……」
ろくな名前が思い浮かばない。自分のネーミングセンスの無さが嫌になる。
「さすがに蛇男はないな。んー、落ち着きがあるから岩凪?」
「シャー!!」
「…………!」
亀と蛇のモンスターの食いつきが良い。あまり聞かない名前だけれど、気に入ったようだ。
「じゃあ、君の名前は岩凪ね」
ネーミングセンスの無い割に頑張ったのではないだろうか。
私は満足して頷いた。




