8
婚約パーティ当日の朝。
アデルは父とともに、公爵家からの迎えの馬車に乗り込んだ。
継母とマリエルは支度に時間がかかるらしく、後から会場へ向かうという。
馬車の中で、ランベール侯爵は娘の首元に輝くネックレスをじっと見つめた。
「アデル、本当によく似合っている」
そう口にすると、今日にも嫁に出す父親のように目を潤ませ、言葉を詰まらせた。
アデルも返す言葉を見つけられず、ただ互いに微笑み合う。
二人を乗せた馬車は、静かに石畳の道を進んでいった。
やがて馬車はエナン家の屋敷に到着した。
アデルは少し緊張しながら馬車を降り、玄関へと歩を進める。
そこには、リオンとジョセフィーヌ夫人が笑顔で出迎えていた。
「アデル、待ってたよ」
リオンの笑顔にアデルの緊張が少しだけ緩む。
父はジョセフィーヌ夫人に挨拶を済ませると、公爵の部屋へと向かっていった。
残されたアデルは、目の前にいるリオンがあきらかにそわそわしていることに気付く。
「アデル、今日の君は本当に綺麗だ、あっ! いつも素敵だよ。そのネックレスと瞳が同じ色で……いや、このドレスの色もとてもよく似合ってる! あ、それから――」
「はい、もう十分よリオン。落ち着いて。会場では大勢のお客様が待っているわ」
ジョセフィーヌ夫人が、くすくすと笑いながら息子の言葉を遮った。
リオンは照れくさそうに肩をあげ、アデルも恥ずかしそうに微笑んだ。
そんな二人の様子を夫人は満足そうに眺めている。
「えーっと、じゃあ行こうか」
「はい」
リオンが腕を差し出すと、アデルはそっと自分の手を組んだ。
幸せでどうにかなってしまいそうな気持を押さえ、二人で廊下を進む。
大広間の前まで行くと、そこにいた執事が恭しく一礼し、会場に向かって声を張り上げた。
「皆様! エナン公爵家嫡男リオネル様、ランベール侯爵令嬢アデル様のお見えでございます!」
大広間のざわめきが一瞬静まり、次の瞬間、盛大な拍手が大広間に響き渡った。
ペールブルーの揃いの正装に身を包んだ二人は、ゆっくりと中央へ足を進める。
たくさんの祝福の言葉が飛び交い、あちこちから感嘆の声が聞こえてくる。
皆の視線が自分に向けられるたび、アデルの頬は熱くなっていた。
降り注ぐような拍手の中、突然アデルの視界に真っ白なドレスが飛び込んできた。
「マリエル……?」
その呟きにリオンも視線を向ける。
会場の中央、ここにいる誰よりも華やかな装いのマリエルが、男性と楽しげに話をしている。
アデルの胸に一瞬、微かな不安がよぎった。
マリエルと話していた若い貴族は、主役の二人が自分たちを見ていることに気付き、深々と頭を下げた。
アデルの緊張を感じとったリオンは、軽く会釈を返してくるりと方向を変える。
しかし、突然目の前に人影が現れ、二人は立ち止まった。
マリエル同様、場違いなほど華やかに着飾ったその女性は、まっすぐアデルを見つめて微笑んでいる。
その笑顔に、リオンは違和感を覚えた。
「お継母さま・・・・・・」
アデルの口から小さな声が漏れた。
リオンはあらためて、その女性の顔を確認する。
以前、ランベール家で眉をしかめていた暗い表情とは、まるで別人のように華やかな笑顔。
目の前にいるのは、アデルの継母であるランベール侯爵夫人に間違いなかった。
「アデル、遅くなってごめんなさいね。リオネル様、ご挨拶が遅れまして。アデルの母でございます。本日は誠におめでとうございます」
「ありがとうございます、ランベール侯爵夫人」
「リオネル様、アデルは貴方様のような素晴らしい方とご一緒できて、本当に光栄ですわ!」
笑顔を崩さないランベール侯爵夫人に、リオンは「ご丁寧に……恐縮です」と静かに返した。
アデルは何も言わず、ただ、継母のイヤリングを見つめていた。
大ぶりな宝石を揺らしながら、興奮した様子で継母はリオンに話しかけ続ける。
「こんな素敵なパーティ初めてですわ。この会場の美しさったら、さすが公爵家ですわね」
「ありがとうございます」
「あの大きな絵画は、誰の作品ですの? 素晴らしいですわ」
「詳しい使用人がおりますので、ご紹介いたします」
「ああ、いえいえ、いいんですの!」
露骨に浮かれる継母の様子を見て、アデルは早くこの場を離れたいと思った。
そのとき、後ろから左腕が引っ張られる感じがした。
驚いて振り返ると、そこには人形のような笑顔のマリエルがいた。
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