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異形の咆哮  作者: onyx
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第1次阻止線

ハンターチームの銃声が戦いの口火を切った。4丁のライフルから撃ち出された弾丸はヤツの肩口や前足に着弾。少しだけ身じろいだが効果があったようには見えなかった。普通の熊なら既に崩れ落ちててもおかしくない。

「遠いか?」

「いや、効いてないな」

「嘘だろおい」

「来るぞ!」

道なりに走り出した。阻止線まで一直線に突っ走っている。ハンターチームと狙撃班の銃声が何度も鳴り響く。何発かは当たっているがやはり意に介していないようだ。

「県機01!走り出した!接触に備えろ!」

迫り来るヤツの前面にバスの車内から催涙弾が投射され、進路上に落下して白煙を撒き散らす。走った勢いのまま煙の中に突っ込んでいくと唸り声のようなものが聴こえて来た。ある程度効果はあるようであるが、それもあくまで一定の効果だった。唾液を振り撒きながら煙の中から飛び出し、さっきよりスピードは落ちたがそれでも十分速い速度で進む。阻止線までの距離がどんどん縮まる。その姿はバスの車内に陣取る銃器対策部隊の目にも見えていた。両手で構えるサブマシンガンの照準を合わせる。あの大きさだ。効果は無いに等しいだろう。しかし、こいつをこの村から外に出してはならない。あと100分近く耐えれば陸自が来る。そう思う事で恐怖を凌いでた。

「よく狙え、単発でもバーストでも構わん、たとえ1秒でもここで食い止めるぞ」

分隊長が静かに指示を下した。予備の弾倉はそこら中に置いてある。互いの距離が30mを切った。引き金にかける指に力が入り、呼吸が少しずつ荒くなる。

「撃て」

9mm弾の雨がヤツに襲い掛かった。顔・前足・胴体に夥しい銃弾が突き刺さる。抉れた前足の肉が道路に飛散していくが、それでもスピードは落とさなかった。体の奥底から捻り出すような雄叫びを上げてそのままバスの側面に激突する。衝撃で車体が幾分かひしゃげ、車内の隊員たちは吹っ飛んで何人かが昏倒、バスも横転はしなかったが数十センチ後ろに移動した。逸早くその状況から回復した分隊長が立ち上がる。

「負傷は!?」

「分隊長!」

2番目に回復の早かった隊員が叫んだが遅かった。立ち上がった分隊長の顔に黒くて毛むくじゃらな手が凄まじい速度で突っ込んで来た。強化ガラスと窓枠を突き破った手にそのまま殴り飛ばされ、声も出ないまま車内に叩きつけられて崩れ落ちる。バイザーは割れていて首も変な方向に曲がっていた。ピクリとも動かない分隊長を尻目に、起き上がった隊員数名が失意をものともせず交戦を再開する。

「撃て!撃ち続けろ!」

「運び出せ!早く!」

車内から抜け出ようとする腕に撃ったが速すぎて当たらない。窓枠から銃だけを突き出して撃ちまくる。ヤツの血肉が飛び散るがバスを押す力は一向に衰えなかった。ジリジリと後ろに押されているのが分かる。車体の最後尾に居た隊員は、窓から身を乗り出して撃とうとしたが危険過ぎると思って止めたと後に話した。

分隊長が殴り飛ばされたのを目の前で見て顔の蒼くなった隊員が、動かなくなった分隊長を引きずって車内からの脱出に成功。数名の機動隊員が駆け寄り担架代わりの大盾に寝かせて分隊長を後送していく。その間も銃声は鳴り響いていた。状況がよくない方向に傾き始めた事を悟った森川は、次は自分たちの番であると予想し行動を起こし始める。

「ガス筒担当は催涙弾を装填して待機、顔か足を狙え。消火栓の準備はいいか?」

「はっ」

「まず閃光弾を投擲して催涙弾の集中投射、次は放水して足を止め分隊ごとに拳銃で一斉射撃。ある程度の接近が出来そうなら熊避けスプレーや消火器、手製武器等の噴霧で前進を阻害する。」

言うは易し。自分で指示を下しながら腹の底ではそう思ってた。当たり前だ。只でさえ逃げ出したいのを全員が我慢しているのに上手くいくのだろうか。

そんな中、銃対の隊員たちに早くも弾切れと言う事実が迫りつつあった。

「もう弾がないぞ」

「しぶといな、二千発近くは撃ち込んでるのに」

「伏せろ!」

ヤツが顔を突っ込んで来る。既に夥しい血を流しているのにパワーは全く減っていない。そのまま1人の隊員の腕に噛み付いた。一瞬で恐慌状態に陥いり半狂乱で抵抗するも放そうとしない。他の隊員たちが口の隙間に警防を突っ込み、拳銃をヤツの顔に押し付けて乱射し、鼻の穴に空の弾倉を突き刺して仲間を救おうとした。床にどっちの血か分からない物が溜まっていく。その抵抗に怯んだのか大きな唸り声を出して顔を車内から勢い良く引き抜いていった。しかし噛み付かれた腕は残念ながらその持ち主の体から離れてヤツの胃の中へと入って行ってしまう事となる。更にまた突っ込んで来た手が1人の隊員に襲い掛かった。咄嗟に装備していたサブマシンガンで防御するも力任せに叩きつけられた爪が突き刺さり、装備ごと引き裂かれて夥しい出血が起こる。蹲る隊員を尻目に悠々と抜け出ていく手にはストックをへし折られ機関部も破壊されたサブマシンガンがスリングと一緒に絡み付いていた。隊員たちはあれだけの弾丸を撃ち込んで尚も力任せに抵抗するヤツの生命力に今さらながら恐怖し、弾も殆ど尽きた事が相まって戦意を喪失。ここで不思議とヤツが離れていった。その隙を見逃さず森川が車内に飛び込んで全員に撤退を促す。

「下がれ!もう十分だ!これ以上の損害は許されん!」

「……了解」

乗り込んで来た機動隊員たちが負傷した彼らの搬出を開始。床は血と薬莢と空の弾倉で溢れかえっていた。去り際に外を見た隊員の話しだと、ヤツはバスと少し距離を開けて血まみれのまま引き千切った腕をがっついていたそうだ。何所となくだが、嬉しそうに見えたとも話している。


戦端が開かれてから約20分、第1次阻止線の連続した銃声が消えた事で第2・第3小隊の陣取っている第2次阻止線に緊張が走った。だが第1次阻止線崩壊の連絡はまだ入っていない。ハンターチームと狙撃班の銃声は散発的に聞こえているが、状況を察するにこちらの攻撃はあまり効いていないように思える。そこへ森川からの報告が飛び込んだ。

「こちら県機01、銃対は活動を停止、負傷者と共に全員を後送する」

「県機02了解、状況はどうか」

「目標は健在、火力の低下は痛いが少しでも食い止めてみせる、以上」

「………02了解、終わり」

この無線を聴いていた亀山たちが第2次阻止線で負傷者を受け入れるため役場のハイエースで出発。役場では診療所の太田医師が緊急処置だけは出来るよう準備を整えていた。だが手に負えないレベルの負傷だった場合は前原率いる刑事たちが覆面車に乗せて後送する手筈になっている。


「狙撃02、目標が活動を再開」

腕を食い終わったようだ。最初の突撃で若干移動したバスの隙間が大きい方へ歩いていく。車体に手をかけて大きく揺れ動かした。少しずつ隙間が広がり始め、向こう側に居る森川たちの全身に力が入る。弾を撃ち尽くした銃対は既に後退済みだ。ここには我々しか居ない。

「用意」

閃光弾を持つ2人の隊員がピンに指をかける。ガス筒担当の4人はバスの隙間に向けて照準を合わせた。ガシャガシャと揺れ動くバスが次第にこちらへ迫ってくる。そしてついにヤツが初めてこっち側に顔を出した。口から滴る唾液と血液、銃対の抵抗で負傷した箇所からも出血しているがお構いなしといった感じだ。

「焦るな、まだだ」

隙間に体を突っ込み始めた。上半身と太い前足がゆっくり出て来る。体の半分がこちらへ出切った所で攻撃を下命した。

「いいぞ!」

2つの閃光弾が投げつけられる。1個はうまく鼻先で炸裂して悲鳴を挙げさせたがもう1つは空中で破裂してしまった。間髪入れず催涙弾が顔や前足に着弾。口径も大きくそれだけでも強力な質量弾だがどれほどのダメージになるかは分からない。更に消火栓の放水が襲い掛かる。水圧はそこまででもないが人間相手なら十分なほどだ。体を大きく動かして嫌がっているのが分かる。

「続けろ、冷静になる隙を与えるな」

2回目の催涙弾一斉射だ。同時に拳銃を握り締めた1個分隊が並ぶ。ガスと放水でのた打ち回るヤツに狙いを定めた。

「撃て!」

連続した銃声が響く。弾が切れたら次の分隊が入れ替わることで射撃を繰り返した。その中で消火栓の水源に居た隊員が森川に駆け寄って来て耳打ちをする。

「中隊長、そろそろ水が」

放水が長続きしないとなると残った攻撃を実行するには今がチャンスだ。

「消火器とスプレーを撒け、今しかない。」

ガス筒を後退させて消火器と熊避けスプレーを持った隊員が進出。射撃も一旦中止させた。消化剤を顔に向けて噴射し、タンクか空になった所で今度はスプレーを噴き付けた。明らかに声色が変わりダメージになっているのが分かる。空になった消火器を投げ付ける等して押し戻そうとしたが、ここでついに水が切れた。

「後退!距離を取れ!」

消火栓・消火器・スプレーを捨ててヤツとの距離を開ける。弱り始めているのはなんとなく分かるが決定的なダメージを与えるにはほど遠い。つっかえていた体を更に押し込んでとうとうこちらに抜け出した。相当量の弾丸を全身に浴び、顔に水やらガスやら消化剤を食らった割には元気そうに見える。

「少量のガソリンを撒け、これ以上は進ませないぞ」

民家との距離に注意しながら地面にガソリンを垂らそうとする。しかしヤツの方が早かった。黒くて巨大な塊が突撃して来る。

「ダメだ逃げろ!横道や民家を盾にする!ヤツが入って来れない空間を利用しつつ第2次阻止線へ移動だ!」

正しく蜘蛛の子を散らす逃げ方を選択。一斉に逃げ出す機動隊員にヤツは思わず目移りして行動が遅れた。その中から一番近いと臭いで感じた方向を向き、民家の隙間に入ろうとしていた1人の隊員に狙いを定める。一気に走り出して襲い掛かるが、その勢いのまま押し飛ばしてしまった。自分が入れない空間の奥まで吹っ飛んでいく。鋭い爪に引き裂かれて背中の肉を抉られた隊員は、激痛に悶えながらも他の隊員に両腕を担がれて難を逃れた。

「狙撃02、目標は第1次阻止線を突破、県機01は民家や横道を利用して遁走、これより監視任務に移行する」

彼らも既に弾を撃ち尽くしていた。しかし今居るこの屋根から降りれば食われかねない。既に太陽は昇り切って温かい日差しが包み込んでいた。いい天気である。その青空が2人を少しだけ癒した。

「……ここまでか」

「40分は稼いだ。十分さ。」

その後、無事に合流を果たせた隊員たち数名が民家の間から拳銃やガス筒で攻撃する時間稼ぎを始めた。すぐに弾切れを起こしたがヤツの体力を更に削ぐ事には成功。そして森川以下数名も民家の間をくぐり抜けて高台に逃げ出していた。散発的に響く銃声が聞こえる中、1本道でウロウロするヤツがよく見える場所に陣取る。

「県機01から第2次阻止線、有志で攻撃を続行する者が居るが部隊としての活動は停止、これより人員を集めつつそちらへ移動する」

「了解、何とかして見せる」

「それとこっちでやった攻撃手段を伝える。同じ流れにはならないだろうが参考にしてくれ。」

放水・ガス筒・消火器等での連続した足止めによって得られた効果を事細かに教えた。しかし残り1時間ばかりで陸自が到着する予定である。どっちにしろ第2次阻止線への到達は免れないだろうが、そこを抜かれるともう後が無いのも事実だ。まだ時間稼ぎが必要だが実行に移せる選択肢は少ない。

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