第156話:京、炎上
砲声と炎が京を呑み込み、都は阿鼻叫喚の渦へ沈みます。
混乱のさなか、新八は本陣を守りつつ戦況を読み、仲間たちはそれぞれの持ち場で刃を振るいます。
勝敗を決める一手はどこに。
京の空が、赤黒く染まっていた。
アームストロング砲の砲撃によって発生した火災は、折からの風に煽られ、瞬く間に市街地へと広がっていった。
悲鳴と怒号、そして爆発音が交錯する地獄絵図。
だが、その混沌の中心で、俺たち新選組は、鬼神の如く戦い続けていた。
「総司、右!」
「任せて、琴ちゃん!」
戦場を舞うように駆ける二つの影。
沖田総司と中沢琴だ。
沖田の愛刀・加州清光が、目にも止まらぬ速さで突き出され、敵兵の肩を貫く。
その隙を突いて側面から切り込んできた別の敵を、中沢琴の薙刀が鮮やかに薙ぎ払う。
阿吽の呼吸。
互いの背中を預け合い、死角を消し合うその動きは、もはや芸術の域に達していた。
「へへっ、琴ちゃんの薙刀、相変わらず冴えてるね!」
「総司こそ、無茶しすぎ! もっと周りを見て!」
軽口を叩き合いながらも、二人の瞳は鋭く敵を捉え続けている。
彼らの周囲には、薩長兵の死体の山が築かれていく。
その圧倒的な強さは、敵に恐怖を植え付けるのに十分だった。
「ば、化け物だ……!」
「こいつら、人間じゃねえ!」
恐れをなして後退りする敵兵たち。
だが、逃げ場はない。
「逃がすかよ!」
原田左之助が、長槍を風車のように回転させながら突っ込んでくる。
「俺の槍の間合いに入ったら、もうおしまいだぜ!」
豪快な一撃が、敵の隊列を粉砕する。
その横で、斎藤一が静かに、しかし確実に敵を仕留めていく。
「……無駄な動きが多い」
冷徹な一言と共に、敵の喉元を正確に貫く。
彼の剣には、一切の迷いも慈悲もない。ただ任務を遂行するマシーンのように、淡々と敵を排除していく。
俺は、本陣にて家茂公の護衛にあたっていた。
だが、ただ守っているだけではない。
俺の頭の中には、京の地図と、リアルタイムで変化する戦況が立体的に描かれていた。
山崎烝ら監察方からもたらされる情報を統合し、敵の動きを予測する。
「上様、敵の右翼が手薄になっています。会津藩の予備兵力をあちらへ!」
「うむ、わかった。……永倉、そなたの目は千里眼か?」
家茂公が感嘆の声を漏らす。
「いえ、ただの経験則です。……それに、彼らの戦術は教科書通りすぎます」
俺は苦笑した。
薩長軍の指揮官たちは、西洋の兵法書を学んだエリートたちだ。だが、それ故に動きが予測しやすい。
特に、この複雑に入り組んだ京の市街戦において、教科書通りの陣形など役に立たない。
俺は、現代知識である「ゲリラ戦術」や「市街戦の防衛理論」を応用し、的確な指示を飛ばし続けた。
バリケードの配置、狙撃ポイントの選定、そして退路の確保。
それらが功を奏し、数で勝る薩長軍は、思うように進軍できずにいた。
「くそっ、なぜ進めん! 幕府軍ごときに!」
前線で指揮を執る大久保利通の苛立ちが、伝令を通じて聞こえてくるようだった。
戦線は膠着状態に陥っていた。
だが、この均衡がいつまで続くかはわからない。
火の手は広がり続け、市民の避難も遅れている。
一刻も早く、この戦いを終わらせなければならない。
◇
その頃、混乱に乗じて暗躍する影があった。
伊藤博文だ。
彼は町人に変装し、路地裏を縫うように移動していた。
目的は、幕府軍の本陣、すなわち家茂公の居場所を特定し、暗殺部隊を誘導すること。
「……見つけたぞ。あそこか」
伊藤は、古びた寺の門前に、厳重な警備が敷かれているのを確認した。
ニヤリと笑い、懐から信号弾を取り出そうとしたその時。
「おっと、そこまでだ」
背後から、冷ややかな声がかけられた。
伊藤が弾かれたように振り返ると、そこには黒装束の男が立っていた。
山崎烝だ。
「……貴様、何者だ」
「ただの薬売りさ。……もっとも、お前さんに売る薬はねえがな」
山崎は、手にした仕込み杖を構える。
「チッ、嗅ぎつけられたか!」
伊藤は短銃を抜き、発砲する。
だが、山崎はひらりと身をかわし、一瞬で距離を詰めた。
「遅い!」
仕込み杖が閃き、伊藤の手から銃を弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
伊藤は手首を押さえてうずくまる。
「お前さんの動きは、全部お見通しなんだよ。……大人しく縛についてもらおうか」
山崎の鋭い眼光に、伊藤は唇を噛み締めた。
情報戦においても、我々新選組が一枚上手だったのだ。
◇
再び、本陣。
俺は、家茂公と共に、燃え上がる京の街を見つめていた。
「……美しい京が、これほどまでに」
家茂公の声が震えている。
「申し訳ございません。私の力が及ばず……」
「いや、謝る必要はない。これは、私が招いたことでもある。……だが、永倉。私は諦めないぞ」
家茂公は、力強い瞳で俺を見た。
「この火を消し、再び平和な世を作る。それが、将軍としての私の責務だ」
「はい。……そのために、俺たちも命を賭します」
その時、伝令が駆け込んできた。
「報告! 敵の増援部隊が、南側から接近中! その数、およそ二千!」
「なんだと!?」
俺は地図に目を落とす。
南側は手薄だ。そこを突破されれば、本陣は孤立する。
「……やるしかねえな」
俺は刀を手に取った。
「上様、俺が出ます。原田と合流して、敵を食い止めます」
「危険だ、永倉!」
「大丈夫です。……俺には、まだやり残したことがありますからね」
俺はニカっと笑って見せた。
家茂公は、しばらく俺を見つめていたが、やがて深く頷いた。
「頼む。……必ず、生きて戻れ」
「御意!」
俺は本陣を飛び出し、戦場へと走った。
熱風が頬を叩く。
煙の臭いが鼻をつく。
だが、不思議と恐怖はなかった。
仲間がいる。
守るべき主君がいる。
そして、変えるべき未来がある。
それだけで、俺はどこまでも強くなれる気がした。
「左之助ぇぇっ! 待たせたな!」
前線に到着した俺は、大声で叫んだ。
敵兵に囲まれ、奮戦していた原田左之助が、俺の声に反応して振り返る。
「おう、新八! 遅えぞ!」
「悪い悪い、ちょっと野暮用でな!」
俺は敵の只中に飛び込み、左之助と背中合わせに立った。
「さあ、ここからが本番だ。……新選組の底力、見せてやろうぜ!」
「おうよ! 死ぬ気でかかってこい、薩長!」
俺と左之助の連携攻撃が始まった。
彼の槍が敵を薙ぎ払い、その隙に俺が踏み込んで斬る。
俺が敵の注意を引きつけ、その背後から彼が突く。
長年、共に修羅場をくぐり抜けてきた絆が、言葉不要のコンビネーションを生み出す。
敵兵が次々と倒れていく。
俺たちの周囲だけ、時間が止まったかのように、死の静寂が広がっていく。
だが、敵の波は途切れない。
斬っても斬っても、次から次へと湧いてくる。
疲労が蓄積し、腕が重くなる。
それでも、俺たちは止まらなかった。
止まるわけにはいかなかった。
京の炎は、夜空を焦がし続けている。
その赤い光の中で、俺たちの戦いは、まだ終わりの見えない泥沼へと突き進んでいた。
そして、その混乱の最中、歴史を決定的に変える悲劇が、静かに、しかし確実に近づいていたことを、俺はまだ知らなかった。
炎上する京で、新選組は死力を尽くし、総司と琴の連携も冴え渡りました。
さらに山崎が暗躍を断ち、本陣は守られます。
しかし増援が迫り、新八は自ら最前線へ出る決意を固めます。




