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第149話:京の凶刃

将軍・徳川家茂の行列が京を進む中、新選組は厳重な警備を敷いていました。

しかし、突如として刺客たちが襲いかかります。

 二条城から江戸へ向かう将軍・徳川家茂の行列は、京の目抜き通りを厳かに進んでいた。

 先頭を行くのは、威儀を正した旗本たち。それに続き、家茂の乗る豪奢な駕籠。その周囲を、我々新選組が鉄壁の陣形で固めている。

 空は朝から不気味なほどに晴れ渡り、じりじりと照りつける太陽が、アスファルトならぬ白砂の道を灼熱に変えていた。

 額を伝う汗を拭うこともせず、俺は駕籠のすぐ脇で、周囲に鋭い視線を走らせていた。

 沿道には、将軍を一目見ようと多くの町人が集まっている。だが、その喧騒の中に、異質な殺気が混じっているのを肌で感じていた。


「新八……」

 隣を歩く土方歳三が、唇を動かさずに囁いた。

「ああ、分かってます」

 俺も短く応じる。

 土方の目は、群衆の中に潜む不審な動きを逃さず捉えていた。その手は、いつでも刀を抜けるよう、柄に添えられている。

 行列が、道幅の狭くなる辻に差し掛かった時だった。


 ヒュッ――!


 風を切る音がしたかと思うと、先頭の旗本が悲鳴も上げずに崩れ落ちた。

 その喉元には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。

「敵襲ッ!」

 土方の叫びと同時に、沿道の家屋の屋根や路地裏から、覆面をした男たちが一斉に躍り出てきた。その数、三十、いや五十か。

「上様をお守りしろ! 円陣を組め!」

 近藤局長の怒号が響き渡る。

 新選組隊士たちは、瞬時に家茂の駕籠を取り囲み、抜刀した。

「徳川の世もこれまでよ! 天誅!」

 刺客の一人が叫びながら、駕籠に向かって突進してくる。

 俺は愛刀・播州住手柄山氏繁を一閃させた。

 男の胴が薙ぎ払われ、鮮血が舞う。

「雑魚が! 将軍の御前に近づけると思うな!」

 血振るいもそこそこに、次々と襲い来る敵を斬り伏せる。

 だが、敵の勢いは止まらない。彼らは死を恐れぬ特攻のような気迫で、我々の防衛線を食い破ろうとしてくる。


「総司! 右だ!」

 視界の端で、沖田総司が神速の突きを放った。

 三段突き。

 目にも止まらぬ速さで繰り出された刃は、三人の敵の急所を正確に貫いていた。

「おっと、危ないですねぇ」

 沖田は涼しい顔で敵を躱すが、その背後から別の刺客が忍び寄る。

「させない!」

 凛とした声と共に、薙刀が閃いた。

 中沢琴だ。

 彼女の振るう薙刀は、正確無比に敵の太刀筋を弾き、その遠心力を利用して首を刈り取った。

「琴ちゃん、下がって!」

 沖田が叫ぶ。

「嫌! 総司こそ無理しないで!」

 琴は一歩も引かず、沖田の背中を守るように仁王立ちになる。

 互いを庇い合い、背中合わせで戦う二人の姿。それは、血なまぐさい戦場に咲いた、美しくも儚い徒花のようだった。

 二人の呼吸は完璧に合っている。沖田が攻めれば琴が守り、琴が隙を作れば沖田が刺す。その連携は、長年連れ添った夫婦のように自然で、そして恐ろしいほどに強かった。


「おらおらぁ! 死にたい奴からかかってきやがれ!」

 原田左之助の槍が唸りを上げる。

 その長大なリーチを活かし、彼は複数の敵を一度に薙ぎ払っていた。

「左之さん、大味すぎますって!」

 藤堂平助が軽口を叩きながら、小柄な体躯を活かして敵の懐に飛び込む。

 さきがけ先生の異名を持つ彼は、戦場を駆け回るように敵を翻弄し、次々と斬り伏せていく。

「うるせえ! 勝てばいいんだよ、勝てば!」

 原田と藤堂のコンビネーションもまた、絶妙だった。剛と柔。二つの異なる力が、敵を粉砕していく。


 だが、敵の数は減るどころか、増えているようにさえ見えた。

 これは、単なる暗殺ではない。組織的な襲撃だ。

「源さん! 隊列を崩すな! 絶対に上様の駕籠から離れるな!」

 俺は叫びながら、井上源三郎に指示を飛ばす。

「承知! おい、お前ら! 背中を見せるな! 新選組の意地を見せろ!」

 井上源三郎は、その温厚な人柄とは裏腹に、戦場では冷静沈着な指揮官だった。彼の叱咤激励が、動揺しかけた若手隊士たちを奮い立たせる。


 その時、一際大きな殺気を感じた。

 屋根の上から、数人の男たちが火縄銃を構えているのが見えた。

 狙いは、家茂の駕籠だ。

「しまっ……!」

 咄嗟に駕籠の前へと体を投げ出した。

 轟音。

 そして、左肩に焼けるような痛みが走った。

「ぐっ……!」

 衝撃で膝をつきそうになるが、歯を食いしばって耐える。

 ここで倒れるわけにはいかない。

「新八!」

 原田が駆け寄ってくる。

「構うな! 上様を……上様をお守りしろ!」

 俺は血の滲む肩を押さえながら、再び刀を構えた。

 銃弾は、肩を掠めただけだ。まだ戦える。


 その時、遠くから蹄の音が聞こえてきた。

 それは次第に大きくなり、地響きとなって戦場に近づいてくる。

「会津中将、松平容保! 助太刀致す!」

 凛とした声と共に、騎馬武者の一団が敵の側面を突いた。

 松平容保だ。

 病弱と言われる彼だが、今のその姿は、まさに武門の棟梁たる威厳に満ちていた。

「会津が来たぞ! 押し返せ!」

 近藤の声が弾む。

 会津藩兵の介入により、戦況は一気に逆転した。

 側面を突かれた刺客たちは浮足立ち、統制を失っていく。

「逃がすな! 一人残らず斬り捨てろ!」

 土方の冷徹な号令が飛ぶ。

 新選組と会津藩兵による、容赦のない掃討戦が始まった。


 俺は、駕籠の中の家茂に声を掛けた。

「上様、ご無事ですか!」

「……永倉、そち、怪我を」

 駕籠の簾が少しだけ上がり、家茂の蒼白な顔が覗いた。

「かすり傷です。ご安心ください」

 私は強がって見せたが、実際には出血がひどく、視界が少し霞んでいた。

「無理をするな。……すまない、私のために」

「勿体なきお言葉。……さあ、参りましょう。敵は崩れました」


 戦闘は、一刻(約二時間)ほどで終息した。

 路上には数十の死体が転がり、血の匂いが充満している。

 生き残った刺客の数名を捕縛したが、彼らは皆、自害するか、あるいは何も語ろうとしなかった。

 だが、その懐から出てきた書状や装備品から、彼らが単なる浪人集団ではなく、どこかの藩の支援を受けた組織的な部隊であることは明白だった。


「……薩摩か、長州か」

 土方が、死体の一つを足先で転がしながら呟いた。

「あるいは、その両方か」

 俺は肩の傷を布で縛りながら答えた。

 痛みが、思考を鋭敏にさせる。

 この襲撃は、始まりに過ぎない。

 彼らは本気だ。なりふり構わず、幕府を、将軍を潰しに来ている。


「永倉さん、大丈夫ですか?」

 沖田が心配そうに覗き込んでくる。その隣には、返り血を浴びた琴が立っていた。

「ああ。お前たちこそ、無事か」

「ええ、なんとか。琴ちゃんが守ってくれましたから」

 沖田が琴を見て微笑むと、琴は顔を赤らめてそっぽを向いた。

「べ、別に。総司が危なっかしいからよ」

 その様子を見て、少しだけ救われた気分になった。

 彼らには、生きていてほしい。幸せになってほしい。

 そのために、俺はこの命を賭して戦っているのだ。


「永倉」

 松平容保が馬を降り、歩み寄ってきた。

「申し訳ない。会津の到着が遅れたばかりに、手傷を負わせてしまった」

「いえ、容保公の援軍がなければ、危ないところでした。感謝いたします」

 俺が頭を下げると、容保は沈痛な面持ちで首を振った。

「京の治安を預かる身として、このような狼藉を許すとは……。面目次第もない」

 容保の真面目さは、時に痛々しいほどだ。彼もまた、時代の激流に翻弄される一人なのだ。


 家茂の行列は、厳重な警護の下、再び動き出した。

 だが、その空気は先ほどまでとは一変していた。

 誰もが、見えざる敵の存在を肌で感じ、緊張の糸を張り詰めていた。

 俺は駕籠の脇を歩きながら、空を見上げた。

 太陽は高く昇り、じりじりと地上を焼き尽くそうとしている。

 この暑さは、まだしばらく続きそうだ。

 そして、我々の戦いもまた、これからが正念場となるだろう。


 嵐は、まだ去っていない。

 むしろ、これからが本番なのだ。

 俺は愛刀の柄を強く握りしめ、前を見据えた。

 どんな敵が現れようとも、この人を、この国を守り抜く。

 その決意を新たにし、俺は一歩一歩、血塗られた道を踏みしめていった。


新選組の奮闘と、沖田・琴の連携が光る激しい戦闘でした。

負傷しながらも家茂を守り抜こうとする新八。

会津藩の援軍により、危機を脱しました。

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