実験
誰か自律神経を整える方法を教えてください。
気圧でめっちゃ体がしんどい……
俺は面白そうにしている灰沢さんに対し「カッ」と悪態をつきながら立ち上がる。
「まぁいろいろ、考えすぎだとは思っていたけどビンゴだったわけだ」
正直に言えば俺の中で彼が内通者である可能性は八割、と言ったとこだった。
けれども今こうやって目の前に立っているこの人を見れば正解だったということだが、憤りは不思議と出なかった。
無意識のうちに心のどこかでこの人が信用できないということをわかっていたのであろう。
「一つ、俺にご教授願えないかい? 一応努力して信用できる人間と演じていたつもりなんだけどな」
「最初からだよ。俺がゼロと会って一姫さんと花奏がやり合った日。よくよく考えれば初動があまりにも早すぎた」
あの日、俺は自分のルーティンに沿って空き地にいた。
そんな場所にピンポイントでゼロが落ちてきて、ましてや俺が当たらず怪我もしない場所に落ちるなぞそうそうあり得るはずもない。
加えて花奏は俺がゼロを確認する数分もしない間に俺の背後に回っていた。
あらかじめ誰かに指定されていたか、協力者がいたのは明白だ。そしてその協力者も戦麗華ということで確定。
そして俺が稼いだ数分の間に一姫さんが来たのもよくよく考えればおかしい話だ。
事件というのは管理局から見れば基本後手に回ってしまうのが自然な流れだ。だというのにこちらも対処があまりにも早すぎた。
「この時点で共通の人間がいることがわかる」
「なるほどなるほど。早い分にはいいと思ったんだが……これは反省すべきだな」
「わざとらしいですよ、灰沢さん。まぁ次に花奏がこの敷地内の湖に来たのも違和感の一つだった」
「彼女が自前の実力で敷地内にバカンスに来たとは?」
「ないな。あんだけ余裕を持って手を出すことがなかったわけだし、だったらまだ後ろに誰かいると考えた方が自然だ。この時点で偉い人間が関わっていることを示唆できる」
できれば正解してほしくはなかったが、想定の範囲内であったことだ。
「そして俺たちの関わる事件には必ず貴方が同伴していた。これが一番だ」
「そこは現場主義なだけと捉えるのが普通じゃないかい?」
「だとしてもおかしいさ。だって……灰沢さんの情報は「早すぎた」んだから」
八咫鐘の事件にしてもなんにでもだが、情報が回ってくるのが早いのはいいことだがその情報の出回りが早すぎると俺みたいな人間は違和感を抱く。
シードラゴンズ戦でのエグゼとのやりとりはごく自然だったが、アレも演技だった。
そしてエグゼと意思疎通ができるということは、灰沢さんも適応者だ。俺たちの普段の会話もその実、しっかりと盗み聞きされていたわけだ。
ここまで話すと灰沢さんは「お見事」と拍手をする。
馬鹿にしているわけではなく、本当に感嘆を込めての拍手だった。
「ご明察の通りだ。でもシードラゴンズの時は焦ったよ。これは本当。都宮くんが仮死状態になったのは心底焦ってAEDを取りにいったよ。ただ蘇生は成功してたから安堵したけどね。その後はエグゼに合図を送ってシードラゴンズを回収、戦麗華の存在を認知させたわけだ」
「他にもイレギュラーは、あるんじゃないか?」
「ある意味ではイレギュラーだが予定調和でもあるよ。ここまでの『実験』は想定以上の物を見せている」
「……実験?」
『……なるほど、なんとなく想像がついた』
「ゼロ?」
ここで食いついたのは意外にもゼロだった。どういうことかと考える間に灰沢さんは口を開いた。
「本当に最初の最初、君のところにゼロが送り込まれた。これはね……君を主軸とした実験だったんだ」
『剣と我の出会いは最初から仕組まれていた、というわけだ』
「……いやだとしてもなんで俺!? 本当に一般人だぞ!?」
特別な訓練なんて受けたことないし、なんなら反抗期真っ只中のクソガキだ。
「なんの特別性もない一般人だからこそ、だ。ただ紅くんから君の話を少しだけ聞いててね、それで彼女のやる気を出すためにも白羽の矢を立てたわけだ」
「……ますますわからんぞ。俺が花奏の幼なじみだからといってエヴォルダーとの合体が出来る保証ないじゃねえか」
「そうさ。だから君に合わせたエヴォルダーを……ゼロを『創った』のさ」
……え?
「確かにエヴォルダーはブラックボックスが多い存在だ。だが作れるくらいには技術は進歩した。そして君のことを調べ、波長が合うように調整されたのがゼロだ。いわばエグゼやシンザンくん、黒鉄くんは天然物。ゼロは現代技術による人造エヴォルダーということさ」
楽しそうに話す灰沢さんであったが、俺は未だに理解が追いつかず茫然とする。
『すまん、剣……我のせいでお前を巻き込んだ。そういうことだ』
ゼロの声は、悲しそうだった。




