97:勇者様の悩み事
心身を癒すに十分すぎるほどヴァンガル家でお世話になり、いよいよ王都に帰る日がやってきた。バルドスさんの命でダリルさんが送ってくれることとなり、早朝から魔導車へ荷物の積み込みを始めている。
「昨晩、村に調査へ向かわせた兵から一報が届いてね。当事者である君たちにも知らせておこうと思ってな。……オルディス師とアリア様のお姿がみえないが、おふたりはどちらに?」
「師匠とアリアさんは、少し席を外しています。じきに戻られるかと……」
「あとで俺から伝えておきます。先に聞かせてもらっていいですか?」
気を利かせてくれたバルドスさんが、俺たちが気がかりだろうとベリラズ村のその後を教えてくれた。
わざわざ全員が揃ってから話を聞く必要はない。同席していないふたりにはあとで伝えればいいと思い、先に話を聞く。
予想した通りではあったが、案の定村はもぬけの殻。兵は手分けをして、全ての家屋をしらみつぶしに調べたらしいが、無人の廃村と化していたそうだ。
引き続き、消えた村人の動向と晶窟の調査を並行して進めていくようだが、あまり期待はできないだろうとバルドスさんから告げられた。
「お待たせ~。なになに? なんの話をしてたのかなー?」
バルドスさんの報告を受け取った直後、機を計ったかのようにアリアとオル爺が戻ってきた。
バルドスさんに二度手間をさせては申し訳ないと、アッシュが代わって報告の報告をする。
アリアにとっては寝てる間の出来事なので、興味は浅い様子。オル爺にとっては死を覚悟した大立ち回りだっただけに、深く耳を傾けていた。
「アリア、ちょっといいか? ……例の件、ちゃんとオル爺に話せたのか?」
「……うん。キリ君から勇気をもらったからね。ばっちり話せたかな」
こそっとアリアに耳打ちをし、周りに聞こえない場所まで距離を離して話をする。
夜中にアリアが俺を呼び出し、告げた内容。自分は勇者じゃなくなったという、衝撃発言についてである。
「オル爺はなんて? 怒鳴られたりした……か?」
「ううん、大丈夫。驚きはしていたけれど、怒られなかった。あたしも殴られる覚悟はしていたんだけどね」
怒らなかったのか、あのオル爺が。
昨夜アリアは、オル爺の怒りを恐れ俺に相談をしてきた。俺としては覚悟の上で話すしかないと諭したのだが、オル爺の反応を聞いて拍子抜けである。
あの夜、アリアと交わした会話を振り返る。
神妙な顔つきで語った、あの言葉の続きを――
「――勇者じゃなくなった……? それ、どういう意味だよ?」
「うん、あのね……。聖剣がね、あたしの呼びかけに応えてくれない……かな」
そう言うとアリアは空に手を掲げ、己を主と定める剣の名を呼んだ。
しかし彼女の呼びかけは夜の闇に吸い込まれ、虚しく響くだけ。掲げられた彼女の右手には、虚空が握られていた。
「……あたしが目を覚ましてから、皆に隠れて何度も呼びかけてるんだ。でも、一向に戻ってきてくれないの」
「ゼインに奪われて、そのまま行方知れずってことか?」
アリアはこくりと頷き、俺の質問に肯定を示した。
聖剣を失ったから、いや奪われたからこそ、アリアは自分に勇者としての資格がなくなったのではと感じている。いくら呼べども聖剣が応えないからこそ、思い悩んでいたのだろう。
奪われた聖剣がアリアの呼びかけに応えない理由として、考えた限りふた通りある。
・単純に聖剣が、アリアを勇者に相応しくないと見放した。
・聖剣は今現在、アリアの呼びかけに応えられない状況下にある。
どちらにせよ、一大事である。
前者であれば、アリアの懸念した通りになってしまう。かといって後者の状況も、アリアは聖剣に見放されていなかったなどと楽観視している場合ではない。
「……この話、オル爺にはしたのか?」
「ううん、まだかな。師匠なら絶対に烈火の如く怒りだすと思うから、話すのが恐いの。かといってほかに相談できそうな人はいなくって……。だからまだ、キリ君にしか話してないよ」
頼ってくれたのは嬉しいが、よりにもよって俺を選んでしまったか。
知己の間柄から頼りやすかったのかもしれないけど、話は聞いてやれても満足がいく返事をしてやれそうにない。
「ならオル爺に話せ。今すぐにとは言わない、決心がついてからでいい。……頼れるお前の師匠だろ?」
相談されておいてなんだが、俺には荷が重い。まして勇者関連ともなれば、どのみちはオル爺に相談すべき案件である。
丸投げするつもりではないが、頑張れと励ますしかできそうにないからな。
「やっぱりそう、だよね。師匠に話すしかない、よね……」
眉尻を下げ、どんよりと雲のかかった表情をするアリア。この世の終わりみたいな顔をしてやがる。
聖剣は国宝にも値する代物だ。金には換えられない大切な貴重品を、失くしましたの言葉だけで済まされないのは火を見るより明らか。
事情を汲んではくれるだろうが、管理責任を問われるのは避けられない。事態の重要性を理解しているからこそ、尻込みしてしまうのも頷ける。
「……あのね、キリ君が相手だから話すんだけどね。あたしの心境、心の内を……聞いてもらえるかな?」
「うん? いいぞ、言ってみな」
「ありがとね。……不謹慎かもしれないけど、心のどこかで安堵している自分がいるの。聖剣がなくなって、あたしは勇者の責務から解放されたんじゃないかって。実を言うとね、ずっと重荷だったんだ。子供の頃は、あんなにも勇者に憧れていたはずなのにね……」
在りし日に思いを馳せ、アリアは目を細くする。一瞬だけ口元が綻んだ。勇者ごっこに興じていたあの頃を、しんみりと思い返したのだろう。
「勇者なんて実際は、全然華々しくもかっこよくもなかった。命じられるがままあちこち旅をさせられて、恐い魔物や大勢の悪い人たちと戦わされて……。物事が上手くいったときはいいの。あたしが脅威を退ければ、拍手喝采で歓声が鳴り止まなかったんだよ。けれどね、駆けつけたときには集落は壊滅していた……なんてことも珍しくなかったかな」
憧れていた夢と、現実との違い。いざ本当に勇者となって実感させられた、綺麗事だけが全てじゃない世界。
無垢な子供が憧れた勇者像はそこになく、表面的な華やかさに踊らされていたのだと知ってしまった。
子供ではなくなったからこそわからされた、英雄譚に登場する勇者との差異。理想と現実の齟齬に、随分と心を痛めてきたようだ。
「それであたしが失敗をするとね、「勇者なんだから」とか、「勇者のくせに」ってよく罵倒されるの。普通の人にとって、勇者はなんでも完璧にこなせて当たり前なんだよね。……世間のその認識が、あたしにはすごく辛かったかな」
俺の知らぬところで、アリアは何度も歯がゆい思いをしてきたのだろう。理不尽な悔しさに、涙を飲んできたに違いない。
アリアは常に明るく振舞っていたが、心の奥では小さからぬ闇を抱えていたんだな。
そりゃ勇者ともなれば、普通の人と比べ立場や持つべき心構えは違ってくる。必然的に遥か高み、雲の上の水準を求められてしまう。
でも勇者だろうが聖女だろうが、ましてや一国を治める王様であろうと根っこは同じ人間だ。
必ずしも完璧無欠の超人とは限らず、聖人君子ばかりではない。弱い部分や悪い部分だって持ち合わせている。
けれどなかなかどうして、そういった理屈は軽視されているのが実情。直に接する機会すら、普通はないのだから仕方がないのだろうが……。
「あたしだって、頑張っていたんだよ? 皆のために、精一杯やってたんだよ? なのにどうして、あたしは辛い思いをしなきゃいけないのかな……」
胸の内を吐き出し終えたのか、隣に腰かけるアリア。前屈みになり、俺の顔を覗き込みながら尋ねた。
「ごめんね、愚痴っぽくなっちゃって。こんなあたしを、キリ君はどう思うかな? ……勇者に相応しくないって、思う?」
「……アリアは俺に、お前は勇者に相応しくないって言われたいのか? それとも、そんなことはないよって、月並みな答えが欲しいのか?」
勇者像に理想を求めてしまうのは俺も同じだ。
アリアの活躍を聞くたび、寂しくはあったけれど心から誇らしかった。楽しく勇者業を営んでいるのだろうと、勝手に思い込んでいた。
だからまさか本人が、こんなにも悩んでいたとは考えもしなかったな……。
「相応しいか相応しくないかを決めるのは、俺じゃなくてアリア自身だろ? 周囲の声は関係ない。聖剣が勇者として選んだのは、間違いなくお前なんだ。……辛い出来事が積み重なって、不安になったんだろうけどさ。自信を持てよ」
ちょっとばかし説教臭くなったか。そもそも悩み相談は基本的に俺の柄じゃないんだ。
それでも受けたからには、真摯に応えなければならない。だから俺なりに、俺の言葉で伝えたつもりである。
「散々言っておいてなんだが、俺はアリアこそ勇者に相応しいって思ってる。本心からな。シュリだって、お前に感謝しているんだぞ? 勇者様に助けてもらったんだ、ってさ」
あとアッシュも、過去にアリアに魔物から助けてもらった経緯があったんだっけな。だからこそ、勇者に憧れて今のあいつが存在しているわけだ。
身近にふたりも、勇者によって救われた人がいる。彼らは間違いなく、心からアリアに感謝をしている。その事実こそが、アリアの求める答えなのではないだろうか。
「……そっか、そうだよね。ありがとね、キリ君。おかげで、つっかえていた棘が取れた気がするかな。師匠には、折を見てちゃんと話してみるね」
「どういたしまして。まぁ、そのなんだ。愚痴ならいつでも聞いてやるから、あまり溜め込むなよな」
「うん、ありがとね。ふぁ~あ……。話し疲れたからか、眠くなってきちゃったかな。体も冷えてきたし、部屋に戻ろっか」
アリアの提案に従い、屋敷に戻ってそれぞれの部屋に帰った。すぐにベットに飛び込み、毛布に包まって冷えた体を温める。
目は冴えてしまっており、眠くなるまで天井を見つめ続ける。いつしか目蓋は重くなり、眠りについていた。
あの日にの夜、本人は最初はオル爺に話すのが恐いと零していた。けれど王都に帰る前にちゃんと、勇気を出して話せたみたいだ。
オル爺はアリアの師匠であり、元勇者。俺なんかよりは間違いなく力になれる。少しは俺も、肩の荷が下りた気がするよ。
「王都に戻り次第、お城に出向かなきゃいけないんだよね。聖剣の件を抜きにしたって、何ヶ月も音信不通にしてたんだよ? はぁ、気が重いなぁー……」
どんよりと表情を曇らすアリア。
顔を合わせづらい気持ちはよくわかる。だが俺にはどうにも出来ない問題なので、励ましてやるしかない。
「ずっと黙っておくわけにはいかないんだから、素直に諦めろ。オル爺は一緒に行ってくれないのか?」
「王様にお話しするときには、師匠が付き添ってくれるって。でも、大事な話だから自分の口で話しなさいって。……ねぇ、キリ君。王様にはなんて説明すればいいと思う? 聖剣を失くしましたなんて、どう考えても穏便には済まないよね?」
「そりゃやっぱり、ありのままを話すしかないだろ。あと失くしたじゃなく、奪われたって言えよ」
聖剣を恐らくゼインによって奪われ、現状も失ったまま。
聖剣がどこに持ち去られたのか、どういう状況下にあるのか。なぜ、所有者である勇者の呼びかけに応えないのか。
少なくともゼインと争ったあの晶窟内には、それらしき剣は見当たらなかったと記憶している。
聖剣の所在を知るはずである肝心のゼインは、オル爺によって断頭されてしまった。死体は崩落で土砂に埋もれ、手がかりはなし。
結果、聖剣の行方は闇の中……。
ならばもう、個人の力だけでは探しようがない。大きな力を頼り、沢山の人の助けを借りて探し出すしかないのだ。碌に手がかりがないとなれば、人海戦術こそが頼みの綱である。
勇者探しの次は聖剣探しかと、グスクス司教も王様も揃って頭を悩ませるだろうな。
「だよねー。師匠にも相談して、なんなら話す文章を考えてもらおっかな? あたしが自分で考えるより、きっといい知恵を授けてくれると思うんだ!」
「頼るのはいいけど、頼りすぎたら今度こそ雷が落ちるぞ」
聞く耳を持っているか怪しいが、一応忠告はしておく。
可愛い愛弟子といえど、さすがのオル爺もそこまで過保護にはしてくれないだろう。自分で考えろと、怒鳴られるオチがすでに見えている。
「あぁ!? シュリちゃんがひとりで、重そうな荷物を運んでるかな!? あたし、ちょっと手伝ってくるね!」
「あ、おい!? ったく……」
現実逃避とばかりに、目に付いた先に飛びついて行ってしまった。相変わらずそういったところは変わっていないな。
まあ、少しは元気が出たみたいだからいいか。
「のう、キリクよ。アリアが一部の心無い者から、裏でなんと呼ばれとったか知っておるか?」
アリアが走り去ったあと、そっと後ろからオル爺が音もなく現れた。あまりの気配のなさに、突然声をかけられて心臓が跳ね上がる。
質問には反射的に、首を横に振って答えた。
「……『ハズレ勇者』、と呼ばれとったんじゃよ」
「ハズレって……酷い言い草だな。それを言った奴らは、何様のつもりだよ」
端的な貶し文句に、人事ではないと感情が荒立つ。アリアの人柄をよく知っているからこそ、そんな謂れをされる人物ではないと言い切れる。
「わしもそう思う。じゃがわしの目から見ても、あやつが歴代の勇者の中でも最弱なのは否定できん。アリアの強さはすなわち、聖剣の強さじゃ。然るに聖剣なくしては、S級の冒険者に肩を並べるどころかA級と同格ぐらいじゃろ」
育ての師が贔屓目抜きで、公正に判断しての評価。
勿論、歴代最弱だからといって勇者が弱いはずがない。だがその強さは聖剣ありき。聖剣頼みに尽きる。
とはいえ俺は、冒険者としてはいまだD級の位置づけ。A級ですら格上の存在だ。素直にアリアの実力には感心しかない。
ギルドには長らく寄れておらず、そろそろ顔を出したほうがいいかもしれないな。もともとは金策が目当てだったのだが、金に困らなくなってからは訪れる理由がなくなっている。
たまには俺も冒険者として、小遣い稼ぎに赴くとしよう。……寄る暇があれば、だが。
「アリアの天真爛漫さは、まさしく勇者に相応しい。きっと聖剣も、あやつの明るい人柄に惚れこんだのじゃろ。じゃが悲しいかな、実力が追いついておらん。世間には都合よく活躍譚ばかりが流布されとるが、裏では数多くの失敗を抱えておる。期待していた英雄に救われなかった者が、ちと多かっただけなんじゃよ……」
少ない批判の声も、数が増えれば大きくなる。全体でみればひと握りとはいえど、不満を持った彼らの声はアリアの心に棘となって突き刺さっていた。
こうして再会できたのは、不幸中の幸いかもしれないな。乱心したゼインの一件がなければ、アリアはいずれ本当に心を病んでいたかもしれない。
「キリクよ。アリアはお前に対して、師であるわし以上に心を開いておる。今後もきっと、お前の前では暗い顔を見せるじゃろう。そのときは、止まり木となって支えてやってくれんか」
「言われるまでもないな。全部を受け止めてやれるかはわからないけど、出来る限り努めるよ」
人知れず、オル爺と約束を交わした。健気に頑張る勇者の背を支える、男同士の約束である。




