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81:師と弟子

「アリア様だって!? キリク君、それは本当なの!?」


 血相を変えたアッシュが俺の肩を掴み、問い質してくる。己の理解を超えた状況に、頭の整理が追いつかない。

 俺は言葉を発することができず、自分の目で確かめろと無言で結晶を指差すしかできなかった。


 指図されるがまま、目を凝らし結晶の中を覗き込むアッシュ。現実を目の当たりにした彼は、脱力してその場にくずおれてしまう。

 思いの丈は違えと、お互いアリアとの再会を待ち望んでいた身。心に受けた衝撃の大きさは尋常ではなかった。


「ほ、本当に勇者様なんですか!? どうしてこのような状態に……。そもそも結晶の中に閉じ込められて、生きておられるのでしょうか!?」


「行方が知れんとは聞かされておったが、よもやわしらが見つけるとはの。今も必死に探しとる者たちの立つ瀬がないわい。……四人で組んでおったはずじゃが、おるのはアリアだけか?」


「……一緒に旅をされていた騎士のゼイン様、弓士のジェス様、魔導士のルーミナ様の姿は見当たりませんわね。どうしてアリア様おひとりだけ……? 勇者様一行の身に、なにがあったというのかしら……」


 各々の口から、様々な憶測が飛び交う。

 俺は会話に加わらず、必死に締め付けられる胸の痛みを堪えていた。何度も深呼吸をして、懸命に気持ちを落ち着かせた。目の前の現実を受け入れるために。


 聖地で罰当たりな所業をした者の正体。

 アリアがなぜ、結晶の中に封じられているのか。

 勇者と行動をともにしていた、ほか三人の仲間の行方。

 頭の中を整理していくら考えようと、わからないことだらけだ。


「あのあの! 議論を交わすよりも、早く勇者様をあそこから救い出してあげたいのです!」


 自分の推測を述べる者、呆然とする者、黙して考える者。三者三様のなか、声をあげ俺たちがとらねばならない指針を示したのはシュリであった。

 シュリは小さな体で何度も飛び跳ね、せっつくように意見を主張する。


「あ、ああ、そうだな。……できれば生きていてほしいんだが」


「……僕も、しっかりしなきゃ。昔、アリア様に魔物から救っていただいた御恩を、今こそ返すときだもの!」


 気を確かに持ち、そびえる晶塊を見据えた。


 ……とはいえアリアを助ける方針で定まったものの、どうやって彼女を結晶の中から救い出せばいい?

 無闇に大きな衝撃を加えて、中のアリアもろとも砕ける事態だけは絶対に避けねば。地道に端から削り出していくか、いっそオル爺の神業的剣術を頼ってみるか。

 気がかりなのは、地面に描かれている魔法陣だ。アリアは魔法的な要因で、結晶に封じ込められているのは明らか。安易に破壊できるのか、して大丈夫なのかがそもそも疑問である。

 残念ながらここにいる全員、魔法の分野に関しては専門ではない。多少の知識であれば持ちえていても、所詮は浅学。深い理解を持たぬがゆえ、決断の一歩が踏み出せない。正しい知識を持つ者がいれば、とるべき対処法を導き出してくれたろうに。


「……少し席を外している間に、予定外のご来客ですか。番人のゴーレムが粉々で驚きました。腕の立つ侵入者だとは思っておりましたが、聖女様御一行であらせられましたか。……そのご様子では、結晶の中身を見てしまわれたのですね」


 壊す手段を画策しながら結晶と睨めっこしていると、不意に背後から聞こえた男の声。

 口から飛び出しそうになる心臓を抑え、後ろを振り返った。


 視線の先には、無駄な装飾のない無骨な白銀の全身鎧を纏う、ひとりの騎士が佇んでいた。

 頭部全体、顔まで覆う兜を被っているため、声はくぐもり表情も窺い知れない。唯一除く目からは、背筋が凍るほど冷ややかな敵意が剥き出されている。


「……美しいでしょう? まさにニル様が宿るに相応しき体です。ですが彼女を結晶から解放するには、私が所持する鍵……宝珠を砕く必要があります。……間違っても、手荒な真似はお控えください。……周りの結晶ごとアリアが砕けてしまっては、お互い困るでしょう」


 状況を飲み込めず、困惑する。

 だが白い騎士はお構いなしに話を続けた。

 落ち着きのある低い声。男が話す言葉の端々には静かな殺気が見え隠れし、はっきりと自分は敵対する者なのだと告げている。


 白い騎士の左手には、わざわざ見せ付けるようにして掲げられた黒い球体があった。あの球こそ、俺たちが余計な真似をしないようあえて話した、鍵となる宝珠なのだろう。

 宝珠の中心には、今しがた見たものと同様の魔法陣が浮かび、暗い闇の中で金字となって輝きを放っている。


「力ずくで結晶を壊そうものなら、中のアリアも無事ではすまないってか」


「はやまらなくてよかったですね、キリクさん」


 まったくだ。白い騎士の言葉を鵜呑みにするのは癪だが、手を出す前でよかった。

 奴の話が実際は抑止を目的とした狂言であり、宝珠などなしに破壊して助け出せる可能性はある。しかし俺たちに真偽を知る術はなく、愚直であろうと奴の言葉に従うしかない。助けるつもりが逆に止めを刺してしまったでは、悔やんでも悔やみきれないのだから。


 つまるところアリアを結晶から解放するには、奴の示す宝珠を壊すしか取れる手立てがない。

 代案を考えつけるほど魔法分野の知識に詳しい識者がおらず、奴の言葉を信じるしかないのが苛立つな。


 それにしても、あの男が近づいてくる気配は感じられなかった。誰にも存在を悟らせず、悠々と足音ひとつ立てずに歩いてこの空洞に踏み入れたというのか。

 姿を現してからというもの、白い騎士の放つ存在感は尋常ではない。強者からの威圧というべきか、全身をちくちくと針で刺すような感覚に襲われている。

 あの男は少なくとも、レベルという概念においては間違いなく格上の存在だ。

 少しでも不審な動きをすれば、即座に距離を詰め首を跳ね飛ばしにかかる。……身に受ける威圧は、そう思わせる十分な重圧だった。


 自らが敵対する者に及ぼす影響を、知ってか知らずか隠す素振りすらみせない白の騎士。

 兜から垣間見える眼光は、人というよりも凶悪な魔物のそれだ。まさに蛇に睨まれた蛙といわんばかりに、自分の意思とは裏腹に体が硬直する。耐え難い緊張で鼓動が早まり、息が苦しい。


 まるで時が止まったのかと、錯覚しかねないほどの緊迫した状況。

 停滞した状況で最初に一石を投じたのは、老練の剣士オルディスであった。

 オル爺は白騎士から受ける圧を意にも介さず、神速が如き速さで剣を抜き、一足飛びに斬りかかる。

 狙いは奴が左手に持つ宝珠。

 剣技において、他の追随を許さぬ古強者が放った不意の一撃だ。疑う余地もなく、完全に決まったと思えた。

 ところが、目に映ったのは予想した未来とは異なる光景。

 オル爺の一撃は、確実に宝珠を両断するはずの攻撃だった。しかしあと一歩と迫ったところで、白騎士が抜き放った銀の剣により、易々と受け止められてしまう。

 刹那の時間だったというのに、その一瞬だけは時の流れを遅く感じた。

 剣と剣が強烈にぶつかり合い、鼓膜を揺さぶる鋼の音が空洞中に響き渡る。


「……久しいですね、お師匠様。とうに隠居なされたものと思っておりましたが、ご健勝でなによりです。……ですが、やはり歳には敵わぬご様子。……随分と衰えられましたね」


 先制をとったオル爺の動きは、影ですら目で追うのもやっとの速さであった。瞬時に斬撃が届く範囲まで距離を詰め、躊躇なく剣を凪いだのだ。俺がもし相手の立ち位置であったなら、反応が遅れ容易く両断されていたほどの。

 だが白騎士はオル爺の一撃を、怯む素振りすらなくいとも簡単に受け止めている。

 兜のせいで表情の変化が読み取れないが、少なくとも焦った様子は見受けられない。むしろ余裕綽々といったほどで、汗粒ひとつ垂らしてさえいないのだろう。


「ぬかせ。なぜ行方の知れんかったアリアとお前がここにおる? ほかの者はどうした? 晶窟のこの惨状はなんじゃ? 全てお前の仕業か? ……答えよ、愚か者のゼイン!」


 白い騎士と唾競り合いをした状態のまま、オル爺は強い口調で矢継ぎ早に問う。

 オル爺を、アッシュ同様に師と仰ぐ騎士。その人物の名を、俺は知っている。

 ……騎士ゼイン。

 勇者一行として、同門のアリアと行動をともにしていた剣士。師であるオル爺をして、自分を超えうる逸材と評した一番の弟子だ。


 剣同士が互いに削りあい、刃が軋む悲鳴を響かせ対峙する師弟の剣士。

 ゼインの敵意をオル爺が一身に引き受けてくれたおかげか、体が重圧から解放される。すぐに体勢を立て直し、四人でイリスを中心に囲う陣形をとった。


「……質問ばかりですね、お師匠様。私が饒舌でないのはご存知でしょう。……師の命とあらばお答えせねばなりませんが、私は口を動かすのが好きではありません。……なので簡潔に、はい、とだけ答えさせていただきます」


 ゼインの返答は、己の仕業なのかという問いに是を意味する。

 話を終えた彼は口をつぐむと、鍔迫り合いの状態となっていたオル爺の剣を、力任せに撥ね除けた。

 巻き起こった風圧で、辺りに砂塵が舞う。

 片腕の一振りでこの勢いだ。本気で剣を振るう姿を想像すれば、それだけで末恐ろしい。


 ゼインは左手に持った宝珠を腰元のポーチに仕舞い込むと、仕切りなおしとばかりに改めて両手で剣を構え直す。その風格たるや、名だたる歴戦の騎士そのもの。

 穢れのない無垢な白の鎧に、僅かな光さえ反射する曇りのない銀の剣。切先を向けられた俺たちが悪役さながらに思えてくる。


「……お喋りは終わりです。この地の秘密を知られた以上、あなた方を帰すわけにはまいりません。……御覚悟を」


 ゼインは目撃者である俺たちを始末するつもりのようだ。

 どん詰まりの場所で、唯一の逃げ道となる出入り口は奴の背後。なによりアリアをまだ助け出せておらず、放置して逃げるわけにはいかない。

 話し合いで解決するといった平和な未来は存在せず、ゼインに剣を収める気がない以上、もはや衝突は避けて通れぬ道となった。


 数で圧倒的に勝るというのに、少しの余裕も持てない。嫌な汗が吹き出し、背中がびっしょりだ。それは俺だけでなく、前に立つオル爺も同様であった。

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