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80:晶窟の最奥

 慌てて四人に追いつくと、シュリの鼻が捉えた不穏な事情を説明した。半ば探検家気分だった心に活を入れ、気を引き締めなおす。

 以降は隠密に自信のあるアッシュに先行してもらい、殿はオル爺に務めてもらった。


 通路では光源となっていた鉱石の放つ光が弱く、先ほどまで居た場所と比べ極端に暗い。

 ざっとではあるが壁を調べてみたところ、鉱石を光らす燃料となっていたマナの結晶が著しく少ないことに気付く。大部分が人の手によって、意図的に採掘されたあとのようだ。

 多い場所では一面覆い隠すほど密集していたのに対し、この通路に入ってからはずっと岩肌が丸見え状態。神秘的な晶窟から、ただの洞窟に入り込んだのでは、と錯覚しそうになる。


「この有様だと、本当に結晶を狙った盗掘かもしれないわね」


「だとしたら隠し方がちょっと大掛かりじゃないか? 通路を塞いでいた石像はまだしも、女神像や祭壇まで用意した意味がわからん」


「それはあれじゃないですか? ここで行き止まりだぞーって、これ以上奥はないぞーって、訪れた人に思わせたかったんじゃないですかね?」


 一応は納得がいく考察だな。

 しかしここまで用意周到に隠蔽工作するとなれば、ただの盗掘集団ではあるまい。相当に力のある組織でなければ難しいように思う。

 それより、麓の村が一枚噛んでいる可能性はどうだろうか。もしくは村ぐるみで行っていた説。村人が余所者に排他的な態度なのも、余計な詮索をされたくないから。

 ……などと考えたが、その場合は得た儲けで潤っているはず。あの寂れっぷりは嘘偽りじゃなさそうだしな。

 なんにせよ、ろくな情報もなしに考えたって仕方がない。奥に進めば、きっと罰当たりの正体だってわかるはずだ。


 どのような思惑、意図があったのか。仕込んだ犯人はどんな奴なのか。わからない以上、用心して進む。相手が誰であろうとならず者には違いないので、ばったり遭遇すれば争いはまず避けられないな。

 とはいえ、もし多勢を相手取る事態に陥ったとしてだ。この狭い場所では雑魚が何人群がろうが、負ける気はしない。なにせ俺たちには、老いたとはいえ先代の勇者様がついている。立ちはだかる剣は、堅牢な盾も同然なのだから。


 ほどなくして先行するアッシュが足を止め、手と視線で合図を送ってきた。道の先になにかを見つけたらしい。

 より一層息を殺し、静かに歩み寄る。そしてアッシュが指し示す先を、岩陰からこっそりと覗き込んだ。

 視界に入ったのは、薄暗い大きな空間。道中の祭壇があった場所と比べて、より広大な空洞だ。鉱石の放つ光が弱々しく、辛うじて見える程度の明るさが保たれているだけである。


「……静かだな。奥は悪党の溜まり場にでもなっているかと思っていたんだが、拍子抜けだ」


「だね。それよりも見てよ、キリク君。あそこ」


 アッシュが指差す先には、壁に立てかけられた何本もの使い古されたツルハシ。ほかに押し車まである。

 掘ってましたといわんばかりの証拠が揃い踏みで、何者かが盗掘を行っていたのは一目瞭然であった。


「暗くてはっきりと見えませんが、中央に既視感のある台座がありますね。ここが晶窟内における、本当の祭壇の間でしょうか?」


 イリスの視線の先には、先ほどの空洞で見た祭壇とまったく同じ形の影があった。目を凝らせば、女神像らしき影も視認できる。


「どうだ、シュリ。なにか嗅ぎとれないか?」


「人らしきにおいはずっと感じるですが、それ以上はわからないのです。ただ……」


 途中で歯切れ悪く、言い淀むシュリ。

 黙って続きを待ったが、ちらちらと視線を行ったりきたりさせるだけ。口篭ったままで話そうとはしなかった。


「……人の気配はせん。どれ、入って確かめてみようかの。いつまでもまごついとったってしょうがないじゃろ」


「ちょ、師匠!? 不用意に行くのは危ないですって!」


 痺れを切らしたのか飄々とした足取りで、遠慮なしに先へ進むオル爺。本人としては大丈夫と判断してなのだろうが、慎重に行動していたのが馬鹿らしくなってくるな。

 師の背を慌てて追いかけるアッシュ。どうにでもなれと、全員であとに続く。


「なぁ、シュリ。さっき、なにか言いたげだったみたいだけど?」


「いえ、なんでもないのです。……たぶん、わたしの気のせいと思うですので」


「……そっか。ならいいや」


 若干表情を曇らすシュリを気にかけつつも、目先の状況に意識を向ける。

 本人がなんでもないと言っているのだし、無理に問いただす必要はあるまい。案ぜずとも気のせいが確信に変われば、自分から話してくれるだろうからな。


「……間違いなく、こちらが本物の祭壇じゃろう。昔はここもマナの結晶体がたくさんあったのじゃろうが、残っとるのはあそこにある大きな塊だけじゃな。ほかは全て採り尽くされてしもうたか。神秘の晶窟などと謳われておっても、こうなれば無残なものじゃの」


 中央に安置された祭壇を、偽物のとき同様に見て触って確かめるオル爺。

 偽物だけを見た限りでは疑いようもなかったのだが、実際本物と比べれば違いは歴然である。素人表現になってしまうが、風格があるというか、経過した時の与える偉大さを感じるというか……。

 上手くは言えないが、そんな感じだ。


「この場所から、僅かに残っていた穢れを感じます。祈りを捧げて祓ってしまいますね」


 祭壇の前に跪き、本日二度目のお祈りを始めたイリス。

 その間、手の空いた俺たちは周囲を警戒しつつ、不届き者を知る手がかりとなるものがないかを探る。


 空洞からさらなる奥に続く道はなく、隠し部屋なんかも見つかりはしなかった。ただ間違いなく人がいた痕跡は残っており、ごく最近に火を起こした跡さえある。

 だがそれ以上はほかに見つからず、犯人を特定する手がかりは皆無だった。

 見るべきものがないとなれば、必然的に注目は目立つ大結晶に集まる。


「なんとまぁ、随分と立派な結晶だな。聖地を荒らした奴らはなんで、一番金になりそうなこいつに手をつけていないのかね」


 唯一この場に残されていた、砂埃に塗れ曇ったマナの結晶体。

 大きくとも人の頭部ほどしかなかったほかと比べ、一線を画している。考えられないほどの年月を経て育まれた、奇跡の逸物なのだろう。


「逆に大きすぎて、持ち出せなかったんじゃないかしら? でも売ってお金にするのが目的なら、多少価値が下がってでも切り分けて持ち出すわよね」


「わたしの身長の、倍以上も大きいです! この大きな塊で女神様の像を作ったら、きっとすごいのが出来上がると思うです!」


 もしかすると、シュリの発想が正解かもしれないな。

 こいつを削りだして彫像をこさえれば、歴史に名を残す芸術品になる。売りに出せば、目玉が飛び出るほどの値がつくこと間違いなしだ。


「ちょっと待って、足元になにかあるよ! これは……魔法陣、かな?」


 待ったをかけるアッシュの声に足を止め、視線を地面に落とす。

 ところどころ土砂に埋もれ、場所によっては掠れているものの、描かれた円陣は確かに魔法陣を髣髴とさせる。円陣は結晶体を中心とし、囲うようにして展開されていた。

 しゃがみこんだアッシュが手を触れると、急に魔法陣が輝き出し、微弱な光を放ち始める。

 突然の発光に驚き、咄嗟に飛び退いて身構える。

 だが脅威となる事態はなにも起こらず、中心の結晶体が連動して淡く光りだしただけであった。


「……ふぅ。驚いたけど、ただ光っただけみたい。焦って損したね」


「もう! びっくりさせないでよね、アッシュ! 私はてっきり、爆発するんじゃないのかと思ったわよ!」


「あはは、ごめんねカルナリアさん。あ、でもほら見て! 曇っていてよくわからないけど、結晶の中になにかあるよ!?」


 全体から光を放つ大結晶。その中心に浮かぶ影。どうやら、なにかが中に封じられているようだ。

 正体を確かめるため、恐る恐る近づく。


「中にいるのは……もしかして人か?」


 薄っすらと判別できる、人型の影。

 体の線がくっきりとしており、衣服を一切身に纏っていないようだ。

 柔らかな丸みのある陰影に、小柄な体躯からして、恐らくは女性。ひと目でわかる特徴的な耳や尾はなく、種族は人族であろうか。


「シュリちゃん! 急に光りだしましたけれど、なにかあったんですか!?」


「お前ら、また余計な真似をしたんじゃなかろうな?」


 祈りを終えたイリスと、彼女の傍についていたオル爺が異変に気付き駆け寄ってくる。

 余計な真似とは失敬な。最初に手をつけたのはアッシュであって、今回は俺は無関係だぞ。

 そう思いつつ全員に見守られながら、俺は手で表面に積もった土埃を拭い去り、結晶の中を覗き込んだ。

 ……中に封じられていたのは、俺の予想した通り女性であった。それも、俺とそう歳は変わらないほどの少女である。


 いつぞやの泉で見たイリスの裸を思い出す、白くて綺麗な肌。異なる点といえば、胸部が平均よりもやや貧相なぐらいか。

 手足は細くしなやかで、余分な肉が見受けられない。歳若い少女にしては筋肉が引き締まっており、戦いを生業とする者の体であると判別できる。


 ……ここまではいい。ここまでであれば、眼福にあずかったという感想で終わったのだ。


 首から上。少女の顔と髪の色を目にし、戦慄が走る。

 昔は見慣れていた薄い桃色の髪は、あれから伸ばしたのか腰に届くほどの長さに。少女の眠り顔は、毎日笑い会った日々の面影を残した懐かしいものであった。


 別れてから六年も経つというのに、いざ目にすればすぐにわかってしまう。この少女が誰なのか。どういった人物だったのかを。

 俺はこの少女を、少女の幼少期をよく知っているのだから。


「っ……!? お前っ……!」


 待ち望んでいた再会が、まさかこんな形で叶うなんて誰が予想できるか。

 本来なら握手なり抱擁なりを交わして、そこから文句のひとつでも言ってやる予定だったのだ。


「なんでこんな場所にいるんだよ……? お前の身に、なにがあったんだよ……!? なぁ……アリア!!」


 眠る少女に向け、震えた声で呼びかける。声は叫びとなって、空洞内に空しく木霊した。

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