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79:作為の痕跡

 女神に祈りを捧げ、聖地の穢れを清める聖女様。天井からは祭壇に向け光が照明となって降り注ぎ、その光を一身に受け祈る彼女の姿が、場所とあいまってあまりにも神々しい。荘厳な気配に、女神が降臨するのではと錯覚しそうなほどだ。

 俺たちはただ黙し、イリスの小さな背を見守る。いったいどれほどの間、彼女は祈っていたのだろうか。雰囲気に呑まれ、時間の感覚をつい忘れてしまう。


「……ふぅ。皆さん、お待たせしました。これでお祈りは終わりです。恐らく、この地の浄化はできたかと……?」


「なんで疑問系なんだよ。祈りは済んだんだから、もうこの聖地は大丈夫なんだろ?」


 祈りを終え、振り返った聖女様。だがどうにも彼女の顔は晴れない。小さな顎に指をあて、しきりに首をかしげている。なんというか、消化不良といったご様子だ。


「そもそも俺たちには聖地が穢れているとか、そういったのはわからないし。祈りを終えた現状が、浄化できたかどうかなんて判別つかねぇよ」


「うーん、そうだねー。強いて感想を述べるなら、気持ち気分が軽くなった……くらいかな?」


「空気が美味しくなった……気がするです!」


 各々が祈りを捧げた前と後の、自身が感じた変化を告げる。だがどの感想も、所詮は曖昧なものでしかない。無理矢理にも感想をひねり出している、といったところだ。


「ですよねー。元々ここはたいして穢れていませんでしたし、この程度では高位の神官でもない限り判断がつかないと思います」


「あのあの、ではどうしてイリス様は眉間に皺を寄せているです? 浄化は済んでないのです?」


 皆が思っていた疑問を、シュリが代表してイリスに尋ねる。尋ねられた当人は腕を組み、なにやら難しい顔で頭を捻った。しばし無言の後、ようやく口を開くイリス。


「ええとですねー、どうお伝えしたらよいものでしょうか……。なんと言いますか、部屋の隅まで綺麗にお掃除できていないような感覚なんですよね。奥まで手が届かず、ちゃんと埃を掃ききれていないような……」


「ふむ。浄化しきれておらぬ穢れが、どこぞに残っておるのやもしれんの。そもそもこれだけ大層な洞窟なんじゃ、その割に浅すぎると思っとったんじゃよ。……女神ミルよ、ちと失礼いたしますぞ」


 言葉とは裏腹に、無遠慮にも祭壇に上がるオル爺。細い目を大きく開き、台座から女神像までくまなく調べ始めた。


「でもどこかってどこさ? ここまでの道中、横道はひとつもなかったぞ?」


「そうね。この祭壇がある空洞まで一本道で、道中は天然の光源があって明るかったもの。見落としていたはずはないでしょうし……」


 カルナリア嬢と顔を見合わせ、ともに首をかしげる。オル爺にはなにか気にかかる節があるようだが、俺たちにはさっぱりだ。大人しく、ごそごそと探る老齢な背を見守る。意図がわからないのに手伝いを申し出ても、邪魔になるだけだからな。


「……やはりこの祭壇、ちとおかしいの。傷や汚れなど年季が入ったふうを装っておるが、物自体は新しい。女神像にしてもそうじゃ。昔からここに祭られとった古物じゃないの」


 詳しく話を聞くにどうもこの女神像、年代物ではなく近年の内に彫像された代物で、ご丁寧に古さを偽装してあるようだ。このじいさんの鑑識眼を真に受けていいかは怪しいが、疑ってかかる理由もない。それに年の功とも言うからな、年長者の見解を信じよう。

 つまるところこの開いた空洞に設けられた祭壇は、近年の間に何者かの手によって設けられたもの、とオル爺は推測している。


「晶窟の祭壇を新しく作り直したというお話、私は存じておりませんよ? 司教様も、そういったお話は必ずお伝えくださりますし……」


 教会側が、老朽化を懸念して新しくした可能性を考えたが、それだとイリスが知っていて然るべき。

 だが当の本人は一切を知らぬご様子。セントミル教の象徴である聖女様のお耳に、なにも情報が入っていないのはおかしい。加えて経た年月を偽装してあるのも不自然だ。周りの雰囲気にあわせた、とするには少々懲りすぎである。

 ならばセントミル教の関与しないまったく別の第三者が、なんらかの目的があって秘密裏に設けたのか? だがそれも、聖地を守護する石像の存在からして疑問が残る。無関係な者が立ち入ろうとすれば、守護像に行く手を阻まれるだからな。


「どういった意図があって、誰が造ったのかしらね。僻地にある聖地の改装ともなれば、ちょっとした一大事業よ」


「山奥で石造りの祭壇から女神像まで、運ぶにも現地で拵えるにしても、個人でできる範疇を超えているもんねー」


「組織的に行わないと無理な芸当、か。イリスがさっき言っていたことも気になるし、ちょっくら付近を調べてみるか。どうせ今日は村まで帰れないし、埃を残したままにしておくのも嫌だろ?」


 皆が首を縦に振り、全員の了承を得た。まず女神像にお祈りして失礼を詫びてから、手分けして付近の調査を始める。

 際立って怪しいのは中央に位置する祭壇と、最奥で鎮座する、見上げるほど巨大な騎士を模した石像の二箇所。


「あのあの、キリク様! このおっきな石像の後ろから、風の流れを感じるです!」


 ほどなくして後者を調べていたシュリから、なにかを発見した声が上がった。

 すぐさま巨像周りに集合し、シュリが指差す場所に注目する。そこにはほんの僅かな隙間が開いており、指先を唾で濡らして翳してみれば、確かに微弱ながら風の流れがあった。さらには周辺に巨像を動かしたのか、擦れた痕跡があり、後ろに空間があるのは明白である。


「このでかい像、動かせるのかね? もしくはほかの守護像みたく、動くとか?」


「ではやってみましょうか。守護像とは違うみたいですが、教会が安置したものであれば呪文に反応するはずですので!」


 ものは試しとイリスに任せてみるが、結果はうんともすんとも。制御の呪文にも首飾りにも、反応すらみせなかった。空洞内に配置されたほかの守護像は呼応しており、イリスの唱えた呪文に間違いはないようだが。

 ならばと今度はアッシュと協力し、力ずくで巨像を動かそうと試みる。だが押しても引いても、石の巨塊は相応の質量を発揮しびくともしない。


「うーん、やっぱり動かせそうにないねー。……師匠。師匠なら、石像を剣で真っぷたつできませんか?」


「聖剣か、あるいは匹敵する業物があればやれんこともないわい。じゃが、今のわしには難しいの。試しにやってみて、剣が折れたら嫌じゃし。そもそもわしを頼らず、おぬしが自分でできるよう精進せんか」


 さすがのオル爺であっても、この巨塊は無理か。大きさもさることながら、硬そうな石でできているものな。

 無茶振りをしたせいで、師から叱責を受けるアッシュ。本人も半分は冗談のつもりだったのだろうが、返答が完全否定ではなくて驚くばかりである。


「でも、どかせないならぶっ壊すって案には賛成だな」


「道がないなら拓けばいい、なんて名言があるものね」


 有能な将か、もしくは考えなしの馬鹿が言いそうな言葉だ。カルナリア嬢には是非とも前者であってもらいたい。


 さてさて、オル爺にも厳しいとなればここは俺の出番だろう。

 ククリナイフを最大の力で投擲すれば、文字通りぶった切れると思う。しかし、せっかく拵えてもらったばかりの魔剣が万が一にも刃こぼれなんてしたら、今日一日はずっと気落ちした状態で過ごさねばならなくなる。周りから腫れ物扱いされるのも勘弁だしな。


「ま、ここは安定の石ころでやってみるか。目には目を、石には石を、だ」


 ここは洞窟。弾はそこらにいくらでも転がっているのだ。そのうえ大中小と、様々な大きさで揃っている。一発では無理だったとしても、粉々に壊れるまで何度でもやってやればいいしな。

 ちょうど足元に転がっていた、拳よりひとまわり大きな石を拾い上げる。普段用いる、小袋に収めた石ころと比べかなり大きな石。少々掴みづらいが、投げるにあたり支障はない。


 破片が飛び散ると危ないので、皆には巨像から離れてもらう。全員が十分な距離を確保してから、構えをとった。


「見た感じ随分と硬そうな像だからな。ちっとばかし、本気を出してみましょうかね」


 篭手を装着して放つ全力の投擲に、どれだけの威力があるのか。確認するのにちょうどいい機会だ。狙いを胴体に定め、大きく振りかぶる。

 だが、いざ石を投げ放つその瞬間。巨像の石眼が動き、こちらを睨んだ。今まで微動だにしなかった両の腕が持ち上がり、飛来する礫から自身を守ろうと防御の構えをとる。

 交差した巨像の太い腕。その瞬間に飛来した礫が、構えられた腕を目掛け喰らいついた。石同士がぶつかり、砕ける大きな音が空洞中に響く。土煙があがり、重量のある物体が崩れる音が後に続いた。


 煙が晴れるとそこには、晶窟の更なる奥へと続く通路が姿を見せる。巨像は足元の台座だけを残し、瓦礫となって跡形もなく崩れ落ちていた。


「さっき一瞬だったけれど、あの石像……間違いなく動いたわよね?」


「咄嗟に身を守ろうとしたみたいだし、やっぱりただの石像じゃなかったんだねー。通路の扉役も兼ねた、守護像だったのかな?」


「じゃろうな。じゃがこうなってしもうては、もはや像とは呼べんの。まったく、ほんに加減抜きでやりよって。晶窟まで一緒に崩れたらどうするつもりだったんじゃ?」


 危うく生き埋めになっていた可能性があると、オル爺からお小言をいただいてしまった。年寄りは説教臭いというか、なんというか……。

 下手に口答えせず、年長者からの忠告として肝に命じておこう。

 ただ俺としても、崩落の危険性を考えていなかったわけではない。しかしながら自分の投擲に、そこまで危惧するほどの破壊力はないと、軽んじてしまっていた。うっかり天井を打ち抜いてしまえば、今度こそ危なかったでは済まないな。火の魔法石なんかを投げようものなら、自殺願望でもあるのかと怒鳴られそうだ。


「ま、まあまあ、オル爺様! こうしてキリクさんのおかげで道が拓いたのですし、いいじゃないですか! この先から穢れを感じますから、奥に進んでみましょう!」


 不安定な足場に気をつけ、瓦礫を踏み越えたイリスが先陣をきる。勇み行く聖女様の背を、慌てて追うアッシュとカルナリア嬢。オル爺もまた、自分のペースは崩さず後に続いた。

 俺も遅れまいと足を踏み出したのだが、左手を掴んだ小さな手により歩みは阻まれる。


「どうしたんだ、シュリ? 早くしないと置いてかれるぞ」


「あの、キリク様。あの通路の奥から、人のにおいがするです。薬品かなにかで消臭しているみたいなので、はっきりとは断言できないですが……」


「それは本当か? だとしたら、慎重に進んだほうがよさそうだな。急いで追いかけるぞ!」


 握られたままの小さな手を引き、先行く仲間の後を追って駆け出す。

 はてさて人知れぬ空洞の奥に、なにが待っているのやら。鬼とでるか蛇とでるか。不安な雲行きだ。

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