49:不埒な同行者
「んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁー! もう一杯下さい!」
「はいよ。朝一に飲むミルクは最高に美味いからな」
「ははは! 聖女様は良い飲みっぷりだな!」
「みんなも遠慮しないで、どんどん飲んでね!」
「はいなのです! 味が濃厚なのですー!」
「ぼく絞りたてって初めて飲みましたけど、格別ですね!」
昨夜帰郷し、一晩ぐっすり寝てからの翌朝。
全員で牧場へと赴き、雌のモギュウ相手に乳搾りだ。
そしてその場で新鮮なミルクを堪能。
白い口ひげを生やし、豪快に一気飲みしていくイリス。
シュリがちびちびと1杯を飲み終える間に、3杯もおかわりをしていた。
粋のいい飲みっぷりに、うちの両親はご満悦のようだ。
「おうキリク。牧場の手伝いはしなくていいから、皆に村を案内してやんな」
「え、いいのか?」
「おう。大変だが、なんとかなる。現に今日までお前抜きだったんだからな」
言われてみれば確かに。
俺としてはこのまま、久々に牧場仕事に精をだすつもりだったんだけどな。
連れてきたイリス達も、働かざるもの喰うべからずだ。手伝わせる腹積もりであった。
だが当主様からその必要はないと言われたのだから、大人しく従うとしよう。
「それじゃ、村をひとまわり案内をしてから泉に向かうか」
「はーい!」
「水浴びなのですー!」
サリーさんが、聖地である泉の水で身を清めろって言っていたからな。
ふむ。俺も一緒に入ってもいいのかね? ……いいわけないか。
行水用の薄布でも用意すれば? いや、透けるし駄目だな。
大人しく、トマスと一緒に周囲の警戒に精をだすしかないか。
ところが俺達の口からでた、「泉」という単語にうちの家族が難色を示す。
一瞬曇った表情から、なにやらよからぬ予感が。
「……泉? ってことは聖地に行くのか?」
「ああ、そうだけど? って昨日は言い忘れてたか。
イリスが泉の水で身を清める必要があるんだよ」
昨晩はざっくりと大まかにしか説明していなかった。
俺達も疲れと満腹で眠かったからな。
「あら、そうなの? でも、行くのはやめておいたほうがいいわ」
「なんでだよ?」
「あそこにはな、いまオークが数頭住み着いてやがんだ。
村中から寄付を募って、被害がでる前に町のギルドに、討伐依頼を出そうかって話になっていたところなんだよ」
「でも、ティアネスの町も大変な状況なんでしょ? 困ったわよねぇ」
「依頼を出したとて、受けてくれるかどうかだかんなー。
なぁ親父。やっぱり村の男衆総出で武装して、追い払うしかないんじゃねーか?」
「……しかたねぇか。とはいえ、こっちに戦いなれた手練がいるわけでないし、どれだけの被害がでることやら……」
両親と兄の3人が、腕を組み難しい顔をする。
それにしてもオークか。狩猟をやり始めたころ、森の奥深くまで潜った際に一度遭遇したな。
茶色いだるんだるんの皮膚に、脂肪だらけの巨体。豚系の顔をした、人型の魔物だったと記憶している。
あの時は気持ちよさそうに日向で寝ていたので、藪蛇をわざわざつつくことはしなかった。
獲物として、食う気にはなれない容姿だったしな。でかすぎて持ち帰れないし。
あれ以来、オークには遭遇していない。
思えば、魔石という戦利品が手に入ったかも知れなかっただけに、仕留めておけば良かったな。
「なら俺が行ってこようか。ギルドに冒険者として登録した身だしな」
あの異形の化物すら仕留めた今の俺にとって、オークなんぞ敵ではない……はず。
聞くところによると、オークは力が強く耐久面に優れる。非常にしぶといので、駆け出し殺しの魔物とされている。
生半可な攻撃は分厚い皮膚と脂肪に遮られ、ろくに通らないのだと。特に刃物を扱う者であれば、一太刀で切り裂く腕がなければ、刃にべっとりと脂がつきすぐ切れ味が落ちるとも。
だが反面動きは遅く、知能は低い。ゆえに逃げるのは結構簡単なのだと。
俺は刃物は投擲ナイフしか使わないし、一撃の威力にも自信がある。
村の脅威を無くすため、聖地の泉を取り戻すためにも、ここはやってやろうじゃないか。
「おいおい、大丈夫なのか……? 親の俺としては心配なんだが」
「キリク、やめておきなさい。あんたひとりで行って、何頭も相手にできるの?」
「お言葉ですがお母様。キリクさんはとってもお強いんですよ!」
「えー、本当ですか聖女様? だってキリクっすよ?」
「だってってなんだよ兄貴。自慢じゃないが、ここ最近は腕にかなり自信がついてきたんだぞ?」
「本当ですよー? それに私もご一緒しますし、ちょっとの怪我ならちょちょいのちょいです!」
「わたしも行くです! キリク様には、一切近づけさせないのです!!」
「え、えっと、ぼくも行きます! ……囮として、少しのあいだ引きつけるくらいならできますから」
おいおい、こいつらもついて来る気満々かよ。
正直なところ、ひとりのほうが身軽で動きやすいんだが。
以前のゴブリンコロニーの時のように、木々に紛れて投擲し、1頭ずつ処理していく作戦。
足手纏いとまで言うつもりはないが、やりづらいのは事実。
そのことを告げると、トマスは素直に納得してくれた。
しかしイリスとシュリは断固として、ついて行くと言い張り覆さない。
まぁ俺の居ない間に、村へ追手が現れたらと考えると心配だ。となればイリスを連れて行くほうがいいか。
「……よし、なら俺も一緒にいくぜ!」
「げ、兄貴もくんのかよ!?」
「おう! お前ひとりに任せてらんねーからな!
薪割りで鍛えた自慢の斧捌き、みせてやるぜ?」
「おいフレッド、牧場の仕事はどうするつもりだ?
さすがに俺と母さんの2人だけじゃ、手がまわんねぇぞ」
「……すまん親父、お袋。後生だから、今回だけは行かせてくれ!
弟だけじゃ心配なんだよ! 聖女様達の身に、もしなにかあったらと思うと……。
あ、でもちゃんと代役は用意しておくから、人手については安心してくれよな!」
「代役って、お前またアドンドさんとこか、ヨウギさんとこの息子に頼むんじゃないだろうな?」
「あいつら俺に借りがあるからな。間違いなく首を縦に振ってくれるって。
なんなら2人とも連れてくっから、そうしたら親父達も楽できるぜ?」
「ったくもう、あんたって子は……」
「ま、ならいいだろ。だが絶対に無茶すんじゃねーぞ?
駄目そうだと思ったら、すぐ引き返してこいよな!」
「わかってるって」
「兄である俺がちゃんと状況判断するから、安心してくれよ親父」
両親からの了承を得た兄は、俺達に同行することに。結局、俺を含め5人所帯で行くことになっちまったな。
兄の戦闘能力は、俺の知る限りでは単独のゴブリン程度なら、余裕でやれるほど。
ガタイがよく、昔から殴り合いの喧嘩で勝てたことはない。
性格的に物怖じもしないし、土壇場で臆することはないだろう。
泉へ一緒に行くこととなった兄は、代役となる友人達に話をつけにいくため、一旦別れることに。
その間に俺は、イリス達3人にひと通り村を案内する。
といっても、特に紹介する名物も場所もないので、あっさりと終わってしまった。
時間つぶしの途中教会に寄り、神父様の様子を窺ってみることに。
案の定寝込んでしまったようだ。かなりショックを受けていたようだし、無理もないな。
世話好きなおばちゃんが看病してくれており、彼女に任せておけば大丈夫だろう。
村中をまわり終え、家へと戻る。兄はすでに準備を整え、待っていたようだ。
俺達もすぐさま支度を済まし、泉へ向けて出発する。
「にしても兄貴、仕事をほっぼりだしてまでついてくるなんて珍しいな?
俺の勝手なイメージだが、兄貴は家業第一だと思ってた」
「そりゃ、実家の仕事は大事だぜ? 跡継ぎとしての自覚と誇りもあるからな。
だが、こればっかりはじっとしちゃいられねぇ」
急に火のついた目をした兄は、周囲をキョロキョロと見回す。
俺たちの後ろを歩くイリス、シュリ、トマスの3人は、各々で話に盛り上がっている。
彼女らの意識がこちらに向いていないことを確認すると、兄は俺に小さな声で耳打ちをした。
「……水浴び、するんだろ?」
なるほどね。それが目的だったか。
時たま兄の視線を追えば、よくイリスの胸やシュリの太ももに目がいっていたものな。
ったく、我が身内ながら助平で不埒な奴だ。心配だーとか、大層立派なことを言ってたくせに。
「男なら当然だろう弟よ!」
「なにが当然だ、この変態野郎。……だが、俺は兄貴の弟だからな。天と地が覆ろうとも、その事実は普遍だ。ゆえに、不本意ながら乗ってやるしかあるまい」
いやー本当に不本意だし、嫌々なのだけれど仕方がない。古来から、弟は兄に逆らえない運命なのだ。
あとでトマスにも話を通しておくとしよう。真面目ぶるだろうが、きっと食いついてくるだろうさ。なにせ対象にシュリもいるんだからな。
しかしながら、どこぞの女将と同じ穴の狢になろうとは。
……今からでも遅くはない。考え直したほうがいいかもしれん。
ウキウキ気分な兄の横で、俺はひとり良心の呵責に悩みながらも、足を進めていく。
とはいえ俺が考えを改めたところで、兄はきっと止めはしないだろう。
わざわざ代役を立て、大切な仕事を休んでまできたのだ。ここは兄を立ててやるのが弟の役目だな。
最終的には俺の中にいる悪魔が勝ち、前言を撤回することはなかった。




