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22:宿場珍騒動

 日が沈み、あたりが暗闇に覆われ始めた頃。

 ようやくアッシュの言っていた宿場まで辿り着いた。

 他にも何組かの旅客がいるようで、なかなかに賑わっているな。


 ここには3軒の建物が建っており、それぞれ宿屋、食事処となっているらしい。

 そして一番大きな平屋は後のお楽しみなんだとさ。

 宿場近くには川が流れており、聞こえてくる水のせせらぎが心地良いものだ。


「女将さーん! こんばんわー!」


 アッシュはそのうちの一軒。宿の建物へと、元気な声で呼びかけながら入っていく。

 彼に遅れまいと、俺達3人もその後に続いた。


「あらぁ、アッシュちゃんじゃないのぉ!?

 ついこの間、ここに泊まったばかりなのにぃ。

 戻ってくるのが早すぎるんじゃないかしらぁ?」


 彼に応え笑顔で出迎えてくれたのは、一見すると30過ぎほどの女性。

 どうやらこの宿の女将らしい。

 上品な雰囲気で綺麗な人……なのかね。

 一目でわかるほど化粧が濃く、かなり若作りをしているようだ。

 恐らく実年齢は……いや、邪推は止めておこう。


「もぉ、ちゃん付けは恥ずかしいからやめてってば……。

 いやね? モギユ村まで行く予定だったんだけど、ちょっと旅費が心許なくなっててね。

 途中ティアネスのギルドで稼いでたんだよ。

 そしたらそこのマスターに気に入られちゃったみたいで、割の良い依頼を紹介されてさ。

 それでまたアルガードの街までってね」


「あらそうなのぉ? でも、あのおじさんが気に入るのもわかるわねぇ。

 それで、アッシュちゃんは今日もお泊りかしらぁ?」


 ……なんだろう、この女将さん。

 言葉の最後がやけにねっとりとしていて、背筋がぞわっとする。

 なんというか、獲物を狙う蛇のような……。


「うん。遅い時間だけど、大丈夫かな?

 人数は4人で、2部屋お願いしたいんだけど……」


「あらぁ、それなら大丈夫よぉ!

 アッシュちゃんなら、うちはいつでも大歓迎だものぉ!

 それで、後ろのメス……じゃなくて! 後ろの方々がアッシュちゃんのお友達ねぇ?」


 先頭に立つ彼の肩越しに、こちらへと目を向ける女将さん。

 イリスとシュリを見る目が少し恐い。


「……聞き間違いでしょうか?

 あの方、私達のことを見てメスって言いませんでした?」


「シュリもそう聞こえた気がするです……。

 あの目が恐いのです……」


 そんな女将と目が合った瞬間、不吉な予感が……。


「あら? なかなか可愛い坊やも一緒なのねぇ?

 ふふふ、楽しみだわぁ……」


 小さく呟かれた言葉。

 ……身の危険を感じる。

 野宿したほうが安全なんじゃなかろうか。


 彼女へと宿代を支払い、部屋の鍵を受け取る。

 このような街道の途中にあるためか、ティアネスの宿と比べ割高だ。

 だがそれも仕方がないだろう。屋根のある場所で落ち着いて寝れるのだから。

 その癖に、安心できないのが不思議でならないが。


 部屋に一旦荷物を置き、馬屋へとロバートを繋ぎにいく。

 そしてそのまま、隣の食事処で夕食を済ませることになった。




「あそこの飯、いまいちな味だったなー。

 値段を考えると、何もかもティアネスで泊まってた宿のほうが上だぞ」


「あはは、それは仕方ないよー!

 町の宿と、街道の宿場を比べちゃだめだって」


 食事を終え、今は部屋のベッドで寝転がっている最中だ。

 味に文句を言っているとはいえ、満腹が心地良い。


「にしても、せっかくの新鮮な川魚がなぁ。

 泥抜きがしっかりできてないんじゃないのか、あれ。

 ……というより、全体的に下処理が甘いな。手抜いてるぞ絶対」


 ちなみに部屋割りなのだが、今こうしてアッシュと喋っている通りだ。

 イリスとシュリ、俺とアッシュ。

 深い仲という訳ではないのだから、男女で別れるのは当然の事だな。


「まあまあ。それよりも、ここにはすごい目玉があるんだよ?

 それを知れば、きっと満足できると思うなー」


「目玉? ひょっとして、お前が言ってたあの平屋か?」


 ……正直、あまり期待できないな。

 早々に見切りをつけて、湯で身体を拭いてからさっさと寝たい。


「……今、そんなのどうでもいいから早く寝たいって思ったでしょ?」


「その通りだが? よくわかっているじゃないか」


「ふっふーん。内容を聞けば、そうも言ってられなくなるよ?

 実はね……あの平屋は浴場なんだよ!

 お風呂、お風呂があるんだよここ! どう? どうさー?」


「風呂って……本当かよ!?」


 やばい、テンション上がってきたぞ?

 風呂なんて普通は金持ちの家にしかない設備。

 大量の水もさることながら、その量を沸かすための燃料が必要なのだ。

 1回使用するだけで、それなりの金がかかるはず。


 アッシュに詳しく話を聞けば、なぜそんなものが、こんな宿にあるのか納得がいった。

 水は近くの川から引いており潤沢だし、沸かす燃料は火の魔法を使っているのだと。

 女将さんは昔ギルドに所属していた魔導士で、扱いに長けており得意らしい。

 あとは単純に、彼女が風呂好きなんだとさ。


「おっし、それならさっそく行こうぜアッシュ!

 俺は風呂って初めてだからさ、楽しみだ!」


 あんな田舎の村で、風呂を持つ家があるわけないからな。

 せいぜい川での水浴びが限度だった。


「ごめんねー。嬉しいお誘いなんだけど、遠慮させてもらうよ。

 僕にとってお風呂ってのはね、何者にも邪魔されず、ゆっくりと嗜むものなんだ。

 だから申し訳ないんだけれど、後で1人で入らせてもらうね?」


「ふーん、よくわからんこだわりだな。

 まぁ無理に誘ったりはしないさ。それじゃ、俺は行ってくる!」


「うん、行ってらっしゃい!

 ゆっくり浸かってくるといいよ!」


 彼に別れを告げ、身体を拭く布を持って宿をでる。

 浴場施設である平屋の前で、同じ目的なのだろう、イリスとシュリに出くわした。


「あ、キリクさんもお風呂ですか?

 私達も女将さんから聞いてきたんですよー。

 今日は一杯汗を掻きましたからね! しっかり流してくださいよー!」


「おう、わかってるって。

 風呂なんて初めてだからな。ゆっくり味わわせてもらうさ」


「わたしも初めてです! ……あの、キリク様。

 よろしければ、わたしが身体をお洗いしましょうか?」


 こいつはまたとんでも爆弾発言を……。


「ちょ、シュリちゃん!?

 ここは男女別になってますから、そんなのは駄目ですよ!?」


「だとさ。残念だが仕方ないな。

 それに子供じゃないんだ。身体ぐらい自分で洗えるっての」


 あー残念だ。本当に残念!

 ……くそ、男女別なのかよ。


「わたしは気にしないですが……」


「シュリちゃんは良くても、私が気にするんです!

 それにお客は私達だけではないのですよ?

 見ず知らずの、脂ぎったおじ様達にも見られて構わないのですか?」


「あう……それは嫌です……。

 今回は諦めて、イリス様と一緒に入る事にするです」


 今回はってことは、機会さえあれば一緒に入るつもりなのか。

 おっさんは嫌で、俺だと構わない基準はなんなのだろうな。

 ……彼女の育った境遇からか、少し変わった観念を持っているのか?

 身内は良くて、他人は駄目的な……。


 なんにしても、シュリは14歳の立派な女の子だ。

 この子が歳相応の、普通の女性として生きていけるようにしよう。

 シュリに対するちょっとした目標が決まったな。


 2人とは入り口で別れ、俺は『男』と書かれた扉を開き建物の中へ。

 外からはわからなかったのだが、中は脱衣所以外は屋根がなく、満点の星空を眺めるられる開放的なつくりとなっていた。

 湯気を立ち昇らせている湯殿は全て木でできており、とても風流で味がある。


 俺は無駄に急ぎ、全ての衣類を脱ぎ捨てる。

 そして心を躍らせていざ湯船へ。


「ゴルァ!! まず湯で身体を綺麗に流してから入らんか!!」


 ……先客のおじさんに怒られた。

 だがそれはごもっとも。

 汗だくになった汚ない身体で入ろうとしたのだ。

 お風呂初心者としてありがちなミスだろうが、反省せねば。


 怒鳴ったおじさんは大の風呂好き商人らしく、無知な俺へ丁寧に作法を教えてくれた。

 おかげで張られた湯を汚すことなく、ゆっくりと浸かる事ができた。

 お風呂って、見ず知らずのおじさんとも仲良くなれる、不思議な空間なんだな。


「あー、良い湯だなー……」


「だろう? 疲れもとれるし、心も癒されるってもんさ……」


 おじさんと仲良く並び、まったりと(くつろ)いでいるその時。

 背筋がゾッとし、身の毛がよだつ。

 不意に全身へとねっとりとした視線を感じたのだ。


「……誰かは知らんが、男の裸を覗くなんて趣味が悪いぞ!」


 湯船から立ち上がり、咄嗟に近くにあった木製の湯桶を手にとる。

 そして視線のする場所へと、自慢の技術をもって投げつけた。

 それは丁度この浴場が見下ろせる、二階建てである宿の屋根上。


「んぎぃ!?」


 加減しては投げたが、当然ながら当たれば痛い。

 小さく悲鳴が聞こえ、なにやら屋根から落ちる音が。


「ど、どうしたんだいきなり!? 覗きなのかい!?」


「多分。まぁこれで追い払えただろうさ」


 何事もなかったかのように、再びゆっくりと湯船に浸かり直す。

 十分に温まったところで風呂からあがり、宿の自室へと戻った。

 ベッドに身を投げると、すぐさま心地よい睡魔が襲い、そのまま朝までぐっすりと眠れたよ。




「それじゃ、女将さん。お世話になりました!

 また利用させてもらうつもりだけど、それまでに怪我が治ってるといいね?」


「あのあの、本当に治療しなくてもよろしいんですか?

 私は神官ですので、お代などは頂きませんけど……」


「ふふふ、大丈夫よぉ。

 これは名誉の負傷、じゃなくて。

 自分の不注意に対する、戒めみたいなものですものぉ」


 女将さんのデコには大きなタンコブができており、右足首も捻挫し辛そうだ。

 体中あちこち擦り傷だらけで、見ていて痛々しい。

 仕事にも差し支えるだろうに、変な意地を張らずイリスに治してもらえばいいのにな。


「……ふふふ、やっぱり若い子っていいわねぇ。

 お姉さん、昨日は凄く楽しかったわぁ。

 是非また来て頂戴ね、キリク君?」


「そん時はあんたの目を潰してからかな。

 そうだろうと思っていたが、いい趣味してないなあんた」


「? キリク様、なんのことなのです?」


「キキキキリクさん!? よもや昨晩不埒なことなど――」


 唐突に興奮し暴走する聖女様へ、安定のデコピンをお見舞いする。


「あうっ!? ふぇぇ……」


「頼むから、変な誤解しないでくれ……。

 昨晩は普通に風呂入って寝ただけだっての。

 ……なんのことかは、女将さんの名誉のために黙っておいてやるよ」


 単純に、自分の身体的特徴を暴露されるのが嫌なだけだが。


「あらぁ、優しいのねぇ? ふふふ、ありがとぉ。

 ……あ、アッシュちゃん。前にも注意したけれど、湯船に長布は浸けないでねん?

 ふふふ、うちはそういう決まりなんだからぁ」


「あはは、またばれてました?

 身体を晒すのってなんだか恥ずかしくって。

 女将さんも、ほどほどにしておかないとまた痛い目みるよー?」


 アッシュも気付いていたのか。

 しかもまたってことはこの女将、やはり常習犯かよ。

 うーむ。こういうのは女性と違い、男相手だと罪にはならないんだろうな……。


 にたにたと笑いながら手を振る女将に見送られ、宿を発った。

 目的のアルガードまでもう目と鼻の先。

 アッシュの話だと、明日の夕方頃までには辿りつくだろうとさ。

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