105:ラヴァルとお仕事
不良神官のラヴァルがギルドで受けた、シャークロッグ討伐の依頼。指定された数は十匹。以降は一匹狩るごとに、追加で報酬がもらえる依頼となっている。
俺はラヴァルに強引な形で協力させられる羽目になったのだが、町中を観光中に連行されたため、かさ張る鬼人の籠手とククリナイフは置いてきている。収納ポーチに入っている石ころと投擲ナイフが、現状の手持ち武器。
幸いにして俺の新装備、『風魔の手甲』だけは持ってきている。鬼人の籠手と違いこちらは小柄なため、ポーチに収納できた。おかげで常に携帯でき、こういったときに助かる。
俺たちが目的とするシャークロッグは、Cランクの魔物。装備不足で挑むとあって不安だったが、いざ始まるとこれが面白いくらいに順調だった。
手順としてはまず俺が銛を投げ、呑気に泳いでいるシャークロッグの背に突き刺す。俺が狙いを外すわけがないので、至って簡単だな。
次は銛の尾尻に結ばれたロープをラヴァルと一緒に引っ張って、陸地まで引き寄せる。すると怒ったシャークロッグは自分から上陸してくるので、ここも大した労力はかからない。
最後、陸に上がってきたシャークロッグを仕留めるのはラヴァルの仕事。彼自慢の武器、力を増強する魔籠手を装備したラヴァルが、獲物の脳天をカチ割って終わりだ。
ちなみにだが一度だけ、試しに背中ではなく頭を狙って銛を投擲してみた。わざわざ面倒な手順を踏まず、先に倒してから引き上げたほうが楽なんじゃないかと考えてだ。
結論から述べると、この試みは大失敗。水中で仕留めてしまうと、物凄い勢いでほかのシャークロッグが死体に群がってしまった。
慌てて陸地に引き上げるも、蛙鮫の体は同族にあちこち食いちぎられており、見るも無残な姿に。折角の商品価値を損なっていたのである。
同族の死体を食べる習性があるとは聞き及んでいたが、まさかここまでとは。自力で陸地に上がってこないぶん、引き上げに無駄な労力を要したしで、完全に悪手でしかなかった。
実験的な試みが失敗に終わってからは、当初の手順通りに進めた。上陸したシャークロッグを苦にしない実力があるのなら、正攻法が一番の攻略法だと実感する。
「なぁ、ラヴァル。もう十分じゃないか? とっくに目標数は超えているし、これ以上欲張る必要はないだろ」
討伐した個体数は十七匹。すでに倍近い数となっている。増えすぎた数を間引くのが本来の目的とはいえ、狩りすぎれば今度はまた別の弊害が起こりかねない。
多すぎるのは勿論だが、逆に減りすぎても生態系は乱れる。地元の観測者ならまだしも、外部者である俺たちに適正な数はわからないからな。あまり出しゃばった真似はしないほうがいい。
「安心しろよ、あと倍は狩っても大丈夫だ。ギルドの職員からどれだけ狩っていいか、事前に確認してある」
「ならいいけど。……ん? ってことは、限界まで狩るつもりか!? 勘弁してくれよ、さすがにそこまで付き合いきれないぞ」
現状の数の倍となれば、少なく見積もっても三十匹にはなる。俺はもうすでに満足していて、それどころかお腹一杯な思いだ。
「討伐した死体の回収は、依頼主側でしてくれる手筈だ。俺様たちは狩るだけなんだから、楽なもんだろ」
「そりゃ楽だけどさ……。ああ、もう! 正直に白状するとだな、飽きた! そろそろ帰りたいんだよ、俺は!」
もうじき陽が落ちて、辺りが暗くなり始める。夜になると大抵の店が閉まってしまう。だからここらで切り上げて、店仕舞いをする前に少しでも買い物を楽しんでおきたいんだよな。
なにより今日を過ごした大半の出来事が、ラヴァルとの魔物狩りだけは絶対に嫌だ。
「つれねぇなぁ……。そう言わず、もう少しだけ俺様に付き合ってくれよ。な、兄弟!」
「……あと少しだけだぞ。あと少ししたら、俺は本当に帰るからな」
ここでさっさと帰らないあたり、我ながら付き合いがいいほうだと思ってしまう。もっとも、俺が帰ってしまえば効率が大きく落ちるので、そうなればラヴァルも諦めがついたかもしれないが。
「へへ。ありがとよ、兄弟」
「前から言おうと思ってたんだけど、俺を兄弟って呼ぶのをやめろ」
馴れ馴れしく肩を組んできたラヴァルの腕を、煩わしげに振り払う。けれどラヴァルは気にも留めず、豪快に笑い飛ばした。
「ま、本命さえ狩れればすぐだからよ。それまでの辛抱だ」
「本命? なんだ、狙いがあったのか。ならそれを先に言えっての」
「あれ、話してなかったか? 俺様がお目当てとしているのは、雌の個体なんだよ。今の時期は腹に卵を持っているらしくてな。地元民の話じゃ、その卵がすっげぇ美味いんだとよ」
シャークロッグの卵、つまりは魚卵になる……のか? 大抵の生き物の卵は美味と相場が決まっているが、ラヴァルの口振りからして、シャークロッグの卵はとりわけ極上品のようだ。
卵はひと粒ひと粒が親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさで、噛めばぷっちりと弾け、ほどよい塩味が口中に広がるのだとか。
新鮮な卵には魚介特有の魚臭さがなく、ねっとりとした中身は最高級の燻製チーズを思わせる味らしい。
「俺様の愛しの聖女様にな、食べさせてやりてぇのよ。なにせ足の早い生鮮品とあって、この町でしか食べられない珍味だ。おまけに雌の個体は少ないから、市場には滅多と出回らず、美食家気取りのお貴族様ですら運に恵まれなきゃ口にできねぇ」
いつからイリスはお前のものになったんだよ。当人から距離をとられているのを、いい加減自覚しろっての。
とはいえラヴァルがそれほどまで拘った理由が、話を聞いてようやくわかった。早い話が、愛しのイリス様にいいところを見せたいんだな。
……いや、語っているときのラヴァルの優しげな横顔から察するに、きっと本心からイリスを喜ばせたいのだろう。
ならば俺としても、ここはひと肌脱ぐしかあるまい。ラヴァルのイリスを喜ばせたいと思う純粋な気持ちは、同じ男として是非とも汲み取ってやりたい。
それに話を聞いていて、俄然俺も興味が湧いた。
金持ちがいくら大金を積もうが、食べられるかどうかはそのときの運に左右される珍味。シャークロッグの卵を味わうことができれば、セレアーネの町を訪れたいい土産話となる。
「よし。俺も乗ってやるよ、ラヴァル。そうと決まれば、早速雌の個体を狙うぞ」
「おぉ、本当か!? さっすが、頼りになるねぇ! ……っておい。お前もしかして、どいつが雌か最初から見分けがついていて、あえて雄ばかり狙っていたんじゃないだろうな?」
「……さて、なんのことやら? もうじき陽が落ちるから、暗くなる前に済ませるぞ」
深く言及されては困るので、とぼけたふりではぐらかしておく。
真実はラヴァルが疑った通り。
俺の視力なら、遠くの水面に走る背ビレを見ただけで、その大きさから雄か雌かの区別はついていた。聞かされた依頼内容に雌雄の指定はなかったため、意図して雄ばかりを狙ったのである。
だって雌の個体は大きいから、引っ張るのに雄よりも労力を必要とするだろ? 同じ苦労をするのなら、少しでも楽なほうがいいと思ってさ。
時折水面から突き出される、シャークロッグの背ビレ。圧倒的に多いのは雄個体なのだが、これまでもたまに雌の姿を確認している。
だから集中して目を凝らし、雌の背ビレが現れるのを待った。
そしてようやく訪れる、雌個体の出現。ラヴァルに合図を出し、現れた背びれの根元を狙って銛を投げ放った。
銛は柄の半分まで雌の背中に突き刺さり、突如として襲った痛みにシャークロッグは海面から大きく飛び跳ねる。
「おぉ、でけぇっ!! ありゃ間違いなく雌だ! よくやったぜ、兄弟!」
「だから兄弟って呼ぶのを……まぁいいや。それより、くるぞ! 逃がさないためにも、全力で引けよな!」
誰にものを言っているんだと、不良神官は腕を鳴らす。袖を肩口までめくり挙げた腕の筋肉が盛り上がり、その迫力からラヴァルの本気度が窺える。
ふたりで協力してロープを引っ張り、岸に近づけるため奮戦した。
「くっそ、なんて引きの強さだ!? 雄とは段違いじゃねぇか! 俺様が全力で引っ張ってるってのに、ちっとも寄ってくる気配がねぇぞ!!」
これまで楽勝で雄を相手していただけに、雌の桁違いの怪力に驚かされた。
俺たちは腰をこれでもかと落とし、懸命に引いているにも関わらず、力負けしはじめている。予想外の苦戦を強いられ、踏ん張る踵が土を削って地面に線を残していく。
「……っ! ラヴァル、これ以上は……無理だ……!」
鬼人の籠手を着けてこなかったことを、心底悔やむ。素手で引くには限界があった。籠手さえ装備していれば、俺も負けじと怪力を発揮できていたはずなのに……!
腕が悲鳴を上げ、手を離せと懇願してくる。
徐々に湖へと引きずられていき、爪先に冷たい感触が触れた。いよいよと水際に到達してしまったのである。ここらが引き際と判断し、俺は手を離した。
地面スレスレまで腰をおとしていたため、盛大に尻餅をつく。肩で息を吸い、酸素を求める肺の要望に甘んじて応じる。
「おい、ラヴァル! お前も諦めて手を離せって! じゃないと水中に引きずり込まれるぞ!」
「うる……っせぇ! ここまで粘って、はいそうですかと簡単に諦められるかよぉ……!!」
俺がロープから手を離したがために、ラヴァルはより強い力で湖に引っ張られる。とっくに足は水に浸かり、もはや負け戦。だがそれでも、彼は諦めようとしなかった。
しかし現実は非情なり。ラヴァルの奮闘虚しく、引っ張り合いの勝敗は決する。諦めの悪いラヴァルは最後まで手を離そうとせず、案の定湖の中へと引きずり込まれてしまった――。
別作「おっさんによる、賢者の遺産で異世界チート生活」も現在進行形で更新しております。
現在、27話まで投稿済み。そちらも読んでいただけると嬉しいです!
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