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陰キャ男子の異世界戦記  作者: 伊佐治 あじ斎
一章 天使降臨、悪魔君臨
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一章 十九話 前哨戦〈2〉

 〈19〉


 帝国動く。

 その報がとどいたとき、当然ながらタヴァレスタットは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。なにせ、当初想定していた敵兵力は、テルロー地方の兵が主力となり、帝国本土からの援軍は精々、一二万だった。だが、第一報では最低でも五万の兵力が東進しているという。驚くなという方が無理な話だ。

 ここにきてようやく、タヴァレスタット首脳陣は、帝国が本気でこの街に攻めてくるのだと覚った。片手間で片付けにくるわけではないと。

 首脳陣は顔を蒼白にして、連日実りのない会議を行っていた。防衛軍もまた、日々訓練を重ねつつ、連日会議を開いていた。だが、その雰囲気は対蹠的といっていい。


「やはり、ミチューキ様に優先して覚えていただくべきは、乗馬ではないかと愚考する。ミチューキ様には他にも学ばねばならぬ物事があり、ご負担がかかってしまう事は承知しており申すが、いざというときに馬に乗れねば、逃走すらもままなりませぬ。何卒、ミチューキ様におかれてはご理解賜りたく存じます」

「ま、一理あるねぇ」

「アタシとしても、そこに異論があるわけじゃねえ。だがよ、それと同時並行で武芸を教えるってのはダメなのか?」


 老将ユーレスの提言を、シカトリス、アラナイは肯定する。そのうえで付け加えられた要望に、ユーレスは議題の中心である道雪に視線を向けた。それまで、当事者であるにも関わらず、自己主張という選択肢を頑なに拒否していた道雪の肩が、ビクリと震えた。

 その状況はまるで、保護者と教師が自分の教育方針を話し合っているようで、道雪の肩身は猫の額と張り合うレベルで狭くなっていく一方だった。


「たしかに、最低限己の身を守っていただける程度の武の心得を修得していただければ、我々としても護衛の負担が減るだろう。だがしかし、前述の通りミチューキ様には他にも学んでいただきたい物事、逆にミチューキ様から蒙を啓いていただきたい者も多い。時間は有限ぞ。我々の負担を減らす為に、ミチューキ様の負担を増やすようでは、本末転倒。怠慢である」

「はっ! そらそおだねえ。ま、付け焼き刃の武芸がどこまで役に立つのかって話だしねぇ」

「んなもんが必要ないくらい、アタシらがきちんとミチユキ様を守れって? 上等じゃねえか!」


 女傑二人の意気込みに、道雪はぷるぷると生まれたての子鹿のように震えながら耐えるのみだった。負担を強いているのはわかるが、シカトリスの言う通り、武芸など一朝一夕で形になるものではない。逆に、知識というものは即座に利用可能な力である。

 道雪が、己の身を守れるくらいに強くなるのと、この世界の情報を吸収し、高度な知識を伝授する事、どちらを優先すべきかは、考えるまでもない。

 するとそこで、ユーレス、シカトリス、アラナイ、そして道雪以外の声が、遠慮がちに聞こえてきた。


「あ、あのぉ……」


 声の主は、この会議室にあって、一人だけ場違いな中年男だ。ゴア商会のランド・クリムである。


「私はどうして、この場に呼ばれたのでしょう? それと皆さま、帝国の侵攻について話し合われないのでしょうか?」


 ランドが商会長を務めるゴア商会は街を代表する大商会であり、街の職人や住人の代表だ。本来ならこの時間は市政館に向かい、会議に参加する予定だった。その予定に割り込んだのが、防衛軍首からの呼び出しだった。

 さぞ重要な内容なのだろうと思って、市政館に断りを入れて出頭してみれば、呑気に三者面談じみた内容だったのだから、肩透かしも仕方がない。ランドとしては、対帝国戦に向けて、防衛軍と市政館との意思疎通にも役立つと思って予定を変更しただけに、この能天気さに多少の苛立ちすら覚えていた。


「ああ、ランドさんを呼んだのはミチユキ様だ。内容は知らん。ミチユキ様に直接聞いてくれ」

「は、はい……。そ、その……、お願いしていたものの進捗を、き、聞きたかったのですが……」


 アラナイがランドの質問にぶっきらぼうに答え、道雪がオドオドと用向きを伝えたのだが、その歯切れはすこぶる悪かった。ランドは帝国が気になって、それどころではないという態度が明け透けであり、とてもではないが関係のない話を聞けるような精神状態ではなさそうだったのだ。

 関係ない話じゃないんだけどなぁ……、と思う道雪だったが、言葉を尽くしてその関係性を説く事はしない。できないだけともいう。


「帝国ったってなぁ……。別に、急いで話し合うような事柄って……なんかあったか?」


 アラナイが訊ねると、シカトリスは煙管に煙草を詰めながら皮肉気に肩をすくめ、ユーレスは生真面目そうな顔でハッキリと答えた。


「特になにも。しいて言うなら、潰陣の動きに妙なところがあるとの報が届いておりますが、あまり精度の高い情報ではない為、現在詳しく調べさせているところです」

「あれ? それアタシ、知らねえ」


 アラナイの言葉に、シカトリスが苦笑しつつ答えた。


「まだよくわかってない話だから、正式に話し合いをする段階じゃあないのさ。おかしいっていっても、王国方面の軍を潰陣とペーテルスが、本隊の方を飛礫のフェルツェルが編成している節があるってだけだからね。取り立てて騒ぐ程の事かっていわれると……」

「まぁ、たしかになぁ……。帝国が重要視してんのは王国だし、そう不自然って程でもねえか。でもそれなら、ペーテルスと飛礫の立ち位置は逆なんじゃねえか?」

「だから変だって話なのさ。そもそも、副官とはいえ魔術師のフェルツェルに軍の編成をさせるってのもおかしな話さ。同じ副官でも、ハイニヒェン侯爵家の次男坊の方が適役だろうに……」


 そう言って煙管に火を付けるシカトリス。難しそうな顔で腕を組んだアラナイだが、当然考えたところで答えが出るわけもない。ユーレスも、現状ある情報だけでは判断はできないとばかりに、軽くため息を吐くだけだ。

 道雪も、敵である潰陣ターレス・シュテルン・フォン・セイロ将軍の名は聞いている。そして、その陣営の主だった者やその来歴、能力についても学んでいた。だからこそ、その話は妙だと思った。

 術士フェルツェルは、当代随一とも称される魔術師だ。その能力は、【魔術】を主力とする帝国軍においてすら、卓抜しているといっていい。敵対しているタヴァレスタット勢から見れば、悪魔よりも恐ろしい女だ。

 だが、彼女はいまだ二十代の女性。しかも、どちらかといえば研究者寄りの人材で、兵を指揮するような役どころではなかったはずだ。セイロ将軍麾下には、他にも人材はいる。なぜ飛礫のフェルツェルなのかと、誰もが思うはずだ。

 まぁ、この情報が正しいという確証はない。誤報が飛び交うのも戦場の常だろうし、判断を下すのはもう少し詳しい事がわかってからだなと、他の三人と同じ結論に達した道雪だった。

 だが、この場にあって納得できない者が一人、残っていた。当然、ランドである。


「そんな事を聞いているんじゃないですよ!! 帝国軍が何万人も、こちらに向かってきているんですよっ!? どうしてそんなに呑気にしているんですかっ!?」

「うっせえなぁ」


 強い口調で言い募ったランドを、アラナイが乱暴に切って捨てる。


「二〇万人来たってえなら、アタシらの顔も曇る。一〇〇万人来たってえなら、あんたらみてえにビビり散らすだろうな。ま、帝国が一〇〇万の自国民を徴すなら、むしろ勝機は増えると思うがな」


 そう言って、威嚇的な笑みを道雪に向けるアラナイ。その笑顔を受けても、怯む事なく道雪は苦笑して肩をすくめた。

 アラナイは好戦的な表情でランドを見つめ、言葉を続ける。


「数万人が相手なら、当初の予想から大きく外れねえ。こちとら、端から帝国軍十万を相手にする腹積もりなんだよ」

「なっ……!?」

「市政館はテルルォー地方からの三万に、帝国兵一二万だと思っていだろう。だがな、それじゃあ確実にタヴァレスタットを落とせるとは言い切れない。アタシらだって、それなら守り切れる方策はあると考えた。だったら帝国は、確実と思えるだけの兵を集めてくる。できるんだから、やらねえ理由はねえ」

「し、しかし、我々が蜂起してからまだそう時も経っていません。帝国がこうも早く動こうとは……」


 ランドは市政館の考えを代弁したが、アラナイはその言葉も素っ気なく切って捨てた。


「蜂起の前から準備してたんだろうさ。でなきゃ、たしかに間に合わねえかんな」

「つ、つまり、帝国はタヴァレスタットが蜂起する事を、予め想定していたと?」

「そもそも、蜂起自体が帝国の思惑だったって節がある。駐留してたあの帝国兵ブタどもの動きは、あまりにも粗忽に過ぎた。どう考えたって、自領の民に対する態度じゃあなかった。だったら、遅かれ早かれタヴァレスタットが反発すると思ってたっておかしくはねえ。そして、だったらそれに備えてねえはずもねえ」

「そんな……」


 絶句するランドに、アラナイは勝気に笑う。


「まぁ、いち早く起ったおかげで、タヴァレスタットには余力がある。きっと帝国も、そこは想定外だったはずだ。必ず綻びはある。アタシらはそこを突く。だから今は、情報収集を徹底してんのさ」


 なるほど、とランドは頷いた。それがさっき言っていた、潰陣セイロ将軍の不可解な行動か。誤報かもしれない、些細な噂話も含めて聞き耳を立てている。

 ランドの頬が羞恥に染まる。周章狼狽して数に怯える市政館の面々よりも、彼らは真面目に帝国に向き合っているといえるだろう。それを指して呑気などと言ってしまった自分の失言を、ランドは恥じていた。


「なるほど……。よくわかりました……」


 そう言うしかない。


「市政館は結論に至りましょうや?」


 ユーレスが問うも、ランドの渋面から答えは聞くまでもないのは誰の目にもわかった。


「意見はまとまる気配を見せません。それ故私は、防衛軍の見解を市政館に伝えたいと思っております。なにしろ、王国や連合王国に助けを求めようという案も、再度検討されている程です。公国と同盟を結ぼうという勢力もありました」

「なんだいそりゃあ」


 呆れたような口調で紫煙を吐き出したのはシカトリスだ。一度独立と決めた以上、軽々にその姿勢を変えるべきではない。朝令暮改は民からの支持を失う愚行だ。シカトリスだけではない。ユーレスもアラナイも鼻白んだような顔だ。だが――


「ちょっと待ってください」


 道雪が真剣な顔で、話に割って入った。


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