【コミカライズ記念小話】 レイスとリコラのペンダント
完結からだいぶ経っていますが、まさかのB's-LOG COMICさんでコミカライズが決まりました! いっぱい読んでくださった皆様のおかげです、本当にありがとうございます><
すでに配信スタートしております!
詳しくは本日付け(2020年3月6日)の活動報告で!
以下はコミカライズ記念小話です。
以前に活動報告に挙げていたものを加筆修正してみました。
レイス視点。時系列的は、本編で聖鐘の森から教会に戻ってきたあたりです。
よかったらどうぞ!
「ああ、ここにいたのね、レイス。ちょうどよかったわ。貴方に聞きたいことがあるんだけど」
「……スーか」
皮張りのソファに足を組んで座っていた俺は、現れたスーに本を閉じて顔を上げた。
――聖鐘の森から戻って数日後。
今日は騎士としての職務が休みで、特にこれといった予定もなかったため、俺は教会の書庫で適当に選んだ本を読んでいた。
中身は精霊についてだ。
精霊教会の書庫なだけあって、収められている本の大半には、タイトルに『精霊』の二文字が踊っている。
書庫はそこまでの広さはなく、そびえ立つ本棚で通路は狭められ、二人掛けのソファが隅の小窓の前にひとつ置かれているだけだ。スーは窓から差し込む陽を髪に透かしながら、上から俺を覗き込んで「隣はいいかしら?」と尋ねてくる。
「ああ」
「ありがとう」
体をずらせば、スーは戸惑いなくそこに腰を下ろした。
ソファが小さいせいか、意図せず距離が近い。肩が触れ合うくらいの距離だ。
それでも彼女が俺の隣に、当たり前のように座ってくれたことに、密かに安堵と喜びを感じる。
……少し前までなら、こんな近くにいられなどしなかった。
「それで……俺になんの用だ?」
「あのね、さっきまで女性の使徒さんたちと、ドレス選びをしていたんだけど……」
「ドレス選び?」
「ほら、王城に行くための」
『王城』という言葉に合点がいく。
スーと、それから俺も、精霊姫とその護衛騎士として、無事に任務を遂行したことに対する、労いと褒美を直々に国王より受ける手はずになっている。
そのときに着ていく際の装いを選んでいたということだろう。
「決まったのか?」
「ううん、候補はいくつか出たけれど、決定はまだよ。でもね、そのとき一緒にドレスに合うアクセサリーも見ていてね。たまたま通りかかったロア君が、アクセサリーを見て思い出したように『騎士様から頼まれていたんでした!』って、これを取りに行って……。私からレイスに渡してほしいって預かってきたの」
スーが掌の中に隠していたものは、銀色に眩く光るネックレスのチェーンだ。そういえば用意してくれないかと、あの小柄な使徒に頼んだことを忘れていた。
受け取れば、スーは綺麗な灰がかかった青い瞳を好奇心で輝かせる。
「ねえ、それはなにに使うの? 男性用のアクセサリーでも買ったの? あなたがなにか欲しがるなんて珍しいわね」
「いや……一度直したんだが、これのチェーンがゆるかったから変えようと思っただけだ」
白いシャツの襟を寛げて、中からペンダントを引っ張り出す。
楕円形のフレームの中に、赤いリコラの花が咲くペンダントは、端が欠けてヒビが入っているが、ずっと大切にしていたものだ。
リコラの花を視界に留めて、スーが驚いたように息を呑む。
金茶の髪が小さく波打った。
「……それ、身に付けてくれているの?」
「ああ。精霊の宝箱に仕舞い込んでおくよりはいいか、と。すまない、つけない方がよかったか?」
「っ! そんなわけないじゃない!」
思ったより勢いよく反論されて、今度は俺が驚く番だった。
スーはハッとして俯く。
彼女はこちらの様子を目線でチラチラ窺いながらも、小声で「私の贈った物を、貴方がつけてくれるのよ? 嬉しいに決まっているじゃない」と、ボソボソと呟いた。その頬はほんのり赤く染まっている。
……ああ、愛しいな、と。
そう漠然と思った時には、俺はスーの柔らかな金茶の髪に触れていた。嫌がっていないかを確認してから、毛先を撫でるようにすけば、彼女は「ふふっ」と笑って擽ったそうにみじろぐ。
「貴方、私の髪を撫でるのが好きよね。まだまだ遠慮がちだけど、髪にはわざわざ許可を取らずにも触れてくれるし」
「そうか? 気づかなかった。触れられたくなければ言ってくれ」
「……だから、私が貴方にされて嫌なことなんてないってば」
不貞腐れたように、スーが俺の胸元のペンダントを弾く。
ゆらりと揺れる赤い花を見下ろしていると、いつかスーが俺の瞳に似ていると言ってくれたことを思い出した。
スーリアも同じことを思い起こしていたようで、「貴方の瞳と同じだからって、選んで買った日が懐かしいわ」と頬を緩めている。
幼い頃の、真綿で包まれたような優しい記憶だ。
俺もつられて少しだけ口角を上げれば、スーリアはまた顔を赤らめた。「そういうのって不意打ちよ! ズルいわ!」と怒られたが、彼女といると簡単に感情が動いてしまう。
小窓から侵入してきた温かいそよ風が、クリーム色のカーテンを掬い上げる。
ひどく穏やかな空気が、周囲をオレンジ色の光と共におおっていた。
「……ねえ、レイス。今日は私も、このあとは暇なの」
「ドレス選びの続きはいいのか?」
「続きはまた明日になったわ。慣れない作業で疲れちゃったから、ここでちょっとだけ休んでいってもいいかしら」
俺が断るはずがないと彼女もわかっているだろうに、コクリと頷けば嬉しそうにスーは破顔する。
「だが、あのうるさい水の精霊はどうした? いつもスーにへばりついているのに、今は傍にはいないのか」
「ウォルのこと? そんな言い方したら怒るわよ、あの子」
確かに、水状の尻尾から水滴を飛ばして抗議されそうだ。
容易に想像できる。
「ウォルは街に探検に出掛けているわ。すっかり王都にも慣れたみたい。貴方とも慣れてくれるといいんだけどね」
クスクスと、スーリアは口に手を添えておかしそうにしている。あの水色の毛玉は俺を嫌っているから、それはなかなか難しいと思うが。
スーが望むなら、まずはここの本で精霊について学び直すべきか。
「ウォルとのことは追々ね。たまにはこうやって、二人だけでのんびりするのもいいでしょう?」
「……そうだな」
コテンと、スーリアが俺の肩に頭を預けてくる。
気丈に見えてもだいぶ疲弊していたようで、程なくして小さく寝息を立て始めた。俺は起こさないように気をつけながら、再び本を開く。
……ページを捲るにも細心の注意がいるな。
彼女の呼吸に合わせるように、ペンダントの赤い花がそっと静かに揺れた。





