後日談1 ロア君は知っている
ロア君視点の補足です。
番外編はあと一話で終わりです。
『ロア君へ
お久しぶりです。
元気している? 突然のお手紙ごめんなさい。
私とレイス、それからウォルは元気……といいたいところなんだけど、先日ちょっとした事件があったの。ウォルがとある絵本を読んで、その本に書かれていた実際にある洞窟に、単独で迷い込んじゃって。
そこがなかなかに危ない洞窟でね、慌てて探しに行ったのよ。
教会所有の本だって聞いたから、ロア君も読んだことあるかしら?
【悪夢の洞窟の冒険】っていうやつね。
で、その事件はマロさんっていう、聖鐘の森に住む水の精霊に助けてもらって、無事にウォルを救出して解決したんだけど。
そこでこう、不本意な情報を聞いたというか……。
…………私とレイスが、精霊達の間で仲良しカップルで有名だとか、なんとか。
もしね、もしよ?
そんな噂が広まっているなら、事実を確かめて教えてほしいの。
忙しいところ本っっっ当に、こんなくだらないことで悪いんだけど! どんな形で広まっているのか気になるというか! 恥ずかしいというか!
ごめんなさいね、変なことを頼んで。
またそちらの教会にも、レイスとウォルを連れて遊びに行くわね。
お仕事大変だとは思うけど、身体には気を付けて。ロア君はすぐに無茶をするから心配だわ。
私の頼み事はいつでもいいから! じゃあ、またね。
スーリア』
「お二人の噂、ですか……」
教会内の自室の椅子に腰かけ、僕はスーリア様から届いたお手紙を拝読しておりました。読み終わった赤い花柄の便箋を、丁寧に折り畳みます。
確か、この赤い花はリコラというのでしたっけ。スーリア様の故郷で見られる、美しい花ですね。
本協会に勤める使徒こと僕、ロアセル=フィンスは、御年の精霊姫様であるスーリア様と、おそれおおくもこうして時折お手紙の交換をしております。
文通、というやつです。
お互いに近況を報告したり、日常を綴ったりしただけの簡単なやり取りですが、僕はスーリア様からのお手紙が届くのをいつも楽しみにしています。
スーリア様の書かれる内容はいつも賑やかで、読んでいてついつい笑ってしまうのです。
「ですがそういった噂となると、精霊たちに聞いてみないとわかりませんね」
ふむ、と僕は顎に手を添えます。
スーリア様と元護衛の騎士様は、はじめこそ険悪だったものの、この教会を発つ頃には、すっかり仲睦まじい雰囲気に変わっていたと記憶しています。
スーリア様を見つめる騎士様の眼差しが、とてもとても優しく愛しげで……こ、こちらまで赤くなってしまいました。
なので、そんな微笑ましい噂が、精霊たちの間で囁かれていても不思議ではないかもしれません。
特に、風の精霊などは噂好きですからね。
スーリア様の頼みです。
これは後でちゃんと、僕が責任を持って調べさせて頂きます!
「そちらは後々に考えるとしても……」
【悪夢の洞窟の冒険】という、作者不明の古い絵本。
その表紙を思い浮かべます。
ほんわかした絵に反して、中身は子供向けにしては少々手厳しい描写も多いです。最後は幸せな終わり方ではあるのですが。
僕も幼い頃、この本は繰り返し読んだことがあります。
……というか、なんでしたら、作者の方を知っていたりもします。
「ロアよ、おるか?」
「あ、はい! すぐに出ます!」
トントンと小さく部屋の戸を叩かれ、僕はわたわたと立ち上がって、手紙を手にしたまま戸を開けました。
そこにいたのは、にこにこと朗らかな笑みを湛えた、僕のおじい様にしてこの教会の使徒長・ガウディ=フィンス様です。
目線の高さは、身長の低い僕と同じくらい。
小柄な体躯も一緒で、使徒の間では『ロア様はおじい様似ですよね、将来はご立派になられますよ』などとよく言われますが、おじい様は僕とは違って滲み出る覇気をお持ちです。
まだまだ僕など、尊敬するおじい様には到底及びません!
「急にすまんな、休みのところ」
「いいえ、どうなさったのですか? おじ……し、使徒長様」
「仕事中じゃないんじゃから、呼びたいように呼びなさい。なに、前にお主が読みたがっていた本、手に入ったから持ってきたんじゃ」
おじい様が後ろ手に隠していた分厚い本を、スッと僕に差し出します。
精霊についてまとめられている本です。王都で人気で入手困難な物だったため、嬉々として受け取ります。
「ありがとうございます、おじい様! あと、あの……本といえば」
おずおずと、スーリア様のお手紙にあった本の名前を出しました。
するとおじい様は、白いお髭を揺らして「ほっほっほっ」と笑います。
「懐かしいの――わしの描いた本じゃないか」
そう……なにを隠そう、【悪夢の洞窟の冒険】の作者は、こちらにいるおじい様なのです。
まだおじい様が若かりし頃、洞窟の調査に赴いたあとに、自ら筆をとって絵も物語もすべて自分でお書きになったとか。
この事実を知る者は、僕を含めて教会でも少数派でしょうが。
「しかし、あれをスーリア嬢がのう……奇妙な縁じゃな。それならわしがやった『イタズラ』にも、彼女は辿りつけたかの?」
「イタズラ……ああ、煌々石のことですね。手紙には書かれていたなかったのでなんとも……今度お聞きしますか?」
そのときに、作者がおじい様であることも教えて差し上げなくては。きっと驚くはずです。
おじい様は「あの本を、彼等がそろって読んでくれていたら面白いの」とまた笑って、僕の部屋を足取り軽く後にしました。
スーリア様と、狐姿の水の精霊様はともかく……騎士様は、子供向けの本など読まれるでしょうか?
男の僕から見てもつい見惚れるほど格好いい彼が、絵本を読んでいるところを想像すると、失礼ながらほっこりした気分になってしまいました。
そこも、スーリア様に尋ねてみたい気がします。
「次のお手紙は、便箋を増やすことになりそうですね……」
書きたいことをたくさん思い浮かべて、僕はスーリア様からの手紙を引き出しに仕舞ったのでした。





