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「ウォルが近くにいるわ! 早くマロさんも連れて迎えに行きましょう!」
「…………そうだな」
私が身形をサッと整えると、間をあけてレイスも立ち上がった。わかりにくいが、彼の表情は若干不服そうだ。
……私が腕からいきなり抜け出したせい、よね。
でも仕方ないの。
今はなによりウォルが優先!
レイスもなんだかんだウォルを心配してくれているのか、すぐに「子狐の声を聞いたのか?」と切り替える。レイスとウォルはお互い歩みよりの最中だものね。
ええと首肯して、まずはマロさんの姿を探した。
ふわふわと浮くシャボン玉を避けて気配を辿れば、壁に張り付いてぐったりしているマロさんを発見する。
「マロさん……! 大丈夫ですか!?」
「ああ、無事だったかい、お二人さん。ちょっと一気に力を使いすぎちまったみたいでね、時間が経てば回復するよ。ただウォル坊の気配が追えなくなってどうしようかと困ってたんだ」
「助けてくださりありがとうございます。ウォルのことなら私がわかります!」
私はマロさんを手に乗せて、労るようにアクアブルーの殻を撫でる。上級精霊でも、この靄を払うのは一仕事だったようだ。
お疲れだろうし、ウォルのことは私に任せてほしい。
ただそのことを告げると、マロさんはちょっぴり驚いたように円らな目を瞬いた。
「すごいね。ワタシは一度見失って、ウォル坊の気配なんてもう微塵も感じないのに。お前さんはわかるのかい」
さすが相棒だねと褒められて、照れつつも嬉しくなる。
洞窟に入ってから、レイスやマロさんに頼りっぱなしで役に立てていなかったから。ここにきて、ようやく自分の役目を果たせそうだわ。
マロさんには肩に乗って休んでもらい、私の案内でレイスと再び洞窟の奥地へと進んでいく。
ランプは落石のときに落としてしまったけど、取っ手の片側が外れただけで、拾えば直して普通に使えた。悪い足場を歩くのにもだいぶ慣れてきたわ。
辺りの様子も少しずつ変わってきて、悪魔の気は薄れ、先程よりも格段に息がしやすい。
だけど困ったことに、道が今まではわりと単純だったのに、曲がったりくねったりで、入り組んで複雑になってきていた。
ウォルの気配を追いかけながらも、これって戻れるのかしらと危惧する。
「あの、お疲れのところすみません、マロさん。ウォルさえ確保したら、帰りって転送の力で洞窟からでも家に戻れるんですか……?」
「あー……ここは力が使いにくいし、疲労具合も考えると、一旦出ないと難しいね」
「え!? わ、私、道なんてほとんど曖昧で……!」
「……心配するな、スー。通ってきた道は、すべて俺が把握している」
「嘘!?」
それって地味にすごくない!?
「念のために覚えておいた」
「そんなシレッと……さ、さすがね」
やっぱり最後まで、私はレイスに頼ることになりそうだ。
不甲斐なく思ったが、レイスは前を見据えたまま、「だからお前は子狐探しに集中しろ」と事もなげに言ってくれた。
……私の騎士さまが万能過ぎるわ。
もう開き直ってお言葉に甘え、私はランプを持ち直して、ウォルを見つけることだけに全力を注ぐことにした。
やがて道幅が広くなっていき、ランプのぼやけた灯りとは別に、進行方向に青い光のようなものが見えた。忙しなくチラチラと点滅している。
あれは……?
「俺が先に行って確かめてくる……そこで待っていてくれ」
私の動きを片手で制し、レイスは腰元の剣に手を添えて前方の暗闇へと消えた。
ここは彼の指示に従って、レイスが呼んでくれるまで待機する。もちろん、なにかあったら私も飛び込む準備をしつつ、そわそわと落ち着かない気持ちで、仄かに輝く青い光を見つめた。
やがてレイスから、こっちに来るようお呼びがかかる。
「まあ……」
―――開けた場所に足を踏み入れて、私は目を見張った。
そこは洞窟の中で間違いないはずなのに、鮮やかな青に囲まれた、まるで深海のような別世界だった。
壁も天井も、一部の岩が淡く輝き、水晶を思わせる透明な青い光を放っている。まあるく開いた空間を、その光がやわらかく包んでいた。
さらには天井のどこかに、外の陽が辛うじて差し込む小さな穴が空いているようで、一筋の黄色い線も上から走っている。それは深い海の底に、救いの糸を垂らしているようにも見えた。
精鐘の森の澄みきった美しさとはまた違う、どこまでも静かで、不思議と心休まる景観だ。
悪夢の洞窟の奥地に、こんな場所があったなんて。
「これは……天然の石? 精霊水晶とどことなく同じ気がするわね」
私は近くの壁に埋め込まれた、青い石に触れる。
指先がひやりと冷たい。だけど嫌な感じはしなくて、むしろ誰かの霊力のようなものを感じた。本当に微かだけど。
確か……あの本のラスト付近のページで、兄弟が一面青の世界で、そろって石を手にする場面があった。
あの本に書いてあったのは、そしてウォルが探そうとしていたのは、きっとこれよね。
『煌々石』、だったかしら。
「おそらく、あの本の作者である精霊使いの、ほんのささやかな仕掛けというか……イタズラだね」
「イタズラ、ですか?」
「ああ。ここの岩は、どうも精霊水晶と似た性質があるようで、霊力を封じ込めておくことができるみたいだ。ここに調査に入った本の作者である精霊使いが、物語に華を添えるため、自分の霊力をあちこちの岩に閉じ込めていったんだろう。実際に本を読んでここに来た者が、本と同じだと驚くようにね」
マロさんの解説を聞きながら、私は指から伝わる僅かな霊力に「作者さんはけっこうお茶目な人だったのね……」と、変におかしくなった。
だって天井まであるのよ? 当時は精霊の力も借りたのかもしれない。
長い年月、そのままこの仕掛けが残っているのもすごいわ。
「精霊水晶よりは少ない霊力しか入れられないが、随分と長持ちするみたいだね。この石があったから、ここまで悪魔の気が届いていないんだろう。まったく、人間は愉快なことを考えるものだと感心しちまうよ」
「……スーの瞳の色に似ているな」
マロさんの感嘆の息に続くように、レイスが「綺麗だ」と小さく微笑んだ。
思わずカアッと顔が熱くなる。
い、石のことよね?
「と、というか、ここにウォルがいるはずなんだけど……」
つい真っ青な世界に圧倒されてしまったが、あの子の気配はここで途切れている。この空間のどこかにいるはずと、私は隈なく周囲を見渡した。
すると隅っこで、蹲っている水色の塊をやっと発見する。
「――――ウォル!」





