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【コミカライズ連載中】幼馴染みで悪魔な騎士は、私のことが大嫌い  作者: 編乃肌
番外編

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1

「スー、クッキーは焼き上がったぞ。……次はどうする」

「ちょ、ちょっと待って」


 私はパイ生地を作っていた手を止めて、ボウルを置いてレイスの方を振り向く。元特権騎士団で高給取りだったレイスと住んでいるこの家は、台所が広くて二人いても窮屈さをまったく感じない。


 襟を寛げた白シャツの上に、自分の髪色と同じ黒のエプロンを身につけたレイスは、私からの次の指示が来るまで忠実に待機している。

 それこそ、命令を待つ騎士のよう。実際に今でも警備団とはいえ騎士位はあるしね。


「まずクッキーの出来は……完璧ね」


 ウォルのキツネ顔を象ったプレーンとココアの二種のクッキーは、焼き上りも形もとても綺麗だ。一枚食べてみたけど、甘さは程好く口どけまろやか。文句なし。


 ……一から作ったのはレイスだけど、私より綺麗で美味しい気がするのは錯覚かしら。


「じゃあ、次はそこのフルーツを切ってくれる?」

「ああ、わかった」


 指示通り、盛り合わせ用のオレンジやらキウイやらを、フルーツナイフでカットしていく手つきは慣れたものだ。剣の扱いに長けていると、ナイフも上手に使えるものなの? そのうち高度な飾り切りまで会得しそうで怖いわ。


「一体なにを目指しているのよ、貴方」

「ん……? 目指すものなど特にないが、俺はお前が喜んでくれるならそれでいい」

「そ、そういうことを聞いているんじゃないわ!」


 この天然タラシめ……!


 リンスから新居祝いにもらった、質のいい水色のエプロンの紐を結び直して、私は赤い顔で悪態をつく。そんな私などお構いなしで、レイスは涼しい顔でリンゴの皮をスルスルと向いていく。


「こちらが一段落したら、次は部屋の飾りつけだったか?」

「そうよ。新しく買ったテーブルクロスに変えて、リコラの花をテーブルに飾りましょう」

「花瓶はどうする」

「実家から持ってきた、お気に入りのガラス製のがあるわ」


 段取りを確認していく。

 お祝いごとにふさわしいように、すべて華やかに整えなくちゃ。



 ――――今日は、私とウォルの出会った記念日だ。



 いまでは遠い過去のことだが、私がレイスと一度決別した後、精霊使いとしての力に確と目覚め、はじめて言葉を交わした精霊がウォルだった。

 それ以来、私とウォルは大切な友達であり相棒だ。


 レイスの件でもウォルにはなにかと世話になったし、そのお礼もかねてささやかだけど、たくさんのデザートを作ってちょっとしたパーティーを企画してみた。


 当然、私の幼馴染な騎士様も巻き込んで。


 性格は不器用な癖に手先はとんでもなく器用なレイスは、淡々と私の指示をこなしてデザートを仕上げていってくれている。

 この調子なら問題なく予定通りに、甘いものにただひたすら囲まれる、ウォルのためだけのパーティーの準備は整うだろう。


 私とレイスはいつもよりだいぶ早いが、先に夕食を済ませている。昨日の残り物のホワイトシチューを暖めて、固めのパンと作り置きのサラダを添えただけの簡素なものだが、そのぶんデザートをたくさん頂くから今日はいいのだ。

 レイスも決して甘いものは嫌いではない……というか、案外好きなのよね、昔から。


 孤児院にいた時も、他の小さな子達に紛れて菓子類はけっこう食べていたことを、私はちゃんと記憶している。


「問題はウォルね。教会の方で、お菓子をもらいすぎていないといいけど」


 ウォルは三日ほど前から、フェイ君のところに遊びに行っている。もふもふな精霊同士で仲がいいようで、文字を教わったり一緒に絵を描いたりしているようで微笑ましい。

 あちらの教会にもすっかり馴染んで、ウォルはよくお菓子をもらって帰ってくるのだ。


 パーティーのことは事前にウォルにも伝えてあるので、そこまで食べすぎることはないと思うけど。

 たぶん、夕方くらいには戻るはず。


「……あの水の精霊は、菓子ならいくらでも腹に入れられるだろう。領主の館でもかなり餌付けされているようだが、そのあとでもスーのデザートは残さずつまんでいるくらいだ」

「ふふ、それもそうね」


 お腹をパンパンに膨らませるウォルを想像して、小さく笑い声を立てる。

 さてもうひと踏ん張りと、パイ生地の材料を混ぜている途中だったボウルとヘラを取って、私は作業を再開した。




「よし、準備は完了ね! レイスもお疲れ様」

「ああ」


 私は食卓を見渡して満足げに息をついた。


 四人がけの木製のテーブルには、薄いピンクの春色のテーブルクロスが敷かれ、その上にはレイス作のウォル型クッキー、紅茶のふんわりシフォンケーキ、カボチャをこして作ったプリン、豪勢に盛り付けたフルーツの山などがところ狭しと並んでいる。


 ウォルの好物である木苺のパイも、もちろんしっかり真ん中に配置済みだ。そのすぐ横には、透明な花瓶に生けられた赤い花が場を引き立てている。


「貴方が庭から摘んできてくれたリコラの花も、見頃で綺麗ね。わざわざありがとう」

「気にするな。……じきに陽が落ちるな」


 エプロンを外し椅子の背にかけたレイスが、その切れ長の瞳をテーブル横の窓へと向ける。

 空は見事な茜色だ。そこに紫の薄闇がじわりと溶け出している。


 机の上を整えるのに夢中で気づいていなかったけど、いつのまにかこんな時間になっていたのね。夜の帳が落ちる時間も近い。

 ……ちょっと、ウォルが帰ってくるのが遅い気がするわ。


「ねえ、ウォルは大丈夫かしら。そろそろ戻ってきていても……って、きゃっ!?」


 ――――そこで突然、ブワッと足元に風が巻き起こった。


 窓は開いていないし、明らかに普通の自然的な突風ではない。

 レイスが咄嗟に庇うように、私の腕を引いて抱き寄せる。


 カーテンやテーブルクロスがはためき、ハラリと一枚、リコラの花弁が木苺のパイの上に落ちた。やがて吹き荒れる風が収まって、灰色の毛を靡かせた狼が忽然と現れる。私はその見知った獣の姿に、レイスに抱き寄せられながら目を見開いた。


 狼は勢いよく大きな口を開く。



「いきなりスミマセン、お邪魔するッス! 大変なんス! 一大事ッスよ、精霊姫さん!」




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