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騎士見習いから正式に騎士となり、特権騎士団入りするまでは早かった。
忌避されがちな容姿と、感情を殺すことに慣れた故の冷酷さ、悪魔憑きの常軌を逸した強さから、皮肉なことに俺は、『悪魔騎士』などという異名をつけられた。
この国では『悪魔』とは馴染みの薄い存在であり、名付けた俺を妬む同僚達は、単純に揶揄しただけだろうが。
それでもその名を聞いたときは、自嘲が漏れたものだ。
騎士としての任務は、然程俺にとって難しくは無く。それよりもやはり、悪魔との戦いに難渋した。
悪魔は月明かりを力にする。
夜は悪魔の領域だ。
夜間の仕事で、どうしても月明かりの下を歩かなくてはいけない時は、フードを深く被って月光を避けた。
また、俺の意識が無い間に、悪魔に身体を奪われることを危惧し、ろくに眠れぬ夜が続いていたが、リコラの花が魔に効くことを思い出した俺は、それで睡眠薬を創ってもらった。
世話になっているアラン院長の元部下の男が、紹介してくれた薬屋のレオンは、金さえ払えばどんな仕事も受けるし、腕も良い。好奇心が旺盛なわりに、客の事情には踏み入らないとこも有り難かった。
リコラの睡眠薬で悪魔を眠らせ、俺自身もようやく眠りにつく。
薬のおかげで、少しは落ち着いて睡眠が取れるようになったが、それでも薬の効き目が薄いとき、特に満月の夜などは、悪魔は俺によく夢を見せた。
繰り返し見るのは――――俺がスーリアを殺す夢だ。
悪魔に支配された俺が、彼女を押し倒し、その喉に刃を向ける。アイツの悲痛な制止の声も聞かず、俺は嬉々として剣を振り下ろすのだ。
……そこで、いつも飛び起きるように目を覚ます。
「……くそっ!」
その度に癖になった胸を抑えて。
『愛する者を殺せ』と喚く悪魔に、これも口癖になってしまった『嫌い』を繰り返す。
本当に嫌いになれてしまえば、きっと一番楽なのだろうが。結局それも出来ないまま、何度も冷や汗と動悸に襲われる夜を越えた。
――――そんな風に月日は経過し、いつの間にかスーリアと決別してから、二年近くが経っていた。
自分でもよく耐えたとは思うが、肝心の悪魔を切り離す方法は、あらゆる手を尽くしたが見つからず。
王城の書庫に一冊だけあった悪魔関連の文献では、普通の悪魔憑きなら、身の内の悪魔を祓える方法はいくつか存在したが、生憎、悪魔使いによって完璧に悪魔と同化させられた俺には、どれも当て嵌まらなかった。
足掻いている間にも、悪魔の侵食は進む。
精神の摩耗も日々、確実に砂時計がゆっくりと落ちるように進行していたが、それでも悪魔に降伏するわけにはいかない。
けれど耐えるだけで悪魔を殺せず、追い詰められていっているのもまた事実。しかもある時を境に、内の悪魔の力が何故か急激に増していることに気付いた俺は、本格的に焦りを感じていた。
そこで、救いの手を伸ばしてくれたのが、教会の使徒長・ガウディ=フィンスだった。
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精霊姫の護衛騎士とやらの選定のために、騎士団に来ていた使徒長は、一目で俺が悪魔憑きであると気付き、念を入れ朝方の悪魔の力が弱い時分に、教会へと招いてくれた。一部の者だけとはいえ、悪魔の存在を教会側が認知していることに驚いたものだ。
「……お主の記憶は全て見せてもらった。長きに渡り、悪魔に抗っておったのじゃな」
教会の使徒長の執務室。
リオウという名の火の精霊の能力で、ずっと誰にも明かせなかった俺の事情を知った使徒長は、「早く気付いてやれず、すまなかった」と、俺に頭を下げた。
悪魔について理解を得られたことは初めてで、俺は不覚にも束の間の安堵を覚えた。
慈愛を宿す暖かな瞳を持つ使徒長は……アラン院長にも、少しだけ似ていた。
「だが聖鐘節に入る前に、お主を見つけられたのは幸いじゃった」
「聖鐘節……?」
「その期間は、穢れが溜まった精霊女王の力が、最も弱くなるのじゃ。故に聖鐘節は悪魔が暴れやすくなる。ここ最近、悪魔の力が増しておったじゃろう?」
俺が頷けば、「聖鐘節が近いからの」と、使徒長は神妙な面持ちで眉根を寄せた。
ここまで悪魔の生態に詳しいのなら、俺の中の悪魔も祓えるのではないかと微かな期待を抱いたが、悔しげに首を横に振られてしまう。
「そこまで同化しておると、不甲斐ないがわしの力は及ばん。可能性があるとしたら、我らが精霊女王だけじゃ。……ここからは提案じゃが」
そして、使徒長は俺を精霊女王の元へ送るため、また聖鐘節を乗り切るための策を講じてくれた。
まず俺が、精霊姫の護衛騎士になること。
元より俺は候補に挙がっていたらしい。
護衛騎士になれば女王への謁見が許される。また、そうなれば自動的に女王の加護が付与される。穢れのせいで弱った状態でも、精霊達を統べる精霊女王の力だ。聖鐘節の間だけの特別な加護は、計らずとも悪魔を抑える有用な手になるだろうとのことだ。
「それと……お主の中の悪魔が狙う、スーリア=バレット嬢のことじゃが。護衛騎士にはお主を任命し、その守るべき対象である本年の精霊姫には、彼女を抜擢しようと思う」
「な!? なぜ……っ!?」
「実はスーリア嬢も、元々精霊姫候補じゃ。精霊姫に選ばれたら、彼女にも女王の加護がつく。……悪魔に狙われている者は、他の悪魔も引き寄せやすい。悪魔同士で獲物の横取りも珍しいことではないのじゃ。普段のこの国にいるなら心配は無いが……聖鐘節の間は危うい。加護がつけばその懸念は減る。強い悪魔憑きであるお主が傍に居れば、他の悪魔への牽制にもなるじゃろう。毒を以って毒を制すというやつじゃ」
「かといって……っ!」
「……何より二人が共に行動してくれた方が、わしや女王の目も届く。聖鐘節の間は、女王とて広範囲で常に力を使えぬ。女王のお力でお主の中の悪魔を抑え、かつ、彼女に強力な加護を施そうとするなら、二人がなるべく近くにおる方がいいんじゃよ」
「それで……彼女を危険に晒す存在である俺に、彼女の護衛をやらせる、と」
酷い矛盾だ。
使徒長も苦肉の策であることは承知のようで、痛ましげに顔を歪めている。
「女王の加護が働いている間は、お主の意識や身体が、完全に悪魔に乗っ取られるようなことは無いと思うが……それでもこのような考えしか、提示出来ずに済まぬ。こんな状況で、再びお主たちを引き合わせることが、お互いにとってどれだけ酷かも分かる。お主もまた、スーリア嬢に嘘を重ねることになるだろう」
……そうだ。
いくら女王の力で俺の中の悪魔を抑えられたとしても、完全に制御し切れるわけではない。悪魔に隙を見せるわけにもいかない。むしろ護衛になれば傍に居る分、より徹底して感情を殺し、スーリアを嫌っている体を彼女の前で貫かなくては。
そのせいで、また彼女を傷つけることになっても……彼女の身の安全には替えられない。
「……俺はスーリアに、精霊姫の役だけを終えさせ無事に帰らせる。危険な目には合わせないし、彼女に最後まで嘘を貫き通す」
そう誓いを立て、俺は使徒長の策を呑んだ。
俺側の思惑を彼女に気取られないためにも、久方ぶりにスーリアと会っても心を乱さないよう、決意を固め直す。
使徒長は他にも、聖鐘節の間のみ使用可能な、悪魔の力を封じられる道具も、用意に時間は掛かるが俺に授けてくれるという。女王の住まう森にある、泉の水から生まれる『精霊水晶』というもので、霊力の無い者に精霊を見せる効果もあるそうだ。
泉の水は、女王の身に余る穢れを吸収するそうで、その要領で悪魔の力も吸ってくれるとか。
そこまで聞き、正式な認定や手続きはまた後日で、話は終えたと思ったが、使徒長は言い淀むように口を開いた。
「本来ならば、これは最初に言うべきだったのだが……女王の力を以ってしても、お主の中の悪魔を祓えるかは、正直なところ分からん。賭けに近いとこもある。ここまで完璧に同化しながら、なおも自我を保っている者を、わしは初めて見た。その精神力は敬服に値する。だがそれ故に、お主と悪魔を切り離せるかは……」
ああ、なんだそのことかと、俺は瞳を細めた。
相当な力を有しているであろう使徒長でも、俺と同化している悪魔を滅せられないと聞いた時から、例え女王が手を尽くしても、俺と悪魔を切り離せる確率は限り無く低いことなど、当に予想はついていた。
使徒長は俺が救済される希望に、泥をつけることを躊躇ったのだろうが、俺は『俺が助かる可能性』なんて、端から重視していない。
「俺の『望み』は、スーリアの命を守ることだけだ。……女王の力でも悪魔を取り除けなかったそのときは、俺を俺の中の悪魔ごと、女王に殺して欲しい」
俺は女王との謁見の場で全て終わらせる。
……自分を悪魔ごと殺すやり方は、何も今思いついたわけでは無い。その方法だって前々から視野に入れていた。
俺が助かる可能性さえ排除すれば、打つ手は広がる。悪魔との分離が至難だというのなら、俺ごと悪魔を滅ぼせばいい。後者ならば、精霊女王に願えば容易いはずだ。
「お主……」
使徒長が息を呑むのが分かった。
他の方法を探す時間など、俺にはもう無いのだ。
悪魔との戦いに敗北すれば……スーリアが死ぬ。
俺の中の薄汚い悪魔に、彼女の魂を渡すなんて馬鹿げたことだけは、どれだけ月日が経とうと関係なく、決して許してはいけなかった。
『守るために死ぬ』なんて、そんな高尚染みた響きで、押し付けがましいことを言うつもりもない。
これは俺の一人善がりだ。
その身勝手さも承知の上で、俺は彼女を死に追いやるくらいなら、自分が悪魔と心中した方が遥かにマシだと思う、それだけだ。
使徒長は「最後までお主自身が助かる道を諦めないで欲しい」と言ったが、次に俺がしておくべきは、『悪魔と共に死ぬ覚悟』なことは変わらない。
……昔はいつ死んでも構わないと思っていたが、いざそうなると『死』を恐れる気持ちが一瞬でも湧いたのは、アラン院長やスーリアと出会って、生きて幸せだと感じる時間を過ごしたからか。
だけどその感傷も、死への恐怖も生への執着も、俺の『望み』を叶えるために邪魔ならまた捨てるだけだ。
「……お心を砕いて頂き、感謝致します」
床に跪き剣の柄に手を当て、頭を垂れる。
我が国における騎士の最上級の礼を、最後に使徒長に取って、俺は教会を後にした。
――――それから程なくして、俺はスーリアと再会した。





