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【コミカライズ連載中】幼馴染みで悪魔な騎士は、私のことが大嫌い  作者: 編乃肌
解明編

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 精霊水晶が砕けたことは、レイスに大きな動揺を与えたようだ。

 それまでは事も無げに交わしていた刃を身に受け、レイスの足や腕から鮮血が舞う。


 劈くようにレイスの名を口にし、私は思わず彼の元に駆けだしそうになった。

 ウォルが「行っちゃダメだよ、スー!」と引き留めなければ、私は無謀にも、ウォルが作ってくれた水泡の防壁から飛び出し、黒い刃の雨の中へ走り出そうとしていたかもしれない。

 


 ぐらり、とレイスの身体が傾く。

 私は思わず固く目を瞑った。




 ――――瞬時に何故か瞼の裏に浮かんだのは、幼い頃の記憶だ。


 まだ私達の仲が良好だった頃。

 アランおじさまに剣の稽古をつけてもらっているレイスを、私は黙ってこっそり、物陰から覗きに行ったことがあった。

 すでにその才覚を現し、幼子とは思えぬ身体能力を誇っていたレイスだが、元騎士団所属で名の知れた剣士でもあったアランおじさまには、まだまだ適わず。


レイスは何度も地面に転がされ、「そんなんじゃ、スーリアちゃんは守れないぞー」とアランおじさまにニヤニヤ笑われていた。

 見守る私は私で、「ああ、おじさまやり過ぎよ!」とハラハラしたり、「でも頑張ってレイス!」と応援したりと忙しかったのだが。


 地に這い蹲って土まみれになっても、レイスは赤いまなこでおじさまを睨み上げ、幾度も無言で立ち上がり剣を構えていた。

 その末におじさまの剣を叩き落とし、一本取ったときは、私は壁に隠れてガッツポーズを一人で取ったものだ。


 そうだ、レイスは意外と意地っ張りだった。

 そして結構負けず嫌いなのよね。




 ――――ドサッと鈍い音が響く。

 同時に刃が床を叩く音の方は止んだ。


 恐る恐る瞳を開ければ、床に倒れる男の上にレイスが立ち、息を僅かに荒げながらも、剣の切っ先を男の喉元に向けていた。

 あそこから立て直し、畳み掛けたのだろうか。私の周辺を飛んでいた蝶も、すべて消えている。


 何であれこれで勝敗は決まった。

 私はレイスの無事な姿に、止まった涙が再び溢れそうになる。怪我は負っているが、致命傷となるものはないようで、本当に良かった。


「……君は、やはりおかしいよ。そこまで『同化』しながら、なぜ正気を保っていられる? 一体どんな代償を払ったんだい? それとも後払いで、これから大きなものを失わなくてはいけないのかな?」

「…………余計な口を叩くな」

「でも僕も、こんなところで諦めるわけにはいかない。リィが僕を待っているんだ。今度こそ僕が、リィを精霊姫にしてあげなくちゃ。リィ、リィを……っ、ぐっ!」


 急に男が苦しげな呻き声を漏らす。

 どうも様子がおかしい。


 レイスも肩で息をして、傷口では無く剣を持たない手で強く胸元を押さえ、酷く具合が悪そうだ。私の中で不安の芽が膨らむ。

 そのとき不意に――――バタバタと足音が近付き、「その男から離れてください、騎士さま!」という、聞き慣れた少年の声が、倉庫の入り口から響いた。


「ロア君?」


 現れたのはロア君、それと5、6人ほどの使徒さんだ。

 彼らは皆、いつもの白いローブの袖の上に、金糸で鐘の形を縫い込んだ腕章を付けている。前にロア君が言っていた、悪魔祓いの出来る霊力の強い使徒達だろうか。


「早く離れてください! 急がないと、暴走が……!」


 ロア君の言葉の途中で、男は一際大きな唸りを挙げる。


 ――――すると、男の胸元にある逆さの蝶の模様がドロリと溶け、そこから黒々しい液体が溢れてきた。


 レイスはロア君の指示に沿い、男から飛び退く。使徒さんたちは誘拐された人達の保護に走り、ロア君も「大丈夫ですか、スーリア様!」と駆け寄ってきてくれた。


 そうしている間にも、液体はどんどんと量を増し、男の周囲一帯は黒い沼と化していく。


 これは……なに?


「……彼の中の悪魔が暴走しています。力を使い過ぎたのです。また、どうも契約自体も不完全だったようで……あの悪魔が創り出した黒い沼は、契約に反し、契約者である男を魂ごと飲み込もうとしております」

「え? えっと……悪魔使いによって、悪魔憑きになった人間の契約は強固なもの、じゃなかったのかしら?」

「その悪魔使いの力が本物であるならば、そうです。恐らく彼に悪魔を憑けた悪魔使いは三流……やろうとしていた儀式も、見たところ反魂の儀のようですが、正しい手順を教えたのかどうかも……。推測ですが、精霊使いに怨みを持つ半端な悪魔使いが、あの男をけしかけて契約を結ばせ、一矢報いんとしたのでしょう」


 「……憐れです。ああなってしまっては、僕らの力では救えません」と、ロア君は長い睫毛を伏せた。

 元より、同化の進んだ悪魔憑きの悪魔を祓うのは至難の業らしく、犯人の悪魔を使徒さん達で取り除けるかどうかは分からなかったようだが。生け捕りにし、きちんとした償いをさせたかったロア君は、悔しげに唇を噛む。己の力の及ばなさを歯痒く思っているようだ。


 けど……それなら彼は、悪魔使いに利用され、騙されたということよね。

 

「い、嫌だ、なんで……!? 契約が違う! 僕はまだ儀式を行なえていない……! 魂を渡すのはまだ先のはずだ! 死にたくない、死にたくない、死にたくない! 悪魔に喰われたらリィに会えない! リィを今度こそ精霊姫にすると約束したんだ。僕はまだリィに何も……っ!」


 無情にも男の悲痛な叫びごと、黒い沼はズブズブと男の身体を呑み込んでいく。

 男の両足はもう、床に広がる悪魔の産んだ底なし沼の中だ。


 レイスは使徒さん達の救助を跳ね除け、隅の壁に凭れて、そんな男を無感動な赤い瞳で見据えている。月明かりが一切届かない位置なので、暗くて見えにくいが、やはり顔色が悪い。傷だけが原因では無さそうで気に掛かるが、男の凄惨な末路に身体が竦んで、私は金縛りにあったように動けずにいる。


 騙されたとはいえ、悪魔使いに自ら悪魔を請うたのは彼だ。

 自業自得で、同情の余地は無いとはいえ……それでも、妹さんの名を呼び続けもがく彼は、虚しくも憐れだった。

 

 助けを求めて手を伸ばす男の手を、取れる者は誰も居ない。


 ……そう、思っていたのだが。

 誰もが固唾を呑んで動きを止め、沼に沈む男を見ているしか出来ずにいる中。


 誰かが私の横を走り抜け、男の元へと迷いなく向かっていった。

 

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