8話 冷静と狂気
ポーカー対決の勝利により、京ヶ峰が生徒会の仕事を手伝うことになった放課後。
一ノ瀬は、態度を変えた六組……特に京ヶ峰に驚いているようだった。
「それで、この意見や質問を処理すればいいのね?」
京ヶ峰は、彼女が持ってきた書類をチェックしながらそう尋ねる。
「あっ、はい! ありきたりな質問は校則を参照にして回答して、生徒会で話し合う物だけ選り分けて欲しいんです」
「わかったわ」
「……ほぇ」
まぁ、驚くのも無理はないだろう。なにせ、昨日まではかなりキツめの塩対応だったくせに、今日は別人のごとく親切なのだから。もはや、何かしらの罠とかドッキリを疑うレベル。
一ノ瀬は俺のほうをチラチラと見ていたが、残念! 奴を説得? ……したのは俺じゃないんだよなぁ。
「じゃあさ、この『制服を廃止して私服にしてほしい』って要望とかは校則から文を抜粋して答えていいってこと?」
万願寺も書類の一部を見ながら質問。誰だよ……そんなアホな質問したやつは。できるわけないだろ。
「そうです。そういったものは、生徒会が話し合うまでもないので!」
「オッケー」
万願寺はそれに頷いたのだが、
「万願寺さん、それは少し違うわ。その要望には「私服にしたいなら生徒会長に立候補して学校を変えるべき」と回答するのが正解よ」
京ヶ峰がとんでもない回答をぶちこんできた。
「いやいや、それが難しいからこうやって要望してきたんだろ?」
それがあまりにもぶっ飛び過ぎてて、思わずどこの誰がしたのかも分からないアホな要望を擁護してしまった。
「そうかしら? その要望にみんなが賛同して、本気で変えようと思えば不可能ではないはずよ」
しかし、そんな擁護は一蹴される。
「万願寺さん、その要望はクラスから出てるものかしら?」
「ううん。相談箱に入ってた匿名の要望だけど」
相談箱というのは生徒会が設置したもので、謂わば、ご意見箱である。そこに入れる意見には必ずしも名前を書く必要がない。
そしてだからこそ、そんなアホな要望が入っていたりもするわけなのだが、
「なら、その要望を入れた人物を生徒総会で呼びかけましょう。その人が生徒会長に立候補したとき、票が集まる助けになるかもしれないわ」
追加で京ヶ峰は恐ろしいことを口にした。
「それ晒しだぞ……。出てくるわけ無いだろ」
「なぜ? 本気で私服に変えたいのなら出てくるはずだけど?」
その言葉に、彼女以外の顔が引きつる。
「出てこないときはふざけて入れられた、議論するほどでもない要望として、その場で破り捨てればいいだけ」
「お前……正気か?」
「ええ。ちなみにだけれど、この要望を入れた人と私、どちらが正気だと思う?」
「それは……京ヶ峰だが」
「なら決まりね」
そして、彼女はその回答をサラサラとノートに書き留めた。
俺はそれを見て不安を覚えてしまう。
……もしかしたら、京ヶ峰を手伝わせたのは間違いだったのではないか? と。
* * *
その日、いくつかの意見や質問を検討してから自宅マンションに帰ると、妹である桜がいつものように出迎えてくれた。
「お、お兄ちゃん、おかえりなさい!」
「ただいま」
俺が六組のタイムスケジュールに合わせて早く登校するようになってから、一日に桜と顔を合わせる機会は減った。
だが、桜との距離は前よりも縮まった気がする。
抱きついてきた桜を抱きしめ返し、桜の成分を肺いっぱいに吸い込む。
「あ、あのね? あのね? 映画の続編がね?」
「わかった。借りてくればいいんだろ?」
「うん!」
その後、桜が持ってきたアクション映画のDVDを見てからそう答えると嬉しそうな反応。もう、それだけで今日の疲れが癒やされる。
桜は、好んでアクション映画を観ていた。
それは、親父がスタントマンをしていたことも理由にあると思うのだが、桜がそれを口にしたことはない。
だから、俺も理由を聞かずに了承だけする。
ちなみにだが、桜は時折一度観た映画を「もう一度観たい」とねだってくることがあった。
だが、親父が関わっていた映画をねだってきたことは一度もない。
それは桜自身が観ないようにしているのか、それとも俺への配慮なのかは分からないが、口にでることがない以上、俺から聞くこともなかった。
だからだろう。なんとなく、親父が関わった映画の名前は禁句になっている気がする。
「あと、あと、優お姉ちゃんはいつ来るの?」
「万願寺は金曜日にくるって言ってたな」
「わかった」
万願寺が飯を作りに来るという関係も継続して続いている。
まぁ、当初よりも頻度は減ったが、週末のどこかで万願寺は大きな買い物袋を持って家に遊びにきていた。
優お姉ちゃんと呼んでいるところを見ると、彼女も知らぬ間に桜との距離を縮めているらしい。これを許すべきか否かは兄として悩みどころなのだが、桜が幸せならオッケーです!
「あとお兄ちゃんな? しばらく帰りが遅くなるかもしれない」
「そ、そうなの?」
「生徒会の手伝いをすることになったんだが、その分いつもやってる作業を下校時刻ギリギリまでやることになったんだ」
「た、大変なんだ?」
「まぁ、文化祭で遅くまで学校に居残るようなもんだ。それに、そこまで遅くならないようにはする」
「そっか」
桜は一瞬寂しそうな顔をしたが、ハッと我に返ったように顔をあげてから「いひひ」と笑った。
「すまん! 速攻で仕事を終わらせて帰ってくるからな!」
そんな桜をもう一度ひしっと抱きしめる。こんなかわいい妹に寂しい想いをさせてたまるか! すぅぅぅ、はぁぁぁぁ。
結局、普段指示されている仕事は減らすことなく手分けすることにした。
もちろん教師に事情を話して減らしてもらうことも考えはしたのだが、たとえ減らしたとてその仕事自体がなくなるわけじゃない。
そうやって後回しにした皺寄せは、結局自分たちに返ってくるもの。もしかしたら、それは三年生か一年生の六組へと行くかもしれない。
そこまで考えたときに京ヶ峰が言ったのだ。
『それだと、私たちが手伝う意味がなくならないかしら?』
そうなのである。後回しにした仕事が誰かに回されるなら、そもそも俺たちが生徒会を手伝う意味がなくなってくる。
京ヶ峰が「狂った奴だ」ということは分かったが、彼女は勉強ができるだけあってか、かなり冷静に物事を見ていた。
むしろ、あの狂気がなぜ彼女にあるのかを不思議に思ってしまうほど。
「もしかしたら……六組にいるのは、あの狂気のせいなのかもな」
「な、なに? なに?」
「いや、なんでもない」
どうやら心の声が漏れていたらしい。それを誤魔化すように桜の頭を撫で付けると、桜はくすぐったそうに笑う。
……ポーカー対決の最後、京ヶ峰は明らかにスリルを楽しんでいた。
自身が窮地に立たされている状況に興奮していた。
それは、彼女が六組にいる状況にも当てはめられる。
京ヶ峰は……望んで「負け組」と呼ばれている六組にいるのかもしれない。そうすることによって、なにか、彼女にしか理解できないスリルを楽しんでいるのかもしれない。
それは、一種の破滅願望と似ている。
良い環境、幸せな未来を捨てて自ら火中に飛び込むような危うい性格。
まぁ、破滅願望みたくネガティブなものじゃないだろうが、やってることはほぼ同じだ。
そうやって、彼女は最後にブタを引いた……。
京ヶ峰冬華はルックスも良くて勉強もできる。
にも関わらず、彼女が六組に甘んじているのは、そういった性格が原因なのかもしれない。




