5話 疲れ切った生徒会
生徒会室は職員室と隣接する普通教室棟の二階にあり、窓からは部活に励む生徒たちの姿と掛け声、時折テニス部が球を打つラリー音が聞こえてくる。
ここ府国高等学校では部活動も盛んに行われていて、進学校であるにも関わらず入部率は異常に高い。
そこには純粋に部活をやっている生徒ももちろんいるのだが、中には『価値残りシステム』で票を得るために入部する者たちもいる。
クラスの中に同じ部活をやっている者がいれば、相互投票の交渉がしやすくなるからだ。
まぁ、一概にその効果があるかどうかは不明ではあるものの、六組に追放される生徒の大半が帰宅部であることは事実。
とはいえ、そんなことのために部活へと入る生徒たちは果たして青春を楽しめているのだろうか?
追放を免れたいがためだけに、好きでもない事に時間を割くことは、それこそ本末転倒とも言えるのではないか?
中には、何気なく入った部活で何かしらの楽しさに気づいて熱中することもあるのだろうが、そんなのは大抵、部活動マンガのテンプレ的展開であってリアルとは程遠い。
誰にも気づかれなかった才能が、ひょんな事で入った部活で開花……なんて主人公を俺は見たことがなかった。
そんな事を考えながらやってきた生徒会室の扉前。
そこに向かって三回ノックをすると、中から「どうぞ」と男の声。
「あの、私から入りますね」
後ろに控えていた一ノ瀬がそう言って扉を開ければ、あまり広いとは言えない生徒会室の中で、ゾンビのような顔をした生徒会執行部の人たちがいた。
「あぁ、なんだ。一ノ瀬か……」
その最奥に座る男子生徒が疲れ切った笑みをこちらに向ける。
現生徒会長である三年生の小金原生斗。そして、他の席にいる生徒たちも皆男子生徒であり、彼らからも生気を感じない。
机の上に散らばる書類などを見れば、それらはやはり生徒総会で使われる資料の一つらしく、室内に漂う陰鬱な空気もまた、それが原因であると察せられた。
「どうしたんだい? なにか問題でもあったのかい?」
しかし、そんなことを表情にはださす、小金原会長は一ノ瀬に笑顔を向ける。
「あの、実は……」
そして、そんな彼への説明に言いよどむ一ノ瀬。それは、何をどう話したら良いのか分からないという感じだった。
だから、そんな彼女に耐えかねた俺は、一歩前に出て訪問理由を告げることにする。
「すいません。生徒会から頼まれた仕事について、相談があってきたんですけど」
「君は?」
「二年六組の最円薫です」
「説明は一ノ瀬からなかったかい?」
その問いに隣にいた彼女がビクリと肩を震わせた。
「……あー、一応確認で。俺らも他の仕事に手を出せるほど余裕がなかったもんで。ほら、俺たちのところは一人いないので」
「そのために一ノ瀬も人員として送ったんだが、足りなかったかい?」
「……」
一ノ瀬は補充要員だったのかよ。
そこで初めて、生徒会は自分たちの人員をひとり削って六組に仕事を回したことを知る。
まぁ、それについて今はどうでもいいか。
思うところはあったものの、一旦頭の隅に追いやってから、資料の一部を小金原先輩に見せる。
「これって、予算案が滞ってるから俺らに仕事が回ってきたって経緯でいいんですかね?」
「そうだよ? それに関しては申し訳ないと思ってる。僕がもう少し有能な生徒会長だったら良かったんだけど、各部長たちがなかなか納得してくれなくてね……」
そう言って、小金原会長は自嘲気味に笑った。
なるほど。どうやらポンコツだったのは生徒会長じゃなく一ノ瀬のほうだったらしい……。
まぁ、そんな彼女を六組に送りこんできた彼がそうである見方も否定できないが、それにしても一ノ瀬が俺たちにした説明とは天と地ほどの差がある気がした。
「……わかりました。何か問題があればまた来ます」
「すまない。正直な話をすると、君たちだけ仕事が早いから甘えてしまったというのもあるんだ。もし生徒総会が無事に終えられたなら、余計に仕事を増やした分何かしらの補償を考えよう。……といっても、生徒会が関われる事柄でしか権力は振るえないけどね?」
小金原会長は最後の言葉を冗談っぽく笑って終わらせた。それにも「わかりました」と返事をするしかなく、俺は生徒会室を後にする。
万願寺もそれに従ってついてきて、一ノ瀬も生徒会室を出ようとしたのだが、
「一ノ瀬は残ってくれ。最円くんたちはもう帰っていいから」
一ノ瀬だけが呼び止められた。
「わ、わかりました」
そう返事をした彼女の声音は硬い。まぁ、俺たちが直接来たことによって、小金原先輩はいろいろと察してしまったのだろうな。
彼女がしっかりと説明をしていたら、そもそも俺がここに来ることはなかったのだから。
生徒会室をでると、空気が変わったからか、はたまた、先程よりも日が沈み廊下を差す光の角度が変わったからか、入る前とは別世界のような気がする。
「とりあえず、会長が行った通り今日は帰ろう」
万願寺にそう言うと、彼女は閉まった生徒会室の扉を見つめたまま頷く。
「一ノ瀬さん、なんか怒られそうだね」
どうやら彼女も気づいたらしい。だが、それに関しては俺たちが出る幕じゃない。
「生徒会のメンバーはたしか、学年とか関係なく立候補した中から選ばれるだろ? なら一ノ瀬だってやる気があって入ったんだから、与えられた役目を全うできずに怒られるのは当たり前だ」
そう返したら、扉から俺の方へと向いた万願寺の表情はどこか寂しそう。
「最円くんってさ、時々冷たく感じるよね」
万願寺から放たれた言葉。だが、それを冷たいと呼ぶのはすこし違う気がした。
「俺はハッピーエンド至上主義だが、みんなが幸せでいて欲しいと思ってるわけじゃないからな。それに、今のあいつを幸せにしてやれるのは所属してる生徒会の奴らでしかない」
俺が冷たいのではなく、温かくしてやれる立場が俺じゃないというだけ。
「じゃあさ、最円くんが生徒会に入ってたら一ノ瀬さんを怒るべきだと思う?」
なんだ、その質問は?
俺はその質問に眉をひそめてしまった。そんなの決まってる。
「怒るに決まってるだろ」
「そっか」
万願寺は諦めたように俺から視線を外した。
「まぁ、俺ならそもそも一ノ瀬を六組に送ったりしないな? それに、あいつが仕事を理解してなくても、一緒に仕事ができるくらいにはいろいろ教えてたと思う。仕事なんて、どうやっても人海戦術が基本だから、メンバーにいる以上は働いてもらわないと困るしな」
そう補足すると、なんとなく彼女は安堵したようだった。
「俺から言わせてみれば、一ノ瀬を育てなかった会長も悪い」
もしかしたら、彼女はその言葉を聞きたかったのかもしれない。
再び俺へと向いた顔には、幾分か元気が戻っているように見えたから。
「じゃあさ、あとは京ヶ峰さん説得しないといけないね?」
「会長が何かしらの補償をするって言ってたし、それは心配ないだろ」
「そうだといいけど」
「大丈夫、大丈夫」
それでも不安そうな万願寺を安心させるように、俺は安易に答えた。
だが、京ヶ峰が思っていたよりも遥かにやばい奴だと気づいたのは、翌日のことである。




