32話 足止め
「放課後、由利が普通教室棟の屋上に来てほしいってさ」
その日、万願寺にそう言われた。
内容を聞いても「さぁ?」の一点張り。
「もしかしたら、告白とかだったりして」
「アホか。告白するなら俺が六組を出たあとだろ」
そう返すと彼女はつまらなさそうに頬を膨らませた。
「告白自体は否定しないんだね」
「否定してるだろ。ただ、こんな時期に六組の奴に告白するほど百江は頭悪くない」
「へぇ……。由利と仲良いんだね? さすがは私に黙ってコソコソしてただけある」
「……皮肉はやめてくれ」
ともあれ、百江が俺を呼びだす理由がわからないわけじゃない。
おおかた、万願寺についてだろう。
これまであった呼び出しも彼女についてのことだった。
ただ……気がかりなのは、その呼び出しの伝言を万願寺に頼んだという点。
まぁ、これまでのことを話したのだから今さら隠れて会う必要はないといったところだろうか?
「私、先にマンションに行ってるね?」
「あぁ」
万願寺も内容については予想しているはずなのに、気を利かせてか、そう告げて先に帰ってしまった。
「まさか、本当に告白じゃないよな……?」
口に出してみるとありもしない期待が膨らんでくる。
そんなことは絶対にないと分かっていても、無意識に受け答えのシミュレーションをしてしまうのは、やはり悲しき男の性なのだろう。
* * *
「二組に優を戻す件だけど、断られたわ」
「やっぱ万願寺のことじゃねーか!!」
「えっ……な、なに……?」
普通教室棟の屋上では、すでに百江が待っていた。
そして、やはり内容は万願寺のことだった。
「言ったはずだ。その件に関してアイツの意思は関係ない。大切なのは、お前がどうしたいか」
「う、うん。それはそうなんだけど、一応報告はしておこうと思って」
ため息混じりに吐いた言葉に、百江は申し訳無さそうに答える。
いつもの彼女とは違い、そこには弱気な感情が見え隠れしていた。
「それで? アイツに断られたから、やっぱり二組に戻すのはやめるのか?」
「そうじゃないんだけど、優が言ったの。「まだ六組に居たい」って」
それを聞いた瞬間、思わず鼻で笑いそうになった。
「そんなのは後付けに決まってるだろ。よく考えればわかるはずだ。自分から六組に残りたい奴なんかいない。それは、計画を阻止するための言い訳でしかない」
万願寺が普通に「やめて」なんて言うわけがない。それを、さも望んでいるかのように述べるに決まっている。
そうすれば止められるから。
そして、その問題はやはり、「百江自身がどうしたいのか」を優先すれば問題にすらならない。
「お前は万願寺の幸せを願って二組に戻す、それだけ考えていればいい。それでアイツが怒ったって関係ない。そもそもアイツのやり方じゃ、ハッピーエンドにはなれない」
ハッピーエンドは一人じゃ無理だ。
その過程には、必ず仲間や恋人、そして友達のワガママが入り込まなければならない。
窮地の主人公を助けにくる奴らの行動は、奴らのお節介でしかない。
橋の上でキスして終わるには、どちらかの強引な独占欲がなければならない。
それを躊躇い、足踏みするほどハッピーエンドは逃げていくというのに、人は相手の顔色を無視できない。
まぁ、そういう気持ちがわからないわけでもないが。
「実は、俺も一組に戻ったら、アイツに普通の学生生活の楽しさを知ってもらおうと思ってたんだ。それができなくなって悪いとは思ってる」
「六組に追放されたあなたが……楽しさを教える……?」
「そこに疑問を持つのやめろ」
内心思っていたことを吐露すると、百江は首を傾げた。
その言い方だと、俺が楽しい学生生活を送れてないみたいになるからやめて欲しい。
「その代わり、何かしらの協力は惜しまないつもりだ。アイツを二組に戻したいのはお前だけじゃないからな」
「……」
それで納得してくれるものと思っていたが、百江は浮かない顔のまま。
「まだ不安なのか?」
聞くと、
「そういうことじゃない」
そう言って、しばらく何かを考えていたが、やがて諦めたように息を吐く百江。
「優は……まだ六組に居るべきよ」
そして、俺を見据えてハッキリと断言した。
「……は?」
わけがわからずマヌケな声がでてしまう。
こいつは何を言っているのだろうか? 本気でそう思った。
「それが優にとって良いことだと思うし、優の幸せを願ってる私にとってもそうするべきだと思ったこと」
「あー、待て待て。意味がわからん」
急に意見を変えた百江には混乱するしかない。それから、なぜその考えに至ったのかを推測する。
「お前……もしかして、クラス代表の座が惜しくなったのか?」
そもそも万願寺は、学内であまり良い噂をされていない。そんな彼女を戻せば、クラス内で何かしらの反発があってもおかしくなかった。
万願寺のために手に入れたクラス代表という地位。しかし、結局その地位が惜しくなって万願寺を裏切る。
それは十分にありえる話だ。
しかし、
「あなたが考えているようなことは何もないわ。私は、私の考えで優をもう一度追放する」
「……」
先程の弱気な態度とは打って変わって、そこには有無を言わせない明確な百江の意思があった。
「……わかった」
取り敢えず反論はせずにおく。
反論したところで、それを変える術が俺にはないからだ。
百江の考えはわかった。そして、それを肯定したうえで、俺はさらに彼女へ問う。
「わかったが……、それを俺にわざわざ言う必要あったか?」
俺にはそれをどうすることもできない。そんな奴にわざわざ報告する必要はない。
それが万願寺のためだと信じるのなら、勝手にそうすればいいだけのことだ。
「ほ、ほら。一応、報告しとこうと思って」
そしたら、百江は再び申し訳無さそうに言った。
「そうか」
やはりよくわからなかったが、そういうことにして呑み込む。
二人がそれで納得してしまっている以上、今の俺が口を挟める余地はない。
「話は終わりか? 終わりなら、もう帰るよ」
そう言って踵を返したら、
「まっ、待って!」
「……なんだよ」
わりと大きめの声で引き止められた。
振り返ると、スマホを見ていた百江が俺に再度視線を向けて笑う。
「さ、最円ってさ、誕生日いつなの?」
「……は?」
「私は十月十日なのよ」
「それ「プレゼントよろしく」って意味ですか?」
「そんなわけないじゃない!」
「じゃあ、なんで誕生日なんか教えるんだ」
「あなたの誕生日を聞くために、私から答えてあげたの」
「それが何なんだよ」
「いいから答えて」
百江の真意が読めなかったものの、俺は答える。
「五月二十九日だ」
「マジ!? もうすぐじゃない!」
「言っておくが、サプライズしようとか考えるなよ?」
「は? なんであなたにサプライズなんてしなきゃいけないわけ?」
急に真顔で言われました。えぇ……じゃあなんで誕生日なんて聞いたんだよ……。
「もう帰るからな」
無駄に傷つけられた心を隠して再び百江に背を向けたら、
「待ちなさい! すっ、好きな食べ物とかは?」
「やっぱりサプライズする気じゃねぇか!」
「はぁ!? サプライズするわけないって言ってるでしょ! 変な期待しちゃってキモいんだけど!」
もう一度心をえぐられました。
「お前……なんなんだ。俺をどうしたいんだよ」
「いや、なんか気になったから」
「はぁ?」
意味のない質問には呆れるしかない。
俺は早く帰って万願寺に勉強を教えなければならないというのに。
「……」
そんな事を考え、ため息を吐いた時だった。
ふと、スマホ画面をチラリと確認する百江の姿が目に入る。
それはまるで、誰かからの連絡でも待っているかのよう。
もしくは、画面に映る時計を確認でもしたかのよう。
いや、もしかしたらそのどちらでもあるのかもしれない。
「百江。お前……早く帰りたいんじゃないのか?」
「え? なんでよ」
「さっきからスマホをチラチラ確認してるだろ。それ、早く家に帰りたい奴がする行動だぞ?」
「ただ……確認しただけよ」
「何度も?」
「……ええ」
返答の歯切れが悪かった。
俺は万願寺ほど敏感じゃないが、常人並みの洞察力はあるつもりだ。
そんな俺から言わせてもらえば、
「お前、俺になにか隠してないか?」
「……」
それは、あまりにも分かりやすい合図。
「何も隠してないわ」
「じゃあ、なぜ俺を引き止める?」
「話したいことがあるからよ」
「その話は終わったはずだ。お前の好きにすればいい。俺がそれにとやかく言うつもりはない」
「……わかった」
「帰っていいよな?」
「……さぁ?」
百江は苦しそうに首を傾げてみせた。
その反応で確信する。
「俺を引き止めてどうするつもりだ」
「引き止めるなんて……」
「何を企んでる?」
思わず向けた敵意。一歩彼女に近づくと、百江はビクリと肩を震わせた。
「な、なにも!」
「時間稼ぎか?」
もし、これが時間稼ぎであるのなら、俺を帰したくない理由があるはず。
そう考えた瞬間。
――私、先にマンションに行ってるね?
万願寺の顔が頭に浮かんだ。
「……万願寺か?」
聞いた言葉に、百江の目が泳いだ。
「俺より先にマンションに行って何をするつもりだ?」
まさか、本当にサプライズなんてするわけじゃないだろう。
何も答えない百江に詰め寄ると、彼女は後退る。
しかし、容赦なくその腕を掴んだ。
「言え」
なんとしても聞き出さなければならない。
なぜなら、それは桜に関わることかもしれないからだ。
「待って! 痛い!」
「アイツは何をするつもりだ?」
込めた力を弛めることなく問いただす。
罪悪感などありはしない。
桜のためなら、俺はここで彼女の腕を折ってしまうことすら厭わないだろう。
「十秒以内に答えないと腕を折る。十……九……」
そのカウントに百江が目を見開き、泣きそうな表情をする。
しかし、同情すら沸かない。
「五……四――」
「まっ、待って! 妹さんをどうにかしようなんて考えてない! それに、これはあなたの為でもあるわ!」
「俺のため?」
「そうよ! あなたが優にしたようにッ……優もあなたを救いたいと思ってるだけ!」
「具体的には?」
出てきた声は思っていたよりも低かった。
百江は今にも涙を流しそうになりながら、噛み締めていた唇を弛める。
「優は……あなたの妹さんに協力してくれるよう話すって――」
そこまで聞いた俺は、掴んでいた百江の腕を放し、そのまま屋上から走り去る。
彼女と話していた時間は二十分もない。
先にマンションへと向かった万願寺は、ちょうど着くかどうかというところだろう。
急げば間に合う。
「余計なことを……」
無意識に歯軋りをしながらも、俺はただ帰ることだけを考えて廊下を駆けた。




