31話 テスト勉強
家で女子とテスト勉強という展開は、テスト以外のことを勉強することこそが王道というものだろう。
家庭教師の先生が綺麗な年上の女性ならば、「ご褒美」という名目で脱童貞が与えられ、放課後に補習で女性教師と二人きりならば、禁断の「授業」が開始される。
勉強とエロは切っても切り離せないもの。
……と、まぁ、そんなことが現実的じゃないことは百も承知なのだが、それでもアホな妄想をしてしまうのが悲しき男の性。
とはいえ、そんな展開が許されるのはハッピーエンドが前提にあるときだけだ。
幸せになれない関係は善じゃない。逆に言えば、幸せになれるからこそ許される禁断の愛もある。
少なくとも俺はそう思っているし、悲しい結末しか歩めない展開は断固否定しなければならない。
そこまで考えてから、改めて目の前で勉強に取り組む万願寺へ視線を向けた。
「……ないな!」
「いきなりなに……?」
ノートとにらめっこをしていた万願寺が怪訝そうな顔をあげて睨みつけてくる。
勉強を教えるという約束だったため、現在彼女はマンションまで来て居間で勉強をしているわけだが、予想に反して彼女の飲み込みは早かった。
「あ、いや、案外勉強できてるなって」
誤魔化すようにそう言うと、万願寺は「あぁ」と納得してくれた。
「今までは勉強する目的とかなかったから。どうせ進学しても就職しても、同じだって思ってたし」
「みんなそんなもんだろ。良い点取りたいとか負けたくない人がいるって言うのが普通の勉強理由だと思うがな?」
将来を見据えて勉強に取り組んでいる人は全体的に見れば少ない。
「彼氏彼女が欲しいって言ってる奴と一緒だ。奴らは誰かと付き合いたいんじゃなく、今をもっと楽しくしたいだけだからな。お前、結婚まで考えてしまって付き合うとか躊躇するタイプだろ」
「うわ……なんかキモいね」
そう説明したら、万願寺はあからさま嫌そうな顔をした。
……まったく、そこまで自分の在り方を卑下しなくても良いのに。ここはひとつ俺が寄り添ってやるか。
「大丈夫だ。俺だって結構そこまで考えるからな。ハッピーエンドって結婚までセットのこと多いし。だから俺も女子と付き合ったことないから」
そうやって慰めてやったら、
「あー、いや……考え方の話じゃなくて最円くんがキモいってことなんだけど……ごめんね? 勘違いさせちゃって」
「……」
なんか俺が慰められました。
でも心が痛いのはなんでだろうね? ハハハ。
「て、ていうか、最円くんって彼女いたことないんだね? 結構モテると思ってた」
はい、出ましたー。女子が男を勘違いさせる言葉三選。向こうは適当に言ってるだけなのに気があるんじゃないかと思わせるやつー。ちなみに、あとの二つは知らない。
こういうときの返答セオリーは「勉強のほうが忙しいから」。
そう答えれば、付き合えない男じゃなく付き合う気のない男を演出できる。
「桜の相手をするのに忙しいからな?」
「……シスコン」
それを俺なりに組み替えて言ったのだが、何故か悲しい視線を向けてきた万願寺。解せぬ。
「最円くんはさ……ずっとそうやっていくの?」
「なにが?」
「その、桜ちゃんには何も言わないの? 次も……六組決まってるんでしょ?」
悲しそうな目がふっと俺から外れた。
その瞬間、万願寺が何を言いたいのかを察してしまう。
それは与那国先生からも言われたこと。
――遅刻は今日を以てやめなさい
あぁ、たしか先生は万願寺にも言ったって言ってたな……。
俺は思わずため息を吐いた。
「言わない。俺は桜に何かを強要したりしないと決めてるからな」
「それって強要なのかな? ……家族なのに?」
「家族と言っても、一番近しい他人だろ。桜はなんでも思いどおりになる道具じゃない」
「道具だなんて……。そこまで言ってない」
彼女は消え入りそうな声でそう言ったあと、再びノートに向かった。
俺も勉強に集中することにする。
確かに、すこし誇張して言い過ぎたかもしれない。
桜を話に出されてムキになるのは悪いクセだ。
だが、言った言葉に嘘はなかった。
桜はワガママなんて言わないから、話せば何かしらの協力をしてくれるだろう。
思っている感情を隠して、いつものように笑うだけなのだろう。
その隠し方が上手いか下手かに関わらず、家族ならば、それを見破らなければならない。
そして、俺にはそれができなかった。
できないのなら、最初から望まなければいい。
望まなければ、きっと問題が起こることもない。
「……そういえばさ、由利から聞いたんだけど」
そうしていたら、再び万願寺が口を開いた。
「二組に戻してくれる件、断ったから」
「……そうか」
百江は万願寺にも話すと言っていたが、やはり断られたしい。
まぁ、それに関して大切なのは『万願寺の意思』ではなく、『百江がどうしたいか』ということ。
だから、万願寺が断ったからといって、計画が中断されることはないはず。
「最円くんが提案したって聞いた」
「お節介で悪かったな」
小言を言われるのだろうと先読みして答える。
「ううん。ありがとう」
しかし、予想に反してお礼を言われた。
「たしかに……お節介だけど、私のことを想って提案してくれたのは分かってるから」
「そ、そうか」
文句を予想して気構えていたのに、感謝されたものだから困惑してしまった。
「それに……私もするかもしれないしね。お節介」
「……そうか」
そうして、もはや相槌しかできないロボットに成り下がりながらも勉強を続ける。
居間には、ページをめくる紙の音とシャーペンの音だけがしていた。
時折わからない所を彼女が聞いてきて、それに俺が答えてやる。
やはり万願寺は頭は悪くない。
まぁ、提出課題を他の人の分まで持ってきてしまうのだから、普通に考えて勉強量は多いほうだったのだろう。
時間はあっという間に過ぎていった。
「――あのさ、テストが終わるまでは頻繁に来てもいい?」
最後、玄関から出ていくとき万願寺がそんな質問をしてきた。
「構わないぞ」
「そっか。もしかしたら……学校終わったあと、最円くんより先に来るかもしれないし、桜ちゃんにも伝えておいてね」
「ん? それはないだろ。学校終わるの同じなんだから」
そう答えたら、万願寺は笑った。
「もしもの話。ほら、あの件で職員室呼ばれたりするかもしれないじゃん? それとも、最円くんが帰ってくるまで私は外で待たされたほうがいい?」
そう言われてみれば、一理あると思った。
「まぁ、桜には知ってる人でも部屋に入れないよう言ってあるんだが、今回だけ特別な」
「ありがと」
彼女はそのまま帰っていった。
あの事件以降、万願寺はどこかぎこちない。
おそらく罪悪感でも持っているに違いない。
俺が勝手にやったことだから気に病む必要はないのだが、それができないのが万願寺という人物。
まぁ、それも時間の問題。
二組に戻って忙しい日々を過ごしていれば、きっと考えもしなくなるはず。
「お、お兄ちゃん。終わった?」
「あぁ」
桜が部屋からでてきた。何かを言ったわけじゃなかったが、テスト勉強をすると伝えたら部屋に籠もってしまったのだ。
邪魔しちゃいけないと思ったのだろう。
気が利きすぎる妹である。
「飯にしよう」
「う、うん。いひひっ」
きっと、将来を見据えて勉強に取り組んでいる人は、全体的に見れば少ない。
それは、未来よりも今ある現在のほうが楽しくて大切だからだろう。
そして、過去はそれらよりも優先順位が低くなる。
それでも……忘れられないことは確かにあって、それはきっと大事に抱えていかなければならないことだ。
俺は大切な妹を見ながら思う。
やはり、優先すべきは桜なのだと。




