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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする

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19話 百江由利の連休最終日

「ゆり! 今何時だと思ってるの!?」


 何通もくるLINEのメッセージから予想はしていたけれど、家に帰るとお母さんからの怒鳴り声。

 それを無視して部屋に戻ると、閉めた扉の遠くから怒気を孕んだ愚痴が聞こえた。


 ……何も知らないくせに。


 吐露したい言葉をため息にする。

 財布や色んなものが詰め込まれたバッグをベッドに放る。


 着飾った私服すらも脱いでその上に投げると、軽くなった身体すらもベッドに投げた。


 ブーブーと、バッグのなかでスマホが振動。


 お母さんからかと思ったら、二組の担当教師からだった。


『――百江さん?』

「はい」

『テスト週間の件で連絡したんたけど、今いいかな?』


 だと思った。


「はい」

『テスト週間は基本的に一週間前なんだけど、そのまま職員会議にかけて大丈夫?』

「はい。それでお願いします」

『ありがとう。じゃあ、それで進めるから』


 通話は簡素なもので終わった。


 それもこれも、私がクラスメイトみんなと交流を図って『テスト週間は一週間前で問題ない』という賛同を得ていたから。


 クラス代表は、クラスのことを教師よりも決める権限を持つ。

 それは、価値残りシステムによって最も票を集めた者だから。


 テスト週間は、部活動が停止されて通常よりも早く帰ることができる期間のこと。

 それすらもクラス代表の決断一つで、一日に減らすことも二週間に増やすことすらできた。


 壁に掛けてある制服には、クラス代表を証明する金バッジが静かに輝いている。

 それを見るたびに、ウンザリするような気持ちに陥ってしまう。


「……優」


 無意識に出てきた名前。


 それは、私をクラス代表に押し上げた人物であり、自ら追放されることを望んだ友人の名前。


 クラス代表になってから、恐ろしく交友関係が広がった。

 クラスメイトだけじゃなく、他のクラスの知らない子たちまでが私の名を呼んで近づいてくる。

 ゴールデンウィークの連休は、そんな子たちとの交流に使った。


 時間はいくらあっても足りない。人を知るには、それなりの時間を要するから。


 もちろん……自分を知ってもらうための時間も。


 でも、どれだけ時間をかけても理解できない人はいる。


 それが近しい人であるとき、息が詰まるような苦しさを感じる。


 私は万願寺優という人間を決して理解できない。


 理解したいと思えば思うほどに、その距離は離れていく。


 最初出会った頃は、どうやって笑いあってたのかすら、もう思い出せない。


 ピロン。


 それは、LINEのメッセージ音。


 今度こそお母さんかと思ったら、優からだった。



――遅刻が多い人の家に、朝直接起こしに行くのってどう思う?



「はにゃ?」


 思わず変な声がでた。わけがわからずその文面を何回も読み返していると、


――やっぱり迷惑かな?


 続けてメッセージが表示された。


 わけが分からなかったけど、少し考えてからクラス代表としての意見を送る。 


――遅刻を防げるなら迷惑じゃないんじゃない? 

――その人にとっても助かると思うけど。


――だよね!

――ありがとう!


 そして、目を血走らせたパンダが首をブンブンと振っている……誰も使ってないような謎スタンプが送られてきた。

 そのパンダの下には「感謝」の文字。

 

 正直、絵と動きと文字がまったく合っていない。こんなの、どこから見つけてきたんだろう?


 それで終わったと思っていたら、数分後に再びピロン。


 見れば、


――起こしてすぐだと朝ごはん食べれないよね?

――作って持っていったら迷惑かな? 


 どういうことやねん。


 人は理解できないことに直面すると、区別して逃避したがる。

 難しい問題に対して「わたしバカだからわかんない」といって解くことを放棄したり、理解できない人を見ると「あいつバカだから」といって見下したり。


 区別する理由なんて何でも良かった。


 その対象が「自分とは違う」という理由さえ作れればなんでも。


 そして、その理由は探さなくても明確にある。


 私は二組のクラス代表で、優は追放された六組。


 だから、


――やりたいようにやってみなよ。


 私はもう、考える事自体やめた。


 最後に優から送られてきたのは、やはりキモいパンダが首がちぎれそうなほどブンブンと首を振っている感謝のスタンプ。


 うん。やっぱ、私に優を理解することはできないっぽい……。


 そうして私は、最近マイブームで使っているスタンプを返して終わることにする。


 それは、凶暴なクマが他の動物たちを殴りながら「どういたしまして!」と叫んでいる可愛らしいスタンプだ。


 そんなスタンプを送った直後、優から一言だけ返ってきた。


――そのスタンプやめたほうがいいよ。


――あんたに言われたくない。



 * * * 



 連休最終日の夜というのは、いくつになっても憂鬱だ。


 俺は十七年分の帰納法により、明日も変わらず太陽がのぼると知っている。

 だからこそ、明日も変わらぬ平日が始まることも確信してしまっている。


 つまり、……明日は必ず学校に行かなければならないということ。


 思わずため息がでてしまう。


 逃れられない運命ほど厄介なものもない。


 運命に立ち向かうためには、それなりの準備が必要だ。


「桜ぁ、学校行きたくないよぉぉお!」

「……ねむい」

「そんなこと言わずにもう少しだけ……もう少しだけ桜をキメさせてくれ!」

「……ねむい」

「ふぉおおおお!」


 ソファーに座りながら、いつかクレーンゲームで獲得した死に絶えるウサギを抱えた桜を思いきり抱きしめる。


 桜からはリラックス効果の高い成分が絶えず分泌されているため、俺は鼻先でグリグリグリグリと彼女をえぐり、その成分を余すことなく吸い込んだ。


「……さすが我が妹の血だ! なじむ! なじむぞ! 最ッ高にハイって奴だアアアア!!」 


 しかし、その途中で桜は無理やり俺から逃れると自室へ走っていってしまった。


「桜ぁ……」

「おやすみ。お兄ちゃん」


 パタン。無情にも閉まった扉に俺は肩を落とすしかなく、桜を充足しきれなかったことにより、憂鬱さはより一層勢いを増した。


「くそ……」


 それを虚無で埋めていると、


――薫。起きてたらゲームしよ。


 スマホが鳴り、千代田からゲームのお誘いがきた。


 時刻はすでに零時近く。この時間からゲームなど自殺行為に近い。


――そのさきは地獄だぞ?


 返事はすぐだった。


――私の深夜は、無限のゲームでできている。


 無限のゲームってなんだ。意味不明すぎて一瞬回文かと思ったぞ。


 そんな千代田に呆れながらも、俺は無意識に笑みをこぼしていた。


 ……まったく。


 ここ最近の俺ならば丁重に断っていただろう。それか寝たことにして無視に徹していたかもしれない。


 しかし、怠惰に怠惰を重ねたゴールデンウィークでの俺が……あるいは、桜の成分を摂取しきれなかった俺が、その選択を狂わせた。


 もしかしたら……寝なければ明日なんてこないのではないだろうか? と。


――了解。すぐ起動する。


 返事をしてから虚空に向かって息を吐く。


 あぁ、なぜ人は向かう先が地獄であるとわかっていながら、こうも簡単に足を踏み入れてしまうのだろうか。


「ままならぬ……ものだな」


 カッコいいセリフを言ったら、アホみたいな行為が相殺されるような気がして呟いてみたが、全然そんなことはなかった。



 そのあと結局俺は千代田と朝までゲームをしてしまった。

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