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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする

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18話 英雄

 自動販売機で買ったホットココアがガコンと音をさせて下に落ちたあと、続けて冷えた缶コーヒーのボタンを押す。


 祭りの喧騒から遠く離れた小さな公園では、さびれた街灯がすくない遊具を照らしているだけ。


 砂場近くのベンチに座る万願寺のもとに戻ると、彼女は気まずそうに「あはは」と笑った。


「最円くんってさ、喧嘩強かったんだね」

「慣れてるだけだ。むかしから、そういう場面に出くわすことが多かったからな」


 そんな彼女にココアのほうを渡すと、すぐに財布を取りだしたのだが「貸しで」と言って断った。もちろん返してもらうつもりはない。


「やっぱり不良……だったんだ?」


 やっぱりってなんだ。どこからどう見ても善良なティーンエイジャーだろ。


「桜がああいう場面を見ると放っておかない性格だったんだよ」

「桜って、妹さんだよね?」

「あぁ。あいつは人一倍正義感が強かったから」

「へぇ……」


 万願寺は桜のことを思い出しているのか、虚空を見上げてから小首を傾げた。


――そんな感じしなかったけど?


 聞かなくても顔がそう言っていた。


「てっきり、武道かなにか習ってるのかと思っちゃった。二人をあっという間に倒したから」

「武道というか、小さい頃に身体の使い方とかは親父に教えてもらってたな」

「あー、もしかしてお父さんが武道家だったり?」

「親父は映画のスタントマンだったんだよ。結構危険なアクションシーンをやってた。ハリウッド映画とかにも出てたんだ」


「そうなんだ!?」


 両手で握っていたココアから顔をあげた万願寺は、絵に書いたように驚いた表情。


 親父のことを話すといつもそんな反応をされる。


 昔はそれが誇らしかった。その時の感情を思い出すと、懐かしさで笑ってしまいそうになる。


「じゃあ、今でも?」

「いや、俺が十歳のとき撮影中に起こった事故で死んだ」


 そこまで話したら、驚いた表情に陰りが差して、視線は膝の上で握るココアの方へと戻ってしまう。


 やがて、万願寺はちいさく「ごめん」と呟いた。


 その反応も同じだ。人間というのは、同じ話をするとそういうリアクションをとるようインプットでもされているのだろうか?


 万願寺の矢継ぎ早の質問はきっと、自分のことを話したくない話題逸しなのだろう。


 聞かれたくないことがあるから先手を打つ。いわば常套手段だ。その結果、聞いてはならなかった事まで聞いてしまい罪悪感に陥るというのもよくあること。


 だが、それは隠すようなことでもなかった。


「俺は別にそうでもない。それよりも、桜のほうが大変だった。桜は海外にいた親父との思い出なんてほとんどなくて、俺がいつも話して聞かせてた英雄みたいな親父しか知らなかったからな」


 海外から日本にある親父の実家へと移住してきたのは小学三年生のとき。

 母さんの仕事は女優だった。

 両親の出会いは言わずもがな映画撮影の現場で、実は俺も何度か行ったことがある。


 ただ、まだ幼かった桜にはそんな思い出すらない。


 そんな桜に俺が聞かせた親父の形像は、まるで悪に立ち向かう正義のヒーローだった。


「親父が死んだとき、一番泣いてたのは桜だったんだ。でも、桜が悲しかったのは親父が死んだことじゃなくて……たぶん、俺や母さんが悲しんでた事が悲しかったんだと思う」


 その時は、そんなことに気づきもしなかった。

 桜も親父の死に悲しんでるんだと思いこんでいた。


「だから、俺が話して聞かせた『英雄みたいな親父』に桜はなり代わろうとしたんだと思う。そのせいで、あいつにはだいぶ無理をさせた」


 アメリカ人の血を色濃く受け継ぐ桜は可愛くて、どこに居ても目立っていた。頭も良くて、親父みたく運動神経もよかった。


 そんな彼女が正義を振りかざせば、大抵の人間はそれを支持した。


 あの頃は、まるで桜を中心に世界が回っているような気さえしていた。


 でも、そうじゃなかった。



「そのせいで、いじめられてたんだ。クラスメイトだけじゃなく、他の奴らからも」



 そう見えていたのは、桜がそう見せていただけだった。

 桜は、家族すら騙してしまうほどの演技力まで、女優をしている母親から受け継いでいた。


 その事に気づかされたのは、桜の心が壊れたあと。


 ……ただ、俺からしてみれば、桜はもともと気の強い性格じゃなかったし、誰かに代わって正義を振りかざすような奴でもない。


 そういう診断を下したのは、桜を全く知らない人間たちであって、俺には「元に戻った」ようにしか見えない。


 だから、桜を施設に入れようとする人たちの考えがまったく理解できなかった。


 実家にいた祖父母と意見が食い違って、家を出たのもそれが理由。


 幸い、親父の残した財産や裁判での賠償金は、使いきれないほどにあった。


 ……ぐす。


 そんな水音に気づいて万願寺を見れば、鼻をすすって泣いていた。


 うつむいているうえに薄闇で確認はできないが、ポタポタと缶のうえに雫が落ちている。


 たった一度しか会ったことのない桜を想って泣いているのだろうか?


 だとしたら、それは大きな勘違い(・・・・・・)だ。


「悲しむようなことじゃない。出る杭が打たれただけだ」


「そんな言い方……!!」


 顔をあげた万願寺の瞳はやはり濡れていた。それでも、淀んだ明かりのなかで、彼女の目は怒気の混じった光を帯びている。

 


「万願寺は、気持ち悪いな?」



 そう告げた瞬間、彼女は息を呑む。


 それは、いつか万願寺に言われた言葉。


 まさか、こんなところで意趣返しをすることになるなんて思いもしなかった。


「勝手に感情移入して、勝手に悲しんで。たしかに桜に無理をさせた原因は俺にあるのかもしれない。だが、桜は何一つ間違ったことなんかしていない」


 それはきっと悲しむべきことじゃない。むしろ、誇るべきことだ。


「親父が死んでから俺も母さんもどうすれば良いのか分からなくなってた。そんななかで桜だけが明るく振る舞ってた。そんな桜に俺も母さんも救われてたし、きっと、桜はもっと多くの人を助けたと思う」


 思い出される胡兆の話。彼女は、桜を見て変わったと言っていた。


「俺は桜を否定しない。罪悪感に苛まれて俺自身を責めたりもしない。なぜなら、桜が守りたかったものに俺自身も含まれているからだ」


 桜は『英雄みたいな親父』になろうとしたわけじゃない。そうすることで家族を守ろうとしただけ。


 桜はそれをやり遂げた。


 それを悲しむなんて馬鹿げている。


 万願寺は言葉を失っていた。なにか言おうと口を開くが、それはすぐに噛み締められた。


 やがて、彼女は再びうつむいて鼻をすする。


 まだ開けてもいないホットココアは、きっと冷め始めているだろう。


「家までおくる」


 その後、立ち上がった万願寺にそう言ったが、彼女はふるふると首を振った。

 別に承諾は求めてなかった。そもそも、あんな事があってひとりで帰せるわけもない。


 それは、ただの報告だ。


 だから、俺は歩きだした彼女の数歩後ろをついていくだけ。


 万願寺は何も言ってはこなかった。


 ただ、公園から十五分ほど歩いた家に到着し、敷地内に入る際、


「……ありがとう」


 ボソリとそう言っただけ。


 スマホで時刻を見ると八時過ぎ。今頃、桜は待ちくたびれているだろう。


「遅くなっちまったな……」


 祭りの喧騒はいつの間にか消えていて、熱気の痕跡だけが微かに残るだけ。

 

 俺は急いで駅前へと走りだした。

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