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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする

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13話 千代田の特技

 薄暗い空間にはしるカラフルな閃光と自己主張の激しいレトロなピコピコ音。

 人々の暮らす街並みの喧騒とは違い、駅前のゲームセンター店内はまるで、別の世界に入り込んでしまったかのような雰囲気を感じさせる。


「なにするの?」


 そんな千代田の質問には正直困った。

 実はゲームセンターに来たことはほとんどなく、遊びたいゲームはおろか、どんなゲームがあるかもよく知らなかったからだ。


「……とりあえず、あれ取ろう!」


 慌てて視線を泳がせて、目に止まったクレーンゲーム機の列を指差す。

 機内を照らす真っ白な明かりが、薄闇の中で目立っていた。


「取りたいものあるの?」

「あの、ぬいぐるみ。妹が好きなんだ……」


 適当に言った血色の悪いウサギの大きなぬいぐるみ。どうやら屍をモチーフにしているのか、クレーンゲーム機の中で死んだようにぐったりしている。ゾンビのようにツギハギにされた目玉が恨めしそうにこちらを見ていた。なんだよ、これ……。


「……妹いたんだ」

「あぁ」

「ああいうの好きなんだ?」

「まぁ、な……」


 心の中で桜に謝ったが、ゴスロリの格好をしている桜には案外似合うかもしれない。


「店員さん呼ぼうか?」

「なんでだよ」

「たぶん、あれ、動かしてもらわないと取りづらい」


 千代田の言葉に、俺はやれやれと肩を竦めた。


「取りづらいだけだろ? そもそもクレーンゲームって、そういうのを楽しむ娯楽だから自分で頑張ってみるよ」

「ふーん。わかった」


 自信満々に言った理屈に千代田は納得。しかし、俺は彼女の助言を聞かなかったことを後悔することになる。


 いくらコインをつぎ込んでも、横たわるぬいぐるみを取ることができなかったからだ。


 しかも、何度も動かしてしまったせいか、もはや絶対取れないような位置にウサギは顔を引っ掛けてしまい、恨めしそうな目玉には怨念でも宿ったかのように俺を凝視していた。


「両替してくるか。……あれ? 千代田?」


 コインがなくなったことに気づいて辺りを見渡せば、先程まで俺の後ろにいたはずの千代田もいなくなっていた。


 まさか、迷子……なわけないか。


 一旦、クレーンゲームをやめて店内を探すと、千代田はメダルを落として遊ぶ円形のゲーム機に座っていた。


 タッタラ〜。


 しかも、彼女の前にあるモニター画面には『アタリ』の文字が浮かび上がっていて、足元のポケットにはじゃらじゃらとメダルが落ちてきていた。


「あ、最円くん。これ消化しといて」

「え?」


 そんな彼女は俺を見つけるとそう言って席をたつ。


「……消化?」

「うん。私トイレいくから」

「あ、あぁ。なるほど」


 代わってほしいって意味だったのね。

 俺は言われたとおり千代田が座っていた場所に座ると適当にメダルを投入していく。かなり確率が上がっているのか、素人の投入でもアタリは何度も何度も継続された。それはもう……恐ろしいほどに。店のスタッフが後ろを通る度に強い視線を感じた。不正とかはしてないんですよ。本当に……。


 心のなかで千代田がはやく戻ってくることを祈ったが、結局、フィーバータイムが終わっても彼女が戻ってくることはなかった。かなり長い。お腹でも痛かったのだろうか?


 手にした多くのメダルを持ちながらその場で待ったが、それでも千代田が戻ることはなく、しびれを切らして店内をぶらついていたら、スロットコーナーで遊んでいる彼女を発見。……おい。


「千代田……お前」

「え? なに?」

「……いや、もういい」


 純粋無垢な顔を向けてきた千代田に俺は責めることを諦めた。怒ることはない。こういう奴なんだと認識を改めればいいだけだ。


「ほら、このメダル返すよ」

「それ最円くんが使っていい」

「いや、お前のだろ」

「どうせまた稼げるから。ほら」


 その直後、彼女がプレイしていたスロット画面の数字が揃って、眩い光のあとに曲が流れ始めたのである。


「このアニメの曲好き。当たったって感じする。脳汁ドバドバ」

「それ、そのアニメが好きの奴の前では絶対言わないほうがいいぞ」


 彼女がプレイしているのはアニメ作品のタイアップ機のようで、流れている映像から察するに、かなり感動的なシーンで使われている曲のようだ。


 周囲には他にもスロットで遊戯している男たちがいて、当たった千代田のことをチラチラと見ていた。しかし、気づいていないのか気にしていないのか、千代田はまるで機械のようにリズムよくボタンとレバーを触りつづけている。


 もはや、彼らはおろか俺のことも眼中にない。


「……わかった。他で遊んでくる」


 そんな雰囲気に耐えかねてスロットを離れてしまう。

 千代田と仲良く遊ぶためにきたゲームセンターだったのだが、どうも単独になりがち。ゲーセンってこんなもんだっけ? 疑問に思いながらも、近くにあった競馬のレースゲームで遊んでみる。


 それはとても凝ったつくりのゲーム機で、中心には本物さながらの競馬場の模型があり、馬の模型もゲーム画面と連動して動いていた。


 最初は遊び方がよくわからなかったのだが、やってるうちにだんだん理解できてきてハマってしまった。次こそ頼むぞ。俺の愛馬!!


 そうやって楽しんでいると、隣に座っていた老人が突然荒らげた声を発した。


「くそがッッ!!」


 ガンッッ! と自分の前にある台に向かって拳を振り下ろし、あたりは騒然となる。しかし、それすらも見えていないのか、老人は怒りに任せてボタンに拳を振り下ろし続けた。


「お客様! 困ります! あーっ! いけません! お客様!」


 すぐに駆けつけてきた男性スタッフがなだめようとしているが、激情した老人は構わず台パンをしている。

 そんな光景にあっ気取られていると、


「行こう」


 いつの間にいたのか、千代田が俺の服の裾を引っ張った。


「あぁ」


 それに応じて席をたつ。俺だけじゃなく、他に人たちもそろそろと離れていく。触らぬ神に祟りなし、といったところだろうか。

 どうやら、千代田はこういったことにも慣れているらしい。


「ああいったことはよくあるのか?」

「問題を起こすのはだいたいよく見かける常連の人。注意してればトラブルは避けられる。たぶん店側もそういう人には目をつけてるんだと思う。新規の人ほど大人しく遊戯してるよ」

「そうなのか」

「うん。あの人は出禁かも。一度問題起こせば出禁にできるから泳がされてたんだと思う」


 たしかに言われてみれば、スタッフの人が来るまでが異常に早かった気もする。


「詳しいな。よく来るんだな?」

「メダルを預けてる期限が過ぎない程度には。でも、今どきメダルゲームなんてオンラインでもできるし、よく来てたのは中学生のとき。今は別のゲームしてるから」

「へぇ。どんな?」

「FPS。一応、有名なチームにも所属してて大会にもでてる」

「まじ!?」


 驚いた。まさか千代田にそんな特技があったなんて。


「でも大したことないよ。私くらいの人は結構いるし、何百時間ゲームにかけても結果が出なきゃ稼ぎなんてないし」


 目の下のクマのせいなのか、千代田の瞳は死んでいるように見えた。

 あまり変わらない表情。淡々とした少ない口数。吐いたため息は渇いていて、言葉の端々にはどこか陰を感じさせる。


 学校では、寝たフリをしている程度の印象しかなかったが、今の彼女には大人びた雰囲気を持っていた。


 千代田は、ゲームや遊戯にかなり詳しいらしく、アタリを簡単に引いていたのも経験や知識によるものなのだろう。


 しかし、彼女が楽しそうにしているところをまだ俺は見ていない。


 あんなにもゲームが上手いのに、彼女は笑っていなかった。

 

「楽しそうじゃないんだな」


 素直に言ったら、千代田がジッとこちらを見てきた。そこにすら感情を読み取ることができない。


「逆。楽しくなくなったら終わりだから」

「終わらないために楽しむこともしないようにしてる?」

「そんなとこ」


 ゲームや遊戯は、言葉どおり楽しむための娯楽だと思う。その一時であったとしても、幸せを得られる便利な文化だ。


 それを楽しまないのは酷くもったいない。


「ゲームが上手くなるのに一番大切な事ってなにか知ってる?」


 そんな事を考えていたら。不意に千代田から質問が飛んできた。


「センス?」

「モチベーション」


 即答だった。


「そのゲームだけを無限にプレイし続けられるならセンスなんて要らない。むしろ、センスはあったのに辞めていった人のほうがずっと多い」


 千代田は静かに続けた。

 周りはうるさい音で溢れていたのに、彼女の言葉だけは何故かよく聞こえる。


「モチベは簡単になくなる。野良からの悪口、ゲームのバグ、連戦連敗。それでも楽しくプレイできる人だけが上手くなれる」


 なるほどな……。


 そこまで聞いて、千代田が俺に何を言いたいのかがようやくわかった。



――楽しまないことにとやかく言うな。



 つまり、俺が何か言う前に釘を刺したかったのだろう。


 ……だがな、千代田。お前は一つ、ミスを犯した。


 それは、言った相手がハッピーエンド至上主義車だということだ。


「知ってるか? よく世間は「相手のモチベを引きだせ」って言うが、モチベってのは自分自身でしか引きだすことはできない。他人にできるのはせいぜいモチベを減らさないよう維持してやることだけだ」


 突然そんなことを言い出した俺に、彼女は訝しげな視線を送ってきた。


「だが、逆に言えば、『モチベを減らさないようにできるのは他人だけ』ということにもなる」


 自信満々にそう言ってやる。それでも、千代田の表情は変わらない。


 ゲームや遊戯は自分一人だけでも楽しめるものだ。


 それはつまり、『楽しむとは本来一人では出来ないこと』を指している。


 一人では楽しめない……それでも楽しめるように、ゲームや遊戯ができたんだ。


 それが楽しめないのなら、原点に帰ればいいだけのこと。 


「俺がお前のモチベを維持してやるよ。その代わり、お前は思う存分楽しめ」


 そう言った瞬間、彼女の表情に変化がおきた。


「もしかして、一緒にゲームしてくれる???」


 それに俺は大きく頷いた。


「あぁ。俺もそのFPSとやらをやってみよう!」

「ほんと!?」

「ホントだ」

「やった!」


 直後、千代田は今日はじめて笑った。

 というか、彼女の笑顔は六組に来て以来はじめて見た気がする。


「じゃー、帰ってはやくやろ? 通話はゲーム内でできるから!」


 そう言って今度はグイグイと制服を引っ張る千代田。


「あれ? そういえば、あの変なウサギのぬいぐるみは?」

「取れなかった」


 変て言うな。変て。


 それを聞いた千代田はすぐにスタッフを呼ぶと、先程のクレーンゲーム機まで行ってぬいぐるみが取りやすい位置への変更をお願いした。


 人見知りだから寝たフリしていたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。


 ウサギのぬいぐるみは、彼女の素晴らしいクレーンの操作によってあっという間に取ることができた。


「ゲーム一緒にやってくれるお礼!」

「あ、ありがとう……」


 満面の笑みを浮かべる千代田に「このぬいぐるみは口実でした」とは言えず、死んだようなウサギを受けとる。


 そんな彼女の笑顔を改めて見たとき、目の下のクマがなければ本当に可愛いのにな、なんてことを思った。


 まぁ、楽しんでくれるならヨシとするか。


 そうして俺たちはゲームセンターをでた。

 辺りはすでに真っ暗で、街の灯りが爛々と灯っている。

 ゲーム内でのマッチングができるよう連絡先を交換し、駅で別れるときも千代田は笑顔。


 たかがゲームごときであんなに笑ってくれるなんてな。


 思わず笑ってしまったのだが、俺は甘く考えていた。


 きっと、疑問に思うべきだったのだろう。


 なぜ、千代田の目の下にはクマがあるのだろうか? と。


「帰るか」


 彼女を見送ってから、俺は桜の待つマンションの方へと足を向ける。


「てか、このウサギのぬいぐるみけっこう重いな。クレーンの力が弱かったわけじゃないのか」


 その日の夜から、筋トレよりも酷い地獄が始まるとは知らずに。


 

 あのとき見た目の下のクマの理由を、俺はまだ知らない……。

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