じっくりか速攻か
あれから十日が経過して、俺は目的の百万キョウラクを貯めることができた。
カジノに行きたがる幸を無理やり別の施設に放り込み、彼女の能力を活かせる場所で稼がせると俺よりも早く目的を達したのには驚かされたな。
ここは百万キョウラクで町の出口を通ることが許される許可書を買えて、それを購入後に任意のタイミングで使って良いことになっている。
なので、俺たちはもう少しキョウラクを貯めて食料や道具を買ってから旅立つことにした。
ただ、その匙加減が難しくて、このぬるま湯に慣れてしまうぐらい居座ってしまうと、今後の攻略に支障をきたすのは一目瞭然だ。周りのプレイヤーが悪い見本になってくれているからな。
「網綱さん、少しだけ遊んできても構わないでしょうか!」
今日も顔だけ見せている幸が珍しく右手の透明を解除すると、俺の前で額に手を当てて敬礼のポーズをしている。
毎日『透過』を維持しているのは魂技のレベルを上げる目的もあるそうで、決して露出が癖になっている訳ではないと念を押された。
「通行許可書は手に入れているから構わないけど、使い過ぎないように。負けても貸さないよ」
「了解しました!」
俺がカジノで遊ぶことを許すと嬉しさのあまり制御が緩んでいる。薄らと輪郭が見えているぞ。あれで大勝したら嬉しさのあまり体が露わになって、露出プレイ開始のお知らせになりそうだ。
幸はああ見えて、カジノだけじゃなく魂技の鍛錬に使える施設も利用しているのを知っている。邪神の塔での息抜きは最初で最後になるのかもしれないのだから、あまり口うるさくする必要もない。
今日は既に射撃場でインフェルノに挑戦して、一位の記録を叩き出したので次は闘技場か。うーん、あそこは魂技を鍛えるにはもってこいの場所なのだが、あまり近づきたくない理由がある。
とはいえ、鍛えられる内にやっておくべきだと、自分を説得して闘技場に向かった。
入り口前の職員にいつもの挨拶をしていると、こちらに駆け寄ってくる複数の足音を捉えてしまう。
やはり、今日も来たか。男女入り混じった団体がこっちに駆け寄ってくる。
「おっ、旋風棍使いの山岸!」
「今日も華麗な棍捌きで稼がせてくれよ!」
仕立ての良い服を着たこの人たちは、この町に住みついてしまった牙の折れたプレイヤーだ。
闘技場で活躍する俺に惚れこんだファンらしく、闘技場に向かう途中に見つかると毎回こうなる。
この人たちも、あのダンジョンをクリアーしたということは凄腕の筈なのだが、もう戦う意思はないらしく、ここで好き勝手に贅沢をして暮らしていくそうだ。
俺の戦いぶりが気に入り……何よりもかなり儲けさせたようで質問には何でも機嫌よく答えてくれる。情報源としては重宝している存在。
彼らから得た情報によると、一番長くここに滞在している人は三十年ぐらいで、ここだと地球人は魔素の影響なのか年齢による衰えが遅く、十年過ごしても一年ぐらいしか更けていないように見えるらしい。
この町に住んでいるプレイヤーは百人ぐらいで、町に訪れたプレイヤーの七割近くが攻略止めて住みついてしまうという流れだ。
地獄を経験した後に天国の様な場所を提供されたら、普通はそうなる。
それでも進むことを望むのは変わり者か、譲れない目的がある者だけ。
彼らの話を聞いて俺が何より驚いたのは、百人以上もクリアーしたプレイヤーがいることだ。
どれだけ頻繁に異世界人が日本人を召喚して送り込んでいたのか。それを思うと燻っていた憤怒の炎が再燃する。
「今日は勝ち抜き戦でいくのか、それとも一対一か、あっ、もしかしてトーナメントに挑むのか!」
目を輝かせて詰め寄ってきたプレイヤー……いや、元プレイヤーたちに俺は頷く。
今日は週に一度開催されるトーナメント戦の日。前回はまだ始めたばかりだったので見送ったのだが、今回は優勝を狙う。
このトーナメント戦は優勝者には貴重なアイテムが渡され賞金もかなりの金額になる。それを目当てに争いから遠ざかっているプレイヤーの多くが参加を希望するので、プレイヤー同士との対戦ができる。
勝ち抜き戦では百を越えてから敵が大型になり、面倒な敵が増えたので本気を出さないと対応できなくなってきた。トーナメント戦に向けて手の内を明かすわけにもいかないので、最近はご無沙汰だったな。
邪神の塔を安全に攻略するには、ここで腰を据えて貴重なアイテムを掻き集める方がいいに決まっているのだが、どうにもこの町は落ち着かない。
牙が抜ける以前の問題で、誰かに常に見張られているような視線のようなものを感じる。それが本当に視線なのかどうかも確信が持てないぐらいの、わずかな違和感。
これは魂技『未来予知』の効果なのかは不明だが、自分の感覚を信じることにしている。
なので、このトーナメント戦が終了したら明日にでも享楽の町を出るつもりだ。最後は有終の美を飾りたいところだが対戦相手次第か。
ファンの人たちと別れ、受付でトーナメント戦参加の意思を伝え控室へと通される。いつもならプレイヤーを見かけることが殆どない部屋。
だが今日だけは違うようで、多くのプレイヤーが控室で思い思いの行動をとっていた。
気にせずに部屋に入った途端、全員の目が俺を捉える。
この数日、毎日飽きもせずに闘技場で暴れていたことにより目を付けられたか。
享楽の町で牙どころか骨まで抜き取られたプレイヤーばかりなのかと思っていたが、闘志の衰えない気迫を漲らせる者も少数だがいるようだ。
そんな中、部屋の片隅で巨体を丸めてじっとしている人物を発見した。闘技場で何度か遭遇して雑談をするようになった――本間龍虎も俺に気づいたようで、俺に小さく手を振っている。
彼女の名前を教えてもらった時は「りょうこ」なのかと勘違いしたのだが「りゅうこ」だそうだ。名前を教えてもらった時、今でもこんな女らしくない名前を付けた両親を恨んでいると口にしていた。
「本間さん調子はどう」
彼女の元に歩み寄り、気軽に声を掛ける。
「バッチリです。今日は対戦することになったら、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お手柔らかに」
本間と対戦することになったら、正直勝てるかどうか怪しいと見ている。
俺が全力でベルセルクの力を解放すれば勝ち目はあるだろうが、この能力には制限があるので決勝で当たらなければ発動は難しい。
「トーナメント表を貼り出しましたので確認をお願いします」
町中で聞き慣れ過ぎた職員の声が響き、参加者が全員トーナメント表の前へと移動する。
総勢十六名参加でABブロックに分かれている。八人ずつだから三回勝てばブロック優勝でABの優勝者同士で最終決戦となるのか。
俺は……Aブロックのトップか。こういうのは後の方が緊張するので、この方が実は気が楽だ。
「山岸さんは一番初めなのですね。私はBブロックの最後みたいです」
「じゃあ、本間さんと戦うのは決勝かな」
「だといいですね」
そう言って笑みを浮かべる俺たちに鋭い視線が突き刺さっている。他の人は眼中にないと取られる発言だったから、この反応は予想通りだ。
ざっとトーナメント表の名前を確認したのだが、本名でエントリーしているのは俺たちぐらいで結構適当な名前が多い。
一撃太郎、マグナム植木、ああああ、ドラゴンファンタジー、♰深淵♰、エロス狩場等、俺も負けじと変な名前を書いておけばよかったか。
「第一回戦出場の方、闘技場に進んでください」
受付の指示に従って俺は開け放たれた階段を上っていく。
「応援しています」
「期待に応えられるといいけど」
軽く手を振り階段を上りきると、対面側の扉が開きそこから細身の不健康そうな男が欠伸を噛み殺し、面倒そうに歩いてきている。
格好は医者の着る白衣を茶色に染めたような外套で、前を閉じてないのだが下に着込んでいるのは緑のジャージだった。
やる気が見当たらない以前に、プレイヤーとして細すぎる。身体能力ではなく魂技を有効活用するタイプなのか。
「では一回戦を開始致します。レディーゴー!」
ここでは武器防具、それに魂技の使用も許されているので油断は禁物。
相手は武器を手にしていないが、それは魂技に自信があるとアピールしているとも考えられる。
石の棍は普通の長さで扱うことに決めていた。伸縮自在の能力は追い詰められた時だけに使うつもりだ。
奇襲や暗殺行為ではなく正々堂々と正面からぶつかって、自分がどれ程の強さを得ているのか比較したいという気持ちもあるので、今のところは普通に戦う予定でいる。
俺が腰をすっと下ろして、石の棍の先端を相手の方へ向けた。そんな俺を見て骸骨に少量の肉と皮を貼り付けたような顔が笑みを浮かべた。
完全に人を見下した目だ。かなり腕に自信があるようで、縁のない眼鏡を人差し指でくいっと押し上げ笑っている。
「キミは純粋な腕っぷしの強さで生き残ったようだね。僕と真逆と言ってもいい強さだ」
ドヤ顔で語っているところ悪いが、相手の台詞を無視して俺は突っ込んでいく。
無防備で語る男の側頭部に石の棍を薙ぐ――が、寸前でピタリと止まってから、あらぬ方向へ逸らされた。棍から伝わるこの妙な手応え。
生物を殴った時とは違うクッションでも叩いたかのような違和感。
「話の途中で酷いじゃないか。よく見たまえ、私の周りに風が渦巻いているだろ」
確かに彼を中心として竜巻のように風が纏わりついている。風は十メートルぐらい上まで伸びているな。
なるほど自分の体を風で覆っているから、ここまで余裕の態度を貫けるのか。
「あのダンジョンでも絶対の防御と圧倒的攻撃力で相手を蹂躙してきた、僕の風は誰も静め、ぐがあっ!」
講釈を垂れている男の脳天に棍が突き刺さるとHPバーが空になる。
いくらなんでも油断しすぎだ。
こっちも見ずに目を閉じて自己陶酔して語っている間に、石の棍を地面に突き刺し真っ直ぐ伸びて竜巻の上に陣取り、男の頭頂部が見えたので棍を元の長さに縮めて投げつけた。
あまりにも綺麗に真っ直ぐ伸びた風の渦が仇になったな。
試合の映像は控え室でも流れているという説明があったから、これで俺の棍が伸縮自在なのもバレてしまった。
それはそれで利用価値があるので、まあいいか。普通に戦っても勝てる自信はあったが、実力の一端を見せるよりマシだろうと判断しての行動だった。
…………相手の言動にイラッとして忘れていたわけじゃない。
控室に戻ると武器に頼って倒した俺へ侮蔑混じりの視線が送られている。そうやって俺を低く見てくれるなら思う壺なのだが。
「お見事でした、山岸さん」
「いやいや、武器の能力に頼っただけの情けない戦いだったよ」
称賛してくれている本間に俺が自虐する様に曖昧に笑うと、参加者の数人が鼻で笑い余裕の笑みを浮かべている。
この人たちは問題なく倒せそうだが、彼女は全く油断していない。やはり決勝戦の相手は本間で決まりか。
とはいえ、情報収集は必須。どれだけ実力を隠して体力を温存したまま勝ち抜けるかが重要になってくるからな。
「第三回戦を開始いたします」
控室に設置された巨大なモニターには三回戦が映し出されていた……えっ、二回戦はもう終わったのか。しまったな、次の対戦相手なのに観てなかった。
俺の試合が終わってから三分も経過してない筈なのに、あっという間に倒したのか。観てなかったことを後々後悔させてくれそうだ。
勝者の名前だけでも確認しておこうか。ええと『イレイザー』となっている。性別は不明か。
ざっと室内を見回してみたが、怪しい人は山ほどいるので誰なのか判断がつかない。
過ぎたことを後悔しても仕方がない、気持ちを切り替えて他の対戦を見物させてもらおう。
それからの試合はかなり見ごたえのあるものばかりだった。
伊達にあのダンジョンをクリアーしてないな。高レベルで思わず目を見張るシーンが何度もあり考察も忘れて盛り上がってしまった。もう少し冷静に観察しないと。
一回戦の最終戦は本間と全身鎧を着込んだ性別不明な相手との戦いか。彼女は手甲と補強されたブーツが攻防一体の武器だが、あれで全身鎧に痛手を与えられるのか。
今日まで目に見えてわかる魂技を使った場面を見たことがなかったので、この相手なら能力を引き出してくれそうだ。
試合開始の合図と同時に本間がすり足でにじり寄っていく。現代格闘技のような軽快なステップではなく、あの動作は空手や古武術の動きに似ている。仲間だった杉矢の刀を構えている時もあんな感じだったな。
対する全身鎧は堂々とした歩みで距離を詰めて、手にした巨大なメイスを振り上げた。相手の攻撃を防ぎ切る自信があるのだろう、防御も回避も無視した大胆な動きだ。
本間は隙だらけの相手の懐に飛び込むと、床石を陥没させる勢いで踏みしめ、左腕を引いて上半身を回転させると右手の平を相手の腹に添えた。
鎧が陥没するわけでもなく、どんっと鈍い音がしただけなのだが全身鎧はその場に膝を突いて、そのまま前倒しになる。
あれって漫画やアニメで見たことがある浸透系の技か。内部に直接ダメージを与えるので頑強な防御力が全く意味を持たないという。
実際にあんなことが可能なのか。もしや、魂技か?
「いやー、良いものを見せてもらいました」
戻ってきた本間を見て、無意識の内に称賛の言葉が漏れた。
「いえいえ。あれは動きの鈍い相手にしか使えませんので、対人戦では本来見せ場が無い技です。たまたま上手くいっただけですから」
目の前で残像が見えるぐらい激しく手を振って謙遜しているが、実力の一部を目撃した勝ち抜いた参加者たちが本間に注目している。
もう俺の戦いなんて頭から消えていそうだな、都合がいい。
じゃあ、二回戦が始まるみたいだから、頑張るとしますか。




