手駒と利用価値
「一年って……よくもまあ、こんな陰気な場所で耐えられたな」
「元々、インドア派でしたから。それに、私がクリアーの褒美でもらった、丈夫で充電いらずのスマホがあるので」
あのダンジョンをクリアーして、そんな下らない願い事を叶えてもらったのか。俺の願い事も大概だと思うが、彼女の方が酷くないか。
「このスマホ凄いんですよ。この異世界で昔に開発されたゲームが一万種類も入っていて、それも全部、日本のゲームより面白くてグラフィックも綺麗で、操作性も抜群なのですよ。日本語翻訳機能も付けてもらったから――」
まあ、地球と比べて何世紀も先の技術力があるらしいから、そりゃゲームも面白いだろうな。
急に早口で饒舌になっている。好きなものの話になると口達者になる人っているよな。俺もゲームに関してはこんな感じになるらしいので人のことは言えないけど。
「あー、そのスマホの凄さは理解できたが、現実のゲームに集中するべきじゃないか。これをクリアーできなければ、あんたには飢え死にが待っているだけだぞ」
「そ、そうですよね。そうでした」
一年も牢屋で過ごしていたということは……トイレは牢屋の隅に設置されている。風呂はどうしようもないから、かなり不潔だよな。うわぁ。
「あっ、その顔は変なこと考えていますね! 透過は汚れを落とすことが出来るので、清潔な体を保っていますよ」
悪臭は漂ってこないから、嘘ではないようだ。
それに俺と同じく水が湧く水筒を持っているなら、体を拭くぐらいは可能だからな。
「情報提供の謝礼は払っておくぞ」
石の棍の先に携帯食料を入れた袋をぶら下げて、格子の隙間から相手の牢屋に伸ばしていく。扉を出たら追跡者が動き始めるらしいので、出来るだけ外に出ないようにした方がいいだろう。
「あ、ありがとうございます」
生首の前に携帯食料が浮いて口に放り込まれていく。手が見えないからシュールな光景だ。
相手に興味がない振りをしながら一挙手一投足に注意……手も足も見えないが視線は逸らさず警戒は解いていない。
食事中は気が緩むっていうからな。ちょっと雑談を仕掛けてみるか。二ヶ月も人との接触がなかったのなら会話に飢えているだろうし。
「でも、よくここまでやってこれたもんだ。透過と節制がかなり有効だったのか」
「ええ、そうですね。あのダンジョンをクリアーした時もライフポイントが多く残っていて、管理人代理が驚いていましたよ」
「へえー、幾つ残っていたんだい」
これで素直に教えてくれたら、ある程度の実力が測れるのだが。
「七十八だったかな」
マジか。嘘にしてはさらっと口にして気配に乱れが生じなかった。
ライフポイント――つまり、与えられた百の命のことだ。彼女は二十二回しかライフポイントを減らさずにクリアーできたというのか。
おいおい、これが本当なら相当な実力者だぞ。
「それは凄過ぎる。俺は何とかギリギリで残り十六だったよ。相当な実力者だったのか」
心から感心したように演技してみる。実際驚いているのだから、そんなに嘘っぽくは見えないだろう。
「そ、そうですか。えへへ、そんなに褒められると照れますよ」
照れて頭を掻いているのか、髪の毛が不自然な動きをしている。
これが芝居でないならお世辞に弱すぎる、ちょろいぞ。
本当にあの裏切りが日常茶飯事のダンジョンをクリアーした人物なのかと疑ってしまう。
「その透過ってそんなに使い勝手いいんだ」
「はい。完全に姿を消して相手の攻撃も当たりませんから、敵を倒す時もそっと近づいて体に腕を入れてから心臓とかを掴んで終わりでした」
それは強いというかずるくないか。どれだけ防御力があっても攻撃力があっても、全く意味を成さない。何も知らないで戦っていたら、俺もやられていた可能性がある。
「だから、この邪神の塔攻略も大丈夫だと思っていたのに……追跡者には透過が通用しなくて、気配を消しても見つけられて……瞬足で逃げても追いつかれて……」
追跡者は足も速いのか。今の会話だけでも貴重な情報が山盛りだった。まず、彼女は『気配操作』と『瞬足』の魂技も所有している。
気配が薄かったのは『透過』の可能性もあるが、どっちにしろ気配を操れるのは間違いない。
ただ、落ち込んでいるのも演技で零した言葉も嘘だったら、得た情報に何の意味もないのだが。
「あんた……ええと、まずは名乗っておくか。俺は山岸網綱という。あんたの名は?」
「海鳴幸です」
「うみなりさちだな。じゃあ、海鳴さん。ここで相談なんだが、俺と組んでここを攻略しないか」
俺の提案は海鳴も考慮していたのだろう。驚く様子もなくじっとこっちを見ている。
「既に話したが、他に人がここに現れる可能性はない。四階にまだ行き残りがいたらわからないが、三から一階は人影が全くなかったと断言できる。海鳴さんがこのまま、ここで他のプレイヤーを待っていても時間の無駄だぞ」
「そう……ですよね」
ほんの少し前までは一人でこの邪神の塔を攻略するつもりだったが、ここの難易度を聞いて考えが変わった。彼女の協力を得られなければ、クリアーは難しそうだ。
あのダンジョンなら死んでも復活したので協力関係で裏切られても次があったが、ここは当たり前だが一度死んだら終わり。
仲間に裏切られたら、そこでゲームオーバーだ。
だが、海鳴も追い詰められている、俺を裏切るにしても最大限に利用してからだろう。何もない状態で後ろから刺してくる程、バカじゃないと信じたい。
「もし、仲間になってくれるなら。追跡者から逃れる為に俺を犠牲にしても構わない。こちらは一度捕まっても大丈夫なんだろ?」
「はい、それは間違いないです。例外はありませんでした」
嘘を吐いている様には思えないが、一時期仲間だったあの人も平然と嘘がつける『演技』を所有していたからな。海鳴にも同じ魂技があったらお手上げだ。
お互いを信用する手段ならある。管理人代理に渡された魂技が確認できるカードだ。これは偽造することも、能力を書き加え数値を弄る不正もできない。
この世界の技術の粋を集めたカードなのでセキュリティーは万全だと断言していた。カードを見せ合えば、お互いの魂技を知ることができる。
相手に手の内を明かしていいものか。それに、俺が提案したところで相手が乗ってくるか怪しい。だが、こちらから提案することで信頼している風を装うことは可能か。
「俺はこんな場所で死にたくはない。その為には海鳴さんの協力が必須だ。だから、信用してもらう為にお互いの魂技が書かれたカードを見せ合わないか」
これで向こうが断っても俺の誠意は伝わる。悪い方には転ばないだろう。
「そうですね。私も同じことを言おうと思っていました」
乗ってきたのか。慎重な彼女のことだから少なくとも考える時間が欲しい、ぐらい言ってくると思っていたのだが。
予想外だったが腹を括るか。拾った他の人のカードを渡そうかとも一瞬考えたが、後でそのことがばれた時のデメリットが大きい。ここは素直に自分のカードを渡そう。
石の棍の上に俺のカードを置いて相手に伸ばす。向こうも俺のカードを手に取って代わりに自分のカードを置いてくれた。
ここで裏切ったとしても、『ベルセルク』『暗殺』は名前を見ただけでは能力は理解できない。相手が不利になるだけだ。
引き寄せた棍の上のカードを手に取る。
『軽減』『透過』『瞬足』『地獄耳』『ど根性』『跳躍』『暗視』『熱遮断』『鑑定』『状態異常耐性』
有益な能力が多いな。能力の後ろの数字が見えないのは防犯機能の一種で、カードの仕様だと管理人代理が言っていた。
おや、『気配操作』がない。ということは『透過』の能力もしくは俺の最上級魂技と同様に融合して取り込まれたのか。
「うわっ、見たことない魂技がいっぱいありますよ!」
他の人のカードを見た経験があるみたいだな。『透過』があれば覗き見し放題だから、今までのプレイヤーの魂技と見比べているのか、やたらと熱心にカードを見つめている。
「かなり優秀な魂技が揃っていて羨ましいよ」
「中盤に透過を覚えられたので、かなり楽をさせてもらいました。それでも、何度か死んで心が折れ掛けましたけど」
本当に羨ましいな。中盤に『透過』なんて凶悪な魂技を得ていたら、俺のダンジョン攻略も楽だっただろうに。
魂技には相性があり、その人の性質によって覚えられるものが変わるという話だったから、海鳴には才能があったということか。
「透過ってどういう能力なんだ。姿が消えて触れられなくなるのは理解できたけど」
「えっと、まず完全に消えることができます。あらゆる攻撃は素通りして、壁とかも抜けられます。あとすり抜けるかどうかは自分で選べるので、今も床は抜けないようにしています」
そうしないと今頃、下の階層に落ちていそうだ。自分で調整できるから、相手の心臓を直接鷲掴みにすることも可能となる。
「透過はもしかして最上級魂技なのか」
「そうらしいです。管理人代理さんが、そう言っていました。山岸さんもどれかが最上級魂技なのでしょうか」
「ベルセルクがそうだよ」
怪しまれないように即答した。『暗殺』もそうなのだが別に嘘を吐いている訳じゃない。最上級魂技の一つを素直に答えただけだ。
「おー、そうなのですね。山岸さんと組んだのは間違いじゃなかったようです」
「それはお互い様だよ」
これで俺は有能な手駒を手に入れた。相手も同じことを思っていてくれるといいが。
信頼や信用は必要としない。そんなものがあるから裏切られた時の心の負担が大きくなってしまう。
初めから互いを利用する関係でいい。それが一番心安らぐ関係だから。




