乳母に言われて決意した
乳母の続編。
「ファルコ。新学期からユーフラム王国からクロウ王子が留学したいという旨があった」
「クロウ王子……」
父である王にいきなり呼ばれて執務室に向かった矢先にそんなことを告げられた。
「クロウ殿下はスワン嬢と婚約をしたいとかつて言っていた方です」
その場には宰相までいて、ユーフラム王国の王印のある封筒を差し出された。
「同じ王子という立場でお前がかの王子を接待するように」
命じられて、了承する。
「スワン嬢の婚約する相手だった王子……」
とんでもないことを告げられた。
「殿下。おかえりなさいませ」
乳母が出迎えてすぐに侍女に何か指示をする。
すぐに出されたのは、紅茶だが、いつもなら砂糖はないのだが、今日は角砂糖が二つのせられている。
「殿下は悩みごとがある時は砂糖を多めに求めます。――何がありましたか?」
見透かしたような眼差しを向けてくる。
「アウル。ユーフラム王国のクロウ殿下を知っているか?」
「ええ。スワン嬢の婚約者候補の方でしたね」
知っているか。乳母なら当然か。
「クロウ殿下が学園に留学して来るそうだ」
「……で、殿下は、スワン嬢がクロウ殿下と会うことで何からの支障が出る……スワン嬢とクロウ殿下が互いに想いあっていた関係ではないかと思ったのですね」
「………………」
見抜かれている。
「………もし、スワン嬢がクロウ殿下を好きだったら……」
どうすればいい。
自分は想いあっている恋人を引き離しているのではないのか。
「変な気を回して、二人の仲を取り持とうとしようと思っていませんか?」
乳母が鋭い眼差しになって問い掛けてくる。図星だったので焦るが。
「ご本人の気持ちを確認せずに勝手なことをしない方がいいです。それにスワン嬢を手放していいと思って」
「思っていない!!」
スワン嬢は素敵な女性だ。あんな立派で綺麗な人が婚約者で嬉しかったのだ。でも……。
「初めて会った時の笑っていないのに無理やり作った笑顔が忘れられないんだ……」
「………」
「また、あんな顔をさせてしまうのではないか……」
クロウ殿下と一緒の方が幸せになれるのであれば……。
「スワン嬢に聞いてみてください」
いつもなら的確なアドバイスをくれる乳母がアドバイスではなくそんなことを言うのが意外だった。
「アウル」
「どんな回答をもらっても聞けた殿下を褒めますよ」
頑張って聞いてきてください。そんな言葉に背中を押された。
「おっ、君がファルコ殿下か?」
黒髪のりりしい顔立ちのクロウ殿下は気さくに声を掛けてくる。
「はい。お会いできてうれしいです。クロウ殿下」
「クロウでいい。堅苦しいのは苦手でな」
気さくな態度で笑い掛けてくる。
「分からないことが多くて迷惑を掛けるが、よろしく頼むよ」
手を差しだされて、握手を交わす。良い御仁のようだ。このような方からスワン嬢を横取りしたのか……。
もし、スワン嬢がいまだにクロウ殿下を慕っていたら勝ち目がないように思える。
そんなもやもやとした日々を過ごしていると。
「あらっ」
廊下を歩いていたスワン嬢が何かに気付いて窓の外を見て呟く。
そこにはクロウ殿下と先日まで付きまとっていた女子生徒が親しげに会話をしている様子。
「最近付きまとわれなくて安心していましたが、まさかクロウ殿下にターゲットを変えたのですね」
スワン嬢の顔は見えない。
どんな想いで口にしたのかも分からない。
「………スワン嬢は」
必死に抑え込んでいた言葉がふと漏れてしまう。
「今でもクロウ殿下のことが……」
ああ、駄目だ。スワン嬢の幸せを考えたらクロウ殿下のことを良いようにしないといけないのではないかとネガティブな思考に陥ってしまう。
「それはないですね」
だけど、一蹴するかのようにスワン嬢があっさり告げてくる。
「もしもの話ですが、ファルコさまとの仲があまり良くなかったらかつて内々に話があったのにと現実逃避をしていたかもしれません。少しでも想いが残っていたら複雑な気持ちになったかもしれません。だけど」
そこで言葉を切って、
「わっ……わたくしが、慕っているのは、ファ、ファルコさまですからっ!!」
スワン嬢の顔がやっと見える。恥ずかしそうに顔を赤らめて、視線を窓側と反対方に向けて、緊張した震えつつ告げてくる可憐な女性。
「ごめんっ!!」
そんな可愛い様子を誰にも見せたくないので、そっと隠すように抱きしめる。
「ごめん。ついやきもちを……」
「………わたくしもきちんと言わなかったので……」
抱きしめ合い、そんな風に互いに謝り合う。
ああ、乳母の言った通り。スワン嬢に確認することが大事だ。ここで勘違いして勝手に気を利かせていたらスワン嬢を傷付けていただろう。
帰った後そのことを報告すると、
「言葉足らずの両片思い展開にならなくてよかったです」
と満面の笑みでガッツポーズを小さく作っているのが印象に残った。
ああ。補足だが。
クロウ殿下とあの女子生徒はいろんな話をする仲にはなったが、あくまで友人関係だと言われた。
「ああ。昔の恋を患っている邪魔者が居たからこそ燃え上がっていましたからね」
乳母の意味深な言葉は何だったのだろう。
ファルコ殿下とスワン嬢がすれ違っていたら昔の恋に期待したスワン嬢がクロウ殿下と親しくなっていくヒロインを妨害していく展開でした。
二人が良好なら支障はない。




