戦士シグンとの出会い
以前に見かけた戦士との再会。
戦う力を必要とするレギの決断は……
再三、陽気な性格をした赤茶色の髪を持つ女冒険者に「ウーマ風穴」への同道を求められながら、荷車はイアジェイロの街に辿り着いた。
途中で昼食を取った為、正午を大きく過ぎた頃に辿り着いたのだ。街は荷車や馬車の通行も多く、中には貴族に位置する階級の者が乗る立派な馬車もある。
街を歩く人の種類も様々で──市民から剣闘士まで、体つきから身なりの違いまで、色々な人の姿が確認できる。もちろん戦いを生業にしている人間ばかりではないが、それでもアロザの街よりは明らかに、屈強な身体をした者たちが多い場所だ。
中には耳の潰れた者も居り、訓練と闘いの中で、自らの肉体を酷使してきた連中の集う街だというのは──疑いようもない。
女冒険者たちと別れた俺は宿屋を探しつつ、戦士を育成する道場なども見て回ったが、拳闘術や剣術以外にも、投打術、槍術など、それぞれ得意とする分野に特化した道場があるようだ。
いくつかの道場と宿屋を見比べて、宿屋はそこそこの宿屋の部屋を借り、そのあとは闘技場へと向かった。
今日は試合がある日ではないので、闘技場で訓練をしたいという一般人や冒険者にも開放されているらしい(入場料と武器の貸し出し料金は取られるが)。
シンにある闘技場の中では小さな闘技場だというその場所は、三階建ての建物に迫る高さを持った客席が設けられ、円形状の広い闘技場を囲む形で、地面よりも一段高い場所をぐるりと取り囲んでいる。
壁の上から見下ろす客たちは、恐れ知らずの剣闘士の闘いを見る為に国外からもやって来る者が居るらしい。
ここイアジェイロはシン国の内側に位置する為、国外から来る客は「相当な好事家」な貴族などだと受付の男は話す。
「実際のところシンの西や東にある闘技場は、外国からの観光客目当ての見せ物という闘技も多いと聞いている。だが、この街の闘技は違う。戦士たちの真剣な闘いの場だからな」
国外からわざわざ内陸にまでやって来て闘技を見たいと望む者は、戦士たちの本気の闘いを目当てにしている「玄人の観客」という訳だ。
もちろん剣闘士の闘いは、悪戯に戦士の命を危険に曝すものではない。
刃を潰した剣や槍を使っておこなわれる試合が多く、時には拳のみで闘う「拳闘士」同士の闘いなどもおこなわれるみたいだ。
剣士と槍使いの闘いや、十名近い戦士たちが入り乱れて闘う「乱戦形式」の試合などもあるようで、月末のそうした闘技を目当てに人が集まって来るのだろう。
立身出世を狙う剣闘士も居るだろう。──世の中には戦う事でしか、自分の居場所を見つけられないバカも多いのだ。……俺が言うのもなんだが。
闘技場に撒かれた黄土色の砂上を歩く。
ここには観客に過ぎない一般人が数名居るだけだったが、闘技場中央では数名の剣闘士らしい若者たちが訓練をしていた。
木剣や木盾を手に、乾いた音を打ち鳴らしている。──かなり熱の籠もった戦闘訓練だ、その乾いた音の中には、訓練とはいえ負ける訳にはいかないのだという、戦士たちの想いみたいなものが響いている気がした。
ふと、闘技場の隅に居た男に目がいった。
そこには二人の男たちが居て、なにかを話し合っている。
一人は先ほどの受付だ。もう一人は──初めて見る男のはずだが、どこかで見た気がする。遠目から確認していると、男は受付の男と話しながら闘技場の縁を歩き、外へと向かう通路に入って行く。
その時、日の光を受けた男の顔を見て思い出した。
その男は──ダンベイテからレインスノークの街に向かう途中、馬車の護衛をしていた冒険者の一人だ。
そう……巨躯の魔物を相手に一人で立ち向かい、難なく敵を倒した凄まじい技量を持つ戦士。
俺は早歩きになると、その男のあとを追って、闘技場の外まで出て来た。
大きな剣を背負い、肩から荷袋を下げた男が闘技場から離れて行く。
俺は彼に歩み寄りながら声をかけた。
「待ってくれ、そこの──剣士」
俺はなるべく相手に警戒されないような、小さな声で呼びかける。男は立ち止まると、その場で振り返り──焦げ茶色の鋭い目で、こちらをじっと見てくる。
「なんだ? 俺になにか用か?」
男の声は低く、面倒くさそうな響きを含んだ声色だった。
「突然申し訳ない。俺は──あなたが以前、ダンベイテからレインスノークの……ああ、それは西の国ベグレザでの事だが──」
少し考えながら、一呼吸する。
「ダンベイテからレインスノークに向かう馬車を護衛している者たちの中に、あなたが居るのを見た。そして巨躯の魔物──おそらく『半獣の闘鬼』だったと思うが、それを見事な連撃で打ち倒すのを見た」
すると男は「ああ」と思い出したらしい。
確かに少し前にベグレザを旅していた、と返答する。
「そこで──突然で恐縮だが、あなたの剣の技を学ばせて頂けないだろうか。俺も各地を旅する冒険者だが、あなたの剣技を見て、自分の技量がまだまだであると痛感した。是非、お願いできないものだろうか」
筋肉で隆起した胸板の前で太い腕を組み、男は考え事をしている様子だ。
「──しかし、俺は三日後にはベグレザに戻る為、シンを離れなくてはならない。もしあんたが俺を雇うとしても、今日と明日の二日しか付き合ってやれないが、それでも構わないなら」
まあ金額しだいだが、と言う男に──俺は頷きながらこう言った。
「了解した。俺の名はレギと言う。あなたの名前を伺っても?」
そう言いながら革の財布を懐から取り出し、ピラル硬貨を一枚取り出す。
「シグン」
簡潔に名乗る男。
そんな彼の前に手を差し出し、男の大きな掌の上に硬貨を一枚落とす。
「金貨──それもピラル金貨か」
シグンは驚いた様子を見せる。
通常、剣の稽古をつけるとなると、最低でも一月単位で考えるものだが、それを無視したとしても──たった二日の稽古相手で、金貨が貰えるとは考えなかったのだろう。
「ずいぶん高く買われたものだ」
相場の十倍以上の報酬に、彼は戸惑いを見せる。
俺はさらにこう言った。
「さっそくこれから手合わせをお願いしたい。時間は短いからな──それと、それは前金だ」
俺はあなたの腕を高く買っている。そう告げ、俺はシグンに続けてこう要求をした。
「あなたが真剣に今日と明日、俺に戦いの術を教えてくれたら、金貨をもう一枚差し上げよう。──さらに、あなたの持っている技を余すところなく見せてくれたら……もう一枚、それに上乗せしよう」
「豪儀だな」
「幸い今日明日と、闘技場は一般開放されているらしい。そこでお手合わせ願おうか」
そう言いながら闘志を見せると、シグンはにやりと不敵に笑い、頷く。
「いいだろう。あんたの力を見せてもらおうか」
俺たちは再び闘技場へと戻って行った。
普段使っている武器の大きさに合わせた木剣を借り、闘技場の砂地を踏む。
荷物はすべて闘技場に預けてある。
シグンはここの受付と知り合いだったらしく、戻って来た彼を見るなり事情を詳しく聞こうともせず、木剣や闘技場を好きに使えと言ってくれた。
「さて、それではまず──レギ、あんたの実力を試させてもらおう」
大剣型の木剣の柄をシグンは両手で握り締めると、わずかに左足を前に出してどっしりと構える。
打ってこい、という気迫が伝わってくると、俺は木剣を前に構えながら、相手に数歩近づきつつ、間合いが詰まる瞬間に身体を左右に振って、相手の虚を衝こうとした。
胴体を横薙ぎにする攻撃から、首筋を狙う連撃。
胴体への攻撃を大剣で防がれると、そこから流れるように首筋を狙う。
返し刃で斜めに斬り下ろす斬撃を、シグンは足の動きだけで躱し、その流れのまま反撃を繰り出してくる。
俺はその攻撃を引き戻した剣で受け流し、身体を低くして大剣の下へ抜ける格好で避けた。
かなり手加減しての攻撃だったろうが、振りの速さは身の危険を感じるに充分なものだった。もし本気で打った攻撃を木剣で受け止めていたら、木剣ごと身体に大剣を叩きつけられていたかもしれない。
攻撃の鋭さも驚異的だが、攻撃を躱し反撃するその独特の感覚。それはまさしく研ぎ澄まされた、第一級の戦士が持つ感覚だ。
攻撃の重さでは到底およばないだろうが、こちらも速さで負けるつもりはない。
俺はシグンの続けざまの攻撃を横に躱し、鋭い突きを放つ。
先の丸い木剣だが、腹部に当たればいくら筋肉の鎧があっても、相当な痛みを感じるだろう。
ところがその攻撃すらも身体を捻って躱しながら、大剣を振り下ろす攻撃を繰り出してきたのだ。
横に飛び退いて躱したが、相手はそれを予測し、間合いを詰めて来て、地面に手を突いた俺の喉元に──大剣をぴたりと当てる。
一瞬の判断で間合いを詰め、的確に相手の急所を狙う一撃。
相手の体勢が崩れた所を狙って、反撃の余地を与えずに仕留める攻撃だった。
シグンは離れ、再び間合いを取ると、二戦目の開始を告げる。
俺はその後も戦闘訓練を受け続けた。
周囲には闘技場の観光に来ていた客たちが集まり出し、一時は見世物にでもなった気分がしたが、俺はそういった外野に意識を向けるのを止め、シグンとの戦闘に集中した。
シグンの足運びや上体の動かし方、剣の握りから、振るわれる木剣の軌道まで、事細かに分析し、強くなる為の動きを盗もうと努める。
(まあ明日には、別のやり方で強くなっているのだが)
俺はそう思いつつも、せっかく目の前に手強い戦士が居るのだからと、自分の持っている戦闘技術を使って、彼から一本を奪い取ろうと必死に闘った。
十数分ほどの短い時間だっただろう。俺は善戦をしたが、シグンの胴や頭に攻撃を届かせる事はできなかったのである。……寸止めとはいえ、こちらは数回の殴打を受け、腕と脇腹に痛みを負ってしまう。
「なるほど、なかなかの強さだ。──これなら教え甲斐があるというもの」
そう言うと、シグンは俺の動きについて事細かな指摘を始めた。足運びから、攻撃に移るまでの剣の構え、身体の位置、動き出しの前からおこなわれる、達人同士の動きの読み合いなどについても説明をする。
肩の筋肉の動きや、足運びで察知しろと言うのだ。
彼は約束通り、惜し気もなく持っている知識と経験を総動員して、俺に剣の技術に関する多くの物を教えてくれた。
夕暮れが迫っても、暗がりの中での戦い方などについて、忠告をしてくれもした。相手の武器の位置から相手の身体の状態を読み取って、どういう攻撃や反撃が有効かを見極める訓練になる。
夕食後も短時間だが、彼に暗闇での戦いを指導してもらう。彼も不平を口にしたりはしない、金貨を渡した事がやはり効いている。それだけシグンの能力に高い評価をしている、という事が伝わったのだ。
闘技場の壁際に角灯を用意し、暗がりの中で戦う訓練を重ねる。相手の攻撃を剣で退け、弾き、反撃する技や、攻撃の軌道を見切って躱し、その隙を逃さずに反撃する方法について、じっくりと取り組む。
さすがに空が真っ暗になり、星々が満ち始めると、本日の戦闘訓練はお開きとなった。
「予告しておこう。明日の俺は、きょう闘った俺とは違って、あなたを驚かせるだろう」
訓練を終えた俺はシグンに礼を言ったあとで、そう宣言した。
「ほう……やはり、あんたは魔術師なのか」
彼は不意にそう言った。
「以前にも、同じような依頼をされた者を見た事がある。その時の俺は、まだ未熟な戦士の一人に過ぎなかったが。その依頼をされた戦士は強く、未熟な剣の腕しか持たないその男の相手を、──渋々とだが受けたのだ。
すると翌日、稽古をつけてやったその男の動きが、前日のものとは明らかに違うものになっていたという。理由を尋ねると、その男は魔術師で、眠っている間に剣の技術を自身の身体に覚え込ませたのだ、と語ったらしい」
魔術師だからといって、全員が肉体への干渉をおこなえる訳ではないが、と断りを入れつつ、俺は頷く。
「そうだ、俺も睡眠時にそうした訓練をおこなう事で、短い時間で戦闘技術を高める技術を持っている。もちろんちゃんと計算をしないと、反動で疲労困憊になってしまったり、筋肉痛になる危険があるが」
そうした技術があるのは本当だったのかと、シグンも驚いているようだ。明日にその成果を見せるとしようと言って、俺は彼と別れ、明日一日の稽古もよろしく頼むと言い置いて宿屋へ帰って行く。
宿屋に戻った俺は、井戸のある場所で汗を流し、寒さに震えながらも暖かい宿屋の中へと入って、すぐに部屋に戻ると、寝台に横になって魔術の門を開き、さっそく今日の訓練で得たものを相手にする事にした。
誤字、無変換、句点の修正をしました。
「耳の潰れた者」ボクシングに多いですが、耳に攻撃を受け続けて耳が変形してしまった人の事です。




